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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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239話 「未来への、ささやかな悪戯」

 〈炎神〉フラム=ブランド。

 メレアを育てた英霊の中に、その男はいた。

 生きた時代は〈土神〉クリア=リリスと近い。

 しかしフラム=ブランドは四歳の時点ですでに戦場に出ていたため、クリアも経験していない暗黒戦争時代の一つ前の戦乱期を経験している。

 その点で、英霊たちの中でも最古参というべき人物だった。


 フラム=ブランドは、歴史書の中で語られるとおり、最後には自害することでその生涯を終えたと言われている。

 理由としては、自分の持つ力が祖国にとって害になると判断したから、というのが定説だ。


 フラム=ブランドの使う力。

 その名を〈紺碧(こんぺき)の死炎〉。


 それは、命を吸う青黒い炎である。

 〈紺碧の死炎〉は顕現と同時に自動的に周囲の命を感知し、蛇のように形を変えて対象を効果範囲内に取り込むと、一瞬にしてその(いのち)を奪う。

 さらに死炎は術式内部に特殊な循環機構を備えており、奪った命を燃料として巨大化、術士の意志に関係なく半永久的に動き続けるという。

 〈紺碧の死炎〉が最も猛威を振るった戦場では、巨大化した青黒い炎が計八体の大蛇となり、さらにその首は天にある雲を突き破ったともいわれていた。


 その術式は虐殺術式ともいわれている。

 戦乱の時代にあって、最強にして最悪と(うた)われた力だ。


「……そうか」


 そんな青黒い炎が舞い散る場所に、その男はいた。


「……ならば、しかたあるまいな」


 サイサリスの北門から徒歩でわずか十分ほどの場所。

 周囲には無数の死骸がある。

 サイサリスの異変を感じ取ってまっさきに逃げた上流区画の市民たちだ。


「私はここで、〈魔王〉になろう」


 紺色の短髪を一度だけ撫でて、その男はつぶやいた。


◆◆◆


「僕はすぐに行かねばならない。君たちはほかの仲間と合流したほうがいいね」

「行くというと、どこにですかね?」


 礼拝堂で相対したフランダーに対し、シャウが訊ねる。


「北門方面さ。どうやらあのネクロアという死霊術士は、今最も出てきてほしくない英霊を呼び出したらしい」

「それは……」


 直後、その場にいた者たちは轟音を聞いた。

 それは遠くで地面が割れたような破砕音のようでもあり、地獄の底から巨大な悪魔が身じろぎをしながら這い出てきたような地鳴り音のようでもあった。

 シャウは急いで礼拝堂の外に出て、廊下の窓から周囲を見渡す。


「……碧い……炎の大蛇」


 すぐにピンと来た。

 メレアから聞いたことがある。


「そう、〈炎神〉フラム=ブランドだ」


 シャウが言うより先に、フランダーがその名を告げた。


「あれは、生者である君たちが立ち向かっていい存在じゃない。僕でも生前なら近づかなかっただろう」

「そんな怪物を呼び寄せて、いったいあの死霊術士はなにをしようとしているのでしょう」

「さあね。彼が望むものは混迷の時代だ。君たちとムーゼッグ、そのどちらもが簡単に勝利してしまわないように根回しをしているようで、実際は後先なんてたいして考えていないようにも思える。ああいう人間の為すことに人並みの合理性や規則性を探さないほうがいい」


 そう言ってフランダーは窓辺に足を乗り出した。


「さて、僕はもう行くけど、君たちには後処理も必要かな。特に、彼らがそれを求めているようだから」


 フランダーが指を差した先に、さきほどフランダーの後ろからゆらりとついてきた青白く透明な人影がある。

 ゆらゆらと揺れる煙がかろうじて形を成しているような実体の薄さで、それこそ顔などは判別できなかったが、どことなくその二つの霊体は自分たちの親に似ている気がした。


「エ、エヴァンス」


 すると、うち一つの霊体がアリシアに近づいてそっとその頭を撫でた。

 おそらく感触はないだろうが、アリシアは若干顔を引きつらせてシャウを呼ぶ。


「――ああ」


 しかしシャウは、その霊体の仕草を見て確信した。


「エルメル様」

「えっ?」


 シャウの言葉にまず驚いたのはアリシアだった。

 エルメルといえば、それは前サイサリス教皇――まさしくアリシアの父の名前だった。

 そしてもう一つの影。

 それは――


「まさか、こんな形で再会することになるとは思いませんでしたよ――父上」


 シャウの父にして前〈錬金王〉、レナード=リンス=ウィンザーだった。


「あなたのしわざですか? 〈術神〉フランダー=クロウ」

「――すまない。本来であれば僕がこういう手を加えるべきではなかったんだろう。けれど、彼らから強い要望を受けてね」


 さきほどのネクロアの話によれば、フランダーはすでに死霊術式をすら一部己が物としているという。

 フランダー自身が一度魂の天界に招かれた人間だ。

 あるいは、あの死神以上に『死者の声』というものに敏感になっているのも理解できた。


「強い要望、ですか」

「なにかを君たちに伝えたいらしい。残念ながら、それがなんなのかは僕にもわからないのだけれど」


 すると、シャウの方を半身で振り向くように見ていたレナードの霊体が、ゆっくりと進みだす。

 その先には礼拝堂の中でただ静かに祈りを捧げている清貧の天使像があった。

 霊体はその台座部分に近づくと、おもむろにその一部を指さす。


「そこになにかあるのですか?」


 シャウは父の霊に促されるまま同じく台座に近づいていき、指さされた場所をなでた。

 すると――


「これは……」


 わずかに切れ目が入っている。

 ものが石で出来ているだけに生半可な力では動きそうにないが、おそらく引き出しのようなものだろう。


「シーザー」

「ボクは大工じゃない。トンカチなんか持ってないからね」

「冗談です」


 シャウは錬金術式で近場の床を金の槌に変え、一度腰を叩いてから天使像の裏面に回り込んでそれを振りかぶる。


「今さら冒涜的(ぼうとくてき)だなんて怒らないでくださいよ」


 聞こえているかはわからないが、とりあえずエルメルの霊体にそう言い、槌を台座に向けて水平に振るった。


「なにか出ました?」

「……封書だ」


 再びシャウが表側に戻ると、そこには石造りの引き出し構造の中から頑強そうな箱に入った一通の封書がこぼれだしていた。

 アリシアがまずそれを手に取り中を見る。


「これでたいしたことが掛かれていなかったらさすがに私の腰に謝ってもらわねばなりませんね」


 ちらりと横から見たとき、そこにウィンザー商国とサイサリス教国の国璽(こくじ)が押されていることにシャウは気づいた。


「……バカみたいな文書だ」

「はい?」

 

 ふとアリシアがつぶやいた言葉に、シャウは首をかしげる。


「曲がりなりにも国家の元首であったあの二人が、国を動かすにあたってこういう子どものいたずら染みた文書を残してしまったことは、今後の国政のためにも隠さなければならないぞ」


 アリシアが口で文句を言いつつ、それでいてどこか力の抜けた表情で、封書をシャウに手渡す。

 シャウはそれを受け取り、その中の文章に目を落とす。

 

「……これはウィンザーがサイサリスに主権と領土を明け渡すという契約書ですか」

「問題はそこじゃない」


 読み進めていくと、そこにはウィンザーがサイサリスに主権と領土を明け渡すに際して受け取った金貨の枚数も書かれていた。

 しかし、問題はその金額だった。


「一枚? ……国家の領土と主権がたったの金貨一枚ですか?」


 そしてもう一つ。


「――『ただし、今後、両国の王位継承者が合意に至った際には、同じ価格においてこの取引を差し戻すものとする』…………なんですって?」


 思わずシャウの眉間にしわが寄る。


「つまり、私が合意すれば、お前はたったの金貨一枚でかつてのウィンザーの主権と領土を取り戻すことができるということだ」


 そんなこと言われなくてもわかっている。

 わかっているが、あまりに突飛な契約書すぎてさすがに理解が追い付かない。


「これをバカみたいな文書と言わずしてなんと言おうか。こうなることを予想していたにしても、ひどいやりようだ」


 アリシアは毒気を抜かれたように笑っているが、シャウは少なくとも彼らにここまでの事態を予想できたとは思えなかった。

 しかし、彼らなりに『もし再びウィンザーが立ち上がろうとしたら』と思って、種を埋めておいた可能性はある。


 ――たしかに、ひどいやり方ではありますが。


 当時の状況ではこれが限界だったのかもしれない。

 そうこうしていると、エルメルの影が最後にもう一度アリシアの頭を実体のない手でなでて、そして――


「父様っ!」


 ふっと空気に紛れるように消えてしまった。

 また泣き出しそうになっているアリシアを横目に、シャウもまた自分の父の影を探す。


「してやられたと、あえてそう言っておきましょうか、父上」


 シャウの父、レナードの影は礼拝堂の中央でまっすぐにシャウを見ていた。

 それはシャウを心配するというより、むしろなにも心配などしていないと、泰然(たいぜん)としてなにかを託しているようだった。


「――ええ、私は大丈夫です。気の置けない友人らもできましてね。私と同じように〈魔王〉と呼ばれる彼らに、たいそう助けられておりますよ」


 シャウがそのとき困ったように浮かべた笑みは、シーザーも、アリシアも、あまり見たことがない表情だった。


「だから、私は大丈夫です」


 シャウが再びいつもの飄々とした雰囲気を戻し、そう告げる。

 レナードの影は、一度だけうなずいて、同じく空へと昇るように消えた。

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