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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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228話 「三八天剣旅団」

 人の意思は、少なからず術式にも作用している。

 それが術素の持つ性質なのか、はたまた世界のすべてが式によって構成されているためなのかはわからない。

 だがエルマは、メレアが魔眼に変調をきたし、人の内側に式を見たと言ったとき、なんとなく『殺気』や『剣気』などというものもすべては人間の意思に伴う式の作用なのかもしれないとぼんやり思っていた。


「よけろッ!」


 エルマはその体を投げ出すようにイースに体当たりして彼女を吹き飛ばす。

 次の瞬間、シン=ムの放った斬撃が頭上を空間ごと切り裂いた。


「あいたた……」


 エルマに体当たりされたイースが体当たりされた部分を手でさすりながら態勢を立て直す。

 そして彼女は横からエルマの顔を見て――


「――ほら、やっぱり」


 エルマの紫色の眼に浮かぶ魔眼紋様を見て、どこか嬉しそうに笑った。


「今、見たのか」

「見た……?」


 今のエルマの動きに驚いていたのはイースだけではない。

 シン=ムもまた表情の変化に乏しい顔にわずかな驚きを乗せてエルマを見ていた。


「今お前は、私が引こうとした『斬線』を先に見たな?」


 斬線。

 それがどういったものを指すのかはわからない。

 しかしかつてメレアの口からもそんな言葉を聞いた気がする。


 『斬線を自在に見て、引けるなら、それはまさしく〈剣神〉と呼ぶにふさわしいだろう』


 一度だけメレアがシン=ムからその剣術の極意を言葉で説明されたとき、そんなことを言ったという。


◆◆◆


「あとは自在に引けるかどうかだな」


 驚きの混じっていたシン=ムの表情はすぐに消える。

 むしろ今度は今まで以上に殺気の入り混じった目でエルマを見ていた。


「今からお前を斬る」


 その言葉の直後、エルマはみずからの体の上に無数の光る線を見た。

 手首、肩、膝、腰、そして首。


「くっ!」


 その線から逃れるようにエルマは身をひるがえす。


「避けるばかりでは能がない」


 一瞬の間にシン=ムの剣が八回空を斬る。

 剣を振るう動きが早すぎてほとんど目で追えない。


「私を斬らねばお前は死ぬ」


 ぐ、とシン=ムが石床を踏む。

 人外じみた膂力がその床を割ると同時、弾かれたシン=ムの体が上段から剣を振り下ろす姿勢でエルマの眼前に現れた。


 ――速すぎる……!


 体の動きだけを追っていたのではかわし切れない。

 かろうじてシン=ムの斬撃をかわせているのは、シン=ムの体より先にやはり一筋の光の線が自分の体めがけて引かれるからだった。


「ハハハ、悪くない」


 シン=ムがはじめて笑った。

 ゾっとする、それこそ〈剣魔〉として評されるにふさわしい魔王のような笑い。


「なるほど、メレアには、同情する!」


 すかさず横一文字にひかれた光の線をかいくぐりながら、エルマは魔剣クリシューラを下から振り上げる。


「私を忘れてもらっては困るわね」


 シン=ムがのけぞるようにエルマの剣を避けるのと同時、態勢を立て直していたイースが背後から襲い掛かる。

 二振りの魔剣が宙を舞った。


◆◆◆


「はっ……はっ……」


 斬撃の音に混じる自分の息切れの音が大きくなってきた。

 

 ――やはり〈剣魔〉は強かった。


 まったく笑えることだ。

 頭ではわかっていたし、対峙してからも重々思い知らされたことだが、剣を交えるたびにそう何度も思う。


「はっ……はっ……くぅッ……!」


 意図せず目に映る『斬線』が見えなければとっくに絶命していただろう。

 なんとなくシン=ム自身も自分に『斬線』が見えるようになってから、剣撃と殺意を強めた気がする。


 ――導かれている。


 多くを語らない。

 しかしシン=ムの一閃一閃に、自分を高みに引き上げようとする意志のようなものをエルマは感じていた。


【――じゃない】


 それと同時。


【そう、そこだ、踏み込め】


 エルマの脳裏に聞いたことのない声がぽつりぽつりと上がりはじめていた。


【左から来るぞ】

【恐れるな、ぎりぎりで避けろ】


 少なくとも自分の耳はその声たちを覚えていない。


【ていうか団長の子孫なのに才能あるよねぇ、この娘】


 けれど自分の魂は、『彼ら』を覚えている気がした。


「あはは、やじ馬が集まってきたわね」


 すでにイースは片腕と片足を失い、近場にあった街灯に背を預けて座り込んでいる。

 今立っているのはエルマとシン=ムのみ。

 かろうじてシン=ムの斬撃をかわしながら、ときおりクリシューラを差し込むエルマだったが、その切っ先はいまだにシン=ムへは届いていない。

 だが、イースはその光景を見て楽しげに笑っていた。


【ああ、惜しい惜しい。もうちょっとだ】

【全部じゃないけど帝式は使えるようだね】


 イースの使う剣術の型を、エルマも部分的ながら受け継いでいる。

 失われた情報が多い中で、それでも先祖たちがその体と言葉で受け継いできたイースの研鑽の結晶だ。


【〈地擦猛火(じずりもうか)〉だ】


 頭の中で誰かが言ったとき、エルマはその言葉に導かれるように剣を構えていた。


「帝型二式――〈地擦猛火(じずりもうか)〉……!」


 魔剣を下段に。

 シン=ムが振るった横なぎの一閃を姿勢を低くしてかいくぐり、懐に飛び込みながらクリシューラを振り上げる。


【天を衝く猛火のように】


 地を削り火花を散らしたクリシューラが、シン=ムの鼻先をかすめる。


「くそっ!」

「良い腕だ」


 悔しげなエルマと対照的に、シン=ムがわずかに口角を上げる。


【あ、やばいやばい、たぶんすごいの来る】

【伏せ! エルマちゃん伏せ‼】


 ――う、うるさいな……!


 犬をしつけるかのような指摘にひどく子どもっぽい文句が口をついて出そうになったが、言われるがまますぐに身を屈める。


「メレアはこれを止めたぞ」


 これまでのシン=ムにしてはやや大ぶりの一閃だった。

 しかしそれは――


「は……?」


 エルマの髪先を数本切り落としながら、その背後にあったいくつもの『建物』を空間ごと両断していた。


 ――なにをどうやったらこんなものを止められるんだ……!


 まるでクリシューラを完全解放したときのあの『光の剣』のようだ。

 後方でがらがらと音を立てて倒壊していく建物の音を聞きながら、エルマはどっと噴き出した汗をぬぐって大きく下がる。


【なにあれ相変わらず意味わからないんだけど】

【こいつだけ生きる世界間違えてるだろ】


 どうやら頭の中に響く声の主たちにとっても、このシン=ムという男のでたらめさは共通認識のようだった。


【……さて、でもそろそろかな】


 ふと頭の中の声の一つが静かに言った。


【もうちょっと見たかったけどなぁ】

【団長の体も消えかけてるし】

【俺たちは降ろされた団長に引っ付いた金魚の糞みたいなものだしな】


「悪いわね、最後まで見せてあげられなくて」


 自嘲するようにこぼしたイースをちらりと見ると、その体が光の粒になって徐々に消えはじめている。


「まあ、そんな簡単に〈剣神〉の域にはたどり着けたら苦労しないわよね。というか、教えるのが下手なあなたも悪いのよ? シン=ム」

「……」


 イースがシン=ムを見る目はからかうようでもあった。


「でも、なんとなく、あなたがリンドホルム霊山から解き放たれた理由がわかった気がするわ。――変ったわね、あなた」

「……さあな」

「そのメレアって子が原因かしら」


 イースは自分の魔剣を支点に片足だけで立ち上がり、まっすぐにシン=ムを見る。


「輪郭さえ見えない剣の道の頂きを夢見て、そこに到達したという自覚が持てぬまま朽ち、それでもなお内に秘めた理想を捨てきれなくて、あなたはあの霊山に縛られる霊になった」


 本来なら、シン=ムの未練は消えるはずがなかった。


「でも、あなたはあの天海に昇り、だからこそ今再びこの地に降りてきている」


 霊山に縛られたままの魂は、けっして〈魂の天海〉には昇らない。ゆえに、死霊術式によって現界へ降ろされることもない。


「――(たく)せたのね、あなた」


 そのときのイースの目は、これまで彼女がシン=ムに向けてきたどんな目とも違う温かさが宿っていた。

 焦がれた相手を見る女性の目でもない。

 好敵手を見る戦人の目でもない。

 まるで、子を見る母のような温かさが宿った目だった。


「ふふ、あなたが思いを託した子がどんな子なのか、とても気になるけれど」


 そう言いながら、イースが魔剣を天に掲げる。


「私は初代〈剣帝〉として、そしてそこにいるエルマ=エルイーザの遠い母として、ここでこの子にすべてを託して先に消えるわ」


 そのときシン=ムとエルマはたしかに見た。


「いずれまた、あの天海(そら)で会いましょう」


 イースの掲げた魔剣の先に、同じように剣の切っ先を掲げる――


(つど)え、我が魂の同胞たちよ――〈三八天剣旅団〉」


 三十七人の古き剣士たちの姿を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に面白いです!アツくなれます [一言] こう、最終的に強化されたメレア達に死神がどう対抗するのかが気になります。 このまま行くと死神がかなり不利なように思えますし
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