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百魔の主  作者: 葵大和
第四幕 【邂逅への序曲】
41/267

41話 「右手に希望を、左手に不安を」

 黒い地竜は湖の(かたわ)らで命炎とたわむれていた。

 足元を駆け回る命炎に反応し、ぴょんぴょんと楽しげに跳ねるさまはまるで犬のようだ。


「こうやって見てると結構かわいいな」

 

 草葉の影から魔王たちがその様子を見て、ほっこりと表情を緩ませていた。

 サルマーンが素朴な感想を述べれば、ほかの魔王たちもうんうんと頷く。


 ――が。

 魔王たちが地竜に対してかわいさを見た直後、地竜とたわむれている命炎に悲劇が起こった。


「ギャウ!」


 楽しげな鳴き声をあげながら、軽くちょっかいを出すような様相で振るわれた地竜の右前脚が、命炎に直撃した。

 その殴打はすさまじい烈風を引き連れ、人の頭大の命炎を(ちり)かなにかのように吹き飛ばした。


「ギャ……」


 地竜は、意図せずやってしまったとでも言わんばかりに、その竜口をあんぐりと開けて動きを止める。

 首を回して周囲をきょろきょろと見回すが、やはり命炎の姿はない。

 そうしてようやく、自分が命炎を吹き飛ばしてしまったことを認めたように、


「ギャフー」


 大きなため息をついていた。

 それを草葉の影から見ていた魔王たちは、


「おい待て。――おい。……おい! あんなんにじゃれられたら死ぬだろっ!!」

「ちょっと! 私あんなたわむれ方されたら即座に死ぬ自信ありますよ!? 金の力で安心を買いたいんですけど竜族って賄賂とか受け取ってくれるんですかね!?」

「絶対効果ないと思うわ……」

「ああっ! だから人間以外の生物は嫌なんですよ! 金の力が効きにくいったらありゃしない!」


 口々に畏怖を乗せ、身体を震わせていた。

 

◆◆◆


「よし、じゃあ俺が行ってくるよ。――たぶん俺のせいだろうし」


 そんな中、メレアが率先して身を乗り出していた。

 草葉を手で払い、二歩三歩と前へ歩む。

 向こうを見れば、地竜の方も命炎へ夢中になっていた意識が戻ってきて、どうやら周囲の魔王たちの気配に気づいたらしい。

 動きこそしないが、ジっと窺うような視線が草葉の影に向けられていた。

 そうして、ほかの魔王が止める間もなくメレアがどんどんと進んで行って――


「お前、ついてきちゃったのか。――身体はもういいのか?」


 ついに地竜の視界に姿をさらす。

 すると、メレアの姿に気づいた地竜は、


「ンギャ!!」


 上ずった鳴き声をあげながら嬉しげに身を立たせていた。

 さらにそこから、


「ギャウー!」


 歓喜に打ち震えてタガが外れた犬のように、メレアの方に身体ごと突進していく。

 犬ならほんわかと笑って見ていられたが、犬と呼ぶにはあまりにサイズがでかすぎた。

 こうして見ると、メレアは地竜に()かれる間際のちっぽけな人間という(てい)である。


 何人かは慌てたように草影から身を弾いていたが、ほとんどの魔王はそのおそろしげな様子を口をあんぐりとさせながら見ていることしかできなかった。


「お、おい、落ち着けって」

「ギャ! ギャウ! ギャギャッ!」


 だが、メレアは轢かれなかった。

 地竜の大樹をすらなぎ倒さんばかりの突進を、メレアは片手で受け止めていた。

 突進の勢いを受けていくらか足を後方に引きずられながらも、けろっとして受け止めている。

 魔王たちの下あごがまた一段と開いた。


「……」


 当のメレアは彼らの反応には気づかず、今度は落ち着きなさげに自分の周りをくるくると駆け回りはじめた地竜をながめ、困ったように頬を掻いていた。


「――ど、どうしよっか……?」


 結局メレアは、この状況への解決案をみなに求めていた。

 目の前の状況すらまだうまく呑み込めていない魔王たちからすれば、解決案など出せるわけもない。

 当然それに対する答えは、


「し、知るかよっ!!」


 総ツッコみであった。

 まずは目の前の状況を説明して欲しかった。


◆◆◆


 しばらくして、ようやく落ち着いた地竜を横に、メレアが説明をはじめた。

 地竜が背中や腹に鼻先を押し付けてくるので、身体が前に後ろに揺られながらだが、ひとまずシャウの商会で起こった出来事をひととおり伝える。

 一部の魔王たちには道中で少し話をしたが、全員がそのことを知っているわけではなかった。


「それにしても、困ったな……」


 説明を終えたあと、メレアは頬を軽くかいて困り顔を浮かべた。

 メレアとしても、まさかこの地竜が自分を追っかけて来るとは思わなかった。

 恩を売ろうとしたわけでもないし、対価を貰おうと思って薬王(カルラ=ナザル)の血を使ったわけではない。

 言ってしまえば気まぐれだった。

 決して同情しなかったとは言わないが、善意などというたいそうなものはそのとき持ち合わせていなかった。

 それでも、あえて言うならば、これまでの旅路で大きく頼ってしまっているシャウに対して少しでも恩返しができないかと思っての行動だった。

 それがどうやらいろいろとおかしな方向へ転じていってしまったらしい。


 メレアは現状を作り上げた張本人として、自分に対する一抹(いちまつ)の叱咤の念を胸中に浮かべていた。


「もしかしなくても、目立っただろうか」


 メレアは地竜の額を手で撫でてやりながら、小さくため息をついた。

 すると、ようやくおそるおそるという体で集まってきた魔王たちのうち一人が、地竜の動きに注視しながらもメレアの言葉に答える形で声をあげる。


「たどってきた道にもよるでしょう。ただ、今のところ地竜を追ってきたと思われる人の気配なんてありませんし、問題はないと思います。――というか、このサイズの地竜が人里を駆け回っている光景は常人にとって恐怖でしょうから、かえって近づこうと思わなかったのかもしれませんね」


 シャウだった。

 まだその視線は地竜に釘づけだが、どうにか言葉を紡げるくらいの余裕は取り戻したらしい。


「訊ねてみたらどうです?」


 と、シャウは地竜を指差してメレアを促した。


「それもそうだね」


 メレアはシャウの言葉に頷いて、


「――■■■、■■」


 例の竜語を紡いだ。

 相変わらずほかの魔王たちには言葉として認識できないような音の羅列だが、その声に地竜の方が反応したところを見ると、やはり言語としては成り立っているらしい。

 どういう言語体系なのだろうと首をかしげながら、彼らはメレアが竜の言葉を通訳してくれるのを待った。


「■■、■■■」


 再度メレアの竜語。


「ギャ、ギャウ」


 地竜が首をかしげてメレアの問いに答えていた。


「■■、■■」

「ギャウ」


 メレアの竜語は地竜の鳴き声と違って少し音が重く、また言葉と言葉の繋がりがなめらかだ。

 対する地竜の方はわかりやすく濁音が聞き取れるのだが、それが鳴き声なのか言語なのかがいまいち微妙なところである。


「ぎゃう」

「■■」

「ギャ、ギャウ」

「■■■ギャウ」


 「あ、混ざった」誰かが言った。

 ――と、つられたように紡いだ最後の竜語のあとに、メレアは肩をすくめて話す言葉を人語に切り替えた。

 

「お前竜語へたくそだな……、俺よりへたくそって本物の竜としてどうよ……!」


 雪白の髪を前に垂らし、大きくうな垂れながら言う。


「ぎゃ!」


 そんなメレアの言葉にも、地竜は嬉しげに答えていた。


地竜(レイルノート)天竜(テイシーア)で微妙に仕様が違うのかなぁ……」


 顔をあげ、今度は空を見上げながら紡ぐ。

 見上げた先の雲間に天に住む竜の姿でも見えないかと思ったが、メレアの視界にはもくもくとした雲以外にはなにも映らなかった。


「それで、彼はなんと? ――というか彼であってます? もしかして彼女?」

「ああ、彼だよ。――で、いわく、『よくわからない』」


 メレアが空を見上げた状態から斜めに顔を下ろし、問いかけたシャウを見ながら言った。


「これはまた……」


 シャウが肩をすくめると同時、魔王たちが一斉に肩を落とす。

 しかし、メレアの言葉はそこで終わらなかった。


「ただ、シャウの予想通り、なにかに追われている感覚はなかったって。これでも竜だし、知覚能力の高さからいってそのへんは間違いないと思う。仮にも竜死病にかかるまでは野生だったらしいし」


 続く言葉に、今度はホっと一息。

 落胆ではなく安堵(あんど)によって肩の力が抜けた。


「ふむ、ならばひとまずはよしとしましょうか。――ええ、ひとまずは」

 

 シャウは顎に手をおいて、思案気に頷いた。

 そのころには地竜の方もだいぶ興奮が収まってきていて、今度は周りに意識を向けていた。

 興味深げに周りの魔王たちを見回して、ひとりひとり顔を覚えているようだった。


「ここまでは良いにしても、問題はこれからです。その地竜――」


 シャウは言い掛けて、軽く首をかしげた。


「――そういえば、名前とかあるんですか? いつまでも地竜地竜と呼ぶと、仮に――ないと信じたいですが――ほかの地竜とばったり出くわしたときとか、かぶって不便なんですが」


 素朴な疑問だった。

 すると、メレアは即座にシャウの疑問に答える。


「■■■」


 シャウをはじめとして、ほかの魔王たちもその言葉をうまく聞き取れなかった。


「はい?」

「名前さ」

「ああー……」


 なるほど、それもそうか、と、シャウは合点のいったように拍手を一つ。


「竜ですし、そりゃあ名前も竜語ですよね。――なら、うまいこと人語に翻訳してください」

「人語に? んあー、えーっと……」


 唐突なシャウの要求に、今度はメレアが目を丸め、どうしたものかと(うめ)きはじめる。

 しばらくして、


「ノ……エゥ……■■……いやちょっと違うな……えーっと……」


 人語と竜語の狭間でうんうんと唸るメレアの顔は、まさしく一所懸命という感じだが、そのすりあわせの苦労がわからないほかの魔王たちから見ればどことなく滑稽(こっけい)にも見えた。

 けれど、馬上で背中から殺気をほとばしらせていたメレアを見ていた彼らからすれば、そうやって普通に悩むメレアの姿が、かえって良いものにも見えていた。

 と、魔王たちがメレアの様子を窺っていると、ついに本人が閃いたように表情を明るくする。


「……〈ノエル〉。――うん、たぶんこれが一番近い!」


 嬉しげな表情だった。

 難しい問題を解いて喜ぶ子どもような顔色だ。


「ほう、ノエル。では以後、それで呼ぶことにしましょう」


 シャウが周りに確認を取りつつ、ちらと地竜――ノエルに視線を送る。

 ノエルはシャウとメレアのやり取りを聞きながら、ときおり首を傾げて「ぎゃ?」などと疑問調の声音まで使い、様子を窺っていた。

 そのころには魔王たちの方も、まだ若干ビビりながらであったが徐々に警戒を解いたようだった。

 ノエルの方に敵意が見られないことを確認できたのが、なによりの要因だろう。

 最終的にはノエルの身体にぺたぺたと触れるくらいにまで近づいて、その場で出発に向けた会議がなされることになった。


◆◆◆

 

「――この際、一気に駆け抜けた方がいいかもしれませんね」


 会議の頭にそんな発言をしたのはシャウだった。

 魔王たちの視線が一点に集中する。

 シャウは身振り手振りを加え、例によってよく耳に響いてくる独特のリズムでもって、淡々と言葉を紡いでいった。


「さすがに地竜を連れて目立たずに進むのは苦労するでしょう。ついてくるなといっても、きっと彼――ノエルはついてくるでしょうし。――どうやらメレアに大きな恩を感じているようで」


 シャウはメレアの隣で大人しく伏せっているノエルにみなの視線を誘導する。

 名を聞いたあとにもろもろの事情を訊ねさせると、いわく、ノエルは竜死病から自分を救ってくれたメレアに多大な恩を感じているとの話だった。

 命を救われればそれくらいするかもしれないと思う傍ら、地竜は義理堅いという『風説』にも、魔王たちは確信を(いだ)いた。

 そしてついでに言えば、その地竜の強情さに気づいた瞬間でもあった。


「当の救世主たるメレアが帰れと言っても、なかなか首を縦に振りませんし。――まあ、群れからはぐれたので野生に帰る場所がないのかもしれませんね」


 そういうと、魔王たちの中に不思議な親近感が湧いた。

 親近感を抱いたが最後、捨てるに捨てれなくなる。

 ノエルは当然魔王ではないが、境遇はどことなく似ている気がした。

 結局魔王たちはノエルを一緒に連れて行くことにした。


「その上で、方針転換です」


 すると、ついにシャウが本題に移った。


「ここからレミューゼ王国の領土まで、およそ三日ほどでしょうか。わずかといえばわずかですし、まだ三度も夜を越さねばならないと思うと少し遠くも感じます。しかし、現況から考えればかなり近いと私は考えます」


 リンドホルム霊山を下りてからのことを考えると、よくぞここまでうまく逃げおおせた。

 彼らの胸にはそういう共通の思いがある。


「この位置まで来てもまだムーゼッグの影が見えないということは、もしかしたら捜索の手がここまで届いていないのかもしれません。たとえば三ツ国方面への逃走を本命に考えて、もっと浅い位置に捜索線を張っているのかも」

「となると、こうして大きく回り込んだのが功を奏したか」


 サルマーンが神妙な面持ちで言った。


「まだ確定とは言いませんがね。しかしそう考えると、チャンスでもある。いつムーゼッグが捜索線を広げて来るかわかりませんから、早めに速度重視に切り替えるのも手の一つだと思います。奇遇にも、こうして地竜が足に加わった」

 

 魔王たちはノエルを見た。

 ノエルは人間たちの話し合いに際して、暇そうに竜口を開けてあくびをしていたが、ふと魔王たちの視線が自分に向いたことに気づいて「ぎゃ?」と首をかしげていた。


「ノエルなら残る荷物を全部乗せて走れます。そうすればほかの馬も軽くなる」


 ノエルの膂力(りょりょく)は馬とは比較にならない。

 まだ図鑑に見るような成体地竜ほどの大きさでないにもかかわらず、多量の人や荷を乗せてもたやすく走りそうな身体だ。

 さすがに二十二人の魔王が上に乗ることはできなそうだが、荷物に関して言えば身体の横や胸元にも下げられるし、どうにか収まりそうである。


「だから、ここからは速度重視。馬の足を軽くして、突っ切りましょう」


 シャウはその判断を口に乗せるまでに多くの逡巡(しゅんじゅん)を経ていた。


 これがムーゼッグ側の罠ではないという保証はない。

 魔王をあぶりだすために、あえて捜索線を薄くしているのかもしれない。

 痺れを切らせて姿をさらした獲物を突く算段かもしれない。


 だが、かといって慎重になり過ぎれば日数がかさむ。

 せっかく一つ目の街を飛ばしたり、ネウス=ガウスで俊敏に動くことで素早さを重視したのに、ここで必要以上に慎重になっては意味がなくなってしまう。


 結局、どちらかなのだ。

 当たるか、外れるか。

 可能性が不明確な二択。

 考えれば考えるほどどツボにハマるようだが、それでもシャウは考えた。

 そして出した。――結論だ。


「残る三日。――祈りながら駆け抜けましょう」


 シャウはその方針を提案した。

 魔王たちはその提案を受けて、しばしの間自分たちで考える。

 考えなしに答えを出すのは、頭をひねったシャウに対しても悪い。

 互いは対等だ。

 だからこそ、誰かに頼り過ぎてはならないと彼らは理解していた。

 

 すでに〈メレア〉に一度大きく頼ってしまっていたことが、彼らのそんな思いを強くさせていた。


「――いいぜ、俺はお前の意見に賛成する」


 しばらく間があって、サルマーンが言った。第一賛同者だ。


「ああ、私もそれで構わない。むしろ良策だろうと思う」


 さらにエルマが真面目な顔で続く。


「あたしは祈る神なんて持たないけど、でもあんたの意見には賛成するわ。ある程度思い切りがないとね。――思い切らないことで後悔はしたくない性質(たち)だし」


 リリウムが眉尻をさげた笑みを浮かべながら、肩をすくめて見せた。

 それから続々と賛成の声が続き、最後にはメレアが残った。

 魔王たちの視線がメレアに集中する。


「それって、別に『主』としての言葉じゃなくていいんだよね?」


 メレアは彼らの視線を受けて苦笑した。

 もちろんメレアとしては、メレア=メア個人として発言しようと思っていたが、これまでのことを考えると自分の発言が『長としての性質』を持つことも考えなくてはならない。

 成り行きでそうなった感はまだ否めなかったが、それを請け負ったのも自分自身である。

 だから、その点に無知不干渉でいるつもりはなかった。


 そんなメレアの問いに対し、魔王たちは力強い頷きを返す。


「――わかった。なら率直に言おう」


 と、メレアはそう前置くと同時に立ち上がり、言った。


◆◆◆


「――行こう。あと三日だ。最後のひと踏ん張りとしようじゃないか」


◆◆◆


 その顔にはみなを元気づけるような明るい笑みが乗っていた。



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