2話 「来たれ、英霊の子よ」
〈リンドホルム霊山〉。
生命あるすべての生き物が死後向かうとされる霊山があった。
リンドホルム霊山に到達した生き物の霊は、そこで未練の大小によって行先を変え、一部は天に昇り、一部は未練を解消するべく霊山の一角で『何か』を待つという。
――魂の祀り場。
そんなリンドホルム霊山の山頂。
霊山に鎮座する未練ありし霊の中でも、特に力の強い者たちが集まる場所があった。
◆◆◆
「異界草が拾われたよ」
「マジか。うまくいくもんだな」
「実際にちゃんと魂が渡って来ないことには成功したって言えないんじゃない?」
「そりゃあそうだが、ここに植えた異界草と別の世界の異界草が繋がったこと自体、奇跡みたいなもんじゃねえか」
そこにはいくつかの声が響いていた。
でこぼこした石ころだらけの山頂。
吹きすさぶ寒風と、辺りに散らばる雪化粧の残骸。
そんな白と灰色の空間に、透けた身体を持つ霊が――
「てか霊体っていっても百人も集まるとむせえな。おら、もう少し離れろよ」
「そう言うな。どいつもこいつも気になってるんだよ。俺たちの子が生まれるのを」
総勢百体。
その霊たちが集まる中心部に、一つだけ実体のある身体があった。
それは仰向けに横たわって、真っ白な髪を風に揺らしている。
ピクリとも動かない。まるで死人のようだ。
「どうにかこうにか俺たちの魂の残滓からこうして実体ある身体を造れたが、肝心の『中身』がねえ。これじゃあ死人よりいっそひどい。人形だ」
「我ら英霊の未練を晴らす子。身体は我らの集合体だ。間違いなく素質はあるだろう。しかし中身が木偶では困る」
「欲張りは身を滅ぼすぜ。――すでに滅んでるけど」
「欲張ってはいない。才能がある、ない、ではないのだ。ただ気高く、荒風に負けぬ強い意志を持つ魂が来れば、ほかは何も言うまい」
「それが欲張りってんだけど。まあいいか。まずは本当に来るかどうかだ。こっちの世界じゃ魂が捕まえられねえからな。空に昇ったやつは〈魂の天海〉に呑まれちまうし、この霊山にやってきたやつは魂が欠けてるやつばかりだ」
「我らも例外ではない。ゆえに我らの未練を晴らすためには、異界から健全な魂を呼ぶしかない」
「そうだね。ともかく、タイラントの言うとおり本当に渡って来られるかだ。僕が異界草の根につけておいた魔力は、確かに世界を渡った。根が世界を越えて、向こうの根と繋がった。花が咲けば、門が開く」
「なにもかもが奇跡任せだったが、ここまではうまくいったな。――まったく、異界草なんて生前ですら見たことなかったぜ。おとぎ話だと思ってた」
「みんなそうよ。私だって初めて。しかも異界草が本当に世界を渡るのを見るなんて、きっと誰も初めてよ」
数々の声が飛ぶ。
男の声、女の声。
そのどれもがどことなく上ずっていた。
「――そろそろ異界草の花が咲く。誰が花を咲かせたのか、僕が魔力をたどって見に行こう」
「気をつけていけよ。お前の意識が世界の狭間に囚われでもしたら、全部失敗だからな」
「ちゃんと案内するのだぞ。我らが息子の魂を」
「任せて。ここまで来たらしくじらないさ」
霊たちの一人。
長身痩躯で中性的な美貌を宿した男が、こくりと頷いた。
直後、男の身体が風に紛れるようにすうっと消えていく。
ほかの霊たちは男が消えていく様を神妙な面持ちで見ていた。
そんな中、誰かが願うように言った。
「――来たれ、英霊の子よ」
その声は空に溶けて、ずっと向こうまで飛んで行った。