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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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220話 「気色の悪い三つ巴」

 遠く、砂塵を巻き上げる風が見える。

 竜巻のようにぐるぐると円を描きながら舞い上がった風は、直後、空間に走った透明の亀裂に根元から引き裂かれた。


「そう何度も空間を(ゆが)めるな、戦いづらいだろう」

「ガ――」


 悲鳴とも咆哮ともつかない声。

 褐色の荒野に立つ金色の怪物たちの攻防は、もはや常人には感知しえない莫大な力と力の応酬だった。


「落ち着けと言っても聞きそうにないな」


 金色の光炎を身にまとったサルマーンが明らかな射程外から拳を振り抜く。

 セレンが応戦するように拳を振るうと、二人の間でバキンという硬質な音が炸裂し、再び空間が歪んだ。


「馬鹿力め」

「――」


 連打、応戦、次々に歪む空間。

 その空間の歪みにサルマーンの体が隠れたかと思うと、一瞬のうちにセレンの背後に移動して、今度はその小さな体を直接殴りつける。


「くっ!」


 セレンはかろうじて防御をするが、力の余波で地から足が浮く。


「なかなか、速いな……!」


 吹き飛んだ先に再びサルマーン。

 一体どういう移動方法を取っているのか見当がつかないが、少なくとも大地を踏みしめた形跡はない。


 ――ゼスティスを使って空間を()()()いるか、神の修正式による空間の再変動を利用しているか。


 吹き飛んだ先に待っていたサルマーンの拳がセレンの左顔面を捉える。


「っ!」


 もはや人が人を殴ったとは思えない直線軌道でセレンの体が逆方向へ飛ぶ。


「僕がこのまま彼方まで吹き飛んだら死んだことを確認できないだろうっ……!」


 それでもセレンは冷静に見えない腕を伸ばしてサルマーンの体をつかんだ。


「敵は確実に殺せ。死んだことを確認しろ」

 

 サルマーンの体をつかんで勢いを相殺したセレンが地面に降りたつ。

 殴りつけられた左顔面には見たこともない術式陣が広がっていて、頭部がトマトのように破裂しなかった理由がなんらかの防御術式によるものであることを知らせるが、それでも口の端からはツと血が流れていた。


「ゼスティスを完全開放したときこそ、もっと頭を使え。ゼスティスに足りないものをお前が補完するんだ」


 まるで出来の悪い教え子を(いさ)めるかのように、セレンがサルマーンの心臓を指差して告げる。


「暴虐的な力を持っているからこそ、最小限の労力で敵を倒せ。お前の命の燃料だって無限じゃないんだぞ」

「ヴヴ――」


 セレンの声を聞いているのかいないのか、サルマーンが背負っていた光輪がさらに一回り巨大になる。

 金色の光炎で形成された二本の角も大きくなり、その形態がよりいっそう怪物に寄った。


「戦場では倒れるな。戦いが終わる前に力を使い果たすな。戦場で死ぬ覚悟でしんがりを務めるなんて、もってのほかだ」


 まるでムーゼッグとの戦いのときのサルマーンを見てきたかのようにセレンは続ける。


「戦いの最中に死ぬ者を本当の英雄とは呼ばない。お前、仲間を守りたいんだろう?」

「ヴ……ア゛……」

「それならすべてに勝利し、仲間の無事を確認するまでは――死ぬんじゃない」


 一瞬、暴虐の化身と化したサルマーンの瞳の中に、理性の光がちらついた。


◆◆◆


「エルマっ、だいじょう、ぶ?」


 瓦礫だらけになったサイサリス上流区のメインストリートに、美しい少女の声があがった。


「ああ……だがあれは……」


 さきほどセレンに吹き飛ばされて壁に激突したエルマだったが、ムラサメがとっさに受け止めてくれたおかげでたいした傷はない。

 後ろに立つムラサメに礼を言い、エルマは立ち上がって『それ』に近づいた。


「術式であることに間違いはないけど、高度すぎて理解ができそうにないね……」


 真っ黒な球体が目の前にあった。

 さほど大きくはないが、高さはエルマの身長と同じくらいはある。


「結界のたぐいだろう。(わたし)の国に似たようなものがあった。天上の神に捧げる(にえ)を、よくこういう結界で閉じ込めていたと聞く」

「サルは!?」「サルはどこいったー!」


 ムラサメの言葉をかきけすようにリィナとミィナが周囲の仲間たちをぽかぽか叩きながらさわぎたてる。


「一人だけ連れられて行ったんだと思う」

「どこに!」「追いかける!」


 クライルートが答えると、すぐに二人はクライルートの背中で縛られた赤い髪をぐいぐいと引っ張った。


「ここまで高度な術式結界じゃあ難しいよ」

「私のクリシューラで割断してみるか?」


 エルマが魔剣クリシューラを軽く構えて訊ねる。


「それもおすすめしない。結界術式は空間をいじっている場合が多いから、変な切り裂かれ方をしたら中にも影響があるかもしれない」


 クライルートは首を振った。


「でも、あの調子だとたぶん、僕たちの出る幕はないと思う」

「なに?」

「どういうことだ赤毛泥棒!」「あかぼう!」

「赤毛泥棒……というかあかぼうって……」


 クライルートは周囲にほかの敵の気配がないことを確認して、あらためてエルマと双子を交互に見た。


「さっきのセレンという男には、おそらく僕たちをまとめて相手にするだけの力があった。そんなやつが、なぜわざわざサルマーンだけを連れていったんだ?」

「むむ」「むー?」

「僕たちを倒すのが目的じゃない。それ以外に意図(いと)があるのさ」


 クライルートが人差し指をぴっとあげて続ける。


「まあ、これが〈死神〉の意図なのかセレンの意図なのか明確じゃないのが厄介だけど。でもこの調子だと、たぶんどちらの意図も同じだ。セレンもそんなことをぼそりと言っていた。――『たぶん僕はそのために降ろされたんだろう』と」

「〈死神〉ネクロアの意図だと? 状況を混乱させるばかりの死神に意図などあるのか」

「あるんだろうね。でなければ僕たちがこうして悠長に話をしていられるわけがない」


 クライルートは逆説的に状況を分析する。

 ある意味それは自分の命を達観しているからこその分析能力だった。


「……なんとなく〈死神〉の性質がわかってきた気がする」

「どういうことだ」


 もったいぶるクライルートにエルマがずいと詰め寄った。


 と、そこで、


「そこからは私が説明しましょう!」


 上から降ってきた二つの影がある。

 ひとつは見慣れた金髪と、じゃらじゃらとポケットから硬貨の音を漂わせるうさんくさい男。

 そしてもう一人は――


「懐かしい香りがいくつかしますね」


 金髪の男――シャウを黒曜色の尾でぐるぐる巻きにした美貌の女だった。


◆◆◆


「ああ、もう二度とこんな移動方法は勘弁です」


 黒曜色の尾から解放されて、服を払いながら小さく悪態をついたシャウは、あらためて仲間たちのほうへ向きなおる。


「お待たせしました」


 シャウの突然の登場に仲間たちは顔をこわばらせていた。

 だが、そんな中でまっさきに動く者がひとりいる。


「今までどこをほっつき歩いていた、金の亡者」


 今にもその手に持った魔剣で切りかかりかねない様相のエルマだ。


「ひっ」

「答えろ」


 エルマは魔剣クリシューラの切っ先でシャウの顎をくいと上げ、有無をいわさぬ迫力で問いただす。


「い、いやぁ、ちょっと昔のしがらみがいろいろありましてー、その、なんというか……」

「三、二――」


 謎のカウントダウン。


「サイサリス教皇に喧嘩を売ってました……」

「リィナ、ミィナ、こいつを処せ」

「処す!」「処す処すー!」


 双子がすばやい身のこなしでシャウに群がる。


「や、やめてくださいっ! あ、そこはくすぐらないで!」

「説明しろ、金の亡者」

「この状況でですか!?」

「それが今の貴様が唯一生き残れる道だ」


 魔剣クリシューラの刀身がぎらりと光る。


「い、いや、その、うひへへへ……!」

「リィナ、ミィナ、そいつに執行猶予をつける。さすがに笑いながら説明されると気味が悪い。喋り終えてから処せ」

「がってん!」「しょうち!」


 シャウの懐に群がっていた双子が離れる。

 

「はあ……はあ……」

「で?」

「あ、は、はい……」


 シャウは乱れた服を手で直しながら、手早くこう告げた。


「とりあえず今は『気色の悪い三つ(どもえ)』です」


 シャウが順番に手の指を挙げていく。


「サイサリスを潰したいムーゼッグ」


 人差し指が挙がる。


「ムーゼッグに対抗したいサイサリス」


 中指。


「そして――どちらにも簡単に勝って欲しくない〈死神〉ネクロア」


 薬指を挙げたとき、シャウの顔には少し面倒くさそうな表情があった。


「私、はじめて自分より性格の悪い人間を見つけましたよ」


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