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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
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173話 「至高の創造理論」

 大地から生えるようにして現れた人型は、最初、ただひたすらに真っ黒な人形のようだった。

 大きさはメレアと同じくらいだが、手足は細長く、体躯も同様に叩けば折れてしまいそうな細さだ。

 しかし、数秒もしないうちにそれは形状を変え、最終的に――


「メレア……様?」


 頬杖をついて階下を眺めるメレアの隣で、サーヴィスが驚いたように声をあげた。

 石床から現れたそれは、形ある影のごとく、メレア本人とまったく同じ容姿をしていた。


「さあ、はじめよう」


 そしてメレアが言う。


「え?」


 直後、階下で呆けた声をあげる金髪の青年をよそに、メレアの影は青年目がけて駆けだした。


◆◆◆


 勝負にならない。

 その場でメレアの影と青年の手合わせを眺めていた者たちが思い浮かべた言葉はそれであった。


「かわいそうになってきた……」


 サーヴィスが顔を両手で覆いながら言う。


 ――助けて、って叫ばないだけあの人は勇敢かもしれない。


 あるいは、そんな悲鳴をあげる余裕もないのだろう。


「まあまあだな」


 当のメレアは頬杖をついたまま興味深げに階下の影を眺めている。

 流麗な動きで終始青年を攻め立てる影の一挙手一投足を精査しているようでもあった。


「メレア様、あれって自分で操作してるんですか?」


 メレアの影は本物と見まがうまでの速力で次から次へと多彩な攻撃を青年に叩きこんでいる。ただしすべて寸止めだ。拳の代わりに拳圧で巻き起こった風が青年の金髪を何度も揺らす。


「いや、あれは基本的に自動(オート)で動いてる」

「あれで自動なんですか……」


 術式による人間の創造は、古来よりある大きな命題の一つだ。

 術式によって人間を創造、あるいは模倣しようとした術士は数多くいたが、どの時代においてもそれは至難の業とされた。

 動物の創造に関しては〈炎帝〉の〈真紅の命炎〉をはじめとしていくつかの完成形があるが、彼らの手法も人間の創造は成し遂げていない。


「そういう術式なんだ。今は大体三十秒ごとに術式を繋いで、そのたびに『命令(プログラム)』を更新してる」

「命令……。ということは、自動であっても自律してるわけではないんですね?」

「――いや」


 メレアの返答に一瞬妙な安堵を覚えたサーヴィスだったが、メレアの逆接の言葉を聞いてまた身体が強張った。


「あれは半分以上、自分の意志で動いてる。俺の言う命令っていうのは、『攻撃しろ』『ただし殺すな』みたいな、かなり漠然としたものだ。その命令を実行に移すまでの過程(プロセス)は、『あいつ』が自分で考えてる」


 サーヴィスはその言葉を聞いて冷や汗をかいた。

 メレアの言いようは、一部影人形を人間として見ている。


「あとはどこまで権限を与えるかだな。今回は術式を使わせない。あいつは俺の影だから、たぶん加減ができない」

「影なのに術式が使えるんですか!?」


 サーヴィスは零れんばかりに目を見開く。


「使える。だからこそヨハンは〈影神〉と呼ばれた。あいつはやろうと思えば俺が持つ『英霊の術式』も使えるよ」


 敵からすれば悪夢だ。

 どんなに個人で力量が拮抗していようと、一瞬でパワーバランスが覆る。


「でも、それ以外の部分で相応の制限や手間はある。この術式は理論上術者の能力を完全に模倣できるけど、生み出すときと維持をするときにおそろしく柔軟で綿密な処理が必要になる。あとは燃料――つまり術素の問題だな」


 燃料の問題がなくなると理論的には永久機関だ、とメレアは苦笑して付け加えた。


「おそろしい……」

「ヨハンは自分とまったく同じ影を同時に七体召喚した。しかもそいつらと協力して連係術式を発動させたりもした。それに比べると俺のは子どもの遊びみたいなものだ」

「もうそこまで行くと想像がつかないです……。というかメレア様、いつの間にこんな術式が使えるようになったんですか」

「最近だよ。ヴァージリアから帰ってきてから、昔苦手だった術式も少しずつ使いやすくなってきたんだ。だから最近はいろいろ試してる。術式自体は頭の中に入ってるからな」


 メレアの頭の中には英霊たちの術式がすべて入っている。

 しかし、得意不得意はあった。

 特に今回の〈影神の召使〉は、当初メレアが最も苦手にしていた部類の術式だ。

 組み上げるべき術式が、そのときの状態によって変化する。

 もともとフランダーほどの柔軟な術式感覚を持っていなかったメレアは、そういう柔軟性を求められる術式系が苦手だった。


「これもまだ調整の余地はあるな。あいつは俺より戦い方が単調だ。技の選び方がずさんすぎる。あれだと近接戦に特化した武芸者にはクセを突かれそうだ」


 そう言ってメレアは頬杖をやめ、ようやく下にいるミラに声を掛けた。

 

「そういえばミラ、彼はなにを理由に俺に決闘を挑んできたの?」


 ミラはメレアの影と青年の戦いを微笑ましげに見ていたが、メレアから声が掛かるとすぐに視線を切ってメレアの方を見上げた。

 

「あ、言うの忘れてたわぁ。あの子、マリーザちゃんが欲しいんだって。キリエちゃんとマリーザちゃんの所有権をかけて、勝負がしたかったみたいよぅ」


 その直後。


「――そうか」


 メレアは〈影神の召使〉をすぐに解いた。

 影の猛攻に身をすくめるばかりだった青年が、つかの間の息継ぎをしながらどういうわけかと首をかしげる。


「それは、もう少し真面目にやる必要があるな」


 と、メレアが急に窓辺から大きく身を乗り出して、そのまま身軽な動作で階下へと飛び降りた。

 地に下り立ったメレアは、腕をぐるぐると回しながら青年に近づく。

 次いでその赤い瞳で青年を射抜き、


「俺から、マリーザを奪おうというのか」


 そんなメレアの台詞に身を強張らせたのは、むしろ青年ではなくマリーザだった。


◆◆◆


 ――メレア様が二人、メレア様が二人、メレア様が二人。


 メレアの影が現れたとき、マリーザは内心に興奮していた。

 石床から現れた人型は、色こそ影のように真っ黒だが、造形はメレアそのものだ。


 ――夢ではないですよね。


 なんと素晴らしい術式だろうか。

 これを考えた〈影神〉はまさしく神号にふさわしい。

 否、これをメレアに与えたことこそが、〈影神〉最大の功績かもしれない。


 ――右と左に置いておきたい。


 もちろん本物が最高だ。

 それは間違いない。

 しかし影も捨てがたい。

 造形だけで国宝に値する。


 ――ああ、でもでも。


 なとどマリーザが迷走していると、ふいにメレアの影が霧散するように消えた。

 

「あっ……もったいない……」


 思わず小さく声がこぼれる。


 ――あ。


 しかし、本物のメレアが宿の二階からこちらに飛び降りてきたのを見て、マリーザの残念は瞬く間に消えた。

 そして――


「マリーザは俺の隣にいてもらわないと困るんだ」


 下りてきたメレアが放った言葉を聞いて、マリーザはその日、久々に死んでもいいと思った。



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