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百魔の主  作者: 葵大和
第十六幕 【百魔の主】
252/267

248話 「とある王家の名前」

 魂なんていうものが本当にあるのかはわからない。

 実際に見たこともなければ、触れたこともない。

 けれど、メレアの生まれの話や、数多くの死者が今こうしてこの大地に降り立っている現状を見れば、なんとなくあるのだろうとも思った。

 そして――


「あ――」


 今日この日、自分と同じ銀色の眼を持った男を見て、はじめてアイズはその存在を実感した気がした。


「何者だ」


 自分を守るようにエルマが前に立ちはだかる。

 魔剣クリシューラの柄に手をかけるエルマの顔には緊張の色があった。


「――私の名はレイズ。ラクカの民だ」


 その男は答えた。


「ラクカ……」


 アイズはその名に覚えがある。

 いや、覚えがあるなんてものじゃない。


「――アイズ。私が見た最後の子。お前の名を聞かせてほしい」


 男は臨戦態勢のエルマをまるで意に介さず一歩前に出る。

 エルマの手に力が入ったのをアイズは見た。


「ま、待って……!」


 そんなエルマをアイズは制止する。

 エルマは少し困った表情を見せたが、しぶしぶといった様子で魔剣の柄から手を離した。


「――アイズ。私の名前はアイズ・リリーフェン……」


 アイズはエルマの後ろからその身を晒しつつ、口に名を乗せる。

 なぜ自分のファーストネームを知っているのか。『最後の子』というのがどういう意味なのか。

 冷静になってみれば疑問符はいくつか浮かぶ。

 しかしその点をいちいち問いただしても誰もが納得できるような『当たり前な答え』は返ってきそうにないのもわかっていた。


「リリーフェン……それだけか」


 いや、違う。

 リリーフェンというのは自分の両親から受け継いだ名だ。

 自分にはあと二つ、名前がある。


「――〈レイズ・ラクカ〉」


 アイズはその名を口に乗せるのに、ほんの少し躊躇した。

 その名こそ、自分の〈魔王〉としての力を象徴する、はるか古代から脈々と受け継がれてきた一族の名だったから。


◆◆◆


 サンテハリス地方。

 リンドホルム霊山から北方へ馬で三日ほど走った位置にある高原だ。

 そこには古代から『ラクカの民』と呼ばれる一族が住んでいた。

 彼らは空からすべてを見通す特殊な眼を持ち、そしてその眼の力に準ずるかのように、天から特異な術式燃料を授かって強力な術式を扱うと言われていた。


「……そうか、やはり私の末孫か」

「あなたは……」


 ラクカの民には名前に関していくつかの風習があった。

 彼らは数こそ多くなかったが、血族の繋がりは強く、それが名前という部分に現れた。


「私の名はレイズ。〈レイズ・フロー・ラクカ〉。最初のラクカの民が九つの部族に分かれたとき、第三王家の地位を授かったフロー家の当主だ」


 ラクカの民には最初、姓名による区別がなかった。

 すべての一族は同様にラクカ姓を名乗り、個体の識別はファーストネームによってのみ行われていた。

 しかし、彼らの力が増し、数が増えるにつれ、徐々にラクカ姓のみでは個体の識別がしづらくなったころ、特にラクカの民としての力が強かった九つの部族が、新たな姓を与えられ分家した。

 そして彼らはサンテハリス地方に九つの小さな都市を建て、それぞれがそれぞれの都市の王として君臨した。


「フロー家……」


 アイズもその名に覚えがある。

 かつて、父と母に聞かされた昔話の中に、その王家の名があった。


「でも、フロー家はずっと前の戦いでみんな死んでしまったって……」

「魔王の名は、特に力の強い者に覆いかぶさる。お前の父と母は、その名を隠したかったのだろう。だから代わりに、()()()()()()()


 もともとラクカの民には高名な先祖の名を姓名の間に挟む風習があった。

 そうやって彼らの天からの祝福を継続し、あるいは彼らの一族への思いを風化させまいと名乗るたびに思い出し、そして彼らのおかげで自分たちが今ここに在れることを感謝するために。


「お前の名の中には私の名がある」


 そう告げた彼の表情は少し暗く、一方で少し――嬉しそうにも見えた。


「きっとそれが、我らラクカの民の()いところであり、悪いところでもあったのだろう」


 アイズは彼の言わんとすることが少しわかった。

 きっと父と母は、自分を守るために『フロー』の名を捨てた。

 ラクカの王族であるその名は目立ちすぎたのだ。

 その選択はラクカの民の末裔である彼らにとって重くつらい決断だっただろう。

 しかし彼らはその代わりに、ずっと昔に特に強い力を持ったある偉人の名を名に挟んだ。


 ――〈レイズ〉。


 昔、〈心魔〉と呼ばれる悪徳の魔王がサンテハリス地方を席巻したとき、虐げられたラクカの民たちの最前に立ち、一族を守ったフロー家の英雄の名。


「たしかに我々の名は『ズ』で終わる名前が多い。それのみであればひどく悪目立ちすることはないだろうが、それでもやはり、私の名を選んだのは得策とは呼べないな」 


 きっとそれが父と母のラクカの民としての意地、あるいは願いだったのだろう。

 先人の祝福が我が子を守ってくれるように、と。


「アイズ。アイズ・リリーフェン・レイズ・ラクカ。――お前の名には、王家(フロー)の名が抜けている」


 その日アイズは父と母が自分を守るためについた嘘を知った。

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[一言] 更新嬉しいです またこの物語に、その続きに触れられて、嬉しいです 更新、ありがとうございます
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