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百魔の主  作者: 葵大和
第三幕 【動乱の予感】
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34話 「狭間の三ツ国」

 東大陸中央に位置するムーゼッグ王国と、そこからやや南下した場所にあるレミューゼ王国との間に、〈()ツ国〉と呼ばれる三国が挟まって存在していた。

 

 西から順に、〈クシャナ王国〉、〈ズーリア王国〉、〈フィラルフィア王国〉である。

 この三国は強国ムーゼッグに隣接していながら、〈三王(さんおう)同盟〉と呼ばれる三国の連帯によってムーゼッグからの侵攻を払いのけている希少な国であった。

 だが最近は、北や西に魔の手を伸ばして、手に触れたものをどんどんと吸収していくムーゼッグに押され気味でもある。

 まだムーゼッグの意識が北と西の国家に向いているため、本格的に身構えずにはいられたが、そうした仮初の平穏が途切れるのも時間の問題のように思えた。

 

 三王同盟は堅固な同盟である。

 また三ツ国のどれもが、ムーゼッグほど節操なくではないにしろ、身を守るための力の収集に余念がない。

 三国の前王が謀ったかのように崩御し、五年ほどの間ですべての国の王が若い王に世襲されてから、よりそういう力の収集に傾倒(けいとう)するようになった。


 そんな三ツ国に対し、レミューゼ王国は一応という形で不可侵条約を結んでいた。

 一応というのは、あえて結ぶ意味もないような条約だったからだ。

 そもそも、現レミューゼ王の愚配によって、なにもしなくとも着実に衰退していくレミューゼに、余裕があるならまだしも、わざわざ貴重な国力を割いて攻め入ろうとはどの国も思わなかった。

 

 三ツ国はあらかじめレミューゼが潰えたあとの国土の分配を同盟条約で決めており、そこに大きな争いが生まれることもなかった。

 レミューゼはもはや衰退の一途をたどる国ではあるが、国土そのものには一応という程度に自然資源が存在する。

 ムーゼッグなどと比べたら微々たるものだが、(わら)にでもすがる思いの三ツ国からすれば、まったく無視するほどのものでもない。

 国力をわざわざ割くほどではないが、確保はしておこう。どうせ放っておけば勝手に滅びる。滅びたあと、安全に資源を奪取できるよう、手回しだけはしておこう。

 三ツ国の認識はそういうものだった。


 ちなみに、レミューゼ王からの不可侵条約の申請があったときも、そのレミューゼ王の方から、

 『レミューゼにて最近資源豊富な地下鉱床を発見しました。ここから希少鉱石を採掘し、三ツ国に分配するので、これを対価に不可侵を』

 ――と、ご丁寧に暴露までされている。


 まったく馬鹿だ。

 最初から手札をすべて見せてどうする。

 『条約の対価としてなにを差し出せる?』と訊かれる前に、自分からあけっぴろげにそれを(さら)したのだ。

 三ツ国の若い王たちは会談で、そのレミューゼ王の行動を苦笑や失笑とともに迎えた。

 レミューゼ王のそれは取引というよりも『かしずき』であった。

 レミューゼ王のやりようは国家同士の政治的な取引ではなく、まるで弱者が強者に許しを請うような、たんなるかしずきだったのだ。

 そこに一国の王であるという威厳は、微塵すらも存在しなかった。

 

 たしかに、今のレミューゼには三ツ国に対抗する力はないかもしれない。

 だが、三ツ国の若い王はかつての気高かったレミューゼを知っていた。

 だからこそ、今のレミューゼ王に苛立(いらだ)ちを含んだ嘲笑を向けずにはいられなかった。


 『あの、たった一国で魔王を救おうとした馬鹿なレミューゼは――どこへいったのだ』


 魔王狩りが隆盛する転換期に起こった、凄惨な事件。

 その中で、声たかだかに、『それは間違っている』と宣言して見せたあの馬鹿なレミューゼは、たしかに馬鹿だったが、

 

 『――気高かった』


 誰もがおかしいと思いながら、強力な力を背景に持った相手を前にして、なにも言えずにいた。

 まだ今ほどに大きくなる前のムーゼッグが相手だった。

 しかし、それでもやはり、ムーゼッグは大きかった。


 そのときの三ツ国は逆に、ムーゼッグとレミューゼの間に身を(ちぢ)こまらせて立ちすくむ弱国だった。

 結果として、ムーゼッグとレミューゼの対立は大戦争にこそ発展しなかったが、〈術神フランダー=クロウ〉という英雄をめぐった一連の事件で、二人の英雄が世を去った。


 その事件を境に、ムーゼッグの魔王狩りを黙認する国家と、対抗する国家で、一旦世相(せそう)が分裂した。


 しかし、時代の奔流は弱きものに残酷だった。

 こうして今の時代にまでやってくれば、どこを見ても『黙認』である。

 レミューゼは愚王の専制ゆえに衰退の一途をたどり、残るは、


 『我々、三ツ国だけか』


 東大陸のムーゼッグ近隣諸国で、かろうじてムーゼッグに対抗できているのは三ツ国だけだった。

 だが、実のところ、そんな三ツ国も、


 『結局、我々も魔王の力を求めてしまったから、ムーゼッグとそう変わりないな』


 手を汚してしまっていた。

 ムーゼッグの専制を退けるために、どうしても力が必要だった。

 もはや彼らにはムーゼッグを(とが)める資格はない。

 それでもこうしてムーゼッグと対抗しているのは、せめて地方に分散する小さな国家だけは、魔王の力を奪った贖罪(しょくざい)のために守り切ってみせようと、そう思ったからだった。


 『なにより――これ以上魔王を狩らせるわけにはいかない。その間違いを犯してしまったからこそ……理解できる悲しみもある』


 この時代は、人々が思っているよりずっと混迷していた。


 わかりやすく力を振りかざし、多量の血を流すムーゼッグよりも、かえってその身のうちに沸々(ふつふつ)として腐っていく腐肉をためこんでいる三ツ国のほうが、もしかしたら厄介だったのかもしれない。


◆◆◆


 その日、三ツ国のうちの一つ、術機産業を特徴的な文化とする〈クシャナ王国〉の王城に、二つの影があった。


 一つはクシャナ王国の現王、〈ムーラン=キール=クシャナ〉である。

 もう一つは同じく三ツ国の一つ、堅固な鉄鋼騎兵団を持つフィラルフィア王国の現王、〈ファサリス=フィラルフィア〉であった。


 飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を放つ総髪痩身のクシャナ王ムーランと、一転して厳かな雰囲気を漂わせる短髪巨体のファサリスは、クシャナ王城の廊下を歩きながら話をしていた。


「――なあ、ファサリスよ。どう思う?」

「なにがどう、だ。お前はいつも言葉が足りなすぎる」

「オレとファサリスの仲じゃねえかぁ。――わかんない?」

「……」


 ファサリスは視線だけで人を射殺せそうな鋭い目つきをしていたが、へらへらとして訊ねてくるムーランには親しみのこもった視線を返していた。

 ファサリスはムーランの問いを受けて、(いく)ばくかの間、獣が放つような低い唸り声をあげて悩んだ。

 そうしてついに、ハッとしてムーランの言わんとすることに気づいたように、言葉を返した。


「これからの三ツ国の行先について、か」

「おお、よくわかったね。オレもぼんやりとしか考えてなかったのに」

「おい」


 ムーランはファサリスの非難の声にも動じず、ハハハ、とからかうように笑いながら、両腕を頭の後ろで組んでふらふらと廊下を歩いている。


「――たぶん、そろそろキツいぜ。オレ、近頃ムーゼッグ軍の様子を見る機会あってさ、バレないようにうまいこと顔を隠しながら観察したんだけど、なんとそこに〈セリアス=ブラッド=ムーゼッグ〉がいたのよ」

「あの天才児か」

「そうそう。――いやぁ、『やっぱり』あれは無理だね。オレだって王になる前は結構腕をならしたもんだけど、それでも無理だって思う。……いや、だからこそ無理だって思うのかもしれねえな。

 ともかく、できれば前にすら立ちたくないね。同じ人間とは思えねえや」

「なら、私でも無理だな」

「ファサリスなら死にはしなさそうだけど――まあ、俺たちもう王サマだし。アイオースの学園に留学していたころとは違って身体も鈍ってるからなぁ」

「そうだな」


 と、ムーランがついに一つの部屋の前で立ち止まって、後ろについて歩いてきていたファサリスの方を振り返り、演技ぶった一礼を施した。


「どうぞ、フィラルフィア王。こちらが会議室でございます」

「やめろ、お前も王だろうが」

「そう怒るなって。眉間に皺が寄るぞぉ」


 王城の一室。

 会議室と銘打ったそこは、ムーランの自室だった。

 つまり、クシャナ王の王室である。


 ムーランはファサリスのあとに自室へ入って、適当な椅子をファサリスの方に滑り飛ばしながら、自分も執務用の椅子に座った。

 窓から差しこんでくる日光がわずらわしかったので、カーテンを閉じる。


「そういやさ、ファサリス、覚えてる?」

「だから、なにを、だ」

「あいつだよ、あいつ」


 例によって言葉足らずな声が飛んできて、ファサリスは大きな灰色のマントを脱ぎながら、また「ううむ」と唸った。

 ファサリスの巨体から放たれる唸り声は、やはり獣のそれのように聞こえた。

 「相変わらず唸り方がおっかねえなあ」とムーランはけらけら笑って、ファサリスの答えを待っている。


「――ああ、あの〈クード〉のことか」

「よくわかったねえ。特に答えは用意してなかったんだけど、言われて『あ、それだ』ってオレ自身納得したよ」

「おい」


 いつものツッコみを手短に、しかしファサリスは自分の答えがムーランのそれと合っていたことを知って、一息をついた。


「あいつ、どこのお偉いさんだったと思う?」

「お偉いさんではなかったのではないか? だから途中で学園を追い出されたのだろう? あんな堂々と講義を受けながら、あいつは学園の生徒ではなかったんだぞ? ――おそるべき図々しさと、天才的な戦略家だったな」

「セリアス=ブラッド=ムーゼッグに盤上遊戯で土をつけたのもクードだったなぁ」

「――ああ」


 アイオースの学園は大陸屈指の学術施設である。

 各地から優秀な者が集まってくるその学園に、ムーランとファサリスも通っていたことがあった。

 他国からの政治事情を極力排他させる文化を持つアイオースには、各国の王族関係者も多い。

 そういったしがらみを無視して、高い水準の教育を受けられるからだ。


「顕示欲が強いやつなんかは、自分たちの『偽名』にわざとらしく名家の名を匂わせたりして、鼻高く悦に浸ってたが、『クード』と『ブラッド』はそのへんまったくわからなかったからなぁ」


 とはいえ、王族関係者などは、さすがに名実があがってからだと居づらいので、基本的に王族らしくなる前に学園に入れられることが大半だった。

 加え、そういう者たちが偽名を使うのも、慣習の一つだった。


「ブラッドなんてどこにでもいる名前だからな。クードはやや珍しいが、少なくとも国名を匂わせるものではないし、実際にああやって追い出されたのだから、やはり正式な王族などではなかったのだろう」


 英才教育の一環として、まだ表だって政治の場に姿を見せる前のムーランとファサリスも、数カ月の間だけ学園に在籍していたが、またそれは、あのムーゼッグ王国の王子、〈セリアス=ブラッド=ムーゼッグ〉も同じだった。


 結局のところ、親しい友人とまではいかなかったが、やたらに優秀な生徒がいると思って、若い好奇心のまま当時のセリアスに近づいていったのが、ムーランとファサリスであった。


「あとであいつの正体に気づいてマジでビビったよな。――おい、あれほとんど敵じゃねえか、みたいな」

「アイオースだからこそ起こったことだな。あの短い滞在期間がかぶったのも奇跡的だったろう」

「くっそぉ、こんなことならあの美形の(つら)に一発くらい入れときゃよかったぜ」

「どうせかすりもしないさ」

「うっせえ」

「まあ、別にいいではないか。面に関してはいい勝負だ。お前もお前で、学園の御令嬢たちには人気があっただろう? ――腕じゃ勝負にならんから、そこらで我慢しておけ」

「く、くそぅ……!」


 ムーランは子どものように頬を膨らませ、ファサリスは小さく笑った。


「――で、話を戻そう」

「――ん」


 ファサリスが襟を正すのに合わせ、ムーランもやや飄々とした気をしまって椅子に座り直した。


「今、北と西に手を伸ばしているムーゼッグが全勢力でもって反転してきたら、耐えられると思うか?」

「……無理だな。まったくやりようがないわけじゃないが、物量で押しきられる気がする」

「例の、お前が開発を命じたっていう『魔石砲』は?」

「兵器そのものはできてる。ただ、燃料となる魔石が足りない。思ってたよりもうちの領土の魔石鉱床が浅かった。これはオレのミスだな。――いっそレミューゼを先に潰して、レミューゼの鉱床から魔石を奪いたいくらいだよ」

「レミューゼを殺したら、もはやムーゼッグに(あらが)う意味もないように思えてくるな」

「――まあな」


 ムーランとファサリスは、とある『境界線』に立っていた。

 

 かつてはムーゼッグの魔王認定と魔王狩りのやりように、本気で対抗した。

 レミューゼの気高さに、人間の目指すべき徳治を見たからだった。

 レミューゼはあの事件以降、どんどんと衰退していき、しかしそれでもなんとかまだ耐えていたが、ここにきてあの愚王に一気に壊されそうになっている。

 三ツ国も、レミューゼの衰退に寄り添うようにして、精神面でムーゼッグに屈しはじめていた。

 

 もはや、あえてムーゼッグに対抗する必要もないのではないか。


 なにより、自分たちもムーゼッグと同じようなことに手を染めてしまっているのだ。

 いまさらその矛盾を抱えて生きるよりも、この三ツ国という内部的な結束を維持したまま、ムーゼッグと同盟を結んでしまった方がいいのではないか。


 矜持が崩れる。

 しかし、安寧(あんねい)が来る。

 

 徳治など存在しなかったのだと、世界に皮肉を送りながら生きればいいのではないか。

 

「――くっそ、やっぱ若かったな、オレたち」

「後悔しているのか?」

「いや、少なくともオレたちが王になったことに後悔はない。これでも国のためにずいぶんと貢献できたと思ってる。親父よりは絶対マシだ。――ただ、ムーゼッグがオレたち以上の速度で大きくなっていくから、それが認識しづらくなってるんだ」

「そうかもしれんな」


 ムーランとファサリスの間に、なんともいえない沈黙が蔓延(はびこ)った。


「――次だ。次で決めよう。オレたちがどういう道を取るか。民の身を案じるのが、王の役目でもある。王国の矜持、民の精神の気高さ、そういうものの指針になるのと同時に――でもやっぱり、命あっての矜持でもあると、そう思う」

「戦乱の時代はこういう矛盾をこれでもかと迫ってくるものだな」

「いやな時代さ。――オレたちが言えたことじゃないけどな」

「ああ、そうだな。……では、次の〈三王会談〉で、ズーリアの姫を加えて方針を決めよう」

「おい、ファサリス、今のあいつに姫なんていったらすげえ怒られるぞ?」

「さすがに本人の前じゃ言わんさ」


 ファサリスはまた小さく笑った。

 ファサリスはその笑みの最後に、部屋の窓辺に視線を向けて、瞳に望郷(ぼうきょう)の念を乗せながら言った。


「もし、かつての学園での日々と同じように、ここにあの〈クード〉がいてくれたら……やつはもっとうまい道を示してくれるのだろうか」

「……楽しかったなぁ、あの短い日々は」

「……ああ」


 ムーランもまた、ファサリスと同じように窓から空を見やった。

 二人はその透き通るような青の空に、同じ景色を見ているようだった。



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