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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
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182話 「英霊の系譜」

 ――〈風神(ヴァン)〉の術式だ。


 樹上の(フクロウ)が術式を発動したのとほぼ同時、メレアの魔眼は例によって半自動的に作動した。

 さらに、〈術神の魔眼〉が映し出す式を見て、梟の使った術式が自分の使う〈風神の六翼〉と同系統のものだと確信する。


 ――目の奥が熱い。


 メレアは目の奥にちりちりとした違和感を感じていた。


「っ、メレア様!」

「わかってる。『変わって』るんだろう」


 マリーザが焦燥のこもった声をあげる。

 マリーザの視線は梟へ移った直後に、メレアの両眼に移動し、そして彼女になんらかの焦らざるをえない事実を伝えたのだろう。


 ――でも、前よりは痛くない。


 メレアは目の端から液体がこぼれる感覚を覚えた。

 拭わなくともわかる。

 『金色の涙』だ。


『……なんだ、その眼は。見たことのない魔眼だ』


 樹上の梟がその大きな目を見開いて言った。


「〈フランダー=クロウ〉を知っているか」


 焦り、敵対心、好奇心。

 相手を分析しようとする心と、そして――防衛心。

 メレアは梟の問いに言葉を返しながら、眼が映し出す『梟の内部の式』を見て、今現在梟が抱いている感情を分析した。

 動物にも表情はある。しかし人間ならまだしも、まったく種の違う生き物の感情をその表情だけで察するのは到底不可能である。

 だがメレアにはわかった。

 なぜわかるのかは、わからなかった。


「二百年前の黒国ムーゼッグの王子だろう。知っている。一度だけ話したこともある。私が認めた数少ない人間が、かつてその男をここへ連れてきた」


 梟は昔を懐かしむように言った。

 梟を構成する術式が変わる。

 

 ――追憶している。あれはそういう『変数』だ。


 臨戦態勢に入り、メレアの集中力は研ぎ澄まされた。

 常に揺れ動いている梟の内部の術式に、メレアは英霊たちの訓練によって培われた独特の術式感覚で意味を見出す。


「その男は俺の親だ」

戯言(ざれごと)だな。あの男に子はいない。あの男もまた、人間に絶望した悲劇の男だった」


 同情。憐み。

 それと、少しの怒り。

 この梟は人を避けているが、一方で特定の人間を憐れみ、そしてその人間のために怒れるくらいには、人間を好いてもいる。


 ――狭間にいる。


 自然、あるいは動物と、人間の狭間。


「俺は、少し普通の人間とは違う」


 そしてメレアは二度の拍手をした。

 術式発動の合図である。


「〈雷神(セレスター=バルカ)の白雷〉」


 拍手と同時にメレアの身体に弾けたのは(いかずち)

 周囲の動物たちが警戒するように一歩後ろへ下がる。

 さらに、


「――〈風神(ヴァン=エスター)の六翼〉」


 豪風が吹いた。

 梟が展開した風の双翼よりも、さらに巨大で力強い翼が六枚、メレアの背に展開される。


『……ありえない。それはあの〈雷神〉と、ヴァンの――』

「そうだ、俺はセレスターの息子であり、ヴァンの息子でもある。俺は百の英霊の未練と希望によってこの世に生まれた。人は俺のことを〈魔神〉と呼び、そして〈白神〉とも呼ぶ」


 梟の展開した風の双翼がわずかに勢いを弱める。

 動揺、思考、そして――


 ――歓喜。


 その感情を梟の内部の式に見たとき、メレアはとっさに術式を解いた。

 この梟は『敵ではない』。

 メレアは自分が抱いたその感情を、信じることにした。


「証明が必要ならほかの英霊の術式を見せてもいい」


 メレアは臨戦態勢を解いて、両腕を軽く広げながら言った。


『……必要、ない。その二つの術式を完全に再現できるのは、〈英霊の子〉だけだ。ヴァンとセレスター=バルカが『同時に』教えていなければ、その二つの術式が共存することはない。……そうか、あの二人の希望は実ったか』

 

 梟は風の双翼を解いて、そして感情を命一杯込めた、震えた声で言った。


◆◆◆


『ついて来い。ここではまだ別の人間に覗き見られる可能性がある。森の奥で、くわしい話をする』


 梟が風の双翼を解き、周りの動物たちとともに敵対心を引っ込めたあと、メレアたちは〈識者の森〉の奥に案内された。

 鬱蒼とした森の中を、雌の鹿が先導してくれている。

 道中、口数こそ少なかったが、メレアは自分の肩に止まっている梟から自分に向けられる親愛の情のようなものを感じた。

 きっとそれは自分の親である英霊たちの、多すぎる置き土産のうちの一つなのだろう。


「そういえば、さっき言ったヴァンとセレスターの術式が共存することがないって、どういう意味?」


 ずっと沈黙しているのもいたたまれなくて、メレアは肩の上の梟に思い切って訊ねた。

 梟はメレアに訊ねられて、一度その大きな目でメレアの顔をちらりと見たあと、ゆったりとした抑揚で話しはじめる。


『ヴァンとセレスター=バルカがライバルであったことは知っているか』

「うん、リンドホルム霊山でもよく競い合っていたよ」

『そうか、死んでもなおあの二人は相変わらずだったか』


 梟が少し嬉しそうに目を細める。

 懐かしい過去を遠くに見るようでもあった。


『あの二人は同時代を生きた英雄だ。そして常にお互いを高め合う関係にもあった。どうしてそうなったかはわかるか、〈英霊の子〉よ』

「うーん……、わからないな。――って、その前に〈英霊の子〉って呼び方はやめてくれ。たまにならいいけど、あんまり連呼されるとこそばゆい。俺には〈メレア=メア〉っていう彼らがつけてくれた名前がある」

『そうか、いい名だ。〈術神〉の小僧あたりがつけたか、……いや、〈白帝〉の小娘が決めたに違いない。あの女は非常に気の強い女だったしな。唯一私を物怖じもせず『もふり』おった猛者でもある』

「レイラスにも会ったことあるんだ」


 最初と比べてずいぶんと饒舌で、口調も意外に砕けている。

 梟の転じように少し驚きながら、メレアは彼の言葉に耳を傾けた。


『ああ、ある。あれもヴァンが連れてきた。〈術神〉の小僧と最初に会ってから少し経ったあとの話だが、急に私のところへあの二人を連れてきてこう言った。――『これからこいつら結婚するみたいだから、お前、森の主として加護をくれてやれよ! な? いいだろ? なあなあ、いいだろぉ?』とな。あのバカは人間の分際で私を使い勝手のいい友人のように扱いよる。森の加護をそうぽんぽんとせびるなと言いたい』


 そう言いつつも、梟はやはり嬉しそうだった。


『まあ、私の授けた加護も、結局はあの二人を救わなかったがな。私は結局、誰も救えなかった』

「それは違う」


 梟が沈んだ声で言った言葉を、今度はメレアがすぐに否定した。


「彼らは『救われた』。そう言って〈魂の天海〉に昇っていったよ。時間は掛かったかもしれないけど、あなたの与えた加護はたしかに彼らのことを救った。俺が言うんだから、間違いない」

『そう……か』


 梟はメレアの言葉にわずかに救われたようだった。

 まだ悲しみは残っているが、それでも梟は下げていた視線を前に向ける。

 彼がほんの少し前向きになれたことを、メレアは魔眼を使わず、彼の表情から読み取った。


『話がそれたな。――ヴァンとセレスター=バルカの術式がどうして普通には共存しえないか。理由はあの二人が最初、敵同士にあったことが関係している』

「え、そうなの?」

『そうだ。あの二人は若い頃互いに別国家の軍に所属していたことがある。そのとき所属していた国家同士が戦争になり、はじめて剣を交えた。二人のライバル関係の基礎がそこにある。そしてその影響で、あの二人の術式は互いに反発するように作られているのだ。だから同時に発動させるには、その反発の鍵になっている部分に改良を加えるしかない』

「なるほど……」

『あの神の御業と呼ばれる二つの難解な術式に今さら改良を加えることなど、当事者たちにしかできない。そして二人が自分たちの術式にその改良を加えようと決意したのは、二人が死ぬほんの少し前だ』

「……」

 

 メレアの表情にわずかな影が差した。


『かつて〈雷神(セレスター)〉には弟子がいた。〈雷魔〉と呼ばれた男だ。そしてその男はセレスターを裏切り、体得した雷神の力である凶行を果たそうとした。それを止めたのがたまたま近くにいた〈風神(ヴァン)〉と、〈雷魔〉をみずからの手で止めるべく追ってきていたセレスター本人。結果的にとどめを刺したのはセレスターだが、ヴァンもだいぶやり合った。そのとき二人は――というよりはヴァンの一方的なおせっかいだが――次の弟子に自分たちの術式を教えることにした』


 メレアにはなんとなくセレスターがどんなことを言って、それに対してヴァンがどんなことを言ったのかが、わかった。

 

 ――ヴァンは、セレスターに『お前はもう一度人を育てろ』と言ったのだろうな。


 ヴァンなら言う。

 あのおせっかいで、でも誰よりも優しくて、仲間思いのヴァンなら、セレスターの『後悔』を、『後悔のまま』にしないために、そういう、一方で厳しい要求を、セレスターに課しただろう。


『だから二人が術式の改良をはじめたのは二人が神号の名で呼ばれてからだいぶあとの話になる。そしてあの二人は新たな弟子を取る前に死んでしまった。ゆえに、本来なら存在するはずがない。〈雷神〉と〈風神〉の大術式をこうもたやすく共存させる人間は。〈白帝〉の予言した〈英霊の子〉でもなければ』


 予言。

 その言葉がメレアの中で妙に引っかかったが、


『着いたぞ。ようこそ、〈識者の森〉の最奥へ。ここへ踏み込んだ人間は〈聖ベルセウス〉と〈風神〉ヴァン=エスターを含め、お前で三人目だ』


 けもの道を越えた先に、高い木々で周りを囲まれた広場があった。

 中央にぽつんともう一本の木が生えている。

 その木には実がついていた。

 

「黄金の……林檎(りんご)?」


 魔王たちはその木に実っている美しい輝きの果物に目をやったあと、ふと上空を見上げた。

 そして唖然とするように口を開け、最後に息を呑む。

 ただ一人〈精霊帝〉カルトだけは、その中でも嬉しそうに、笑みを顔に乗せていた。


「ここは精霊たちの『家』なんだね」


 カルトが言う。

 魔王たちが見上げた先。

 この高木に囲まれた広場の上空には――無数の、光り輝く七色の精霊たちが、楽しそうに宙を舞っていた。


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