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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
205/267

201話 「大陸の南端にて」

先日『百魔の主1巻~6巻』が一緒になった合本版(電子)などが発売されたようです。

 いつのことだったろうか。

 まだ自分が、あの金色の硬貨の価値をまるで知らなかったころのことだと思う。


「だいぶ風体が変わりましたね」


 シャウ=ジュール=シャーウッドは仲間たちとの長い旅路を抜け、一人サイサリス教国の街並みを見ながらぼそりとこぼした。


「これもまた、金の力だ」


 シャウはかつて、勃興間近のサイサリス教国を見たことがある。

 当時のサイサリスはまさしくその清貧という教義を体現するように、必要以上の装飾を好まない街並みをしていた。

 家は住めればいい。

 ものは必要なだけ。

 街を行く人々の衣装は平凡簡素。


 しかし今は煌びやかで、騒々しく、それでいて人々の顔にかつてとは真逆の表情がある。

 捨てるのではなく、なにかを求めようとする――亡者の顔だ。

 

「浮世を手放し、ようやく心の平穏を得たというのに、再びそのしがらみに囚われようとしている姿は滑稽と呼ばずにはいられませんね」


 芸術都市と()しても見劣りしない華美な家々の横を歩きながら、シャウはポケットの中の金貨に触れる。

 冷たい金貨の感触をたしかめてから小さくため息をついた。


「やあ、待っていたよ、〈エヴァンス〉」


 と、そんなシャウの耳を聞き覚えのある声がつついた。

 通りすがり。

 後ろを振り向く。


「君の髪色がよく似合う街並みになっただろう」


 紫のグラデーションが混じった妙に派手な金髪の尾が見えた。

 その髪は人波にするすると分け入りすぐに見えなくなる。

 しかしシャウはその髪の持ち主が誰なのかをすでに知っていた。


「あなたも同じ色の髪でしょう。……まったく、ずいぶん王女らしくなくなったものだ」


 いつの間にかポケットの中に金貨以外の感触があった。

 今の通りすがりに忍び込ませたのだろう。


 それは一枚の紙きれだった。

 中を見ると達筆な文字で短い言葉が書かれている。


 『夜鐘が鳴ったあと。再びあの場所で』


 日付の切り替わりを知らせる夜鐘。

 昔からサイサリスでは日に三度の鐘を鳴らす。

 朝、正午、そして深夜。

 それ以外に国内で時間を知るすべはない。

 時間にすらも囚われることを拒否した勃興間近のサイサリス人が、時計というものを国内から排除したためだ。


「まあ、それも昔のことですが」


 今となってはそんな行きすぎた理念も形骸化してしまっている。

 街を歩く人間は懐中時計をなんのためらいもなく開いて見ている。

 それでも鐘はなるらしい。

 良くも悪くも、慣習というものが人々の間で根強く残る証明だ。


「ともあれ、考えることは同じなようで」


 シャウは開いた紙切れを再びポケットに突っ込み、中で錬金術式を発動させて金貨に『混ぜ込んだ』。

 これで証拠はない。

 同じ力を持つ者が細心の注意を払わなければ、まさか本物の金貨の中に紙切れがひそんでいるなどわからないだろう。


 シャウは再びサイサリスの街を歩きはじめる。

 さきほどまで金貨が入っている方とは逆のポケットに入っていた自作の金紙はない。

 

 通りすがりに、あの金髪の女の懐に自分もそれを忍び込ませていた。


 そこに書いておいた内容はこうだ。


 『夜鐘が鳴ったあと、滅んだ国の見えるあの場所で』


 自分で書いた内容を思い出して、シャウは自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「まったく、手のかかる『王女様たち』だ」


 シャウ=ジュール=シャーウッドはまたため息をつく。

 この国に来てからこうしてため息をつくことが増えた。

 もしかしたらかつての自分は、今みたいに何度もため息をついていたのかもしれない。

 お転婆な二人の王女に囲まれて、貧乏くじばかり引かされる憐れな少年。

 

「だからサルくんにちょっかいを出したくなるのでしょうか」


 二度と得ることはないと思っていた仲間の一人を思い出しながら、シャウはまた小さく笑った。


◆◆◆


 魔王連合の魔王たちがサイサリス教国へ入国したのは二日前のことだ。

 芸術都市ヴァージリアへの旅路と比べてずいぶん日数がかかった。

 無論それは距離の問題でもあったし、ヴァージリアへの旅路よりもそもそも人数が増えたことも要因だろう。


「サルマーン、腹が減った……どうしよう」

「適当にそのへんで買って食えよ……」

「サル、お菓子!」「お菓子かし!」

「上に同じだバカ双子」

「サル、くん? 疲れて、る?」

「本当にお前だけはまともで良かったと思ってる、アイズ」


 サイサリス教国には計七つの区画がある。

 基本的な様相は変わらないが、提供する産業ごとにある程度区分けがされているようだった。

 魔王一行は隣り合う三つの区画に宿を取る。

 それから情報収集のために手早く街中へ出た。


「サルマァァァン……」

「うるせぇなエルマ! お前ここに来てから妙にめんどくせえぞ!」

「だってぇ……肉がぁ……生肉がぁ……」


 そんな魔王たちの中の一班。

 『最初の二十二人』のメンバーによって構成された班は、サイサリス教国の中央へ向けて人々で賑わう街中を歩いているところだった。

 

「ここはあれだな、サイサリス教の教義が一番残ってる区画だ」


 一団となって歩いているのはサルマーン、エルマ、リィナとミィナの双子に、アイズとシラディスだ。

 

「だから肉がないのかぁぁぁ……」


 一行はサイサリスでよく見られる白系の装束を身に纏いながら、その内には各々の武器を携え歩いている。

 なにかあったときのためだが、今のところこれという異変はない。

 入国に際して必要最低限の変装や偽造は行ったが、それが功を奏することもなかった。


「一番まともだったころのサイサリス教信者は肉食うの厳禁だったらしいからな」

「肉を食うのを禁ずるとはその時点でまともではないぞ……!!」

「そりゃおめえの価値観が肉に寄りすぎてるからそう思うんだよ……」


 先頭を歩くサルマーンの服の裾をエルマが半べそをかきながらつかんでいる。

 宿を出てから隣の区画へやってくるまでにすでに三回彼女の肉を求める嘆きを聞いた。

 彼女の腹の虫が怪物のうめき声のような音を奏でているのを聞いて、サルマーンとしてもどうにかしてやりたいと思わないでもないが、さすがにそのためだけに計画を変更するわけにはいかない。


 ――ああ……こういうときはメレアが居た方が楽だな……。


 長不在の魔王連合。

 メレアはアイオースで自分の眼の謎と西大陸の魔王を探りに行っている。

 いざこうしてメレアのいない状態の魔王たちを率いてみると、その大変さが身に染みた。


「あいつは良くも悪くもずぼらだからな」

「メレア、くん?」


 サルマーンが歩きながら額を手で抑えていると、後ろでシラディスと会話をしていたアイズが横にやってくる。

 魔王連合唯一の良心であり、今やメレアに次いで精神的な主柱になろうとしている可憐な少女だ。


「そう。あいつってここぞってときはよく決断するが、それ以外のときは案外自由だろ。むしろ放っておくと危なっかしいって周りがつい思っちまうタイプだ。もともと俺たち魔王連合の面々は性格やら性癖やらが破たんしてるやつ多いけど、あいつも結構なもんだからうまいことバランスが取れてたんだと思う」

「せいへきー!」「はたんー!」


 サルマーンの言葉の一部を拾いあげてリィナとミィナの二人がとてとてと走り回る。


「そこだけ拾い上げるんじゃねえ」

「きゃっきゃ」「きゃー!」

「はあ……」


 サルマーンは白いローブのフードを払ってため息をつく。

 隣ではアイズがまじめな顔で考え込んでいた。


「たし、かに。そうかもしれない、ね」

「おお……けしかけたのは俺だがアイズからそんな言葉が出るとは思わなかったぜ……」


 アイズのことだから困ったように苦笑して終わるかと思ったが、意外と言うことは言うらしい。


「メレア、くんは、いつも、みんなの中心に、いるから」

「――ああ、まあそういうこったな」


 良くも悪くも目が離せない。

 だから急にいなくなると統制が取りづらくなる。

 いまさらながらこの魔王連合という集団がメレアありきで成り立っていることをサルマーンはひしひしと実感した。


「とはいえ、これからもずっとこのままってわけにはいかねえ」


 今回のように、メレア抜きで行動を起こさねばならないことは今後増える。

 最初と比べて自分たちにはできることが増えた。

 そしてやりたいことはもともと馬鹿みたいに大きい。

 帰る場所を得て、人が増えて、ようやく当初の目的に沿った行動ができるようになったことで、再び自分たちのやろうとしていることのむちゃくちゃさに意識が向いた。


「ムーゼッグだって動きを止めたわけじゃねえ。サイサリスも魔王収集に動き回ってる。もし西大陸と東大陸で同時に事が起こったら、やっぱりどっちかはメレア抜きで動かねえとならねえ」

「うん。そうだ、ね」


 求心力。

 メレア=メアという圧倒的な存在感。

 それら抜きでも動けるようになるためには、今回のような機会を早めに得ておいてよかったのかもしれない。

 

「まあ、問題はこれが最初で最後にならねえようにすることだが」

「だい、じょうぶ。みんな、わかってるから」

「――そうだな」


 アイズがまっすぐな瞳で言うのを見て、サルマーンは珍しく苦笑した。

 

 ――そうかもしれない。


 いざというときはなんだかんだやれる者たちだ。


「肉ゥ……」


 普段は本当にどうかしているが、ここぞというときはやってくれるに違いない。


「サルー! お菓子ないぃぃぃ!」「ないぃぃぃ!」


 そう、大丈夫なはず。


「あ、アイズ……ここ人が多い……帰りたくなってきた……」

「なんだよ!? 俺が少し感傷的な気分に浸りかけてたのになんでお前らここぞとばかりにアレなわけ!?」

「だって、肉ゥ……」

「もういいよ! お前先行って肉買ってこいよ!!」

「お菓子かしー!」「かしー!」

「帰ったら作ってやるから黙ってろ!!」

「人が多い……」

「シラディス! おめえは最初から鎧フル装備じゃねえか!! だから逆に見られんだよ!! あとガッチャガッチャうるせえ!! 隠密行動の『お』の字も出てこねえわッ!!」


 せめて別の区画に宿を取った魔王たちは普通に街に溶け込んでいることを祈るサルマーンであった。



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