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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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203話 「バルドラ武装商人連合」

 かつて、サイサリス教国ができる前、南大陸の北端にいくつかの国があった。

 その中に、商い全般を主な産業とする、一風変わった商業国家があった。

 名を〈ウィンザー商国〉という。


「成立はかの〈暗黒戦争時代〉中期。今で語られる転換期の英雄たちが、ちょうどこの世に誕生したころでしょうか」

「そうだね。中期から後期までの推定年数を考えるとそのくらいだ」


 ウィンザー商国があった土地は、最初、ただの商人たちの集いの場だった。


「行商街道が連なる場所だったからかな」

「それも大きな要因の一つでしょう。……無論、それだけではありませんが」


 シャウは『星視の鏡面』を(ふところ)にしまいながら続ける。


「暗黒戦争時代の中期と言えば、戦乱が特に悪化の一途をたどりはじめたころです。それまで単に商いをしてきた商人たちが、中立意志を掲げているにもかかわらず、身の危険を感じはじめたころ」


 暗黒戦争時代初期には、商人たちの財布はとても潤っていた。

 戦争特需という言葉がある。

 敵を殺すための武器、遠征を行うための食糧、はたまたどこぞの未開の地から調達してきた術式理論。

 ただ戦争をすることですら金が掛かるのに、そこで勝利しようとすればなおさら金が掛かる。

 そういう世の情勢を巧みに使い、商人たちは戦争に使う道具を売りさばくことによって戦勝国とは別に莫大な財を確立していった。


「『武装商人』の成立はそのころですね」


 中期に入って、商人たちが金を持っていることを知ったいくつかの国が、こぞって彼らを襲いはじめた。

 暗黒戦争時代中期ともなればその苛烈さは言うまでもない。

 最低限の人倫さえ放棄された戦乱の地で、戦いに慣れていない商人たちはまさしく絶好のカモだった。


「それでも商人たちはすぐに団結したわけではない。商人たちも一枚岩ではないし、連合を作ったら作ったであとが面倒だ。私なんかよりよっぽど金の亡者だった当時の商人たちは、後顧の憂いを失くすため、あくまで自分たちで身を守ることを選んだ」

「一部否定したい部分があるけど、まあいいや」


 シーザーがぽりぽりと頬を掻いてから「どうぞ」と先をうながした。


「しかし相手は国家。規模が違いすぎる。当然限界は来ました。そしてついに――商人たちはとある都市国家を立ち上げる決心をする」


 それが〈ウィンザー商国〉の母体。

 

「通称〈バルドラ武装商人連合〉」


 莫大な財を持ち寄った商人たちによる、第三勢力の誕生だった。


「彼らはまず、暗黒戦争時代初期にため込んだ財をつぎ込んで傭兵を雇いはじめた。傭兵という()()()()で武装したわけですね」

「暗黒戦争時代なら腕のいい傭兵なんていくらでもいただろうね」

「ある意味傭兵も商人みたいなものですね。取引の材料に自分の武力と命を使っているだけで」

「あ、そういえばエルマも傭兵だったんだっけ」

「ええ。ちなみにウィンザーは彼女の血筋、〈剣帝〉魔王が率いていた〈三八天剣旅団〉も雇ったことがありますよ」

「……え、マジ?」


 シーザーが驚いたように目を丸くする。


「さすがにくわしくは知りませんが、一応そういう記録があります。巡り廻って、今私たちはまた行動を共にしているわけですが、いやはや、歴史というのも面白いものですねぇ」

「……キミ、よくそこまで暗黒戦争時代の記録を集めたね。あの時代って情報が少ないという意味でも『暗黒』なんて呼ばれているのに」

「伊達にウィンザーの王族はやってませんでしたよ。――あと金の力は偉大なのです」


 シャウはおどけたように肩をすくめる。

 それでも顔には苦笑があった。


「ともあれ結果として、〈バルドラ武装商人連合〉は襲撃してくる国家から身を守ることに成功した。商いという人間の原始的文化の保持と、金を集めたいという人間の純粋な欲求の保全に成功したわけです」

「ここまではまあ、普通の話だね。外観は少し俗だけど……金ばっか出てくるし」

「金の話題が出てこない歴史がこの世界のどこかにあると思います?」

「……ないね。残念ながら」

「そう、つまり金こそが人類の根源。金こそが歴史。……あれ? もしかして金って人類そのものなのでは……?」

「ちょっと、勝手に迷走するのやめてくれない」

「これは失敬」


 思考がそれそうになったところでシーザーに止められ、シャウは襟を正した。


「ここでめでたしめでたし、と終われば今ごろ私も王様だったのかもしれませんね」

「――でもそうはいかなかった」

「ええ。商人たちの権利を守ることに成功した〈武装商人連合〉は、勢いそのままに今度は国家的欲を出した」


 武装商人連合が国家としての主権を主張しはじめたのはそのころ。

 当時連合の長を務めていた『ウィンザー』姓の男の名を使い、都市国家を樹立した。


「当時の彼らには、金でないものも金に見えていたのでしょう。たとえば山が金に見えたり、領土が金に見えたり、たまに人間も金に見えたり」

「極まりすぎでしょ……」

「私にも経験がありますが、なんでもかんでもを商品としてみなして金額に換算するクセが商人にはありまして」

「キミたちだけだよ……普通の商人まで巻き込まないであげて……」


 シーザーが眉間をつまんでうめく。


「金をつぎ込み、名のある傭兵を雇い続けることで戦争に勝利し続けることができると知った彼らは、次々に近隣の領土を手に入れていった。彼らのせいで滅んだ国も、きっとたくさんあったでしょう。そしてこのくらいの時期です。――ウィンザーにとある〈悪徳の魔王〉が生まれたのは」


 ウィンザー。

 その名は〈錬金王〉の号を同時に意味する。

 そしてその号は――


「ガルド=リム=ウィンザー。〈錬金王〉を()()()()名乗った最初の魔王にして、人の心までもを金で手に入れようとして()()した、本物の〈悪徳の魔王〉」


 かつて実際に〈悪徳の魔王〉と呼ばれた者が、冠していた。


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