232話 「最後の錬金王」
【コミカライズご報告】2021年4月13日(火)より秋田書店様のweb漫画サイト『マンガクロス』にて『百魔の主』のマンガ版が連載開始します!! くわしくは葵大和のTwitterもしくはブログなどでご確認ください。(活動報告や作者ページから見に行けます)
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不思議と怒りはなかった。
むしろ、あまりにも予想通りの風体とその中身を受けて、体の力が抜けるようだった。
「その点では度し難いと言えるでしょうか」
「なに一人でごちゃごちゃ言ってやがる」
「あなたの身なりと所作が、錬金王というより成金王という感じで、深く辟易しただけです」
たしかに、この男は王だった。ひどく悪い例として万民に紹介すべき王だ。
もはや栄えあるウィンザー家の商人としての側面は消え失せ、傍若無人に贅をむさぼる突然変異の暴君と呼ぶ方がふさわしい。
「私もさほどウィンザーの家名にこだわりはない方なのですが、それにしたってこれはあんまりですね」
優秀な親のもとに生まれたぼんくらが、身に余る力を持ってしまったがために悪い方向へ振り切れた。そんな感じだ。
「品性というものをほんの少しでもいいから持ち合わせていてほしかった」
この男を前にすればいくらでも皮肉が口をついて出そうだ。
シャウは湧き上がってくる言葉をなんとか飲み込み、金の剣を構えなおす。
「ハッ、商人が剣を構えるのか」
「武装商人の成り立ちは、交易品として運んでいた武器を、とある商人が矜持を曲げて握ったところからはじまったと言われます」
とある交易商の矜持。
それは、商人としては至極当たり前なことだ。
――大事な商品を、きずものにするわけにはいかない。
しかしその交易商は野盗に襲われ、やむを得ずみずから剣を握った。
重い荷物を背負い、野をかけ山を登り、休むことなく世界中を旅した彼の肉体はたくましかった。
やがて彼はたった一人で野盗を蹴散らし、使ってしまった剣を荷袋ではなく自分の腰に差してため息をついたという。
『くそ、おかげで儲けが減ってしまった』
商人とは商いを生業とする者をいう。
しかしそんな彼らが、必ずしも商いだけしかできないわけではない。
「私もそうだとは言いませんが、これでもあのリンドホルム霊山を登ってから、周りのおせっかいたちのおかげでほんの少しは動けるようになりましたよ」
シャウは静かに、されど素早く、その身を弾いた。
◆◆◆
『武器を持って戦うときに注意すべきはまず間合いである』と、かの〈剣帝〉は教えてくれた。
「ふっ」
敵の喉元に狙いを定め、細身の剣を突き出す。
「おっ」
ガルドは横ではなく後ろに飛びのくようにそれを避けた。
――まだ。
一歩、さらに前へ踏み込みながらの二連撃。
「ちっ、しつけえな」
すると、ガルドが足で地面をタン、と叩いた。
「所詮はただの金だろ」
シャウはウィンザー家の持つ固有術素の奔流を察知する。
『錬金術』だ。
――なかなかどうして。
突き出した剣とガルドの喉元の間に、地面から生えてきた金色の壁が立ちはだかった。
「乱用していただけあって術式の発動速度はなかなかですね」
みずからの術素を通した物質を金へと変容させ、それを意のままに操作する。
ウィンザー家が生み出した錬金術の本懐は前者の変容にこそあるが、一方でそうして生み出した金を維持したり操作したりすることもこの術式の特徴的な力だ。
「逆にお前は使わねえのかよ?」
再びの足踏み。
ガルドが二度地面を足で叩くと、シャウの両側面の石床が金色に輝きながら隆起し、野太い杭のようになってシャウの腹部を襲う。
「あいにくあなたほどこの術式を好んでいないものでっ」
身をひるがえしながら右の杭を剣で弾き、もう一方をすんでのところで避ける。
「ふう」
すぐさまガルドの方を向き直り、切っ先を向ける。
その立ち姿には熟練とは言えないまでもそれなりにさまになる戦士の様相があった。
だが、そんなシャウの姿を見たガルドは眉をひそめる。
「解せねえな。そのうえ、お粗末だ」
言われなくてもわかっている。
シャウ自身、そう思っていた。
――でも、なぜでしょうか。
みずからに〈魔王〉のレッテルを貼った元凶を前にして、彼らから教わった技術を使わないわけにはいかないと思った。
――変わった。
たぶん自分は、彼らと出会って変わってしまった。
当初の目的以外の妙な矜持を体に強く刻み込まれてしまったような気がする。
――あのころの私が見たら笑うでしょうか。
この名が蒔いてしまった悪徳を、精算せねばならない。
なにをおいても、まずはそれを精算しなければ自分の生は始まらない。
だから、金を稼がねばならない。
唯一、この〈錬金術〉という力を抜いて、そのほかのどんな手段を講じてでも、ウィンザーを――
「そう、たしかに私は鈍ってしまった」
当初の目的とは別に、魔王連合の一員として金の足しにもならない矜持を抱くようになってしまった。
「実利とはかけ離れた、儚い人の妄想だ」
だが時に、そうした人の妄想や願いが、実を結ぶことがあることもある。
「いやむしろ、利得を越えた先にある人の思いが、この金色の輝きを凌駕してくれることを心のどこかで願っているのかもしれません」
「ハッ、興覚めも興覚めだ。もう少しマシなやつだと思ってた。お前はウィンザーどころじゃなく、暗黒戦争時代を生きた商人どもと比べても劣る凡夫だ」
ガルドがわざとらしく肩をすくめて言った。
「ウィンザーは滅びたらしいな」
「ええ」
「それはオレ様が生み出した金が泥に戻ったからか」
「きっかけの一つはそうでしょうね」
「含む言い方をするじゃねえか」
今となって思うことがある。
「きっかけの一つは間違いなくあなたの悪徳の所業です。しかし――」
たぶんウィンザー家は――
「そんなあなたの所業ののちに、新たな一手を投ずることができなかったから、滅びたのです」
◆◆◆
ウィンザーは、国としてあまりにも未成熟だった。
自分たちは、あまりにも政に興味を向けるのが遅かった。
「所詮は商人の一族。そんな我々一族が率いることになった国家もまた、暗黒戦争時代前から存続する多くの国家と比べてその成り立ちは遅く、民というものを率い統制する術に秀でていなかった」
それでも父は、そのことを受け止めて必死に国を導く術を探していた。
その姿を今もシャウは誇りに思う。
「最初はまだ良かった。勃興当初はあくまで商人の集う交易都市という側面が強かったため、商会同士の連携が取れれば一応最低限の国としての機能は果たすことができた」
だから最も優秀な商人とうたわれた初代ウィンザー家当主は、うまくウィンザー商国というものを軌道に乗せることができた。
しかし、しばらくして土着の民が生まれるようになると、徐々にただの交易都市としての側面が薄れていった。
「利がなければ離れ、利があれば集う。そういう自由さは土着しない交易商が大半を占めたからこそ成り立った。しかし、土着の民はそうはいかない。彼らには国家としてのウィンザーに生まれたからこその、帰属意識があった。政治というものが必要になりはじめたのはこのころからです」
彼らはすでに完成された交易商と違って、一から生きる術を学ばなければならない。
無論、優秀なものもいればそうでないものもいる。
ウィンザー商国に国家の責務というものへの自覚が芽生えたのはこのころだ。
「そこが分水嶺でした。暗黒戦争時代を乗り越えた今、再び国家を解体し、もとの商人の集合体へ戻るか。それともこのまま国家を存続するか」
そしてウィンザーは国としての存続を決断し――
「失敗を重ね、やがてあなたがすべてを金で解決しようとして、最後の最後まで次の手を打つことができず、ウィンザーは死んだ」
父は苦悩し、人並み以上に身をやつし、ありきたりな言葉で言えば、頑張ったと思う。
けれど、頑張っただけで国家を正しく率いることができるのなら、この世に滅亡する国家はない。
そう、父はもがいた。
もがいたけれど――
「手を打てなかった。答えを出し、決断することができなかった」
シャウは胸にこみあげるものを感じた。
まったく、無様なほど感傷的になったものだと思う。
「だからオレ様に懺悔でもしろと?」
ガルドが挑発するような笑みを浮かべて首をかしげる。
「――いいえ」
シャウは手に持っていた金の剣を金貨へと戻す。
「あなたがいまさら懺悔などしたところでなにも変わらないし、それは私の決断にまったく影響を及ぼさない。だから、懺悔などしなくて結構です」
シャウは器用に指の隙間で金貨を取り回し、息をついた。
「ですが、単純にあなたは――邪魔なのです」
ゆっくりとシャウが顔をあげる。
「その軽薄な面を眺めていると、鈍ってしまった私の脳裏にいちいちウィンザーの過去がよみがえってしまうので、すこぶる目障りなんですよ」
顔をあげたシャウの目がガルドを見据える。
「っ」
そしてその目を見たガルドは一転して身構えた。
「やめましょう。〈魔王連合〉の一員としての矜持は果たしました。これで、自分自身への言い訳が立ちます」
シャウは笑っていた。
薄く、鋭く、妖艶に。
目に宿る光は冷たく、芯には深い闇がある。
「私はね、たぶんあなたと同じなのです」
父とは違う。
すべてを救おうともがく、無謀で、されど尊い意志を、持てない側の人間だった。
そして一方で、己が目的のために手段を択ばない冷徹さと過激さを、どうやら持って生まれてしまったらしい。
「私は国家の元首となるべきではない。政治とは、どんなに打ちのめされても、すべてを救おうとする意志を捨てない人間が行うべきなのだから」
シャウ=ジュール=シャーウッドは決断している。
「だから私は、託すことにする」
エヴァンス=リィン=ウィンザーはその目的を達したあとに死ぬ。
「かの地を取り戻し、すべてをあの輝かしき商人たちへと捧げ、再び彼らに選択を迫ろう」
商人たちの楽園を、今再びこの時代へ。
「すべてはこんな力を手に入れたときから狂ったのだ」
シャウが両手を広げる。
ウィンザー家が会得した固有の術素の奔流が途方もない勢いで周囲を渦巻いた。
そして――
「我が名は〈エヴァンス=リィン=ウィンザー〉。ウィンザー商国の末裔にして、この世で最後の〈錬金王〉である」
視界に映るすべてのモノが、輝かしき金に変わった。





