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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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20話 「たしかにそれは翼に見えた」

 メレアは雷のごとき速力で打撃と移動を重ね、ムーゼッグの術式兵団を壊滅に追い込もうとしていた。

 もはやその場にいた者たちの中に、メレアの実力を疑う者はいない。

 いっそのこと畏怖(いふ)すら抱いた。

 

「――って、なんだありゃ」


 そんなメレアとともに交戦部にて拳を振るっていたあの〈拳帝〉が、ふと何かに気づいた。

 ムーゼッグの術式兵が残り数人というところになって、〈拳帝〉はリンドホルム霊山の上から滑り下りて来る『黄金の船』を見つけた。

 斜面をしゃりしゃり言わせながら下りて来る姿は実に奇怪(きっかい)だ。

 船の下りる先に先回りするように『氷の路』が生まれていて、それが術式によるものであることは容易に察せられたが、誰がやっているかまでは――


「あの双子かっ!」


 気づいた。

 黄金の船の窓らしき場所から、二人の少女が楽しげな笑みを見せている。

 彼女たちがかざしている手から術式陣が展開されていて、どうやらそれが『氷の路』を作っているようだった。

 次いで、その黄金の船の窓から、また別の男が顔を出す。〈錬金王〉シャウだ。

 逃げる算段をつけておけとは言ったが、まさかあんな奇怪な手段を取るとは思わなかった。

 ひどい絵図だ。


「はーい、みなさん乗ってくださーい! ――おひとりにつき金貨三枚で乗せましょう!!」

「ここで商売かよっ!」


 そしてひどいやりようだ。金の亡者の(かがみ)である。


「ツケときますよ!」

「どっちにしてもたけえよ!」

「じゃあそこで下からやってくるムーゼッグ軍の本隊と南からやってくるサイサリス教国の狂信者たちに殺されてください!」

「絶対乗るわ!!」


 〈拳帝〉はそれを聞いて、周囲の魔王の手を取って走り出した。

 つかんだ手の一つは〈炎帝〉リリウムの手だった。


「えっ!? ちょっ、いきなりなによ!?」

「死にたくねえだろ!? 今が霊山から逃げる好機だ、あの船に乗り込め!」


 と言いつつ、答えを待たずに少女の身体を引っ張る。

 黄金船の方は交戦部に差し掛かったところで減速をかけている。氷の路の生成が止んで、船体が砂利の摩擦にさらされて減速しているのだ。


「っ、よし、頼むぜメイドさんよ! ちゃんと受け止めろよ!」


 〈拳帝〉はそう大きな声で言いながら、リリウムを投げ飛ばした。

 黄金船の別の窓から身体を乗り出したマリーザが、『早く投げろ』と言わんばかりに両手でジェスチャーしていたのだ。

 墓作りの際に彼女の膂力(りょりょく)が人外じみていることは把握済みである。

 黄金船がその場に留まっていられる時間を考えても、やはり急ぐ必要があった。


 そうして丁寧に狙って投げたリリウムを、メイド姿のマリーザが器用に抱き止め、黄金船の中に格納する。

 お互いにまるでモノのような扱いをしているが、今はこれが限界だ。あとで存分に怒られることにしよう。

 〈拳帝〉はそのまま近場の何人かを黄金船に投げ入れ、ついに自分も黄金船の窓に身をすべり込ませた。

 ほかの魔王たちのほとんどが、すでに自らで船に向かっている。

 そんな彼らを鼓舞するように、〈拳帝〉は再び大声をあげた。


「逃げるんなら来いよ! ――ていうか来い!! なんだかんだと生きてえからこんな霊山にまで登ってきたんだろ!」


 黄金船に走っていく魔王たちは、その声に応えるように足を速めた。

 次いで、〈拳帝〉はあの雪白の髪をした自分たちの救世主に言葉を投げた。


「お前も来い! メレア!! 霊山から下りたことねえって言ってたが、じゃあ今下りろ! 一緒に来い!」


 今までで一番強い声だった。

 それはメレアを心底から気遣っての言葉だった。

 メレアが異常に強いことは今の数分で知った。

 思い知らされたといってもいいくらいに。

 しかし敵はいまだに多くいる。

 このままここに留まっては、ムーゼッグ軍の本隊と、ほかの方角から魔王を追ってきているそれぞれの国家の軍隊に包囲されてしまうだろう。

 メレアが魔王であるかの確証はまだないが、あの未来石(フューナス)の話もある。

 なにより、


 ――あれだけの力、絶対にやつらは放っておかねえ。


 ムーゼッグ王国しかり。サイサリス教国しかり。

 力を奪取して利用しようという意欲があるからこそ、こうして魔王を追ってきているのだ。

 ならば放っておけない。

 別に霊山から下りたあと自分たちと一緒に来なくてもいいから、とにかくまずは助けてやりたい。

 だから〈拳帝〉は何度でも叫んだ。


「来い!! 乗れっ!!」


 続々と魔王たちが黄金船に飛び乗ってくる。

 残るは最前線のメレアと、その隣で戦っている〈剣帝〉エルマ。

 だが、


 ふとそのとき、〈拳帝〉は嫌な声を聞いてしまった。


 メレアとエルマがいる方とは反対側。

 ちょうど自分たちの斜め後背から、


「いたぞ!! 追えッ!!」


 そんな声を聞いてしまった。

 

 ――近い……!


 そしてその命令に応える声が、


 ――多いな、ちくしょう!


 思いながら、〈拳帝〉は急いで逆の窓から外を(うかが)った。


「――くそがっ!」


 黒鎧、黒鎧、黒鎧。

 ムーゼッグ軍の軍色である黒。

 血の気を引かせるような嫌な黒色の鎧に身を包んだムーゼッグの近接兵たちが、これでもかと視界に映った。

 一見しても、さきほどの術式兵たちとは比べ物にならない数だということがわかる。


「双子! 加速させろ! 急げッ!!」


 〈拳帝〉は窓の(へり)を拳で叩きながら、焦りを(とも)した声をあげる。

 その黒鎧の集団からいち早く飛び出てきた二人のムーゼッグ兵が、黄金船に取りつこうとしていた。

 〈拳帝〉はとっさの反応でそのムーゼッグ兵を殴り飛ばすが、目の前には続々と次のムーゼッグ兵が続いてきている。

 それ以上の減速は命取りだ。

 まともにやりあって勝てる数でもない。


 一気に行くしかない。


 船に取りつこうとするムーゼッグ兵たちをほかの魔王たちも迎撃している。

 〈拳帝〉はそちらを彼らに任せ、すぐにまたメレアとエルマのいる方角へ窓から顔を出した。

 メレアとエルマは最後の術式兵を吹き飛ばしたところだった。

 

 ――間に合え!


 黄金船は順当に加速しはじめている。

 これ以上速くなると、いかに雷のごとき速力を見せたメレアでも追いつけなくなるかもしれない。

 道のない斜面の下りだ。

 もはや転がり落ちていると形容できてしまいそうな体勢で、なりふり構わず滑り下りるこの船と比べ、駆けるのでは足場も悪いし、速度も出しづらいだろう。

 

 そう思っていると、ついにメレアが船の方を振り向いた。

 赤い瞳が見える。


「来い!!」


 最後の叫び。


 ――届いた。


 メレアが動いた。

 メレアは一瞬の振り向きで周囲にムーゼッグの術式兵がいないことを確認すると、近場にいた〈剣帝〉エルマの手を取り、白雷をまとって黄金船に疾走してきた。


「おわっ」


 エルマの驚く声が小さく聞こえる。

 黄金船が急こう配を下りはじめて、船が大きく傾く。

 加速。

 『氷の(みち)』を、黄金が滑り下りる。

 メレアは凄まじい速度で黄金船の横に近接し、駆けながらエルマを差し出していた。

 それを〈拳帝〉が受け取り、船の中に引きこむ。

 そして今度は、


「手を出せ!」


 メレアを引き上げるべく手を伸ばした。

 異様な速度で(くだ)りはじめた黄金船。

 メレアは並走しているが、なかなかきわどい。

 すると、


「っ! おいっ!!」


 メレアが何かに『つまずいた』。

 無理もない。異様な傾斜を下り走っているのだ。

 それも、術式性の雷をまとって身体を加速させながら。

 エルマを手渡すまでまともに下りてこられたのが奇跡的だった。


 その瞬間に、〈拳帝〉はこの逃走劇の唯一の失敗を、脳裏に浮かべてしまっていた。


◆◆◆


 〈拳帝〉は思わず船から身を乗り出しそうになった。

 たった一瞬のつまずきで、黄金船とメレアの距離が一気に開く。


 ――まずい……!


 船は加速。

 メレアは失速。

 ここから間に合うのか。

 〈拳帝〉は自分のことのようにメレアを心配し、焦燥を感じ、そのせいか、目の前の事態がやけにゆっくりと進んでいくように見えた。いやなスローモーションだった。


 メレアが前につんのめりながら、すさまじいバランス能力で体勢を立て直したのが見える。

 下りている霊山斜面の急こう配と、前傾(ぜんけい)につんのめった体勢が合わさって、まるでメレアは真下に落下しているようだった。

 メレアが体勢の立て直しに使った右足が、霊山の地面を『陥没』させる。

 異様な脚力。

 莫大な踏み抜きの力だ。

 そこからさらに加速し直すが、それでも、


 ――離れていく。


 メレアの姿が小さくなっていく。

 ゆっくりと、徐々に、徐々に。

 あの一瞬の失速が、大きな開きになった。

 〈拳帝〉は焦燥とともに船の路を作っている双子の方を向いて、


「おい! 減速できるか!?」

「む、むり!」「斜面が急すぎるもん!」


 双子のいうとおり、黄金船はもはや氷の路なくして加速落下していきそうなほどの急こう配を滑っていた。

 氷の路を走って得た加速があいまって、路の生成をやめたからといって止まるような状態でもなさそうだった。

 

 そうして〈拳帝〉が一抹(いちまつ)の絶望を感じ、再びメレアの方を振り向いた。

 直後、〈拳帝〉は遠目に見えるメレアの姿に、違和感を覚えた。


「なんだあれ――」


 小さく見えるメレアの背中に、『巨大な白い翼』が生えているように見えた。

 風がうねっているかのような、不思議な外観であったが、たしかにそれは翼のように見えた。

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