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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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18話 「錬金王の方策」

 シャウはうんざりとした様子で「いやだいやだ、脳筋はいやですねえ」と前線で戦う魔王たちを見ていたが、マリーザの奇天烈な言葉に反応して、今度は目を点にしながら振り返った。

 なにごとをしでかすのか、とマリーザに怪訝(けげん)な視線を向けると、当のマリーザは流麗な動きでアイズの傍に寄り、片膝をついてしゃがみ込んでいた。

 まるでかしずくような体勢だった。


「アイズ様」

「えっ――えっ? ……様?」

「そうです。今あなたをわたくしの『第二主人』に認定いたしました」

「えっ? ……えっ!?」


 急に話を振られたアイズはビクビクと(おび)えた様子だ。

 隣ではシャウが「うわぁ……これはこれで横暴ですね……」とヒいている。

 しかしマリーザはシャウの反応に構わず、続けて言った。


「アイズ様はあまり戦うのが得意ではありませんね?」

「う、うん、そうだけ……ど」

「ではわたくしはアイズ様を無事に霊山の(ふもと)へと連れて行くことを自らに課そうと思います。デキるメイドとして。――ええ、デキるメイドとして」


 「なんで二回言ったんですか? そこそんなに大事なんですか?」そんなシャウのツッコみは二人の間に広がった謎空間に弾かれた。

 マリーザの顔は相変わらず無表情で人形のようだが、アイズには彼女の目がどことなくキラキラと光っているように見えた。


「あ、あの……」

「嫌ですか?」

「あ……お願い……します」


 一瞬、マリーザの顔に悲しげな色が映ったのを、アイズだけが見抜いていた。

 そしてそれを見抜いてしまったアイズは、思わず頷いてしまっていた。


◆◆◆


 決して断ろうと思っていたわけではない。

 アイズは自分に戦う力がないことを自覚していたから、その申し出は素直にありがたいものだった。

 しかし、ほかの魔王も自分のことで手一杯なのではないだろうか。

 アイズがすぐに答えられなかったのは、そんな思いを抱いてしまったからだった。


 ――みんな、大変なのは、同じ……だもんね。 


 そう思って、できるかぎり自分の存在感を薄めたつもりだった。

 気にさせたら彼らに悪い。

 まずは自分たちが生き残ることを考えてもらって、もし余裕があれば、手を貸してもらおう。

 生きたいという思いも本物だったが、自分のせいで誰かが生命の危機にさらされるかもしれないという予想は、自分のそんな思いを押し留まらせるのに十分な重さをたたえていた。

 

 二つの思いの狭間で、アイズは漂っていた。


 ――最後で、いい。


 自分は誰かを助けることができない。

 そういう力がない。

 だから、助けて欲しいけれど、最後でいい。

 アイズはそう思った。


 そこへ、マリーザという人形のような美女が、手を差し伸べてきた。


 しかも、『助けさせてくれ』とでも言うかのような、やや強引な色をもった手だった。

 ならば、そうまで言うのなら、


「わたしも――生きたいから。マリーザさんが手を差し伸べてくれるなら、わたしは、あなたの手をつかみます」


 アイズとて、そこでそれを払いのけるほど謙虚なわけではなかった。

 がっしりとつかんだマリーザの手から、力が返ってくる。

 マリーザはアイズにだけ見えるようにわずかな微笑を浮かべ、


御意(ぎょい)にございます。わたくしの第二主人になるお方にふさわしい生への渇望を見ました。わたくしの、デキるメイドとして大成するという夢を実現するためにも、アイズ様には生きてもらわねばなりません。あちらの『第一主人』は戦闘時には世話をする必要がないようですので、戦闘時はアイズ様の身の安全を第一に、メイドとして働こうと思います」

「……? よ、よく、わからないけど、あ、ありがとう……?」


 アイズは小動物のように小首をかしげながら、頭の上にいくつかの疑問符を浮かべて、マリーザに困ったような笑みを向けていた。


◆◆◆


「では、ここから霊山の麓まで下りる算段をつけましょう。――そこの金の亡者」


 マリーザがアイズに見せていたどことなく熱気のあった表情が、振り向きの間に一瞬で氷点下の表情に変わる。


「ちょっと! 接し方の温度差が激しいんですけど……」

「アイズ様の身のために早くなにかしらの手を」

「結局私ですかっ!」

「あなたが使えないようなら自分で下ります。けれど、あなたが使えるようでしたら利用します」

「それは普通心の中で言う言葉だと思います」

「ああ、口に出ていましたか」


 たぶんこれ以上の皮肉は無駄だ。シャウはそれを悟った。

 ゆえに、


「――わかりました、わかりましたよ。なんだかリンドホルム霊山に登ってきてから疫病神か貧乏神に憑かれたんじゃないかと思えてきました。あなた方が謎空間でやり取りしている間に、私なりにいろいろ考えてみましたから、それをご説明しましょう」


 そういってシャウは視線を眼下に向けた。


◆◆◆


「まず、ムーゼッグが送り込んできた刺客は、あれだけではないでしょう。ムーゼッグの軍隊は錬度もさながら、数が多いことでも有名ですから。魔王を追うにあたってあれだけしか戦力を割かなかった、というのは考えづらい」

「ならばあれは斥候(せっこう)でしょうか」

「――おそらくは。足の速い隊を様子見によこしたんでしょう。威力偵察とか、そんなところだと思います。とするならば、霊山をもう少し下ったところに本隊がいると見て間違いないでしょう」

「ならば東へ下りるのは愚策と」

「いえ、その上で東に下ります」

「……なぜ?」


 マリーザは眉をしかめた。


「多勢力に多方向から追われるのは気が気じゃないでしょう? どうせどっちにいっても追われることに変わりはないのですから。まだムーゼッグに注意を集中させた方がマシです。……あれを見ると我らが『主』のせいでムーゼッグが弱国のように思えてきますが、国家間での力関係では確実に上位の存在ですからね。彼らに他国家に対する『壁』になってもらいましょう」

「そのあとは? 向こう側にはムーゼッグの本国がありますよ?」

「捕まらないように迂回するしかありません。やや南に下ったところにあの〈レミューゼ王国〉もありますし、この際、かの国の過去の栄光に(すが)ってみるのもいいかもしれません」


 シャウは皮肉っぽく鼻で笑いながら、そう続けた。

 それは、それくらいしか行先のあてが浮かばなかった自分に対する皮肉でもあったし、そういう状況をつくりだした魔王という名に対する当てつけの笑いでもあった。


「縋るとはまた、なんともいっぱいいっぱいな表現でございますね」

「否定はしませんよ」


 シャウがまた笑う。

 目は真剣だったが、やれやれと肩をすくめて見せる(さま)にはどこか楽観的な色があった。

 そんなシャウに、マリーザが最後の問答とでもいうような(てい)で、こう言った。


「あなた、商人ですよね」

「ええ」

「金のためなら実に功利的、合理的に動きますよね」

「――ええ」

「金のためなら命を懸けますか?」

「懸けたいのはやまやまですが、死んだら金を稼げないので、まずは命が優先でしょうか」

「では最後に、助かるためにはほかの魔王の力を利用した方がいいと、そんなふうに判断していますか?」

「ええ、もちろん」

「――よろしい、ならばあなたの商人としての合理性を信じましょう。魔王の力を必要としながら立てたあなたの作戦は、金の亡者であることを知っているがゆえに、信用に足ります」

「まったくもってひどい言い草ですが……まあよしとしましょうか」


 シャウは苦笑した。好青年らしいさわやかさと、どことない老練な狡猾(こうかつ)さを感じさせる不思議な笑みだった。


「ではその上で、どんな方法を取るつもりですか?」


 マリーザはシャウに具体的な方策を訊ねた。


「私が土と金貨を使って金属の『船』を錬成します」


 シャウの言葉を聞いたマリーザは、またもあからさまな怪訝の色を顔に表した。

 その顔色には、こんな水気の欠片すらない山の頂上でまさか『船』なんていう単語を聞くとは思わなかった――という驚きと、


 『こいつ、やっぱり頭蓋(ずがい)の中身まで金に変質しているのかもしれない』


 異様な言葉を口走ったこの金の亡者の『頭蓋の中身』に対する懸念(けねん)が、煌々(こうこう)として露骨に乗っていた。


「……」


 そしてマリーザは、メイドとしてあるまじき強烈な冷罵(れいば)を込めたジト目を、隣の金の亡者に見せつける。

 気の弱いものがそれで見られたら、たちまち心が折れてしまうのではないかと思うほどの、異様な攻撃力を持った視線だった。


「はあ……やっぱり少し懸念が。……その懸念を晴らすためにも、くわしく聞きましょう。ほら、どうぞ、どうぞ」

「こんな傲岸不遜(ごうがんふそん)なメイド見たことないです……!」


 シャウはシャウで、マリーザとの接し方に慣れてきたようだった。

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