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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
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199話 「それぞれの決意」

 ――そうか。


 サーヴィスの術式によって空が破れる様子を見上げながら、メレアはある事実を認識した。


 ――あなたなんだろう。


 今、天から降り落ちてきた白い光。

 ムーゼッグの術式兵団が使った連係術式と同種のもの。

 何度かあの術式を反転させて、気づいたことがある。

 

 ――あの〈白光砲〉は、フランダーが作った術式だ。


 リリウムと術式について学べば学ぶほど、あの術式の無駄のなさ、そしてその精緻さに思いが至る。

 リンドホルム霊山で幾度と見たフランダーの編む術式も、いつもそれしかないという完璧な形をしていた。

 

「あなたは……そこにいるんだろう」


 サーヴィスがあの白い光を消し去る直前、かろうじて発動させた〈術神の魔眼〉で内部の構成術式を見た。


 ――まだ、上を行くのか。


 改良されていた。

 それしかないと思っていた術式に、さらに手を加え、まさしく〈術神〉の御業と呼ぶしかないような、至高の砲撃術式になっていた。


 ――ただでさえ今の時代の人間には連係しなければ発動できなかったものを。


 ヴァンの言う〈白神の魔眼〉を発動させると、術素に色が見えるようになる。

 〈術神の魔眼〉を発動させたあと、また少し無理をして〈白神の魔眼〉を発動させた。

 結果、わかったことがある。

 さきほどの白い光に込められていたのは、単一の術素だった。


「フランダー……っ」


 北東の空。

 きっと大陸を越えてやってきたその光。

 このアイオースの北東には、かの国が存在する。


 ――ムーゼッグ。


 あの〈死神〉を騙る魔王は、きっとそこにいるのだろう。

 国境を越えて術式砲撃を行うほどの力は、近くに死霊術式の術者がいなければ行えないはずだ。


 ――やはりあなたは、そこにいる。


「メレアっ、まだ立ちあがっちゃ――」

「……大丈夫」


 体中が軋んでいる。

 リリウムの言うとおり、平時であれば立ち上がるのを諦めただろう。


「でも、今だけは」


 立ち上がらなければならない。


 ――もし、そこであなたが見ているのなら。


「ここで、俺は立ちあがらなければならないんだ」


 たとえこの身が砕けていようと。

 かつての誓いを貫いていることを、そしてこれからも貫くのだという意志を、見せておかねばならない。


 ――それが、あなたに育てられた、俺の矜持。


「いずれそこへ行く」


 ネクロアという死霊術士に会ってから、こういう日がくることは予想していた。

 しかし、できるだけ見ないようにしてきた。


 ――ヴァン、俺は行くよ。


 ヴァンと出会い、彼を倒し、ついに見たくなかったものを直視する。

 思えば、いつもつらい一歩を踏むときには、最初にヴァンがいた気がする。


「メレア様」


 ふと、そのあたりで後ろから声が掛かった。


「マリーザ」

「ムーゼッグの刺客は始末しました」

「……」


 マリーザはいつものメイド衣装に、わずかな血痕を滲ませ、冷たい表情で報告した。

 どことなく雰囲気が鋭い。


「嫌な仕事を任せてごめんね」

「いえ、必要なことです。わたくしたちの仲間に手をあげた報いは、受けさせなければ」


 そう告げるマリーザの口角が、わずかに動いたのをメレアの目は見逃さなかった。


 ――……〈暴帝期〉が近いな。


「これから、どうなさるのですか?」


 言われ、メレアは現状をもう一度把握する。

 ミラはまだ目を開けていない。

 マリーザはまだ動けるが、おそらく近いうちに〈暴帝期〉が来る。

 ずいぶんとあの衝動に耐えるようになってきたが、それでもまだ我を失う時間がある。


「サーヴィスたちもこれから新しくなにかをできる、って状態じゃないな」


 それに、今のこのアイオースの状況。

 これからもっと混乱が起こるだろう。

 天塔都市にいるという〈石王〉という魔王については気になるが――


 ――今ある仲間を、ないがしろにするのはおかしい。


 判断を下す立場になって、優先順位を決めなければならないことが増えた。

 いつも完全に納得できているのかといえば、それは否だ。


「……戻ろう」


 それでも、大事なことは見誤るまいと、いつももがいている。


「ベナレス」


 そしてメレアは〈白緑の天才〉と呼ばれる青年に声をかけた。


◆◆◆


 キリエ。

 否、〈メレア=メア〉。


 ――〈白い髪の魔神〉、〈ヴァージリアの動く芸術〉。


 なるほど、彼だ。

 ベナレスは一時的にメレアと繋がり、その正体に確信を抱いた。

 払っても払いきれない強烈な意志がベナレスの中に逆流し、それが鍵となってほぼ自動的に〈世界記憶〉から彼のこれまでの軌跡が引き出される。


 ――いくつもの本棚が光っていた。


 今までこの男を見てきた多くの人間が、今の自分と同じように、強烈に、この男の存在を脳裏に留めているからだろう。


「僕は……」


 だから、これから彼がなにを言おうとしているのか、ベナレスには手に取るようにわかった。


 ――姉さん、もう僕は大丈夫だよ。


 一番最初に彼女が願ったことは、叶えられない。

 自分を、〈魔王〉という名が生み出す戦いの螺旋の外に置いておきたい。


 ――僕は、力は強くないけど、戦える。


 ここにいるほかの〈魔王〉たちと比べれば、自分はずいぶんと恵まれた環境で生きてきた。

 それもすべて、この姉のおかげだ。


 ――でも、もう十分だ。


 自分は、思っていたより聞き分けが悪いらしい。

 

 ――僕は、あなたを一人で戦わせたまま生きてはいけない。


 姉弟だった。

 短い時間だけれど、共に過ごした。

 父の願いも、母の願いもわかる。


 ――それでも、姉弟なんだ。


 まだ、自分には家族がいる。

 〈魔王〉というとてつもなく重い荷物も、二等分すればいい。


「違う、ベナレス。二人じゃない」


 ふと、自分の内心を見抜いたかのように彼が言った。


「ここにいる魔王は、お前たちを二人だけにはしない」

「……はは、どうしてみんながあなたについて行きたがるのか、わかった気がします」


 遠くに感じる。

 その姿は巨大だ。

 そしてその巨大な身で、一番前に立ち、逆風をさえぎっている。


「そこから見る景色は、どんな景色ですか」


 荒れ果てた荒野だろうか。

 足の踏み場もない獣道だろうか。

 そもそもそこに、地面などあるのだろうか。


「崖が見える」


 彼は言った。


「でも、橋を作ることはできそうだ」

「どこに向けて掛ける橋ですか」

「ぼんやりとしていてまだよく見えない。でも、存在はする。そこにあると――わかるんだ」


 それは幻想と呼ぶべきものではないのか。


「俺は信じている。ほかの誰がそれを幻想と言っても、俺だけは信じることにしている」


 なんと儚くつらい道だろうか。

 見えない場所へ往く。

 道がなければ橋を作る。

 あるいは綱を渡り、進み続け、きっとそこにあると信じる場所へ向かう。


「そこにあなたの信じたものがなかったとき、あなたはどうしますか」

「――作ろう。俺が信じたものを、そこに」


 ――はは。


「あなたはバカですね。賢明とは真逆の位置にいる」


 だからこんなにも、輝いて見えるのだろうか。

 

「そんなあなたが……羨ましい」


 憧れ。羨望。

 常に打算が頭のどこかで働く自分には、けっしてなれないものだ。


「俺もお前が羨ましいよ。俺は……バカだからな」


 すると、思いもよらぬ答えが来た。


「ときどき、もっとバランスを取るのがうまければと、そう思うときがある。もっといろんなことを知っていて、みんなが一番苦しまない方法を選ぶことができれば、どんなにいいだろうと思うときがある」


 巨大に見えていた彼の姿が、ふと等身大に戻った。


「俺はたまたま、戦うことができただけ。戦いが必要な時代に生まれて、人より戦うことが得意だったから、こういう道を歩けているだけ。逆に言えば、俺は戦うことしかできない。家事をすればマリーザに怒られるし、勉強すればリリウムに間違いを指摘され、商売ごとをしようとすればシャウにあれこれと小言を言われる」


 彼――メレアは苦笑した。


「生き物を獲るのはエルマの方がうまいし、アイズみたいにみんなの心をくみ取って優しく支えることもできなければ――悔しいけど、良い本の選び方、その他もろもろ、文化的なことに関してサルマーンには一生敵う気がしない」


 そこに、どこにでもいる一人の青年がいた。


「俺は、いつも誰かに助けられている」


 ふと、ベナレスはメレアの後ろに多くの人影を見た。


「一番最初、生まれたときもそうだった」


 彼らはみな、メレアを見ていた。

 悲しげに、申し訳なさそうに、それでいて――慈しむように。


「俺は、彼らが願わなければ、この世界に生まれることもなかった。なにもできず、人並みに生きることさえままならず、無念と後悔に見て見ぬふりをして、そういうものだとすべてを悟ったように振る舞い、静かに――死ぬはずだった」


 一人だったと、彼は言った。


「あの、紫色の花を拾うまでは」


 それが、彼にとっての転機。


「俺は、いろいろな人に助けられた。だから俺は、助けてくれた人たちを助けよう。助けようとしてくれた人たちを、助けよう。それが俺にできる、せめてもの恩返しだ」


 そしてそれこそが、自分の意志でもある。


「ベナレス、判断を下すのはお前だ。俺は手を伸ばすが、その手を取るかどうか決めるのはいつだってお前だ。まあ、俺はしつこいから、どこまで遠ざかっても追うかもしれないけど」

「はは、それは、怖いなぁ」


 口調が自然と砕ける。

 ベナレスはミラの頭を膝に優しく抱えたまま、一度目を閉じた。


 ――僕は……。


「――ベナレス」


 ちょうどそのときだった。


「……姉さん?」

「ベナレス、わたし、あなたに聞いてないことがあったわね」


 ミラが目を覚ました。

 その事実だけで、もうベナレスはなにもいらないと思った。


「ホントは最初に聞いておけばよかったこと」


 ミラはゆっくりと手を伸ばし、ベナレスの頬に優しく触れた。

 

「あなたはどうしたい? ――ベナレス」


 そのとき、ベナレスは決意した。

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