257話 「舞い降りし、その名を」
声が、聞こえた。
「――」
次に感じたのは、風。
自分の頭上を、なにかが高速で往った。
天魔の視覚がその存在を追う。
――白い、竜。
たしかに竜だった。
遠くに見える同じ天の竜と比べて、一回り大きな巨躯を持つ天竜。
その竜が翼で大気を打つたびに、空気がどしんと震えた。
「あ――」
大空を高速で舞う竜の背に、視線が吸い込まれる。
その竜には、人が乗っていた。
「っ……!」
身に雷。
背に六翼。
今、その人物が天を指さす。
『全部撃ち落とす。――〈クルティスタ〉』
『ああ』
瞬きの狭間に空に数えきれないほど展開された術式陣。
同時、趣の違う巨大な術式陣が後を追うように展開。
即座にそれぞれの術式陣から黒光と雷光が放たれ、仲間たちを薙ぎ払おうとしていた竜の砲撃を――撃ち落とした。
◆◆◆
その日、その瞬間、その場にいた者たちのすべてが、空を見上げた。
そして彼らは口々に言葉をこぼした。
『おせぇんだよ』
ある者は苦笑と共に。
『時は金なりと言うでしょう。この遅刻は高くつきますよ』
ある者は肩をすくめて。
『――逞しくなったね』
そしてある者は、嬉しさと申し訳なさと、そして抑えきれない喜びをその表情にたたえて。
誰かが言った。
「〈魔神〉――」
「〈白神〉――」
その名を。
「――〈メレア=メア〉」
かの魔王は、白い天竜の背に乗って戦場に舞い降りた。
◆◆◆
――ああ……。
メレアはその戦場を天から眺めてみずからを戒めた。
――くそ……。
自分を殴りたい気分だった。
「メレア、後悔はあとにしろ。先にやることがあるだろう」
「……うん、わかってる」
下から白い天竜に言われ、気持ちを切り替える。
「――〈四門封解〉」
みずからの中の上限を解除。
その髪が黒く染まり、そして――その赤い眼が金色に輝きだす。
「〈白風〉――」
そしてメレアは、術式を展開した。
メレアの周囲に白い風が舞いだす。
――ムーゼッグ兵の、人体式を。
さらにメレアは世界の式を通して戦場を俯瞰する。
黒い鎧をまとった人間の内部式を解析。
そこに共通する式を見定めると、それのみに干渉する構造式を術式に書き加える。
それが人種を規定する式なのか、それとも敵意の方向性を規定する式なのか、詳しいことはわからなかったが、メレアには確信があった。
「俺の仲間たちから離れろ。――〈聖ヘテロクロイスの進門〉」
それはアイオースで〈風神〉ヴァン=エスターが使った太古の聖人の名を冠する広域戦略術式。
荒ぶる風の壁が瞬く間に戦場を両端を覆い、そして――
山脈にも等しい巨大な風の壁が、すべての敵を薙ぎ払いながら大地を削り進んだ。
◆◆◆
味方も、敵も、すべてが唖然として、ひっくり返された戦場を眺めていた。
そんな中、その状況を作り出したメレアだけは、金色に輝く双眼で遠くを見ていた。
「……」
金色の双眼で見定めた景色の果て。
相対する天竜たちの下方に、本隊とおぼしき黒鎧の軍勢を見る。
そしてその中央に、ひときわ屈強な兵士を引き連れる、一人の男がいた。
フランダーと同じ灰色の髪。
前と違う深い青の眼。
その男もまた、たしかにこちらを見ていた。
視線が交差する。
そのとき男の口が、動いた。
◆◆◆
『潰してやる、メレア=メア』
◆◆◆
怒りと喜び。
その男の顔には、宿敵を前にして高揚する残忍な笑みが浮かんでいた。
メレアはその射殺すような視線を真っ向から受け止め、竜の上でこう返した。
「――やってみろ、セリアス=ブラッド=ムーゼッグ」
メレアもまた、身にためた怒りをその金色の双眼に乗せて。
時代を動かそうとする二人の男が、再び戦場でまみえた。
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