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百魔の主  作者: 葵大和
第二幕 【時代の奔流】
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28話 「学術と社交の街」

 リリウムはやりきった。

 炎の馬を連日連夜快打し、一つ目の小さな都市を越え、ついに二つ目の大都市国家〈ネウス=ガウス公国〉へと魔王一行を繋いだ。


「人生の中でここまで身をすり減らしたのは初めてよ……」


 達成感のこもった声音と、どこか満足したような笑みを浮かべて、リリウムは都市の手前で荷馬車の中に倒れ込んだ。

 安心し、気が緩んだのだろう。

 そんなリリウムをメレアが受け止め、横抱きにした。

 ほかの魔王たちも心配そうな目でリリウムを見下ろしていたが、リリウム本人は疲れ果てながらも「大丈夫、大丈夫」と軽い笑みを浮かべて手を振っていた。

 そんな彼女に、魔王たちが、


『ありがとう』


 口々にそう言い、彼女をメレアに任せることにした。

 リリウムはメレアの胸の中で、小さく笑いながら息を吐いていた。


「お姫様抱っこ、こんな状況じゃなかったら楽しめたかもしれないけど――こんな状況じゃなけりゃそもそも抱っこしてもらえなかったか」


 「あはは」と最後に楽しげに笑って、ついにリリウムは目を(つむ)った。

 疲れた身体を休めるように、眠ったようだった。


◆◆◆


 あらかじめこの〈ネウス=ガウス公国〉へとたどりつく前に、街でそれぞれが何をするかを決めておいた。

 時間はあまりない。

 可能なかぎり足跡(そくせき)をたどらせぬよう意識してはいたが、いかに速く逃げるかに重きを置いていたため、そのへんが雑になったかもしれない。

 荷馬車を引くのが炎馬であったことも合わせて、人目につかぬようにと善処していたつもりでも、限界はあった。

 それでも、ひとまずムーゼッグや他の国家よりは先にこのネウス=ガウス公国にやって来ることができた。


「では、それぞれ分担しておいた物資を。私は足を手に入れてきます」


 魔王たちにそう言うのはシャウだった。


「二時間です。二時間でネウス=ガウスの東の国門に集合してください」


 ネウス=ガウス公国の国土はなかなかに広い。文化の重きを学術の発展と社交の充実に置いているだけあって人の数も多く、魔王たちがまぎれるのにはうってつけだが、その分あちこち動き回らなければならない距離も増える。


「二時間って、なかなか厳しいこと言ってくれるな、おい」


 肩をすくめて苦笑しているのは〈拳帝〉サルマーンだった。

 

「間に合わなそうだったらわたしたちが連れてってあげるよ!」「氷ですってんころり!」


 そして、その両肩にちょこんと乗ってサルマーンの砂色の髪で遊んでいるのは例の双子だった。


「その運び方はやめろ……ケツがいたくなりそうだ」


 いつも無邪気で快活な彼女たちは、ここまでの道中でほかの魔王たちにもずいぶんかわいがられたが、今回の分散行動に際しては一番なついているサルマーンが連れて行くことになっている。


『幼女誘拐』

『ずるい』

『肩にお尻の感触ある? 楽しめてる?』


「おいっ! 誤解されるような言い方やめろよっ!!」


 いくつかの怨念のこもった声に答えるサルマーン。


「――ったく。まあいいや。んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」


 そんなサルマーンも、一度だけため息をついて颯爽(さっそう)と駆けだした。

 少女二人を肩に乗せながら、それでいてなかなかの速度で走るサルマーンは、〈拳帝〉の名に恥じぬ膂力(りょりょく)の持ち主のようであった。


◆◆◆


 それから次々と魔王たちはネウス=ガウス公国の喧騒の中へ消えていく。

 基本的に戦闘を得意とする魔王とそうでない魔王が入り混じる形で組になっていた。

 そうして最後に残ったのは、メレア、その背に背負われた〈炎帝〉リリウム、〈剣帝〉エルマ、〈錬金王〉シャウ、〈暴帝〉マリーザ、そして〈天魔〉アイズの六人だった。

 

「えーっと、左から順に……世間知らず、疲れ果てた少女、脳筋方向音痴――」


 シャウがぐるりとその場に残った面々を眺め、順々に形容を口に乗せる。


「主人にべったりのメイド、一番の良識人だが前述のメイドにべったりされている不運で幼気(いたいけ)な少女。――うーん、前者三名はともかく、後者の、特に場違いなメイド服に身を包んだ方がアレですね。なにがっていうと〈暴帝〉の号が怖いので言いにくいんですけど、アレですよね」

「なんですか? なんでございましょうか? ――ああっ! ついにその頭蓋(ずがい)の中身までもが金に変容し、まともな思考が(まわ)らなく!」


 本当にかわいそうなものを見るかのような目つきで、マリーザがシャウを見る。

 さらに口元を手で押さえ、「ああ、お気の毒に……」と迫真の演技で震えて見せた。


「ホントにあなた、そういう表情だけはうまいですよね。……はあ、まあいいでしょう。実際、私とアイズ嬢を守るために戦える者が三人いると思えば、なにもおかしなことはありませんしね。リリウム嬢の保護もありますし、一人や二人でも荷が重いでしょう」

「わたくしはメレア様とアイズ様は守りますが、あなたは守りませんよ?」

「ええ、ええ、よくわかっています。だからメレアくんにお願いしているわけです」


 ふと、シャウは自分たちのやり取りを見て笑っていたメレアに視線を向けた。

 メレアはシャウの敬称を伴った呼び方に今度は恥ずかしそうな表情を浮かべ、軽く首を振りながら言う。


「なんだか恥ずかしいから、メレアでいいよ」

「では、メレア。あ、私のこともシャウでいいですからね。――で、くれぐれも頼みますよ? 私、たしかに魔王ですけど、金の力以外は使えませんから」

「それが今のところ一番有用な力に思えるけどね」


 メレアはそのことに確信を覚えている。

 シャウがいなければこうもたやすく(こと)は運ばなかったろう。

 すでに公国の街並みに消えた魔王たちの軍資金も、シャウが(ふところ)から出したものだ。

 なんでも、いろいろな国の周辺に隠し財産を埋めてあるらしい。


「今のところは、ですよ。こんな時代です。最後の最後になによりも大事になるのは、きっとあなたの身に宿っているようなシンプルな力ですよ。――あっ、でも金の力もシンプルに偉大ですけどね!」


 シャウはいつもの口癖を末尾につけ加え、ついに歩を進めた。

 シャウを先頭に、リリウムを担いだメレア、エルマと続き、最後尾をアイズとマリーザが横に並んで続く。


 そうして一行はネウス=ガウス公国へと足を踏み入れた。


◆◆◆


 シャウの足運びは確信的であった。

 まるでネウス=ガウス公国のどこに求めるべきものがあるのかを知っているかのように、淡々と歩を進めていく。

 そんな確信的な足運びに、メレアたちは黙ってついていった。


 そうこうしていると、シャウが公国の中央通り――派手な衣装に身を包んだ若い令嬢がぞろぞろと歩いている道へ足を踏み入れる。

 踊るような小気味よいステップを踏んで、優雅に衣装を(ひるがえ)し、楽しげに通りを歩く令嬢たちに、思わずメレアは目を奪われた。

 (はず)む空気。

 明るい喧騒(けんそう)

 まるで祭りのような――。

 色とりどりの衣装が翻るさまは、どことなく幻想的ですらあった。

 通りの脇にはほかの公国民たちも集まっていて、団子のようになりつつも歓声をあげている。


「彼女たちはネウス=ガウス公国の学術振興の象徴。日々学術に(いそ)しむ公国学園の生徒たちです」


 ふと、シャウがメレアの様子を(うかが)ってか、短く説明をしてくれた。


「へえー」


 メレアは興味しんしんといった体で、通りに視線を向けている。


「それと、今に来ますよ」

「来る? なにが?」

「もう一つのネウス=ガウスの文化でもある、象徴的光景が、です」


 言われ、メレアはさらに通りを注視した。

 すると、幾秒も待たずして、令嬢たちの行進へ年若い男子たちが追従していくのが見えた。

 令嬢たちと同じように美しく着飾った年若い男子たちが、歓声をあげる公国民たちの中からするりするりと抜け出てきて、通りの行進へ加わったのだ。

 男子たちはそうやって列に加わっては、思い思いの令嬢に声をかけ、交流を図っているようだった。


「学術と社交。若者を賛美し、尊重する文化が、ネウス=ガウス公国の最たる文化的特徴です。週に一度、休日に、こうして街に繰り出しては社交パーティーのような行事を行うのがネウス=ガウスの特徴的な習慣でもあります」


 陽光に照らされる若人(わこうど)たち。

 周りの大人たちも、きっと同じ道をたどって育ってきたのだろう。通りの脇で歓声をあげる大人たちは彼らを見て、いろいろな笑みを浮かべていた。微笑ましい光景に頬がほころぶという以外にも、懐かしむような色であったり、羨ましがるような色であったり、大人たちの表情の色はさまざまだった。

 メレアもそれらを見て、


「楽しそうだなぁ」


 微笑を浮かべながら言った。

 ネウス=ガウスの若々しい活気を見て、メレアはあらためて自分が下界に下りてきたという実感を得た。

 そこはメレアの知らない世界だった。


「いざこざがなくなったら、また見に来ましょう。旅行者の参加にも寛大ですからね」


 そういってシャウはメレアに笑いかけ、また道を変えた。

 大通りから脇道へ。

 徐々に熱気が薄れていって、街道を二つ越えたところでふっとそれは消えてしまう。

 少し後ろ髪を引かれるような気もしたが、メレアは今の自分があそこには加われない状態にあることを理解し、素直に受容していた。

 彼らを少し(うらや)ましくも思ったけれど、決して今の自分の在り方を悲観しているわけでもない。

 メレアは最後に一度だけ、家々の間の細道から後ろを振り返り、もはや見えなくなってしまったあの若人たちのパレードへ、いろいろな思いがこもった視線を静かに送った。


◆◆◆

 

 さらに歩き、移動だけでも十分ほど掛けた頃だろうか。

 ついにシャウがある建物の前で歩みを止めた。

 メレアはシャウの見上げる先に、とある『看板』が掛けられているのを見つけて、それに視線を走らせた。


 『シャーウッド商会』


 達筆な文字で、そう描かれていた。

 建物の素材はレンガ造りで、角がやや削れてはいるが、それなりにしっかりとした造りをしている。

 ピカピカというわけではないが、少し年季の入って、それがかえって(おもむき)深く感じられるくらいには、洒落(しゃれ)た建物だった。

 傘型の屋根の先からきらきらと陽光にきらめくガラス細工の洋灯(カンテラ)がつりさげられていて、武骨なレンガの背景にアクセントを加えている。

 ふと、そんな建物を背にしてシャウが振り返り、メレアたちに笑みを見せた。


「私の名は〈シャウ=ジュール=シャーウッド〉。実はここ、私の運営する商会の支部なんです」


 そう言うシャウの顔には、少し自慢気な色があった。

 と、すぐにシャウの笑みが悪戯っぽいものに変わっていって、最後には人差し指を口の前で立てて言う。


「――あ、もちろん偽名ですけどね? 内緒にしてくださいよ? 過去に〈魔王〉と呼ばれたご先祖様がいろいろやってくれたおかげで、一から名前に信用を付加させるのに苦労したんです」


 あっけらかんと自分の〈魔王〉としての悲劇を披露しながら、わざとらしく片目を(つむ)ってみせるシャウに、むしろメレアは笑ってしまった。


「シャウのしたたかさには恐れ入るよ」

「これでも結構しぶといのが売りでしてね。金の亡者というのは、それこそしたたかでなければやっていけない職業なんです」


 そう言いながら優雅な一礼をするシャウは、やはりどことない底知れなさをメレアに感じさせるのだった。

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