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百魔の主  作者: 葵大和
第十六幕 【百魔の主】
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258話 「人と竜と」

「フフ、自分の墓を自分で見るっていうのも変な感じだ」


 メレアがサイサリス域の戦線に到達する少し前。

 リンドホルム霊山の山頂で、一人の男がそこに立つ無数の墓石を見て笑みを浮かべていた。


「さて、と」


 次いで、男は空を見上げる。

 すると、その視線に応えるように雲間から一瞬巨影がのぞいた。


「そこにいるんだろう? ――クルティスタ」


 直後、その巨影は羽ばたきで雲を切り裂いたかと思えば、天からこぼれ落ちた雫のように一直線に山頂まで降りてくる。


「……カレルか」


 白い体表、どこか神々しさすら感じさせる人とは違う風体。着地の瞬間に舞った風の中には、その体から発せられる重厚な術素が混じっていた。

 〈天竜〉クルティスタ。

 かつてリンドホルム霊山の山頂に漂っていた英霊たちの友人にして、メレアのもう一人の育ての親である。


「僕がどうしてここにいるかとか、なにを話しに来たかとか、もろもろ説明は必要?」

「……」

「ないよね。君は天竜だ。それも、この世界でもっとも天竜らしい天竜だ」


 男はフードを手で脱いで顔をあらわにしながら言う。


「ついに竜になれたようだな、カレル」

「竜の因子が完全に定着して『組み替わった』のが死んで魂だけになった後っていうのが皮肉だけどね」


 黒い髪に青い眼。

 その瞳孔は人のものではなく、クルティスタと同じように縦に割れていた。

 そんな風貌を見たクルティスタがため息交じりにいう。


「まったく度し難い馬鹿だな、お前は」

「だって、竜に憧れてたんだもん」


 一見大人しく普通に見える〈竜神(カレル)〉だが、その中身が英霊たちの中でも特に常人からズレていることをクルティスタも知っていた。


「まあ、僕のことはいいんだ。――状況はわかっているよね」

「……まあな」


 クルティスタは考え込むように目を閉じる。


「一部の天竜が下界の戦いに参加するようだよ。それも、ムーゼッグにつく形で」

「……」


 クルティスタは目を開かない。

 カレルはその様子を見上げながら、さらに続ける。


「つまり、メレアとぶつかることになる。メレアはとても強くなったみたいだけど、あれだけの数の天竜が相手となると少し厳しいんじゃないかな」


 もし天竜が地上で戦うのであれば、メレアならなんとかしたかもしれない。

 しかし、天竜が人間と比べて圧倒的に勝っているのは、最初から空を支配していること。


「メレアはヴァンの翼を受け継いでいるけど、あれは空を飛ぶことに適したものじゃない。時間が経てば経つほど、いずれ一方的に制空権を取られることになる。これは集団対集団において致命的だ」


 しかも、それが鳥や虫ではなく竜であることが問題だった。

 強大な力を持ち、自在に空を飛ぶ相手が、手の届かない位置から一方的に攻撃を仕掛けてくる。

 こんなもの、まともな勝負にはならない。


「それで、私にメレアの味方をしろと、そうお前は言いに来たのか」


 クルティスタはようやく目を開いてカレルを見た。

 その目にはわずかに威圧的な雰囲気が含まれていた。


「そうだよ。端的に言うとね」


 しかしカレルは、常人であれば卒倒しそうな竜の眼光を受けてなお、まったくひるまない。

 というより、そもそも気にも留めていないようだった。


「……はあ」


 クルティスタはそんなカレルを見て拍子抜かれたように居住まいを崩す。


「お前を相手にしていると自分の種族を忘れそうになる」


 天竜を自分の好奇心の対象として見ている。

 それだけならばなんらおかしなことはないが、カレルの場合はその好奇心が生物的な生存本能をたやすく上回ってしまっているという点で問題だった。

 『恐れ』よりも『興味』が勝っているのだ。


「今さらなにを言ってるんだか。というか、僕だって相手が君じゃなかったらそれなりに身構えてはいるよ。死にたくはないからね。でも、相手が君だからいちいちそれっぽく反応するのもめんどくさいなぁ、とは思ってる」

「……はあ」

「ちょっと、ため息多いんだけど」


 最後のため息はやや芝居ぶって。

 クルティスタは指先の爪で額をぽりぽりと掻いている。

 さきほどの(おごそ)かな空気はどこかへいってしまっていた。


「私の心中を察せ、馬鹿。……メレアも最初こそ一定の(おそ)れを持って私に接していたが、育つにつれてお前のようになっていった。というか、お前よりもずいぶんと早く私への畏れを忘れたようだった。まったく困ったものだ」

「それはそうなるに決まってるじゃん」

「即答だな……なぜそう言い切れる?」


 クルティスタが疑問符を浮かべる。

 そんなクルティスタを見たカレルは、逆になぜわからないのかと言わんばかりに首をかしげて言った。


「え? だって――メレアにとっては君も『家族』の一人だもん」


◆◆◆


「メレア、先にあの天竜どもを落とすぞ」


 空でクルティスタがメレアに言った。

 遠く、計二十体ほどの天竜が同じ高さに列をなしている。


「――いいの?」


 ふと、メレアがクルティスタの首のあたりに手を置きながら訊いた。


「……なにがだ」

「クルティスタは、下界の戦いに首を突っ込まないっていう天竜の(おきて)を誰よりも守ろうとしてきたように思う。だから俺が霊山を下りるときも、けっして手を出さなかった」

「……」


 クルティスタはメレアの今までの戦いを見ている。

 そしてけっして手は出さなかった。

 それはクルティスタの天竜としての矜持であり、メレアが生まれるよりもずっと前から自分たちに課した掟でもある。

 それをメレアも知っていた。


「ここへ背に乗せて連れてきてくれたことも、今さっき俺の仲間たちを助けてくれたことも、全部ものすごく助かった。クルティスタがいなかったら戦況はもっと悪くなっていたかもしれない。だから本当は、ここでカッコよく『もう十分だ』って言ってあげたい。でも――」


 次の言葉を聞いて、クルティスタは「なるほど、たくましくなった」と思った。


「仲間の命が懸かってるから、そうも言えない。彼らを守る力が増すのであれば、俺は一人の魔王として、ずうずうしくクルティスタに頼むよ。『もっと力を貸してくれ』って」


 それでも「いいのか」と聞いたのは、メレアなりの思いやりなのだろうとクルティスタは思った。

 あるいは、『魔王』としてではなく、一人の友人――もしくは家族としての言葉だったのかもしれない。


「ハッ、正直だな。だが魔王たちの長としては正しい」


 そしてクルティスタにとっては、それだけで十分だった。


「だがその言葉は少し後に取っておけ。どうやら今回は必ずしも下界だけの問題ではないようだからな」


 そこでクルティスタはわざとらしく目を細めた。


「今、あそこに見える天竜どもは、あろうことか一部はムーゼッグの小僧に調伏され、そしてさらに一部は我々『白竜の一族』が空に隠遁しているのをいいことに、支配域を広げんとムーゼッグに進んで手を貸したという。これは(はなは)だ問題だ」


 次にクルティスタは舐めるように遠くの天竜たちの顔を見ていった。

 その視線に一部の竜は目を伏せ、一部は食って掛からんとばかりに鋭い視線を返す。

 その様子を見たクルティスタは、メレアにもわかるようにため息をついた。


「人間ごときに堕とされる惰弱(だじゃく)さも遺憾(いかん)だが、みずから人間に組していい気になっている()()も目に余る。――支配域などと人間染みた観点で自己の存在を主張しようとしている点で、前者以上に()(がた)い」


 ふいにクルティスタの体から発せられる圧が重くなったのをメレアは感じた。


「……隠遁しているうちに竜の時代も巡ったのかもしれんな」


 ふとクルティスタがこぼした声には、ほんの少し憂いがあった。


「ゆえに、メレア。少なくともあそこを飛んでいる不愉快な天竜が尻尾を巻いて逃げるまでは、私も竜として世界に関わろう。そしてその中でたまたまお前が背に乗っていても、やつらとて文句は言うまい。やつらも人を乗り物にしようとしているのだから」

「――わかった」


 クルティスタの回りくどい言い回しに、メレアは見えないところで小さく笑みを浮かべる。


「じゃあ、最後に」

「なんだ」


 メレアが言った。


「向こう、二十体も天竜がいるけど、クルティスタ一人で大丈夫?」


 子が親を、からかうように。


「舐めるなよ、小僧」


 クルティスタがその言葉を受けて大きな口をがぱりと開く。

 すると口の前に瞬く間に術式陣が展開され、メレアの肌が無意識に(あわ)立つほどの術素が収束していった。


「あっ」

「せいぜい振り落とされないようしがみついているがいい、惰弱な人間よ」


 臨界。

 術式陣が今にも爆発しそうな光を放った直後、そこから空間を歪ませるほどの光の砲撃が放たれた。

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百魔の主







― 新着の感想 ―
[一言] 超服された竜がいるのね、初めから土竜みたいなのも従わせれたし性能の違いはあまりないのかな 物語終わる頃には竜にも魔王称号ついて欲しいけど、人間のレッテルじゃないし無理か
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