260話 「それでも、この再会に祝福を」
「なるほど、白い天竜か。たしか太古の時代に天竜族の原点にして頂点と謳われた始祖の系譜だ。これはさすがの父上も想定外だったろうな」
「殿下……?」
セリアス=ブラッド=ムーゼッグは自分の放った白光砲が彼方へと消えていく姿を視界の端に収めながら、その焦点を空の白い天竜とその背に乗る男に合わせる。
――メレア=メア。
白い天竜に乗って現れたことも、いつかのように自分の想定を上回る力を初撃で見せつけたことも、いまさら驚きはしまい。
――そうでなくては。
セリアスは腹の底のあたりにうずく熱を感じた。
「殿下、しかし今のは手の内を明かすことには――」
隣でミハイが心配そうな表情を浮かべている。
「あの男が恐ろしいか、ミハイ」
セリアスは微笑を浮かべながら訊ねる。
「……はい」
そんなセリアスの問いにミハイはしばらくの沈黙のあと目を伏せて答えた。
「正直だな」
「で、ですが、今の殿下の方が、お強いです。殿下にはその眼と〈悪神〉の腕があります。かつての戦いのときとは比べ物にならないほどの力をお付けになりました。だから、殿下であれば魔神を叩き伏せることができます」
「眼……か」
セリアスはその言葉を受けて視線を下げる。
その先に見つけたのはあの〈術神〉フランダー=クロウであった。
――どうしてだろうな。
不本意ではあれど、あのときのメレア=メアの言葉を借りれば――きっとあの男に憧れていた。
同じ祖国に生まれ育った史上最高の術士にして、稀代の英雄。
けれどなぜか、こうして現世に現れたかつての憧れを見ても、心が動かない。
「殿下の〈黒神の魔眼〉はあの〈術神〉のそれよりもさらに先を行く力を持っております」
「……そうかもな」
だが、それはこの際もうどうでもよかった。
どうしてそう思うのかは、やはりわからない。
「……ミハイ、どうして今さらになって父上は私のこの眼に名をつけたと思う?」
〈黒神の魔眼〉というのはセリアスの父、つまるところ現ムーゼッグ王が直々に命名したものであった。
来たるべきムーゼッグの世において、『英雄』の象徴として存するように、と。
「それは……殿下の御力がかつての〈術神〉を越えたからではありませんか? 術号には次の段階がありません。ですから、国色と、同じ序列の号を合わせて、〈黒神〉と」
――違うな。
セリアスは心の中で告げる。
「……そうだな。お前はまだ知らなくていい。いずれにせよ、この戦いの結果いかんによっては公然と判明することだ」
セリアスはそう言って襟を正す。
そして最後にもう一度空を見上げた。
「……クードにも教えてやらねばならんかもな」
いずれ来たるであろうかつての友を、ほんの一瞬だけ、脳裏に浮かべた。
◆◆◆
「メレアは、空はもういい。天竜は私が請け負う。お前は下に降りてフランダーと話せ」
メレアはクルティスタに言われ、一瞬言葉に迷った。
「なにも気遣いから言っているわけではない。お前はあやつと話す必要がある。――〈悪神〉のことも含めてな」
クルティスタはさきほどのセリアスの一撃を見てから、その号を特に気にしているようだった。
「その〈悪神〉っていうのは――」
「〈魔王〉だ。どの時代の、誰から見ても、魔王だった者。もしかしたらアレこそがこの世界における最初の魔王だったかもしれぬ」
最初の悪徳の魔王。
「フランダーよりも聖人と呼ばれる者たちの子孫であるヴァンやレイラスのほうが詳しいかもしれんが、あいにくやつらはここにいない。レイラスの夫であったフランダーであれば、いくらか話を知っているかもしれん」
「……わかった」
メレアはクルティスタにうなずきを返す。
「……なんとなくだが、今代のムーゼッグの王がなにをしようとしているのか、わかってきた気がする。……久方ぶりに吐き気を覚えさせる人間が世に現れた」
そんな意味深な言葉を口にしながらクルティスタは高度を下げる。
ある程度の高度まで下りたところで、メレアはその背から飛び降りた。
◆◆◆
メレアが着地したのは分断された戦線の最前線。
そこには〈魔王連合〉の仲間たちと、リンドホルム霊山で別れ、二度と会うことがないはずだった親たちが、待っていた。
メレアは仲間たちに声を掛けながら、ゆっくりとその男の元へと近づいていく。
一歩ずつ、地の感触を確かめながら。
やがて最後にその男の前にいた仲間――サルマーンがメレアの背をバチンと強めに叩きながらその男の前に誘導する。
メレアはそこでやっと、顔をあげた。
「――久しぶり、フランダー」
「――大きくなったね、メレア」
この世界に生まれ直して、おそらく最も長く一緒にいた男。
未練を抱いた自分の魂を、世界を越えて誘ってくれた恩人。
ほんの少し前までは、毎日見ていたはずの顔なのに、今、こうして見ると――
「――」
――嗚呼。
目頭が熱くなるのは、なぜだろうか。
「たくましくはなったけど、相変わらず泣き虫みたいだね?」
そんなメレアの様子を見たフランダーが、いつかのように顔にいたずらげな笑みを浮かべて手を伸ばす。
その手は何度も繰り返したであろう自然さで、メレアの頭を優しくなでた。
「やめてよ、ここ戦場なんだけど」
「僕にとってはこっちの方が優先すべき事項なんだ。それに、戦線は君のおかげで硬直したし、向こう方も天竜の無差別攻撃でさすがに混乱してる。ちなみにさっきのあれはヴァンの術式だね」
「ああ……うん」
「ヴァンはもう往ったかい?」
「……うん、アイオースで」
メレアは一度だけ目元を袖で拭い、改めてフランダーの顔を見て言う。
灰色の長髪、自分と同じ赤い眼。
リンドホルム霊山で別れたときと変わらず、ほんの少し背は自分より高いが、なんとなくその差は縮まった気がした。
「そうかい。きっと自慢げに還っていっただろうさ」
「そうかな」
「そうに決まってる」
ヴァンとどんな会話をして、どんな結末を迎えたかをまだ話してはいないが、それでもフランダーは断言した。
「フフ、親をなめてもらっては困る。君の表情を見れば、君が思っているよりずっと多くのことがわかるものさ」
そうわざとらしく得意げにフランダーが言った直後、脇から別の声が飛んできた。
「あのバカはバカゆえにお前と敵対することになっても手を抜くようなことはしないからな。お前があのバカと出会い、そのうえでここへ来たこと自体が、あのバカにとって良い結果になったことを証明しているのだ」
「――セレスター」
〈雷神〉セレスター=バルカ。
〈風神〉ヴァン=エスターに並びメレアの戦闘技術に大きな影響を与えた英霊の一人。
セレスターは汚れのついた服を払いながらメレアの隣にまで歩み寄り、やはりフランダーと同じくその頭を一度撫でた。
「……良い道を歩んでいるな」
「〈魔王〉なりにね」
「そう苦笑しながら答えられること自体がその証左だ」
そう言ったセレスターは、直後にふと空を見上げ、「不本意だが、お前があのとき私に言った言葉が正しかったことを認めてやる」とつぶやいた。
「――メレア」
そして。
メレアは久しく聞いていなかった親の声を聞く。
とっさに声のほうを振り向くと、エルマに肩を支えられながら歩いてくる一人の女性の姿があった。
「クリアッ!」
「大きくなりましたね」
メレアはとっさに彼女に駆け寄り、逆の肩を背負う。
見れば、クリアは腹部を自分の片手で押さえていた。
血こそ流れていないが、その手の奥に見える傷口は生身であれば致命傷だ。
しかしクリアは、メレアが近づくのに合わせてその傷口から手を離した。
彼女にとって、自分の体よりも優先してその手を向ける相手が、そこにいた。
「あんな小さかった子が、今や私の体をこんなに軽々と支えるほどに。――嗚呼、たしかにこれは、何物にも代えがたい歓びですね」
クリアはメレアの背と頭に手を回し、その体を慈しむように抱き寄せた。





