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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
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175話 「才能の質とその行先について」

「ムーゼッグ王国は、近頃支配下に置いた北大陸の諸国から、豊富な鉱物資源を西大陸に輸出しはじめました」


 エンテの説明にメレアは「なるほど」と得心した。

 以前シャウからも聞いたことのある話だが、北大陸には鉱山や鉱脈が多く、さまざまな鉱物資源が取れるという。

 北大陸との間にある〈海賊都市〉を同盟下――あるいは支配下――においた時点で、ムーゼッグがすでに大々的に北大陸へ進出していることは火を見るより明らかだった。


「どの〈天塔都市〉がその恩恵を一番受けているかわかるか?」


 メレアはエンテの話にうなずいたあと、さらに訊ねた。


「〈第一天塔都市クールーズ〉です」

「さっきの〈石王〉が助けたっていう国か。……匂うな」


 メレアは顎に手をやって思案気にうなる。無造作に机上をなぞる視線はどこか物憂げだ。


「キリエさんはムーゼッグのことをよく知っているのですか?」


 するとエンテがメレアに首をかしげながら訊ねた。


「いや、よく知っているというわけじゃない」


 よく知ることができれば、どれだけありがたいことか。


「単純に、最近よく聞く名前だから気になっただけだよ」


 メレアは自分とムーゼッグとの関係を極力エンテに悟らせないように、その場を適当に誤魔化した。


「そうですか。……たしかに、ここのところムーゼッグの動きは一段と激しくなった気がしますね。少し焦っているようにすら思えるほどに」


 エンテはそう言って一息をついてから、話を戻した。


「ともあれ、そんなムーゼッグの介入があって、西大陸の情勢も一段と激化したと思います。……戦の長期化や連戦、そのせいで各国家の国力もみるみる落ちてきています」

「戦は金が掛かる。他大陸の介入が増えてくれば、戦の準備に際して国外に払う金も増えるだろう。大陸全体の経済が疲弊するな」

「ええ」


 メレアにはそれがムーゼッグの狙いのような気がしてならなかった。

 西側諸国を征服するために、その母体である大陸全体を摩耗させようとしているのではないか。


 ――いちいち打つ手が大きすぎるんだよ。


 メレアは内心に思った。


 ――これが、戦略か。


 自分たちにはまだ手を出せない、非常に大きな盤上での一手。国家という巨大な主体同士で行われる大局的な戦。


 ――どう覆す。


 メレアは後手に回らざるを得ないことを自覚しながら、なおも考える。


 ――小さな一手を重ねるしかない。


 いずれその一手が効果を発揮するときまで、辛抱強く、着実に。


 ――西大陸(こっち)ではできる範囲でやつらの邪魔と牽制を。大きな一手は……


 きっと南大陸(むこう)でシャウやハーシムが打ってくれる。

 今回の遠征が二つの班に分かれていることを、メレアは再度確認するように自分に言い聞かせた。


「わかった。いろいろ参考になったよ。またなにか気になることがあったら聞いてもいいか、エンテ」


 メレアは染め上げた金髪を軽くかきあげながら、顔をあげた。


「ええ、もちろんです。そういう約束ですからね」


 メレアの赤い瞳を真っ向から受け止めたエンテは、若干ひるみながらではあるがうなずく。

 横目にちらりとミラを見て、最後には少し困ったふうに笑った。


「――それに、たぶんあなたたちは只者ではないのでしょう。もちろん詮索するつもりはありませんが、僕はこのように話し好きで、好奇心を十分には抑制できない性分ですから、たぶん只者ではないであろうあなたたちと喋ることは、結構楽しいんです」

「だからああいうこの街に似つかわしくない酒場に入り浸ってるのか?」

「それもあるかもしれませんね。自棄が半分、抑えきれない好奇心が半分」

「ほどほどにしておけよ。この街は俺の目から見てもきな臭いから」

「わかっています」


 最後にエンテは真面目な顔でうなずきを見せて、席を立った。


「では、今日のところはこれで。帰りが遅いと彼女が心配するので」

「彼女がいるのにマリーザに手を出したのか」

「僕は軽薄な男ですから」


 そうエンテが苦笑いしたところで、横から別の声が聞こえた。


「それでいてその子は女の子に甘すぎるのよぅ」


 声の主はミラだった。


「たぶん、引っ掛けた女を捨てられないんでしょうねぇ」

「よくお分かりで」

「今日部屋で待っているのは何番目の彼女ー?」

「――五番目です」


 エンテが答えた瞬間、サーヴィスが「うおお……天然ジゴロだ……!」と畏怖を含んだ眼差しを向けた。


「それが許されるんだから、ある意味すごい実力者だな」

「こういう男って、引っ掛けるときは軽薄そうに見えるけど、実際はマメだったりするからね。最初は怒ってても、そのうちそれを許しちゃう女も多いのよぅ」

「まったく考えられませんね」

「マリーザちゃんからしたらそうだわねぇ」


 ミラとマリーザが会話をはじめたあたりで、ようやくエンテは別れの挨拶をして宿を出て行った。


「――さて、俺たちも少し休んで、また次の動き方を決めよう」


 メレアが髪を結っていた紐をほどき、椅子から立ち上がりながら言った。


「リリウムたちの帰りも気になるからな」


 メレアは肩を回しながら二階へ歩きはじめる。


「メレ――キリエ様、お部屋までご一緒してもいいですか? というか今日は同じ部屋で寝てもいいですか? 術式の鍛練に付き合って欲しいんですけど……」

「いいよ。最近見てなかったからな。前よりは少しも〈術王の五指〉を使えるようになったか?」

「まだ全部とはいきませんが、最後に見てもらったときよりはうまく使えるようになった自信があります」

「お前は俺と違って要領が良くて助かるよ。リリウムは『あんたの十倍は覚えが早い』って言ってたな」

「器用貧乏ですけどね」

「それでも羨ましいかぎりさ」


 メレアは笑って、そのまま階段を上って行った。

 後ろからクリーム色の巻き毛を揺らしてサーヴィスが駆けていく。


「あの子、メレアちゃんが近くにいるから自己評価低いけど、本当は結構良い腕なのよね? わたし術士じゃないからわからないんだけど」

「ええ、この街にいる学生の中でもトップクラスではないでしょうか」

「あら、そんなに」

「あの子はこの年まで師を持ちませんでしたからね。稀に師を持たずに独学で高みに昇る者もいますが、基本的には師を持つことでこそ能力は伸びるものです。そしてその伸び方に差があるのがいわゆる素質の差というものですが、あの子の場合は師が方針を決めることで途端に伸びはじめた逸材です」

「マリーザちゃん、よく知ってるのね」

「リリウムが言ってました」

「受け売りね」

「それと――」


 二階に消えていく二人を見ながら、マリーザが言った。


「あの子の才能は〈セリアス=ブラッド=ムーゼッグ〉に近しいものだ、とも」

「あはは。それはまたなんとも――」


 ミラは我が子を愛でるような愛おしげな視線でサーヴィスの背中を追った。


「わかりやすい例えね」


◆◆◆


 次の日。

 夜遅くに宿へ帰ってきたリリウムたちと食堂で顔を合わせたメレアたちは、その日の行動を決めるために昨日得た情報の共有を図っていた。


「このウィンナーうまいな」

「焼き加減が絶妙ですね」

「この皮がパリパリっとしてるのが俺は好きだ」

「あ、こっちの地鳥(ケラン)の卵の目玉焼きもおいしいですよ」

「どれどれ」


 カチャカチャと白磁の皿と銀食器が音を奏でる。

 約一名『箸』を使っている者をのぞき、ほかの者は器用にナイフとフォークを操って宿の朝食をおいしそうに啄んでいた。


「メレア様、最近意地でもナイフとフォーク使わないですよね」


 サーヴィスが香ばしく焼けたウィンナーにフォークを突き刺しながらメレアに言う。


「だって慣れないんだもん。やむを得ないときはそうするけど、基本箸の方が便利だし」


 メレアはてらてらと黄金色(こがねいろ)に輝く目玉焼きを器用に箸ですくいあげながら、サーヴィスの言に答えた。


「俺基本不器用だけどこれだけは得意だ」

「へえー」


 サーヴィスが口の中でパリッとウィンナーを噛みながらこともなげに答える。


「だからといってナイフとフォークの使い方を学ばないのはいかがなものでしょうか、メレア様?」


 すると隣から今度は凛と澄んだ声があがった。


「そ、そのうち……」

「もし他国の王や有力な貴族と交流を図るなどとなったときに、食事の席で満足に銀食器が扱えないのでは恥を掻きます」

「マイ箸を持ち込むのは有り?」

「無しです。反則です。多文化交流時食卓条例の第三条にて禁止されています」

「なにそれ……」

「今適当に考えました」

「最近マリーザのギャグセンスが良くない方向へ発展している気がする」


 メレアとサーヴィスのやり取りに口を挟んだのはマリーザだった。


「じゃあ恥を掻くのも厭わない心で挑むってのは」

「メレア様が良くてもわたくしが我慢なりません」

「お、おお、いつになく厳しいね」

「いいえ」


 メレアが戦々恐々とした顔でマリーザを見ながら言うと、マリーザは淡々とした表情のまま首を横に振った。


「メレア様に対して怒るわけではないのです。メレア様に恥を掻かせたその場の者どもに対して、遺憾の意を示すのです。――そうですね、殺しましょう」

「わかった今からナイフとフォークの正しい使い方を覚えるだから待って」


 メレアはむせながらマリーザに言った。


「今日機嫌良いわね、マリーザ」


 すると、そんな二人のやり取りにまた声を挟む少女が一人。


「昨日なにかあった?」


 誰よりも器用にナイフとフォークを操って静かに食事をとっていた〈炎帝〉リリウムだ。

 リリウムの問いを受けてマリーザは振り向き、ほんの少しの間を置いてから答えた。


「そ、それなりに」

「そう、だいぶ良いことがあったみたいね」


 マリーザの狼狽えぶりと頬の紅潮を速攻で見抜いたリリウムが、淡々と言った。


「最近、わたくしの内心があなたにだけは見抜かれている気がします」

「あたしだけじゃないわよ。それに全部わかるわけじゃないし。あたしがわかるのはあんたの微妙に乙女なトコだけ」

「乙女……、わたくしが……乙女……」

「自分で気づいてないから逆に周りにはわかりやすいのよ。――さて」


 そこでリリウムが食器を揃えて置き、話を切り替えた。

 視線の先には今さら銀食器を使いはじめたメレアがいる。


「いちいち両手を使わなきゃならないのといちいちナイフを置いたり取ったりするのがすごく面倒くさい」

「メレア」

「ん?」


 サーヴィスにコツを教わりながら悪戦苦闘していたメレアが、リリウムの声に反応して眉をあげる。


「今日はどうするの? あたしはできれば〈パラディオンの狂書〉探しをしたいんだけど。昨日〈黒薔薇の図書館〉じゃ見つけられなかったし」

「んー……」


 リリウムの問いを受けたメレアは、銀食器を持ったまま思案気にうなった。


「――今日はみんなで動こう」

「へえ?」


 小首をかしげるリリウムにメレアは笑って告げる。


「気になるところがあるんだ。昨日カルトが教えてくれた」


 もしかしたらそこにまた別の情報があるかもしれない。

 人の側から見た情報ではなく――


「〈識者の森〉に行ってみようと思う。あるいはそこで新しい物の見え方がわかるかもしれない」


 人ではないなにかから見た、この世界の姿を。

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