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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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19話 「水氷の双子」

 シャウの方策の具体的な内容は、身振りと手振りを伴って(つむ)がれた。 


「ええと、くわしくはですね? ……船で、こう、シャーっと」


 シャウは右腕を斜めに、その腕の上に左の拳を乗せて、滑らせるように動かして見せた。

 マリーザのジト目はいっそう鋭い光を放ち、瞳にのる冷罵の色は濃くなる。


「金属の船が山のでこぼこの斜面をまともに滑ると思っているのですか? 摩擦でまともに動かないでしょう。さてはあなた――バカなんですか?」

「失敬ですね。それくらい私だってわかりますよ。でもそこはほかの魔王に手伝ってもらえばなんとかなりそうなんです。私に考えがあるんですよ」


 ふと、言葉のあとにシャウの視線が動いた。向かった先は戦況部だ。

 マリーザの視線もそれに釣られて動く。


「あそこに二人の少女がいるでしょう。よく似ている二人の少女が。たぶん双子だと思うんですけど」

「子どもが……」


 マリーザはやや重い沈黙を語尾に漂わせた。


「なぜ、あんな子どもが」

「最初からいましたよ。ただ、いたずらっ子なのか、そろりそろりと隠れたりなんだりで。墓石を作っているときもあまり目立ちませんでしたから」


 シャウの指差す先には青銀の長髪を宿した二人の少女がいた。

 リリウムよりもさらに若い、小さな少女たちだ。

 彼女たちが争いの場にいること自体、『冗談だろう』と思いたくなってしまう異常な光景であるが、それでいて彼女たちは術式を駆使してムーゼッグの術式兵をうまいことあしらっている。

 彼女たちが使う術式はどうやら『水』と『氷』の系統に(かたよ)っているようで、シャウはそれに目をつけていた。


「彼女たちに船の通る『(みち)』をつけてもらいましょう。水と、氷で」

「――なるほど」


 水と氷の連続生成で、船が下りる斜面に摩擦の低い路を作ってもらう。

 マリーザもその方法に一応納得するくらいには、二人の少女の術式は卓越(たくえつ)していた。


「では、連れてまいります」

「あ、その必要はないですよ。さっきからあの……〈拳帝〉でしたっけ? その彼がしきりに少女たちの方を気にしていますから。――世話焼きなんでしょうね。たぶん今に彼女たちの首をつまんでこちらに連れてくると思います」


 そんなシャウの予想はすかさず現実になった。

 眼下で二人の少女となにやら言い合っていた〈拳帝〉の魔王が、ついに我慢できないとばかりに少女たちを両脇に抱え込んで、シャウとマリーザの方へ駆けてきたのだ。

 シャウの眼前にまで走ってきた〈拳帝〉は、息を荒げながら両脇の少女をシャウに押し付けて言った。


「お前! 絶対こいつら戦場に入れるなよ! 危なっかしくて見てらんねえ!」

「あたしたちも戦えるし!」「戦えるし!」

「うるっせえ! 年端(としは)もいかねえ幼女の力借りるほど切迫してねえよ!」

「幼女じゃないし!」「少女だし!」


 やはり双子のようだ。

 顔は瓜二つで、かぶせるように続く二人の声もよく似ている。

 〈拳帝〉はそんな二人の少女に困り顔を向けながらも、その二人の頭に手を乗せて言う。


「わかった! わかったから! とにかく今回はこっちにいろって! あとで飴玉買ってやるから! な!?」


 「いまどきそんな三流の甘言(かんげん)が通じるとでも……」とシャウは心の中で呆れたが、


「わかった!」「わかった!」


 通じた。

 少女二人はピンと行儀よく背筋を伸ばして、「にへへ」と笑っている。


「おい、〈錬金王〉!」

「その名前はあまり好きじゃないので金の亡者と呼んでください」

「自分からその呼び方ねだるとかすげえ根性してやがるな……。まあいいや、わかった。おい、金の亡者!」

「なんでしょう」

「――こっから逃げる算段、ついてるか? 下はあの〈メレア〉と〈剣帝〉のおかげですぐ決着がつくだろうが、やっぱりもっと下の方にムーゼッグ軍の本隊がありそうだ。さすがに本隊を相手にするのはキツい」

「今そのための作戦を練ったところです」

「わかった。じゃあ俺は戻る。残りをシメてくるから、早めに頼むぜ」

「はいはい」


 〈拳帝〉が再び交戦部へと疾走していく。

 残されたのは、シャウと双子の少女。そしてマリーザと、目まぐるしい状況の変化に呆然(ぼうぜん)としているアイズ。

 そんな中、シャウはすぐに双子の少女に声をかけた。


「お二人とも、水の術式と氷の術式は得意ですか?」

「うん!」「わたしたち〈水王〉と〈氷王〉の子どもだからね!」

「――なるほど」


 道理で、とシャウは唸った。


「――であるなら、今からこの山の斜面をすっごく綺麗な船で滑り下りたいのですが、地面がザラザラしていてちょっと滑りづらいので、あなたたちの水と氷で滑りやすくしてくれませんか?」

「いいよ!」「わかった!」

「では、私はまず船を作ります。すっごい綺麗ですからね、ちゃんとその輝きを見ておくんですよ。――なんといっても金の輝きですからね!」


 算段がつくやいなや、シャウはついに自らで行動を起こした。


「一応、下りてからのことも考えて、数枚の金貨は残しておきましょうか」


 そう言いながら、シャウは(ふところ)から金貨の束を取り出し、自分の足元にバラまいた。

 次いで、指で足元にいくつかの術式陣を描いていく。


「土の含有率はこんなもんで……と、さすがに手持ちの金貨のみでこれだけの船をつくろうとすると、金に無理をさせなければなりませんね……」


 シャウの術式描写にはやや時間が掛かった。

 それでも可能なかぎり急ぎ、


「――よし、これでいいでしょう」


 ようやく完成した術式を眺め、最後に点検をする。


「さて、金の力の出番です」


 すべてを終えて、シャウは術式を発動させた。

 右手を術式陣の中心に置く。

 すると、術式陣が光って、ゴゴゴ、という地鳴りのような音とともに、地面から盛り上がるようにして『何か』が出てきた。

 次いで、術式陣の中に散らばっていたまばゆい金貨が、ドロドロと溶けながら地面に()み込んでいく。

 盛り上がってくる地面に、金が合成されていくようだった。

 形を成しながらどんどんと生まれ()でてくるそれは、『ギリギリ』船の形をしていた。

 

「ちょっと出来が悪いですねぇ。ホント、手持ちの金が少ないのは錬金的にも不便です」


 一応飾り付けのようなものも見て取れるが、基本的には半円形の柱の中に空洞があるだけの、なんともずさんな造形だ。


「……船?」「……船ぇ?」


 双子が同じ動きで首をかしげている。


「これで船というのはちょっと……。いかに完璧に近いメイドであるわたくしでもフォローしかねます」

「うるさいですね。いいじゃないですか。船と言えばそれは船です。最悪金の力でそういうことにします」

「かまぼこみたい!」「かまぼこ!」


 その船は外殻がすべて黄金で出来ているようで、造形はともかく、高級感だけはあった。

 外殻そのものも厚いようで、丈夫さに関しては問題なさそうだ。


「よいしょ、っと」


 シャウが率先(そっせん)してその船に乗り込む。

 いくつかの窓のようなものがあって、そこから身体をすべり込ませる造りのようだ。


「ほら、乗ってくださいよ」

「どこ、から……?」

「どこ?」「かまぼこ入口わからない」


 アイズが双子と一緒に首をかしげる。


「どこでもいいですよ? いくつか窓っぽいのあるじゃないですか」

「あなた絶対造船師とかにはならないでくださいね。人のためになりませんからね」


 そういいながら、マリーザが双子とアイズをひょいと持ち上げて窓から船内に放り込む。


「あ、マリーザさん、あなたは船を斜面に押し出してください。そのあとは双子ちゃんたちがやってくれるそうですけど、まずは斜面に下りないことにはどうしようもありませんからね」

「この黄金の塊をわたくしが一人で押せと?」

「無理ですか?」

「余裕です」


 『できる』ならまだしも、『余裕』と答えられるとは思っていなかった。

 シャウがそうやってヒいているうちに、マリーザが船の後尾に回り込む。

 そして、


「おおうっ」

「うわお」「ひゃん」


 次の瞬間、ガン、という大きな音と、臀部(でんぶ)から頭の先までを貫くような大きな揺れが、シャウたちを襲った。

 直後、黄金船がギギギ、と船底を擦る音を鳴らしながら動いて、急こう配の斜面に下り()る。

 そこでさらに二度目の衝撃が後方からやってきて、ついに黄金船はゆっくりと滑りはじめた。

 砂利(じゃり)の摩擦でなかなか進まないが、斜面にはどうにか下りられたようだ。

 シャウはそれを確認して、すぐに双子に声をかける。


「では、お願いします」

「ほーい!」「飴玉のためにがんばるよ!」


 双子は快活な返事を返して、すぐに仲良く窓から身を乗り出し、


「水よ」「氷よ」


 地面に手をかざした。

 シャウが窓から首を出して、双子の行動を見守る。


「――ほう」


 二人が手をかざしている方向の地面から、大量の水があふれ出し、そしてほぼ同時に凍り付いている。


 ――速い。


 〈水王〉の少女が術式で水を生成し、〈氷王〉の少女がそれを凍らせているのだろう。

 その生成から凍結までは一瞬で、実に息の合った連携だ。

 黄金船は『氷の(みち)』の上に乗っかり、それまで地面との摩擦ゆえにごくわずかにしか進まなかった船体が、一気に加速しはじめる。


「このまま(ふもと)まで持ちそうですか?」

「飴玉十個で!」「がんばるよ!」

「わかりました、奮発しましょう」


 双子の表情は軽い。楽しげにすら見える。

 シャウはそれを見て安心する一方で、こんな幼い少女たちに頼らざるを得ないことに年長者としての情けなさも感じていた。

 だが、そんなことも言ってられない状況だ。


「今はとにかく、なにがなんでも逃げきることですね」


 すると、最初に船体を強力(ごうりき)で押し出したマリーザが、窓から身軽な動きで船の中に入ってくる。


「アイズ様、お怪我はありませんか? 金の亡者の腐った匂いをつけられませんでしたか?」


 マリーザはそそくさとアイズの隣に歩み寄って、そんなことを言った。


「あ、う、うん、大丈夫、だよ?」

「私、さすがに慣れてきました」


 アイズが困り顔を返し、シャウは平静を(よそお)う。

 そうしているうちに、どんどんと黄金船が加速する。

 もう少しで崖下の交戦部に差しかかるだろう。


「二人とも、交戦部に差しかかるときに少し船を減速させてください」


 ほかの魔王たちを船に乗り込ませなければなるまい。

 シャウはそれを考慮して、双子に指示を飛ばした。


「飴玉!」「二十個!」

「一気につり上げましたね!? まさかここから倍々ですか!? ひ、ひどい取引だっ!」


 双子の返答に、しかしシャウは(うなず)くしかなかった。

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