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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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227話 「世界を斬り裂く者たち」

 剣を扱う者同士の戦いは、往々にして剣と剣がぶつかり合う金属音が鳴る。

 だが、このときの剣士同士の戦いには、それがほぼなかった。


 『エルマ、けっして〈剣魔〉の一撃を剣で受けてはダメよ』


 初代〈剣帝〉イースが駆けだす前にエルマに言った。

 その言葉の意味するところを、今、エルマははっきりと認識していた。


「……まあ、悪くはない」


 ぼそりとつぶやくように言った〈剣魔〉シン=ムがなにげなく剣を横に振るう。

 即席とは思えない連係で両側面から斬撃を繰り出そうとしていたエルマとイースは、それを受け止めることなく急停止して斬撃を避けた。

 それ自体神速とも呼べる攻防の中の一幕であったが、問題はシン=ムの振るった斬撃が通った『跡』にあった。


「空間が……」


 裂けている。

 シン=ムの振るった剣の通った道。

 それはしばらくすると周りから妙な光が集まってきてバチバチと閉じるが、そこを通して映る後ろの景色はわずかに歪んでいるようにも見えた。


「術式も付与していないただの剣で、あなたは一体なにを斬っているのでしょうね」


 一歩下がったイースが「相変わらずでたらめな剣」と苦笑交じりにこぼす。


「剣とは、振るった軌跡上にたたずむものを切り裂く道具だ」


 拡大解釈すればそうだろう。

 だが、本来モノが切れる理屈はもっと細かい。

 なぜ刃は紙を斬れるのか。

 なぜ刃先はかようにも細く鋭いのか。

 刃に鉄や鋼を使う理由は。

 シン=ムの物言いは、そういった『剣がモノを斬れる当たり前の理屈』をすべてかなぐり捨てた先にある、結果的事象の説明のようだった。


「やっぱりあなた、天才よね」

「……」

「あるいは究極の感覚派。剣士は剣という道具に頼る以上、何度目かの挫折のときに必ず剣そのものに対する理解を深める。そうやって徐々に剣と一体になって次の段階へ進んでいくのだけど、あなたの場合は剣そのものへの理解をすべて感覚で乗り越えてきている」


 だからシン=ムは剣を選ばない。

 彼自身が『剣』と認めたものであれば、そのものに対する理解も、使い方も、すべてを独特の感覚で超越したうえ、『剣』として扱ってしまう。

 彼にとっては道端(みちばた)の棒きれですら、『剣』であると認識すればモノを斬る道具として使えるだろう。

 

「……ああ」


 エルマは芸術都市ヴァージリアで、メレアが一本の棒きれを使って偽の魔剣クリシューラを割断したときのことを思い出した。


「お前たちにとって私が天才に見えること自体は否定しない。だが、少なくとも私は、自分に才があると思ったことはない」

「それはあなたの妹のせいかしら?」


 〈武神〉リン=ム。

 武をもってして闘うということに関して、常人が理解しうる上限を突破し、人知れず頂点に君臨した一人の少女がいた。


◆◆◆


 リン=ムは、ややもすればか弱いとさえ形容しうるほっそりとした少女で、見目は武人というより病気がちな深窓の令嬢という風情(ふぜい)だった。

 実際、彼女が病気がちであったのは本当のことで、兄であるシン=ムが最初に剣を取った理由は彼女の病の治療費を稼ぐためであった。


 しかしあるとき、なにを思ったのか彼女自身が表舞台に出てきたことがある。

 リン=ム曰く、


 『兄さんが傷だらけになって帰ってくることに耐えられない』


 シン=ムが妹の治療費を稼ぐために剣を振るっていたのは、当時住んでいた都市国家で行われていた闘技大会だった。

 貧困階級を剣闘奴隷に見立てた娯楽の祭典ともいえる。

 毎回傷だらけになって帰ってくる兄シン=ムを見かねた彼女は、病でやせ細った体のままその闘技大会へ出場した。


 そして彼女は、たったの一打も受けることなく、その闘技大会で優勝を果たした。


「私を天才と呼ぶのであれば、あれはなんと形容すべきであろうか」


 めったに表舞台に出てこない怪物もまた、数多くいる。

 〈武神〉というわかりやすい号は、それこそかつて多くの英雄たちがみずから名乗ったが、少なくともリンドホルム霊山でリン=ムと手合わせをした元〈武神〉たちは、その時点で〈武神〉を名乗ることをやめた。


「うわさには聞いていたけど、本当なのね」


 イースが魔剣を構えなおしながら嘆息する。


「もしかしてその妹もこの街に降りてきているのかしら」

「……いや、リンはいない。あれは本当に体の弱い女だった。すでにこの世界にあれを降ろせるほどの遺骸や遺物もなければ、メレアの肉体にもリンの因子はさほど多く残っていない。リンは自分の肉体の脆弱さを誰よりも知っていたから、それが発現してしまう可能性を子に残したくなかったのだろう」


 その話を聞いて、しかしエルマはメレアとリン=ムが強く心で繋がっていることを確信した。

 メレアもまた、以前の生で肉体の病弱を経験している。

 その生で得た悲しみや未練は、リンと重なる部分が多かったことだろう。


「お前はなにを遺した、イース=エルイーザ」


 ふと、シン=ムが逆にイースに訊ねた。


「私? ……私は私のすべてを遺した。けれど、それを遺すべきか否かを判断するのは後世の者たちの役目。だから、あるいは、私の遺したものの中に継承が途切れたものもあるかもしれない。……いや、あるわね。なぜなら――」


 イースが魔剣を構えなおす。

 その刀身が青白く明滅した。

 そして――


「第二刻印術式、〈事象割断〉解放――」


 彼女が流し込んだ術素に呼応するかのように、魔剣がキィと鳴いた。


「世界を切り裂きなさい、〈魔剣クリシューラ〉」


◆◆◆


 天を貫こうとするかのような一直線の上段の構え。

 すらりと掲げられたクリシューラを、一拍ののちにイースは振り下ろした。

 無論、剣の間合いは外れている。

 剣を投げでもしないかぎり届かない距離にシン=ムは立っている。


「ッ」


 だが彼は、迷いなくその場から飛びのいた。


「あら、少しくらい慢心してくれてもいいのに」


 シン=ムが立っていた場所に、さきほどシン=ム自身が作り出したのとまったく同じような空間の亀裂が走っていた。


「帝型一式――〈無想天水(むそうてんすい)〉」


 さらに一撃。

 間髪入れずに距離を無視した斬撃がシン=ムを襲う。


「魔剣の力か」

「そう、私にはあなたのようにただの剣で世界を斬ることはできない。けれど、私たちが作り出したこの魔剣は、術素と術式の力でもって、あなたの御業(みわざ)を再現できる」


 シン=ムが飛びのぎながら剣を振るう。

 空間の断絶がいくつも二人の間で現れては、光と共に消える。

 それは戦場に咲き誇る無数の美しい火花のようだった。


「エルマ、よく見ていなさい。これが本来の魔剣での戦い方よ」


 エルマは二人の戦いに入れずにいる。

 もはやそれは普通の剣士同士の戦いではない。

 刀身の間合いをことごとく外れた場所から、互いに斬撃を打ち合う。


「常時発動型の〈術式割断〉だけでなく、使用者の術素を利用して〈世界式〉ごと事象を切り裂く。もちろん完全開放時の〈光の剣〉も大規模な戦場では主な兵装になるけど、あれは一人では発動できない代物だからね」


 これではまるで、術士だ。

 エルマは思った。


 ――いや、まさしく術士なのだ。


 この魔剣を生み出したのは、ほかならぬ彼女なのだから。


「まあ、あなたが自分の術素の解放の仕方を知らないというのはなんとなく気づいているんだけど」

 

 エルマは術式を使えない。

 それはさきほどのイースの物言いのとおり、エルイーザ家がイースの遺したもののうちの一つを封印したためだ。

 彼らは〈七帝器〉としての魔剣の力を間接的に封印するため、血族の術素解放の鍵を捨てる道を選んだ。


 ――今さら、どうしろと。


 身の内に術素はある。

 それはメレアにも言われていた。

 けれど、それの扱い方がわからない。


「『盟約』に従って何代にも渡って封印された術素を今さら正しく解放するのは難しいかもね」


 シン=ムとの斬撃の応酬を繰り広げながら、イースはまるでエルマを導くかのように言葉をつむぐ。


「でも、だからこそ、何代にも渡って一族の身の内で渦巻き続けた術素は、あなたの願望や執念を叶えるために別の形で表に出てくるかもしれない」


 術素を使えなくなったことで、やることが明確になった。

 それは〈剣魔〉シン=ムが歩んだ道。

 魔剣を扱う術士としてではなく、ただの剣士として己の技量を磨き続ける道。

 結果的にエルマは、現時点でイースに勝るとも劣らない剣の技量を持つ。


 ――だが、それではだめだ。


 剣の技量だけでは、この怪物には勝てない。


「見るのよ、エルマ。その年でそこまでの剣の技量を身に着けたあなたには、私と違って剣の才能がある。だから、今、その頂点を見て、学び、己が物としなさい」


 イースの腕が飛ぶ。

 シン=ムの一撃が空間ごとイースの腕を斬り飛ばした。


 ――見る。


 シン=ムの動き。

 剣の振り方。

 呼吸の取り方。

 

 ――見る。


 イースの魔剣の使い方。

 術素の揺らめき。

 意図的に世界を切り裂く戦い方。


「くっ……!」


 残った片腕で魔剣を振るうイース。

 その首にふと光る線が引かれた。

 

 ――だめだ。


 ()()()()()()()()()()


 予感を胸に抱くより先に、エルマの足は動いていた。


 彼女の眼には、いつの間にか――


 銀色の術式紋様が浮かんでいた。

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