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百魔の主  作者: 葵大和
第二幕 【時代の奔流】
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29話 「シャーウッド商会にて」

「一応それなりに大きな商会ですが、商会所属の商人自体はそんなに多くありません。加えて、商会に引き入れる人材も私が選別していますから、信用もできます」

「あなたが選んだ人材であれば、金には正直でしょうしね」

 

 ジト目でシャウに言ったのはマリーザだった。

 言葉のあとにはきっちりとため息で追い打ちをかけている。

 一方でシャウはそんな冷罵(れいば)の視線にもずいぶん慣れてきたようで、さらりと視線を受け流し、代わりに得意げな笑みを送り返していた。


「そのとおり。中途半端に金に正直なのはいただけませんが、その点が『金の亡者』レベルまで吹っ切れていればかえって信用しやすい。なぜなら私の商才がピカイチであるかぎり、彼らは私のことを裏切らないでしょうからね。わざわざ金の種になる男を手放すような馬鹿な真似を、彼らは決してしない」

「……はあ、あなたのその自信だけはいっそのこと尊敬します」

「おや、マリーザ嬢から珍しくお褒めの言葉が」

「――っ!」


 おそらく思わず出てしまった言葉なのだろう。

 しかし、これまで一貫してシャウに対して雑言(ぞうごん)を浴びせてきたマリーザをして、それは珍しい褒め言葉であった。

 シャウはここぞとばかりにニヤりとした笑みを浮かべ、対するマリーザは「しまった」とばかりに急いで口をつぐむ。

 そのときのマリーザには歴然たる『素の表情』が表れていた。


「な、なんでもありません。――なんでも」

「今回は私の勝ちですね?」

「勝ち負けの問題ではありません」

「あなた、『第一主人』を見るとき以外にもそんな顔をするんですね? 意外と鉄面皮(てつめんぴ)の下は相応の乙女だったりするんですか?」

「それ以上減らず口を叩いたらその口を八つ裂きにします」


 シャウが鼻高く勝ち誇って言うのに合わせ、マリーザが腰から二本の短剣をぬらりと抜き放ち、鋭い切っ先を手元で光らせた。


「勘弁してくださいよ! この口がなくなったら商談ができなくなります! これくらいにしておきますから!」

「ぜひそうしてください」


 マリーザが短剣を鞘にしまい直し、ついにそっぽを向いて話を切った。

 その一連の動作の間に、彼女が何度かメレアの方をちらちらと(うかが)い見ていたことに、シャウとアイズだけが気づいていた。

 当のメレアは「もう二人の言い合いは様式美だなあ」などとほのぼのして笑っている。


「でも実際、本当にシャウには頭があがらないよ。まったく、尊敬する」


 そんなメレアがふと口にする。その言葉は決して皮肉ではなかった。

 自分にはできないであろうことをしてみせるシャウは、メレアにとって純粋に尊敬に値した。


「ハハ、時間に余裕があればノウハウを伝授して差し上げてもいいですよ」


 シャウはメレアに褒められてまんざらでもなさそうに微笑を浮かべる。


「ちなみにいくら?」

「そうですね――、命の恩人でもありますから、特別『安く』しておきましょう」

「少し期待してたんだけど、やっぱりタダじゃないんだな」


 メレアは雪白の髪を左右に揺らしながら、やれやれと(かぶり)を振ってみせる。


「タダはよろしくない。これはあなたのためを思って言っているんですよ? 『タダより高いものはない』というのは至言です。金を払わないことで取引の終結点がうやむやになってしまうのです。いくらでもあとから吹っかけられる余地を相手に与えることになる。これはまったくおそろしいことですからね」

「なるほど、覚えておくよ」

「今のでノウハウの教授、一つ目です。料金が発生します」

「油断も隙もないなっ!!」

「ハ、ハ、ハ、まだまだ甘いですね!」


 シャウはそうして勝利の哄笑(こうしょう)をあげながら、ついに商会の玄関口をまたぐのだった。


◆◆◆


 入ってすぐに目に入ったのは、来訪者に対して門番のように鎮座する長テーブルだった。

 こちらと向こうを仕切る柵のようでもある。

 天井からは淡いオレンジ色の光を放つ石灯が吊るされていて、暖かみのある雰囲気を(かも)していた。


「あれ、なに……かな?」


 その光る石の灯火を見て、アイズが目を丸めていた。

 そんなアイズの横からマリーザが、


「あれは光石(ひかりいし)という自然発光する石を灯光(とうこう)用に成形したものです。日の短い北方大陸では、夜の長さゆえに光に関連した技術や産業がよく発達しておりますので、ああいう生活用具がたくさんございます」

「そう、なんだ」


 アイズは初めて見るその光る石に、好奇の目を向けていた。

 そしてそんなアイズに負けず劣らず、


「なにあれ超欲しい……!」


 メレアがもっと燦然(さんぜん)とした光を赤い瞳の宿していた。

 まるで新しいおもちゃを見つけた子どものようである。

 そんな様子を見て、シャウが小さく苦笑しながら言った。


「北方大陸に行くことがあればいくらでも手に入りますよ。そんなに欲しければ商品として入荷したときにあなたの分を確保しておきましょう」


 すると、ちょうどそのあたりで商会建物の中から一人の男が出てくる。

 その人物は片眼鏡(モノクル)のよく似合う中年の男だった。

 くすんだ灰色の髪を総髪に、年季の象徴でもある深いしわを眉間に寄せながら、ほっそりとした身体を歩かせてくる。

 その男は片眼鏡の位置を指で直すと、ようやくという感じで来訪者の顔を(いぶか)しげに眺めていき、


「――シャーウッド様っ!?」


 一転、素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげた。

 シャウの顔を見て、思わず素が出てしまったというふうだった。

 こちらに歩いてくるまでのいかめしい顔色は崩れ、亡霊でも見たかのような驚愕を浮かべている。


「やあやあ、ザイード君。どうにかこうにかサイサリスの狂信者たちから逃げきれましたよ」


 対するシャウは軽い調子で片手をあげている。

 見た目は圧倒的に片眼鏡(モノクル)の中年男の方が上だが、一方で上下関係は真逆であるようだった。

 メレアたちはその不思議なやりとりを見て、シャウがたしかにこの商会の長であることを再確認する。


「よくぞご無事で! サイサリス近隣の商会支部からシャーウッド様があの狂信者どもに追われたと話を聞いて――」

「ああ、一応情報は伝わっていたのですね」

「ええ、しかしまさか東へ逃げて来るとは――」

「いろいろありましてね。西もダメ、北も南もダメ、東が一番ダメでしたが、しかしそれを乗り越えればその先に可能性がある、ということで」

「ほう、可能性……ですか。〈魔王〉関連としますと――〈レミューゼ〉でしょうかね」

「そんなところです。追手を(かわ)しつづけて商売に(いそ)しむこともできなくはないのですが、やはり不便ですからね。そろそろそれらしく気を休められる拠点を作ってしまおうと思いまして」

「心中お察しします。シャーウッド様がおられないと商会の動きも鈍りますからね。もちろん私どももかつては個人で腕をならした身ですので、最低限のことはこなしてみせますが」

「ええ、期待しています。――さて、積もる話もいろいろありますが、今は少し時間がなくて。あとで文書でも飛ばしますよ」

「はっ、かしこまりました」


 二人の間で会話がひと段落すると、ついに片眼鏡の男の視線がメレアたちに飛んだ。


「そちらの方々は?」

「私なんかよりずっと大変な労苦を背負っているほかの『魔王』たちです。なんだかんだと、助けてもらいました」

「そうですか。同じく、心中お察しします。乱暴者の恣意(しい)に振り回されるのはほとほと面倒でしょう」


 どうやら〈錬金王〉の号を持つ男と組んでいるだけあって、片眼鏡の男――ザイードは魔王に対してある種の理解があるようだった。


「しかしシャーウッド様が誰かに助けてもらうとは、なかなか珍しい。あなたは基本的に誰かを助ける側の人間だと思っておりました」

「そんなことありませんって。――それで、少し手配してもらいたいものがあるんですけど」

「わかっておりますとも。レミューゼまでの足を手配すればよろしいのですね?」

「話がはやくて助かります」

「今に調達してみせます」

「三十分でお願いできるでしょうか」

「ハハハ、また難度の高い注文をなさる。――しかし、やってみせましょう。金の力が偉大であることをこの方々に示すためにも」


 やはり彼らは同類のようだ。

 メレアはザイードのニヤりとした笑みを見てそう思った。


「さあ、いましばらく待ちましょう。ザイード君が足を手配してくれます。ネウス=ガウス公国の商業網を網羅(もうら)している彼ならば、今に理想的な仕事をしてくれますよ。――それまでの間、この商会支部の地下にいろいろな地方から調達した商品がありますから、ついでに見ていきます? ジッとして待っているのもなんですし」


 ザイードが一礼のあとに商会の外に駆けだしてすぐ、シャウがメレアの方を見ながら言った。


「っ、ぜひっ!」


 その言葉を聞いた瞬間、これでもかとメレアの瞳が輝く。

 シャウは再びメレアの子どものような様子を見て、思わず自分の顔に苦笑が浮かんでくるのを感じた。


◆◆◆


 シャウ自身、道中での会話でメレアがリンドホルム霊山にこもっていたことを聞いていた。

 さすがのシャウも、最初は「嘘だぁ」と大仰(おおぎょう)に笑って見せたが、それからメレアとさらに言葉を交わし、最終的にはそれが事実であることを認めた。

 術式などに関して異様に深い知識はあるくせに、誰でも知っているような常識や物を知らなかったのだ。

 そして、それらの情報がやたらと古かったのがとどめとなった。


 ――本当にリンドホルム霊山の山頂には英霊がいたのでしょうか。


 いたのかもしれない。

 あくまで噂話やおとぎ話のたぐいではあれど、霊山の山頂には力の強い霊が集まる、という話は聞いていた。

 あの墓石に刻まれていた百人の名。

 聞いたことのある家名もいくつかあったが、個人名と合わせると知らない名前がほとんどだった。

 かなり昔の英霊の名であるとしたならば、知らないのも無理はないのかもしれない。

 また、そういう英雄を魔王に仕立て上げるために、過去の文献を抹消する国家もあるくらいだから、そういう理由で今の時代に名が残っていないということも考えられる。

 

 ――まあ、追々(おいおい)、でしょうか。


 そこでシャウは、一旦メレアに関する思考を切った。

 それ以外にも少し思考を割いておくべき対象がいた。

 むしろ、こういう(つか)の間の休息でしっかりと精神に息継ぎをさせてやれるメレアよりも、そのもう一方の方がずっと気がかりであった。

 シャウは目をキラキラさせているメレアから視線を外し、今度は少し離れたところで思案気(しあんげ)な表情を浮かべている〈剣帝〉エルマに視線を向けた。


 彼女だけはメレアやアイズと違って、いまだに物々しい表情をしていた。

 いっそのこと彼女自身の発する張りつめた空気に、本人が窒息してしまいそうな様相だった。

 シャウにはそれが、なにか取り返しのつかないことをしてしまったと悔やむような、そんな顔に見えていた。


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