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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
199/267

195話 「世界知識の領域」

 意識が宙に浮いている。


 ベナレスがたどりついた場所は、果ての見えない真っ白な空間だった。


 ――海?


 今自分が立っている場所と、少し先にある『揺らめいている地面』が、ある境界で区切られている。

 ベナレスはそれを見たとき、率直に自分が立っている場所が浜辺で、その揺らめいている地面が海なのではないかと思った。


 地面は波のように揺れているが音はない。

 色は白濁としている。


 ――あれは……本棚か。


 さらに、その揺らめく地面の上に無数の本棚が置かれていた。

 やはりすべて白く、妙な存在感がある。

 よくよくあたりを見回すと、今自分が立っている場所を中心として、どこまでもその本棚が並んでいた。

 

 ――あれが、知識の集積所なのだろうか。


 未知の場所に足がすくむ。

 しかしベナレスは意をけっして本棚に近づいた。

 立っていた浜辺から一歩、揺らめく地面へ足を踏み入れる。

 そして――


 ――っ。


 それが、『人の越えるべからざる境界』であったことを踏み込んだあとに悟った。


◆◆◆

 

「がっ……!!」

「ベナレス!?」


 ベナレスは初めて意識的に〈世界記憶の領域〉へと足を踏み入れた。


「ああああああああああああああ……!!」


 そして頭が破裂するのではないかと思うほどの激痛に襲われた。


「頭、が……!!」


 本来、理論的にはだれでもその領域へ足を踏み入れることができる。

 〈世界記憶〉はこの世界の全生者の知識の集積所であり、それが常に更新されているのであれば必ず〈世界記憶〉はこの世界すべての人間とどこかでつながっているからである。

 だが、そのつながりを辿って逆に『向こう側』へ飛びこむには膨大な手続きが必要だった。

 それこそ人の一生を費やしてもなお終わらないような長い手続きが。


「ああああああッ……!! やめろッ!! 『こっちに入ってくるな』!!」


 〈叡智の聖典〉はその手続きを簡略化する鍵のようなものである。

 鍵を使えば誰でも〈世界記憶の領域〉まで(のぞ)むことができる。

 だがベナレスと同じようにその領域に臨んだ者のうち、九割の人間は知識の奔流に押し潰されて死んだ。

 逆流してくる知識に脳が耐えられず、頭から血を弾けさせて自壊するのだ。


「ッ!!」


 ベナレスの耳から血がこぼれた。

 その血は地面に落ちたあとひとりでに動き出し、不気味に文字や図形を象った。

 まるで、世界記憶から逆流してきた知識がベナレスの脳を媒介としてこの世に書き起こされたかのように。


「ああああああああああああああああああ!!」

「ベナレス! しっかりして!!」


 ベナレスは手で頭をかきむしり、痛みに叫んだ。

 それでもメレアの手は放さない。

 それが知識の奔流に押し潰されそうになってもなお、唯一ベナレスが守り続けた人間としての意地だった。


「む、むりだ……!! この中から知識を選んで持ってくるなんて……!!」


 人体式の詳細。

 人を構成する式の内容と意味。

 そんな知識(もの)そもそも存在するのかすらわからない。

 ベナレスがもっと明確な道しるべをもって知識を探しにいったのなら多少の猶予はあっただろう。

 しかしぼんやりとした目的意識のまま世界記憶に踏み込んだことで、ゆるく門戸を開け放たれたその頭は無節操な知識の逆流にさらされた。


 ――せめて、道しるべが……。


 なにか、それに繋がりそうなもの。

 人でも、物でもいい。


 人体式に挑んだ狂人はいたか。

 世界式に抗おうとした者は。

 まだ生きている者。

 死者の記憶がここにあるのかはわからない。


 ――なんでも、いい……!!


 もういくばくも持たない。

 知識に殺される。

 

 そうしてすがるように辺りを見回したベナレスは、ふとあるものを見つけた。


「ッ!」


 リリウムが腰につけていた小さなブックホルダー。


「それを貸してくれッ!!」


 そこに挟まっていた一冊の本。


 〈パラディオンの狂書〉。


 彼女がメレアに見せるために奔走して獲得した、あの謎の奇書だ。

 ベナレスはリリウムのブックホルダーに手を伸ばし、力ずくでそれを取り出した。


「狂人よ!! 今はあなたが僕の想像を超えていたことを祈ろう!!」


 パラディオンは過去の人物。

 それでも可能性がないよりはいい。

 世界式に挑もうとしたあの狂人なら、あるいはそれと似た人体の式についても触れていた可能性がある。

 

「僕を導け!! パラディオン!!」


 ベナレスはその本を開き、その文字に目を通した。


◆◆◆


 白い本棚の海で、ベナレスは自分の周囲をぐるぐると飛びまわる知識の流れに身をすくめていた。

 膝を抱き、耳を塞ぎ、呪いの言葉のようにぶつぶつとわけのわからない言葉を放ってくるそれらから目をそらす。


 ――おそろしい。


 知識は生きている。

 彼らは宿主を探してこの領域をさまよっている。


 ――入ってこないでくれ。


 今すぐにでもこの場を離れたい衝動に駆られる。

 五感を閉ざしても彼らは心に直接語りかけてくる。

 それでもベナレスはまだ引き返そうとしていなかった。


 ――僕は……。


 やらなければならないことがある。

 救いたい人がいる。


「……あ」


 と、ふいに懐に奇妙な感触があった。

 おそるおそる目を開いてみると、膝の上に一冊の本が乗っている。


 ――パラディオンの、狂書。


 この領域にある白い本たちとは違って、その本には色があった。

 使い古された革の表紙。

 紙についた人の手垢。

 それでも表紙の文字だけはいまだに触れられざる威厳のようなものをたたえている。


 ――そうだ。


 知識を探しに来た。

 姉を救うための力を求めに来た。


 ベナレスはそのパラディオンの狂書を片手に立ちあがる。

 自分の周囲をもてあそぶように飛んでいた白い知識たちは、狂書を手にした途端それを避けるように距離を取った。


「どこだ……」


 無数に置かれた本棚を見渡す。


「あれは……」


 すると、ベナレスは少し離れた場所にあった本棚にちかちかと明滅する光を見つけた。

 ほかの本には目もくれず、その本棚に足早に近づき、その中の一番大きな光を発している本に手を伸ばす。


 表紙にはなにも書かれていない。

 ベナレスはそれを開いた。


「――」


 そして理解する。


 人を構成する式の構造と――


「パラディオンは……」


 狂人と呼ばれたあの男が、いまだこの世界に生きていることを。


◆◆◆


「――メレア!!」


 ハっとベナレスが我に返ったとき、隣にいたメレアは体からおびただしい量の血を流していた。

 

「っ……」


 リリウムがメレアの背に抱きつきながら泣いている。

 無理もない。見ていられなかったのだろう。


「『理解した』! これから直接君の頭に知識を送る!」


 ベナレスはすぐに術式を展開した。

 基本的な精神伝達系の術式の中に、今〈世界記憶〉の中から取り出してきた『とある魔王の秘術』を組み込む。

 人体式を理解してもそれを操作するのはメレアだ。

 そもそも人体式の構造を口でうまく伝えられるとも思えない。


「編みきってみせる……!」


 そんな状況を聡明な頭で予測していたベナレスは、人体式に関わる知識と一緒に、あろうことか精神系の術式に優れた〈魔王〉の秘術の知識まで持ち出していた。

 

 どの国もが求める魔王の秘術。

 それを反則的なまでの手軽さで取り出せてしまう〈叡智の聖典〉。

 そしてその利用に適した、ベナレス=ファルムードという名の(ふぞくひん)


 ベナレスはこのたったの数分のうちに、世界で最も狙われる〈魔王〉になった。


「理論的には……いけるはずなんだ……!」


 ただし、このとき問題もあった。

 それはベナレスの術式を編む能力である。

 ベナレスは術士としても人並み以上の能力を持っていたが、魔王の秘術のようなレベルになると、その術式を編むこと自体に常人とはかけ離れた能力を要する。

 精神系の術式は中でも特に編むことが難しく、一朝一夕に行えるものではない。


「頼む……!」


 ベナレスが展開した術式が徐々に歪んでいく。

 すべての線が繋がる前に、維持限界を超えて自壊がはじまる。


「ここまで来て諦めてたまるか……!」


 これ以上ない集中力で術式を描き続ける。

 と、そこでベナレスは背後に人の気配を感じた。


「……つらそうだな、ベナレス」


 ギルバートの声だった。

そろそろキャラクター人気投票にベナレスを追加しておこう。

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