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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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238話 「昏く碧き炎の大蛇」

 その場にいた者たちの時間が一瞬止まった。

 それは、突然の来訪者に驚いたことも理由の一つだが、なによりも――


「っ!」


 真っ先に動いたのはシャウだった。

 とっさに錬金術式で金剣を錬成し、切っ先を来訪者へと向ける。

 だが、


「大丈夫、君たちの戦いは終わった」


 一瞬にして、その男がシャウと同じような術式を編みこみ、中空に銀の剣を錬成した。

 まるで鏡映しにしたかのような術式展開。おそるべきはその反応速度と生成速度。

 フランダー=クロウと名乗ったその男の赤い眼に、メレアとよく似た魔眼模様が浮かんでいた。


 ――次元が違う。


 シャウたちが動きを止めてしまった理由は、柔和な表情とは裏腹にその男が放つ、常人とは一線を画した戦人(いくさびと)の圧力を感じたからだった。


「僕は敵じゃない。……まあ僕が今こうして話していること自体、おかしな話ではあるから警戒するのは無理もないけど」


 男――フランダーはゆっくりと礼拝堂の中へと歩みを進めていく。

 と、その後ろに青白く透明な輪郭を持った不思議な人型が二つ、おもむろに姿を現して同じように歩いてきた。


「……あいにく、私たちもあなたがこうして現世にいることに一定の理解がありまして、だからこそ無条件であなたの言葉にうなずくことはできないのですよ」

「だろうね。本来、〈死神〉の死霊術式(ネクロ・ファンタズム)は術者の意思次第で現世に降ろした死者たちを好きなように使役できるわけだから」


 フランダーはうなずきながらも歩を止めない。

 シャウは手元に金剣を錬成し、身構える。

 その次の瞬間だった。



「――やってくれましたね、フランダー=クロウ=ムーゼッグ」



 突如としてシャウたちとフランダーの間、その石床からぬるりと姿を現す者があった。

 腰を優に超える銀色の髪、死そのものを引き連れているかのような不気味な雰囲気をまとったその男は、この生死の秩序なき状況を生み出した元凶――〈死神〉ネクロア=ベルゼルートにほかならなかった。

 そしてこのときのネクロアの顔には、今までのような不敵な余裕が――微塵もなかった。


「もとはと言えば君が僕たちを節操なく魂の天海から呼び寄せたのが原因だ。君の所業をもって起こった今の状況に、君自身で辟易(へきえき)してもらっても困る」

「まさかこの短期間にワタシの秘術までもを反転し相殺するとは。挙句の果てに一部術式を改変し、みずからの力で魂と肉体を現世に降ろし続けるなど、神の意志に反すること(はなは)だしい」


 ネクロアはシャウたちを意に介していなかった。

 その注意はただ悠然と近づいてくるフランダーにのみ向けられている。

 シャウは一瞬、今ならその背中を刺せるのではないかと思った。

 

「邪魔です、死んでいなさい」


 しかし、そんなわずかな叛意(はんい)を抱いた直後、シャウたちの足元から翡翠色の骸骨たちが怨嗟の声をあげながら現れる。


「ッ」


 (むくろ)がシャウの足をつかみ、空虚な双眸を向けながらもう一方の手を伸ばす。


「邪魔なのは君だ」


 が、その骸たちはフランダーの言葉ののち、文字通り霧散した。

 ハっとしてシャウがフランダーを見ると、いつの間にか呼び出した黒い大きな鎌を手にし、すでに一振りを終えたように、ゆるやかな残心を取っていた。


「〈死帝(アンネ=マリア)の大鎌〉……反転せずともかの英霊たちの術式を使えるというわけですか。やはりあなただけはほかの英霊と格が違う」

「そんなたいそうなものじゃない。僕は人真似が得意なだけさ。――さあ、君にもそろそろ退場してもらおう。どうせその体も借り物なんだろう?」


 そうフランダーが告げるやいなや、一瞬のうちに計十六もの術式陣がネクロアの周囲に展開され、それぞれの陣から投射された色とりどりの術式槍がネクロアの体を貫く。


「ぐっ……!」

「君にはいずれすべての命の責任を取らせる。でも、それはあとだ。君は()()()()()()()()()を呼んだ。僕はその対処をしなければならない。同じくこの場に現れるべきではなかった死者として」


 地面に倒れ伏すネクロアを一瞥(いちべつ)し、フランダーはシャウたちのもとへ歩み寄る。

 その間、シャウたちは誰一人としてその場を動くことができなかった。


「状況は理解したかい?」


 そんなシャウたちにフランダーがまた柔和な微笑を戻して訊ねる。


「……あなたがたはそうやって軽く私たちに訊ねますが、いちいち本来あらざるべき状況を無理やり受け入れて整理しなければならない私たちの身にもなってほしいものです」


 さすがのシャウもそのときばかりは頬をひきつらせてそう答えるしかなかった。


「あはは、それもそうだね。でもこういうことは戦場で日常茶飯事さ。ありうべからざる出来事が、混迷の戦場、そしてこの世界ではよく起こる。どうやら神の設計不足みたいでね」


 そういってまた笑みを浮かべるフランダーが、やはりシャウには怪物にしか見えなかった。


◆◆◆


「っ、見え、た! みんな、いるよ!」


 エルマ、シャウと続けて仲間たちの離脱を余儀なくされた残りの魔王たちだったが、〈土神〉クリア=リリスと〈雷神〉セレスター=バルカに付き添われてサイサリスの西門へとようやくたどり着いたところだった。


「この距離で見えるのですか?」


 小首をかしげるクリアに対し、隣にいたアイズがうなずく。


「そういう、眼だから」


 アイズの眼には銀色の術式紋様が浮かんでいる。〈天魔の魔眼〉だ。


「――ああ、あなたはかの〈ラクカの民〉の末裔ですか」

「えっ、知ってる、の?」


 アイズは思わず声を上ずらせる。


「サンテハリス地方の〈天神の都〉に住む強い力を持った高原民族。実際に顔を合わせたことはありませんが、タイラント――〈戦神〉から当時のラクカの民と接触した話を聞いたことがあります」

「そ、そっか……」


 アイズ自身、実は自分の祖先のことをそう多くは知らなかった。

 というのも、〈天魔〉の一族はかの〈剣帝〉の一族と同じように、その力をみずからで封印する方向に進んでいったからだ。

 エルマの祖先である〈剣帝〉の一族とは理由こそ違えど、結果として後世に失われたものは多い。


「と、とに、かく、みんながこっちに来てるから、まずは無事に、合流しないと」


 まだ距離はある。仲間たちは馬車で隊列を組んでこちらに向かってきているようだが、サイサリスの西側は丘陵地帯になっていて少し進みが悪い。

 と、その時だった。


「っ――」


 遠く、サイサリスの北方で、ひときわ大きな音が鳴った。

 まっさきにその方向へ視線を向けたのは〈土神〉クリアと〈雷神〉セレスターである。

 そして――


「セレスター‼」

「わかっている……!」


 クリアの声に反応したセレスターが、即座に『白雷』をまとい眼にも止まらぬ速さでその場を去る。

 なにごとかと思っている魔王たちはその次に、天に大きく首をもたげる『青い炎の大蛇』を見た。


「なんだ、あれ……」


 唖然としながら声をあげたのはセレスターに担がれていたサルマーンだ。

 セレスターがその場を離れたことで支えを失ったサルマーンは、しかしみずからの足で立ち上がり、遠くに映るその大蛇を見ている。


「なんてことを……」


 これまでほとんど悠然とした様相を崩さなかったクリアが、ここにきてあきらかに重い空気を漂わせているのを見て、魔王たちも息を呑まずにいられない。


「クリア様? あれはいったいなんです?」


 そんなクリアに〈盗王〉クライルートが訊ねる。


「――とある怪物の手足です」


 クリアをして怪物と呼ぶものが果たして人間なのか、いまだに魔王たちには判断できない。

 すると、そんなクリアの形容を証明するかのように、さらに数体の大蛇が雲を突き破るような勢いで再び天に伸びた。


「っ……」


 その大きさたるや、この距離をして魔王たちに血の気を引かせるに十分で、なによりその大蛇の体が気味の悪い紺碧(こんぺき)の炎で象られているのが彼らの心臓を縮こまらせた。


「私もあちらへ向かいます。セレスターだけでは手に負えないでしょう。あなた方はアレが消えるまで、けっして近づいてはなりません」


 そう言いながらクリアが三つの尾を地面に突き刺して屈曲させる。尾を使った跳躍の姿勢だ。


「あれは――」


 そこでようやく、〈盗王〉クライルートが気づいた。


「――〈炎神〉フラム=ブランドの(あお)い炎か」


 それは、メレアを育てた古き英雄たちをしてなお畏怖(いふ)を抱かせる、とある古代の怪物の名だった。

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百魔の主







― 新着の感想 ―
[一言] 自分に術をかけて術の上書きして現世に残るってやり方 どっかの某忍者漫画で聞いたことあるなw
[一言] 召喚された状態から、術式書き換えで自身を召喚し直したのか。 流石に、魂の天海にいる状態からだと矛盾しそうだけどなんとかなるものなんですねぇ。 ついでではありますが、かつて英雄だった方々の年…
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