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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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21話 「神号をつけられた魔王」

 メレアの背に『暴風』が吹き荒れていた。

 わずかに白みを帯びた風だ。


(くう)を打て――」


 その荒れ狂う白風が、メレアの背に収束していく。

 風が意図されたように背に集まるさまは、風自体が生きているようにさえ見えた。


「〈風神(ヴァン=エスター)の六翼〉」


 メレアの紡いだ言葉は、誰に聞こえるわけでもなく、ただ風に紛れて空へと昇った。


◆◆◆


 ――白い……風の翼。


 〈拳帝〉は思わずそれに見とれていた。

 メレアの背に展開された巨大な風の翼は、霊山斜面に積もっていた雪を巻き上げて、その身に(まと)わせていく。

 ダイヤモンドダストのようにキラキラと、六枚翼の中で光が(きら)めいた。

 そして、その風の翼が完成した途端、


 メレアの身体がさらに加速した。


 白雷と白風翼。

 迅雷と疾風。

 二つをまとったその白髪の男は、まさしく自然の猛威の化身のようだった。

 

「おいおい、まだ加速すんのかよ……」


 〈拳帝〉は、畏怖の対象を目にしたときの、気圧(けお)されたような笑みを浮かべていた。

 声は呆れているような色をたたえていたが、その実、芯に熱っぽいものも混じっていた。


 六枚翼は飛翔器というよりも推進器だった。

 羽ばたくというより、風を背で爆発させるようにして、前への推進力をメレアの身体に与えていく。

 その姿はもはや霞んで見えるようだった。

 そんなメレアが、黄金船に追いついてくる。

 〈拳帝〉の走馬灯じみたスローモーションは、そのときすでに止んでいた。


「つかまれ!!」 


 〈拳帝〉は手を伸ばす。

 伸ばした手に、感触があった。


「おらっ!」


 そうしてついに、〈拳帝〉はメレアを引き上げる。

 メレアがまとっていた風の六翼の余波(よは)が船の中に吹き荒れて、


 「うおっ! 風が目にっ! 目にぃぃぃ!」

 「きゃっ! ちょっと! 髪ぼさぼさになっちゃったじゃない!」

 「まあまあ、まずはみんな無事だったことを喜ぼうよ」


 魔王たちが船の中でしっちゃかめっちゃかになりながら、騒がしげな声をあげている。

 すでに黄金船の速度は形容しがたい速度になっていた。

 メレアの反対側から迫ってきていたムーゼッグ兵たちは完全にちぎった。

 それでもまだ双子がキャッキャと楽しげに笑いながら『氷の路』を作り続けている。

 さらに加速する。

 斜面がごりごりと船の底面を削る音がするが、船もかなり丈夫だった。

 「金の力は偉大なのです!」という〈錬金王〉の声が聞こえるが、〈拳帝〉はそれを無視した。

 

「おい、無事かよ?」


 〈拳帝〉は引き上げたメレアの様子を(うかが)う。

 メレアは船の端っこまでごろごろと転げて、さらに船体の震動に合わせて二度三度と頭を側面にぶつけていた。


「いってえ……!」


 頭を押さえて痛がっているところを見ると、どうやら人並みの痛覚はあるらしい。

 あんな怪物のごとき戦闘能力を見せられると、どうにも同じ人間ではないのではないかという意識が芽生えるが、そうではないようだ。

 すると、ようやく頭をさすりながら体勢を立て直したメレアが、〈拳帝〉の方を向いて「大丈夫」とでもいうように片手をあげた。

 顔には自嘲とも苦笑とも取れる笑みがあった。


「助かったよ。肝心なところでコケかけた」

「ビビらせやがって。かなりヒヤヒヤしたぜ。てかそんなのあるなら最初から使えよ?」

「あんな狭いところじゃ無理だよ。それに、あれだけの量のムーゼッグ兵を見せられたら思わず魔力を節約したくなる。霊山を下りてからだって、なにがあるかわからないし」

「ああー……、たしかに。なんかお前がアレすぎてそういう当たり前な要素忘れてたぜ。……術素か。体内型の魔力じゃあ、枯渇の心配もしなきゃならねえか」


 いつもならそれくらいのことには頭が回りそうなものだったが、事実、こうして(さと)されるまでそのことを失念していた。

 それに気づいたおかげで、逆に〈拳帝〉はまだ自分が戦闘時の興奮から冷静さを取り戻していないことを自覚することができた。

 と、うまく出てこない言葉を指示語でやり過ごしつつ、船の揺れに耐えていたら、今度はメレアの方から問いが来る。


「えっと、名前をまだ訊いてなかったね」

「ん? ――おう。俺は〈拳帝〉の号を継ぐ魔王。名は〈サルマーン〉だ」


 またもや「そういえば名乗ってなかったな」と思い出したように〈拳帝〉は答えた。


「サルマーンか。格好(カッコ)いい名前だ。俺は――」

「〈メレア〉だろ? ちゃんと覚えてるよ」


 すべてを言う前に〈拳帝〉サルマーンの笑みに(さえぎ)られて、メレアはやや恥ずかしそうに頭を掻いた。


「そっか。――引っ張り上げてくれてありがとう、サルマーン」

「おうよ」


 答えながら、サルマーンが手を開いてメレアに向けた。

 顔の横辺りに掲げて、なにかを待つような態勢だ。

 最初はその行為の意図がわからなかったメレアだが、ややあって勘付き、嬉しげな笑みを浮かべてその手に自分の手を当てた。

 パン、と鋭い音がなって、黄金船の内壁に反響する。

 船体が斜面に削れる音が鳴る中でも、その音はよく響いた。

 船の中にいた魔王たちが、サルマーンとメレアの方に顔を向け、安心したような表情を浮かべていた。

 二十二人全員が、無事にこの場にいることを再確認しての、安堵の表情だった。

 ふと、その中から一人が、揺れに耐えるように這いながら前に出てきて声をあげた。


「そういうとき男って便利よね。なんか雰囲気で勝手に仲良くなるし」


 〈炎帝〉リリウムだった。

 二人がハイタッチする姿を見ていたぼさぼさ頭のリリウムは、少しうらやましそうにそんなことを言った。


「お前、なんか赤い毛むくじゃらの化物みたいになってるぞ」

「ホントだ」

「――あ?」

「ひっ」


 リリウムの紅髪がぼさぼさになっている理由が、自分の風翼にあると察したメレアが、リリウムの凄味(すごみ)に思わず短い悲鳴をあげる。


「――まあいいわ、助けてもらったし。まだまったく安全になったわけじゃないから、追及はあとでね」

「結局追求はするんですね」

「女の髪は命だもの」

「なんでもいいですけど金の力が足りませんよぉぉぉおおお!! もっと! もっと金の輝きをおおおおおお!!」


 〈錬金王〉シャウの興奮した絶叫が最後にはすべてを掻き消して、黄金船の中に響いた。


◆◆◆


 ――俺は……初めて外に出るんだな。


 それぞれがまたすぐに黄金船の揺れに気をまわしはじめる。

 山を船で滑走するという奇怪な事態に、まだ誰もが警戒を(おこた)っていなかった。

 そんな中で、メレアは胸中に言葉を浮かべる。


 ――こんな旅立ちになるとは思わなかったけど。


 始まりが戦闘で、というのはいただけない。

 だが、そのおかげで決心がついたのも事実だ。

 メレアは最後に黄金船の窓から首を出して、もはやほとんど見えなくなってしまったリンドホルム霊山の山頂を見上げた。

 吹雪く風が重なり合って、山頂を白いもやに掛けたように隠している。

 しかしメレアはそのもやの向こう側に、百の人影を見た気がした。

 きっと幻影だった。

 それでも、その幻影が手を振っているようにメレアには見えて、


 ――うん。


 その光景を最後には信じた。

 ここはリンドホルム霊山。

 死んだ者たちが何かをしてしまえる不思議な地。

 下りていく者に手を振るくらい、なんてことはない。


 ――さようなら、みんな。俺、行ってくるよ。


 そうやってメレアが少し感傷的な視線を空に向けていたのに、実はほかの魔王たちの大半が気づいていた。

 メレアにとっての故郷があの山頂であることを、彼らは知っていた。

 最初は信じられなかったが、今のメレアの姿を見て、確信を抱いた。

 また、あの山頂の墓に、彼の大切な思いが詰まっているのだろうという予想もあった。

 ムーゼッグの術式兵たちの白光砲が墓を削ったときの反応を見れば、容易にわかることだ。


 それでもメレアが口には何も出さないから、彼らもメレアの胸中を察して、何も言わないことにした。

 ただ少しの間、できるだけ静かに、彼の感傷を少しでも和らげられるように、そう願いながら、揺れる金色の船体に身を任せた。


◆◆◆


 未練ゆえにこの世に留まっていた百人の英霊。

 その百霊に育てられた〈メレア=メア〉。

 英雄になるべくして生まれた男は、その日、〈魔王〉と呼ばれる者たちと旅に出た。


 百の英霊に育てられたメレア=メアは、このリンドホルム霊山の一件より、ムーゼッグ王国において正式に〈魔王〉と認定される。


 魔王に認定されると、ほかの魔王との差別化のために〈号〉をつけられた。

 魔王の判別のため、またその戦系や特性を端的に表すために使われる称号のようなものだ。


 メレア=メアにつけられた号は、〈魔神〉であった。


 これは今の時代において非常に珍しいことだった。

 魔王の号には、曖昧ながら『力の序列』がある。

 〈魔号〉、〈王号〉、〈帝号〉、〈神号〉。

 最高位を〈神号〉として、〈魔号〉を最下位とする。

 旧時代からひきずってきたものでなければ、魔王と呼ばれる者のなかに神号を持つ者はあまりいない。

 というのも、今の時代に新しく号をつけられる場合に、神号をつけられる魔王がほとんどいないのだ。


 今の世の魔王は狩られる側の存在である。


 力の序列であり、狩る側からすれば危険度の指標でもある号の制度上、神号をつけて警戒するほどの魔王はもはやあまり存在しない。 

 だが、そんなこの時代に、メレアは神号をつけられた。

 その認定には、実際にメレアと相対したムーゼッグの術式兵団の意向が強く反映されていると言われている。

 彼らはメレアに対し、迷うことなく神号認定を申請した。

 特に彼らは、自分たちの連携術式がたった一人によって模倣(トレース)され、あろうことか一瞬で反転術式にされたことになによりも衝撃を受けていた。

 反転術式による術式相殺は、かつて術士の頂点に君臨すると言われた()()()〈術神〉フランダー=クロウの得意分野だ。

 それと似たことをしたあの男は、昔話の中の術神と遜色(そんしょく)ないように見えたが、おそるべきことに、その術神と違って近接戦まで卓越している。

 魔王の戦系や特性を表すという観点から見ても、あの男に関しては〈術神〉とも〈戦神〉ともつけがたい。

 最初、彼らはどう表現していいかわからなかった。

 結果――


 総体的な力の化身という意味での〈魔神〉という号が、その男につけられた。


 のちに、雪のような白い髪にちなんで〈白神〉という号を使う者も現れたが、メレアという存在を形容するのに〈魔神〉という号ほど適切なものはなかったともいわれている。


◆◆◆

 

 そうしてメレアは、まず最初にムーゼッグ王国において正式に〈魔王〉と呼ばれるようになった。


◆◆◆


 のちに号制度を超え、固有の異名として〈百魔の主〉と呼ばれた男の『魔王としての生』は、そこからはじまった。


 ―――

 ――

 ―



終:【二十二人の魔王】

始:【時代の奔流】


本作をお読みいただきありがとうございます。ブックマークやポイントなどで応援してくださると連載の励みになります。また、本作のコミカライズ版が秋田書店のweb漫画サイト『マンガクロス』にて無料連載中です。併せてお楽しみください。https://mangacross.jp/comics/hyakuma

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