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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
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187話 「空を叩け、天に舞え、風の翼」

 何度その声を聞いただろうか。

 幾度その口から心躍る昔話を聞いただろうか。

 風の舞う西大陸で生まれ、いくつもの悪行を人知れず鎮圧し、ときに人々が作り出した『誤解』という猛毒の矢にその身を突き刺され、それでもなお誰かを救おうともがいた稀代の英雄。

 フランダー以上に『戦乱』の余波を大きく受けたその男は、かつて〈風神〉と呼ばれた。


 ――本当に、あなたなのだろうか。


 メレアの中には喜びと悲しみと怒りがあった。

 

 ――本当に、あなただったのだとしたら、俺は……


 メレアは気づかぬうちに目を瞑っていた。

 〈聖ベルセウスの黒龍〉の爆散の衝撃からリリウムを守ろうとして、彼女を下に抱いている。

 もし向こう側からまったく同じ術式を放った者が『敵』であるのだとしたら、その敵を背にして目まで瞑るなど、きっと英霊たちにどやされるほどの失態だ。

 

「メレア……」


 耳元でリリウムの心配するような声が聞こえた。

 彼女が自分の身体を強く抱きしめているのがわかった。

 たぶん、彼女はその聡明な頭脳でもって、今の自分の内心を察したのだろう。


 ――大丈夫。


 そう答えようとしたが、声にはならない。

 

 ――大丈夫。


 二度、その言葉を心の中でこぼした。


「わかってる。わかってるんだ……」


 メレアは自分に言い聞かせるように言って、ようやく膝を立てた。

 リリウムの背中を優しく二度叩いて、「もう大丈夫」と伝える。

 立ち上がりながら、大きく息を吸いこんだ。


「ミラたちが気になる。こうなっている以上、ほかにもムーゼッグの刺客が行動を起こしている可能性がある」


 だから、早めにここから脱出して、まずは仲間たちの安全を確保しなければならない。

 だが、


「たぶん、もう逃げられない」


 フランダーよりも少し前の時代を生きたかの英雄は、同時代を生きた世界最速の英雄、〈雷神〉セレスター=バルカに勝るとも劣らない速力を持っている。

 そしてかの英雄は、セレスターよりも広範囲を殲滅する攻撃術式に優れていた。

 野放しにすれば、アイオースは瞬く間に暴風に飲み込まれる。


「ここで、止める」


 その暴風がこの街にいる仲間たちにまで危害を及ぼさないように、今、この場所で止める必要がある。


「メレア、あたしがミラたちの様子を見に行くわ」


 リリウムが言った。

 その案にメレアは首を振ろうとする。

 自分から離れるということは、その間リリウムは一人でアイオースの街を走らなければならない。

 いかに〈炎馬〉があるとは言っても――


「大丈夫、あたしはここにいる。あたしの代わりにこの子を行かせるの」


 そう言ってリリウムが術式を展開した。

 今まで見てきたリリウムの術式とわずかに様式が違う。

 今まで赤かった〈真紅の命炎〉の術式は、今回、紫がかっていた。


「来なさい、〈紫紺の蛇獅子(キマイラ)〉」


 そして術式が事象になる。

 リリウムが命を司る秘術によって生み出したのは、蛇の頭部を尻尾に持つ、紫色の炎の獅子だった。


「『あの子』の命力とあたしの命力を合成して生み出した幻獣よ。あの子、あたしよりずっと攻撃力のある動物の命力を蓄えてたから、この蛇獅子も結構強いわ」


 リリウムがそう言って、現れた蛇獅子の頭を優しく撫でる。

 蛇獅子はまるでなついた猫のように喉を鳴らすが、その身体からあふれる紫色の炎は空気すらも焼き尽くさんとばかりの熱量をたたえていた。


「行きなさい、みんなを見つけて守るのよ」


 リリウムが言うと、蛇獅子はもう一度喉を鳴らして、その場から駆けだした。

 

「さて」


 リリウムが襟を正し、メレアを見る。

 

「もう、見えるわよ」


 彼女が指差した先、さきほどの黒龍同士の爆散で塵の舞い上がった視界がほとんど晴れている。


「『あたしはここにいる』」


 そのことがメレアに力を与える。

 守らなければならない存在が背中にいることが、このときのメレアにとっては救いだった。

 もし、一人であったら、メレアは本気で彼に対峙できなかったかもしれない。

 たとえ頭でわかっていても、メレアが彼らから受けた愛は、並大抵のものではなかったから。


「わかった。なら、俺は――」


 〈魔王連合〉の長として、今の時代を生きる者として、ここに立とう。


 そしてメレアは、彼に出会った。


◆◆◆


「感謝しろよ、メレア。結構待ってやったんだぜ?」

「知ってるよ、ヴァン。久しぶりだね」


◆◆◆


 銀緑の髪。

 少年の面影を残す美貌。

 風に揺れる耳飾りは、(フクロウ)の風切り羽。

 彼――〈風神〉ヴァン=エスターは、かつて霊山にいたころよりほんの少し若い姿で、この時代のアイオースの地に立っていた。


「まあ、こうやって多少〈死霊術式〉に抵抗できんのは、術者がオレの近くにいねえからなんだけどな」

「ヴァンは喋れるんだね」

「『縛り』が弱ぇんだ。おそらくオレ以外にも現世に呼び出して縛ってる英霊がいるんだろ」


 ヴァンはあの日と変わらぬ、どこか飄々とした口調で言った。

 

「てかその口調だと、オレ以外のやつにも会ったんだな、メレア?」


 ヴァンが片方の眉をあげて、わずかに口角をあげながら訊ねる。

 その様子は少し楽しげだ。


「うん」


 正確には言葉を交わしてはいない。

 しかし会ったといえばそのとおりだろう。


「セレスターに、会ったよ」

「おー、あのむっつり馬鹿の方が先だったか。アハハ、またオレのこと『馬鹿』だって連呼してたか?」


 ヴァンが大きく口を開けて笑った。

 快活な声とその笑みは、無邪気な子どものようだった。

 昔はよく、ほかの英霊たちから『お前の笑みはヴァンによく似ている』と言われたものだ。


「いや、セレスターは言葉を喋れなかったみたいだ。隣にその死霊術式の術者がいたし」

「うはは、相変わらず貧乏くじ引くな、あいつ。いつもしかめっ面してるからそうなるんだよ」


 ヴァンはまだ一歩もその場から動かない。

 歩数にして二十歩はあるであろう距離だが、努めてその場から動かないようにしているかのごとく、ヴァンは微動だにしない。

 その理由がメレアにはなんとなくわかった。


「……っと、もっといろいろ話していてえが、オレも急に呼び出されてしかもこんな状態になってて、だいぶ混乱してはいるんだ」


 ヴァンが肩をすくめてわざとらしくため息をついた。

 呼び出される。

 その言葉でメレアは死霊術式の性質をわずかに予想する。


「ヴァンは優しいね」


 メレアは昔彼に何度も向けた笑みで言う。


「そして、やっぱり強いね。『そんな状態』であるにもかかわらず、俺に情報をくれる。人知れず死霊術式の束縛に耐えて、問答無用での攻撃をしないように、その強靭な意志で術式に抗ってる。結果として俺に、心の準備をする時間ができた」

「ハハ、相変わらずお前は察しが良すぎて、そういうとこには可愛げがねえな。オレが剽軽(ひょうきん)にかっこつけても素直に喜びやがる」


 ヴァンが腕を組んで「やれやれ」と首を振った。

 それから幾度か頭を掻いて、腰に手をやり、少し気取った様子で言う。


「まあ、オレは天才だからな。こんな術式、抗うのなんか余裕だ」


 それが嘘であることを、メレアは知っていた。


「でもまあ、せっかくこうして現世に降りてくることができたんだから、お前がどの程度できるようになったのか、確認するのも悪くない」


 ヴァンの嘘はわかりやすい。


「だからメレア、久々に勝負といこう」


 彼の嘘は、すべて優しさが原因になっている。


「お前が歩んできた道の証明を、ここでしてみせろ」


 だからメレアは、その嘘を嘘のままにしておくために、手を叩いた。

 彼もまた、その号のもっとも象徴的な術式を起動するため、術式を(つむ)いでいた。


「術式展開――〈風神(ヴァン=エスター)の六翼〉」

(くう)を叩け、天に舞え、〈六翼〉」


 計十二枚の風の翼が、アイオースの空気を震わせた。


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