247話 「双銀の出逢い」
「あれ、エルマじゃねえか?」
〈土神〉クリア=リリスの忠告を受け、いったん足を止めていた魔王たちは、北部から聞こえてきた激音が止んだのに合わせて再び走り出していた。
その中途、きょろきょろと辺りを見回しながら同じく北門方面へ向かっている仲間の姿を見つける。
「おーい、エルマー!」
サルマーンが大きな声でその名を呼ぶと、その仲間――〈剣帝〉エルマがこちらを見た。
「奇跡だな……」
「お前それ自分で言うもんじゃねえだろ……」
「最近ようやく私が『比較的』方向音痴であることに気づいたのだ」
「お、おう」
こんな状況であれど、こうしていつもの軽いやり取りができるのはむしろ自分たちがまだ走れる証明だ。
そんなことを思いながら一行は互いに情報を共有し、再び北門へと走りはじめる。
「まあ――無事でなによりだ」
「そっちもな」
エルマが経てきた戦いについて、取り急ぎという形で結果を聞いた魔王たち。
しかし彼らはエルマの胸中をそれ以上深くは探らなかった。
傷がまったくないわけではない。
けれどこうして軽口を叩けるような状態でここにいる。
それだけあれば、今はいい。
「あとはあの金の亡者だな」
エルマが道中そんなことを言った。
「ああ。――まあ、あいつはいつもなんだかんだとうまくやるだろうから、そのうち合流できるだろ」
そう告げたサルマーンがその目に〈金の亡者〉シャウ=ジュール=シャーウッドの姿を見つけるのは、それからわずか数十秒後のことだった。
◆◆◆
「……行きたくないですねぇ。……ああ、これは行きたくない……」
〈錬金王〉シャウは北門へ向かう道を重い足取りで歩いていた。
「シャウ!」
「ああ……見つかってしまいました……」
そんなシャウの元へ仲間たちがやってくる。
その足音を聞いたシャウは、振り向かずに大きな嘆息を吐いた。
「よし、このまま行くぞ!」
「待って! 待ってください! もう少しねぎらいの言葉とか情報共有とか北門でどんな恐ろしいことが起こってるのかとか教えてくれませんかね⁉」
「あ⁉ 勝手に一人で行動したのはお前だろ! あとねぎらいの言葉なんて求めるタチじゃねえのはわかってるし、どっちかっていえばお前北門に行きたくねえんだろ」
すがるようなシャウの言葉をバサバサと切り捨てるサルマーン。
それでもシャウは『いつもの調子』でサルマーンの腰にすがりつき、顔にわざとらしい悲哀の色をにじませて抗議した。
「やだやだ! 絶対私たちではどうにもならないことが北門で起こってますって! さっきの奇妙な地震はなんです⁉ あとあの夢にしたって出来の悪いバカでかい空飛ぶ蛇ッ‼ あんなのが飛び交う戦場なんて普通の人間が向かうべきじゃないんですよッ‼」
「そう言いつつ結局向かってたじゃねえか」
「商人にあるまじきなけなしの蛮勇です‼ でもそれもついさっき使い切りましたッ‼ 人生最大最後の蛮勇でしたッ‼」
「はあ……」とため息をつく魔王一行。
これでこそシャウ=ジュール=シャーウッドであり、だからこそ最後にどこか格好がつかない〈金の亡者〉である。
「――よし! 行くぞ!」
そしてそんなシャウの抗議をばっさりと無視し、サルマーンがおもむろにシャウの襟首をつかむ。
「よし、とは……? どこらへんに『良い』成分が……? ああ……やはりこの世界はいまだ暴力で回っているのですね……」
「文句ならお前の背負った『号』と世界に言え。んで、ここを乗り切ったあとにはレミューゼとか〈三ツ国〉あたりに報酬をせびればいいんじゃねえか」
「んー……まあ、それはそれでありなんですけどぉ……」
シャウが頭の中で皮算用をはじめたのを確認し、サルマーンがそのままシャウを引きずりつつ走り出す。
そんな二人の姿を見ながら、魔王たちはほんの一時、この異常な事態に安らかな時間を得た。
だが、しばらくして魔王たちは一人の来訪者を迎える。
それはやはりこの異常な状況になければあり得ない出会いで、そして〈魔王連合〉の――それどころかこの戦場の勢力図を一変させかねない出会いだった。
◆◆◆
最初にその訪問者に気づいたのは一行の中心で双子と一緒に守られるように走っていたアイズだった。
――わたしは、わたしにできることを。
いまさら駄々をこねるつもりはない。
こうして仲間たちに守られることは、今まで何度も経験してきた。
それに甘んじるつもりはないが、かといって無謀な願いを彼らに告げるつもりもない。
自分にできることを、できるかぎり。
それがこの仲間たちと出会ってからの、自分の矜持だった。
――あ……。
そんなアイズが何度目かの周辺偵察のため〈天魔の魔眼〉を開いた時だった。
――誰か来る……。
南東の方向から身軽な動きで家々の屋根を飛びこちらに向かってくる人影。
――敵……?
そう思って警戒心を強めたアイズは、しかし次の瞬間に違和感を覚える。
「あ――」
「どうした? アイズ」
自分を守るように右側を走っていたエルマがアイズの様子に気づいて声を掛ける。
「……今……目が……」
目が、合った。
〈天魔〉の視線と。
「と、止まって!」
今まで自分の〈天魔の魔眼〉による俯瞰視線が、誰かに察知されたことはない。
だからこそこの眼は周囲の人間にとって脅威であったし、憎むべき対象であった。
アイズは背筋に冷たいものを感じて、とっさにみなに停止と警戒を促す。
「誰か……来る」
周囲の仲間たちが各々に戦闘態勢を取る。
見れば隣の双子――リィナとミィナも術式を展開させていた。
この場で戦えないのは、自分だけだ。
――それでも……
「――アイズ」
そして天から声が降ってきた。
通りの横に立つ豪奢な時計屋の屋根上。
〈天魔の魔眼〉を使わずともその姿が見える。
「――私の最後の子」
そこにいた白い肌の小柄な青年は、自分と同じ銀色の眼をしていた。





