246話 「いつかの約束を、もう一度」
今回の話は本編に掲載されている外伝の一つである『249年前 戦神と天神』(135話部分)を思い出しながら読むと、より楽しめるかもしれません。
また、本編に掲載されていない英霊外伝は作者ブログの方にあるので、興味のある方は下部リンクからのぞいてみてください。
「――きなくせぇな」
「黙って盾になれ、タイラント」
「さりげにひでぇな……」
サイサリス教国東端。
ムーゼッグの息のかかった海賊都市勢力の襲撃によって、まっさきに戦火が散ったその場所で、熊のような巨体の戦士がよそ見をしながら海賊たちを叩き伏せていた。
「ていうかさ、お前、結局あの後〈心魔〉を討ったのかよ」
「当然だ」
そんなタイラントの横に小柄な人物がもう一人。
その男は、薄幸の美少年といういで立ちでとても戦場に不似合いな様相だったが、その銀色の眼には術式紋様が浮かんでいた。
「じゃあ、なんで約束の日に来なかったんだ?」
「……」
なだれ込んできた海賊たちに対し、小柄な男が術式を放つ。
天空から振り落ちる無数の銀の槍。
その術式を、〈戦神〉タイラント=レハールはかつて見たことがあった。
「なあ、レイズ」
「うるさい、黙れ。ここは標高が低い。〈天力〉が少ないから術式を使うのに気を遣う。お前は黙って私の盾になれ」
「へいへい。まあ、終わったことだし、奇遇にもこうして再会しちまったわけだし、とりあえず不問にしとくぜ」
「そうしろ」
「まあ〈魂の天海〉に戻ってから酒でも飲みながら聞くけどな」
そんなセリフを吐きながら、タイラントが片手に握った巨大な剣を振り回す。
なだれ込んでくる海賊がその一刀で吹き飛び、後続の海賊たちに二の足を踏ませた。
「そういえばさっき、きなくさいと言っていたが」
「ああ、まあ、なんとなくなんだがな。――フランダーからの援護がなくなった。あと北の方からもっとでかい戦の匂いがする」
「どういう感覚だ。やはり獣か」
「知らねえよ。わかるもんはわかるんだ」
港から海賊船による砲撃が来る。
レイズと呼ばれた小柄な男がそれを術式で叩き落とし、それでも抜けてきた砲弾をタイラントが近場の瓦礫を拾い投げて撃ち落とす。
「意味がわからん。どうなってるんだ、お前のそのでたらめな戦いの力は」
「だから知らねえって。俺は昔から戦いに関しちゃ思ったことがだいたいできるんだよ。ああ、術式以外だけどな」
「お前の存在そのものがたちの悪い術式のようだ」
小柄な男――レイズがそれまで憮然としていた顔にあきれた色を乗せる。
すると、そのあたりになって二人の耳を海賊たちの荒くれた声以外の音がつついた。
「なんか来たな」
「敵の増援か」
「――いや」
音のした方へ視線を向けたタイラントが、まずその姿を捉える。
そして、レイズの言葉に首を振った。
「――こっち側の援軍だ」
その音は、重厚な鎧が揺れ鳴らす金属音と、大地を堅く踏み鳴らす蹄鉄の音だった。
視界の奥。
鈍い銀光を放ちながら、整然と向かってくる騎兵の波がある。
「フィラルフィアの――〈鉄鋼騎兵団〉」
それは、レミューゼ王国と同盟を結ぶ〈三ツ国〉の一つ――フィラルフィア王国の騎兵軍だった。
「……残ったか」
タイラントがぼそりとつぶやく。
タイラントはその光景を、かつて、生前に見たことがあった。
やがて騎兵たちはタイラントの目の前までやってきて、その中心からタイラントに負けず劣らずの熊のような巨体の男が馬に乗りながら現れる。
「――〈戦神〉タイラント=レハールとお見受けする」
「おう、そうだ。お前がフィラルフィアの現王か」
タイラントの問いを受けたその巨体の男――〈ファサリス=フィラルフィア〉は、馬から降り、そしてタイラントの前で小さく頭を垂れた。
「――はい。遠い時代の『叔父上』」
「……やっぱ知ってたか」
タイラント=レハール。
旧姓、〈タイラント=フィラルフィア〉。
かの〈戦神〉は、数百年前に現在のフィラルフィア王国に領土を持っていた〈フィラルフィア大公〉の第二子であった。
「結果的に、兄貴はうまくやったわけだな」
「途中、何度も不出来をお見せしましたが」
「まあ、終わりよければなんちゃらって言うだろ。メレアの行き先にフィラルフィア王国を選べなかったのはたしかにその不出来の結果かもしれねえが、今こうして〈魔王〉を守ろうとしてる。それで十分だ」
タイラントはそう言って自分と同じくらいに身体の大きなファサリスの肩を鎧越しに叩いた。
「んで、お前がここに来たってことは、いよいよ戦も佳境か」
「はい。北にムーゼッグ軍が迫っております」
「メレアは?」
「まだ姿を見せてはいないようですね」
「はあ、ヴァンの野郎がはしゃぎすぎてんのかね。まあいい、ともあれ、俺たちの次の戦場は北か」
タイラントはやれやれと頭を掻き、しかしすぐに巨剣を肩に背負いなおした。
「ここは私たちが止めます。フィラルフィアの名に誓って」
「はは、兄貴に似て真面目なやつだな」
またタイラントはファサリスの肩を笑いながら叩き、しかし次にこう言った。
「だがまあ、期待はさせてもらおう。兄貴が遺したものが、あんな賊ごときに負けてもらっちゃ困る。でないと放蕩してた俺にまで責任が及んじまいそうだ」
タイラントが歩むのに合わせ、重厚な鎧をまとった騎兵たちが道を開ける。
「あと――死ぬなよ。戦いってのは、勝って終わりじゃねえ。生きて仲間の元に帰って、はじめて終わりだ。俺は死ぬまでそのことに気づけなかったがな」
「あなたは――」
「今の俺の終わりは、あそこだ」
タイラントがファサリスに背を向けたまま天を指さす。
「俺の仲間は、だいたいあそこにいる。まあ、一部は俺と同じように降りてきちまってっけどな」
ハハハ、と豪快な笑い声をあげて、タイラントは最後に振り返った。
「今さら兄貴の末孫に頼み事できた義理じゃねえが――メレアを頼む。今のあいつには他の魔王の子孫や、レミューゼをはじめとしていろいろ助けがあるようだが、助けが多いに越したことはねぇ。だから、頼む」
「もとよりそのつもりです。私たちが最後の矜持を折らずに生きてこられたのは、彼のおかげなので」
「そうか。――ならよかった」
と、そこで二人の間に割って入る声があった。
「タイラント」
さきほどまでタイラントと共に戦っていた小柄な銀眼の男――レイズだ。
「私は行く」
「どこへだよ――って、まあなんとなくはわかるが。……ってことはお前ともここで別れか。あんときと同じで、なんかお前、一回別れると再会できなさそうなんだよなぁ」
「再会はしただろう。今日、ここで」
「はあ、そうくるかね」
やれやれとタイラントが肩をすくめる。
対するレイズは、そんなタイラントの様子を見て――ふと笑った。
「次は、あそこで」
レイズはそう言って先ほどのタイラントと同じように天を指さす。
「もし俺が生きてたら『縁起でもねえ』って返したけどな。……そうだな、んじゃ、『またな』」
タイラントが言葉を返したあと、レイズは身軽な動きで近場の建物に昇り、そのまま西の方角へ消えていった。
「――どいつもこいつも、心配性なやつばっかだ」
そう言いながら、さきほどの自分の言葉を思い出したタイラントは、自分に向けて小さく嘆息した。





