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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
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186話 「二頭の黒龍」

 メレアとミラの耳は同時にリリウムの声を捉える。

 お互いの時間が止まった。

 

『いないのー?』


 二度目の声でメレアはハっと我に返る。

 まだミラは自分の手をつかんで離さないが、現状からどう脱すべきかに意識を傾けた。

 

 事が起きたのは、そんなときだった。


「ッ」


 『爆発音』。

 その日アイオースにいた者たちは、北の方から衝撃とともにやってきた爆発音をたしかに聞いた。


『えっ!? なに!?』


 部屋の外でリリウムが驚いたような声をあげる。

 そのときにはすでに、メレアはミラの手を振り切ってベッドから抜け出していた。

 

「ミラ」


 服の乱れを正してミラの方を振り向くメレアの顔には、すでにさきほどまでの慌てたような表情はない。

 そこには一人の『主』が立っていた。


「……」


 超然とはこのことを言うのだろう。

 ミラは思った。

 もはや今のメレアにはどんな扇情的な仕草も通用しない。

 こうなったときのメレアは、もはや普通の男には戻らない。

 性別すらを超越した、厳然たる『魔王の英雄』としてのメレアが残る。


「――いってらっしゃい、メレアちゃん」


 ミラは胸を手で隠したままわずかに苦笑して言った。

 

「マリーザとサーヴィスたちを残していく。安全が確認できるまではここを動かないでくれ」


 わかっていた。

 メレアはこうして必ず自分のことを心配する。

 自分が防衛力を持たない人間であることを知っているから。

 しかしそれは男としての心配ではない。

 仲間としての心配だ。


 ――なにを、欲張りな。


 そう言い聞かせながら、ミラは心にちくりとした痛みを感じた。


「メレアちゃんも、気をつけてね」

「うん」


 メレアは部屋の扉を開ける。

 隙間からリリウムが廊下に立っているのが見えた。

 

『あんた、なにしてたの?』

『ちょっとね。ミラが部屋に虫が出たって言うから』

『虫? あの妖女が虫ごときにビビるとは思えないんだけど――』


 外からリリウムの訝しげな声が聞こえる。

 

『ミラはあれで、意外と可愛らしいところもあるんだよ』

『ふーん』

『で、今の爆発音についてリリウムはなにか情報を持ってる?』

『持ってたらとっくに話してるわ』

『そうだよね。俺は様子を窺いに行くけど、どうする?』

『行くわ。もしあんたがなにかしらの突飛な行動をしたとき、それをこっち側のマリーザたちに伝える役割も必要だし。残していくんでしょ?』

『うん。わざわざミラたちを騒動の渦中に連れていく必要はない。マリーザとサーヴィスたちを護衛に残して、安全最優先で行動させた方がいいと思うんだけど』

『そうね、あたしもそう思うわ』

『じゃあ、行こう』


 二人が廊下を歩いて行く音が聞こえた。

 ミラはその音が聞こえなくなったのを確かめる。

 そして、


「さようなら、メレアちゃん」


 彼女は誰にも気づかれないうちに、部屋の窓から姿を消した。


◆◆◆


 二度目の爆発音が聞こえたのはメレアとリリウムが宿の外に出てまもなくのことだった。

 その爆発音に続いて人の悲鳴が耳を穿つ。

 建物が倒壊する音。

 鉱物が割れるような炸裂音が混じった。


「北……学園が密集してる方向か」


 メレアは〈青薔薇区画〉へ足を踏み入れたあたりでつぶやいた。


「そうね。でもどの建物もまだ無事だわ。たぶん、そこから少し横にずれたアイオースの北門のあたりで事が起こってるんでしょ」

「外部からの襲撃?」

「内部だったらまっさきに学園を狙う。アイオースの中核はなんだかんだ言ってそれぞれの学園にある資料と、そこに集まる生徒たちだから。学園の機能を止めてしまえばアイオースを占拠するのはたやすい」


 アイオースは軍隊を持たない。

 ただし『学園』という潜在的な防衛力は持っている。

 それぞれの学園の生徒たちはまだ若いが、それぞれ特化した能力を有していたり、優秀な術士の卵であったりする場合が多い。

 彼らが学びの自由のためにその秩序を壊そうとする者たちへ抵抗することはありうるだろう。

 だから、もしアイオースに敵対しようとする者がいて、その者がすでに内部に潜入できていたとするのなら、まっさきに学園を狙う。


「外部から襲撃してくる可能性がある者って――」


 メレアは即座にムーゼッグを思い浮かべる。

 アカシアの話ではすでに内部に潜入しているという話だが、かといって彼らが外部から攻撃しないというわけではない。

 むしろこうして外部からの攻撃を加え、意識を逸らしておいた上で、決定的な一撃を内部から起こす可能性もある。


「リリウム、一度騒動の様子を見たらまた宿に戻ろう」

「そうね、その方がいいかもしれないわね」


 リリウムもメレアの思考に追随している。

 同じことを考えていたのだろう。


 そうしてしばらく走ると、ようやく二人の視界にもくもくと空に昇る土煙が見えた。

 ちょうどアイオースの北門のあたりだ。リリウムの予想は当たっていたらしい。

 土煙のせいで肝心の門付近は目視できないが、周辺の建物が軒並み倒壊しているのはわかった。

 

「リリウム、下がって」


 人の姿はまばらだ。

 倒れている者もいるが、数は多くない。

 だいたいは逃げ出したあとなのだろう。


「出てこないわね……」


 土煙が風に煽られて徐々に薄まっていく。

 メレアとリリウムは目を凝らした。


「――あ」


 その、直後のことだった。

 メレアの眼は土煙の向こう側になにかを発見する。

 そしてそれを見た瞬間、メレアは――


「〈聖ベルセウスの黒龍ラーダルード・セントベルセウス〉!!」


 かの〈風神〉の大術式を発動していた。


◆◆◆


 メレアは芸術都市ヴァージリアでの出来事を思い出していた。

 月光の降りそそいでいた逃走劇の夜に、メレアはとある人物と出会った。

 

 〈死神〉ネクロア=ベルゼルート。


 死者の魂を弄ぶ〈死霊術式(ネクロ・ファンタズム)〉を使う最古の魔王の末裔。

 その男は不気味に笑っていた。

 この世の混沌としているさまを見て楽しむように、銀色の長髪の隙間から紫の瞳をのぞかせ、笑っていた。


 ――セレスター。


 かの男の隣にはかつて自分を育ててくれた男が立っていた。

 稲妻型の術式紋様が刻まれた瞳には、うつろな光。

 自分のことを見ても反応は示さなかった。

 その姿を見てメレアは激怒したことを覚えている。

 ネクロアという男は、呼び出した死者の魂を縛るのだろう。


 そして今、メレアはまた一人、かつての英霊と再会する。

 見まがうはずがない。

 その男は、フランダーと同じくらい多くの言葉を交わした英霊だった。

 メレアが反射的に〈聖ベルセウスの黒龍〉を使ったのは、そんな彼の姿に身体が反応したからかもしれない。


 メレアは嘆きと怒りを身に抱いた。

 そして――


◆◆◆


 メレアは天に掲げた手を振り下ろした。

 一瞬のうちに顕現した〈聖ベルセウスの黒龍〉が、その振り下ろしに従うように土煙の上がる北門へと飛翔する。

 (あぎと)が開かれた。

 そして土煙の向こう側から――


「黒い、龍――」


 リリウムのつぶやき。

 もう一体の黒龍が、大きな口を開けて飛翔してきていた。


「リリウム! 伏せろ!!」


 リリウムはその光景に唖然として、動けずにいた。

 そこへ術式を撃ち終えたメレアがやってきて、リリウムを守るように覆いかぶさる。

 倒れかけたリリウムの視界に、二頭の黒龍が互いを食い破るように正面からぶつかったのが見えた。

 

「あ――」


 共食い。

 その光景にリリウムは切なさを覚える。

 なぜか身体が震えた。

 自分を守るように抱きしめてくれるメレアの温かさが、唯一その切なさを緩和してくれる。


 それでもリリウムは知っていた。


 たぶんこのメレアこそ、今誰よりも切なさを覚えているのだと。

 だからリリウムは倒れる間際にメレアの身体を逆に抱きしめた。

 今、彼の心を守ってやれるのは自分しかいないのだと、一抹の恐怖とともに自覚していた。


 そしてすべては破砕する。


 アイオースはその日、明確な暴力に晒された。

 吹き飛んだ建物。

 炸裂した空気。

 その向こう側から――


◆◆◆


「よう、メレア。元気にしてたか?」


◆◆◆


 澄んだ誰かの声が、聞こえた。



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