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百魔の主  作者: 葵大和
第十四幕 【世界が動き出す日】
172/267

168話 「とある夜会への招待状」

4巻発売まで残り:【3日】

 〈ハーメル喫茶店〉で気味の悪い二人に出会ってから四日後。

 まだベナレスは彼らと再会していない。


 ――でも、また別の問題が起きた。


 その日ベナレスはいつものように青薔薇の学園で講義を終え、青薔薇区画の片隅にある古びた寮へ帰ろうとしていた。

 するとそこへ、見慣れぬ若い男女がやってくる。


「やあ、〈白緑の天才〉」


 胸ポケットには純白の薔薇。――白薔薇の学生だ。


「こんにちは」

「相変わらず青薔薇は独特の雰囲気があるね。黒薔薇とも赤薔薇とも違う、妙な感じだ」


 むしろその言葉をそのまま返したい。

 以前用があって訪れた白薔薇の学園も、ずいぶん妙な雰囲気だった。

 そのほかの学園と比べても特に若者が多い白薔薇の学園は、どこか危険な香りがする。

 猪突する者が多そうというか、怖いもの知らずが多いという印象だ。


「今日は君にこれを届けに来た」


 そう言って綺麗な金髪の青年が一通の封筒を手渡してきた。


「これは?」

「招待状さ。とある夜会のね」


 ヴァージリアの気取った若者がするような素振りで、彼は鼻を高くする。


「ほかの学園でも才媛と呼ばれるような者たちに渡している。とても重要な夜会の招待状なんだ」

「僕はあまり茶会とか夜会とかが得意じゃないんだ」


 白薔薇の青年が差し出した封筒を受け取らずにそう言うと、隣にいた女学生が少しムっとした顔をした。


「あなたほどの人がこんなこじんまりした学園でくすぶっていていいわけがありません。この招待状を受け取って、わたしたちの夜会に参加してください」


 女学生が言う。


「フリューネ、そんなことを言うものじゃない。まるで強制しているみたいじゃないか」

「しかし……」

「すまない、ベナレス。この子はちょっと気が短いんだ」


 青年が謝る。


「っと、さすがに名も名乗らないで招待状だけ渡すというのもおかしな話か。――申し遅れた、僕の名前はオスカー。〈オスカー=ラム=ネールセン〉だ」


 フルネーム。

 親切なことにミドルネーム付きだ。

 この学術都市アイオースにおいてフルネームを名乗ることは滅多にない。

 基本的に偽名を使う習わしだし、わざわざこの街で名乗るためだけに凝った偽名を考えるのも面倒だ。

 

「ネールセン?」


 しかもベナレスにはそのファミリーネームに聞き覚えがあった。


「たしか三軒隣の〈天塔都市〉にそんな名前の上位貴族がいたような――」

「ハハ、さすがは〈白緑の天才〉。近場の都市国家の貴族の名前まで憶えているのか」

「オスカー様、オスカー様のお家はかの国の四代貴族であらせられます。〈白緑の天才〉でなくとも、西大陸出身の者なら一度くらいは聞いたことのある名前でしょう」


 女学生が恍惚とした表情でオスカーを見上げた。


「まあ、そうかもしれないな。ともあれ話が逸れた。君の言うとおり、僕はかのネールセン家の人間だ。次期当主でもある」

「……」


 とことん気味が悪い。

 アイオースの規律を堂々と否定して本名を名乗っている。

 稚児じみた権威を主張するために本名をひけらかす連中はときたまいるが、さすがにここまで堂々としている者は見たことがない。

 ベナレスは嫌な予感を覚えた。


「とにかく、一度でいいから夜会に来てくれ。きっと君も楽しめると思うよ」


 そう言ってオスカーは無理やりに封筒を渡して去って行った。

 ベナレスは鼻高々に教室を去って行く二人を見ながら、


「……ギルバートも渡されているだろうか」


 ライバルであり友である彼に会いに行くことを決意した。


◆◆◆


「やっぱり君のところにも来たか、ベナレス」

「その口ぶりだと君もなんだね」


 ギルバートが受けている講義が終わる時間を見越して、ベナレスは彼のもとへ向かった。

 ギルバートはなにやら用があるらしく、足早に寮へ帰ろうとしていたが、そこをベナレスが引きとめる。

 結局二人は肩を並べて青薔薇の学生街を歩きながら、困ったようにため息をついた。


「あれはまともじゃないな」

「僕もそう思うよ」

「行くのか、例の夜会とやらに」

「うーん……」


 あまり気乗りはしない。

 しかしここで欠席すると後日また彼らが来そうだ。

 一度顔を出した方があとは楽そうである。


「君はどうするんだい、ギルバート」

「君が行くなら行く」

「おもしろい答えだね。君がそんな主体性のないことを言うのは珍しい」


 ベナレスはきょとんとしてギルバートを見た。


「試験前だ。条件は平等でありたい。君が直接学術とは関係のない身の回りの面倒を抱え込むのなら、僕もそれを抱え込む」

「君、ときたまおもしろい自分ルールを発動するよね」

「うるさい」


 ギルバートは綺麗に分けられた前髪を撫でつけてムスっとする。


「あと、一応彼らがなにをしようとしているのかも見ておく必要があるからな。もしアイオースの規律を乱すような輩だったら、さっさと統括議会に報告して是正させなければ」

「そして君は規律に厳しすぎるよ」


 ベナレスは苦笑して言った。


「それがこの街で学生をさせてもらっている者の務めだ。この街は学生に甘い。優しいとも言えるが、基本的には甘いんだ。その者が学生らしくしているかぎり、どんな極悪人であろうが平等に受け入れる。目の前にいるのが母国の仇だったとしても、そこで争いが起こることはない。これは傍から見たら異常な光景だ」

「まあ、そうかもね」


 それがアイオースの良いところでもあり、悪いところでもである。


「だからこそ、僕はアイオースの規律を守る。僕もこの恩恵にあずかっている者の一人だからな」


 なるほど、とベナレスはうなずいた。

 もしかしたらギルバートも国家のしがらみを背負った若者なのかもしれない。

 もちろん深くは聞かない。

 それが流儀であり規律だ。


「まあ、夜会の実施日は明日の夜だ。もし行くというなら明日の昼までに知らせてくれ」

「うん、わかった」

「じゃあ僕は行く。今日は赤薔薇区画の衣装店でバイトなんだ」

「あれ、君バイトなんかしてたんだ」

「これもまたこの街に生かされている者の務めだ」

「かっこよく言ってもダメだよ、ギルバート」


 ベナレスはからかうように言って、つんとした表情のままその場を去ったギルバートを見送った。


「ああー、もしかして前赤薔薇区画で並んで歩いていた女の子と関係あるのかな」


 もしかしたらギルバートのガールフレンドかもしれない。

 そんなことを考えながらベナレスは寮へ戻った。


◆◆◆


 次の日。

 

 ――しかたない。のちのち絡まれないためにも少しだけ出席しよう。


 ベナレスは昼前の講義を終えて、そう決心していた。

 一度絡まれてしまった以上、今後のことを考えて彼らの納得するような義理を立てておく必要がある。

 まったく憂鬱だ。

 〈白緑の天才〉という異名は望まない面倒ばかり運んでくる。


 その後、ベナレスはギルバートに例の夜会へ出席する旨を伝え、いつもどおりに午後の講義をこなしていったん寮に戻ることにした。

 ギルバートとは青薔薇区画にある〈星見の丘〉で待ち合わせをする。

 かつて〈青薔薇の学園〉にいた高名な占星術士が作った星見のための広場だ。


◆◆◆


 夜。

 ベナレスは最小限の荷物を服のポケットに詰め込み寮を出た。

 夜の街はそれなりに騒がしい。

 きらきらと宝石のような術式灯の光が揺れる街路を歩きながら、ベナレスは通りすがる若者たちの中にハーメル喫茶店で出会った不気味な二人がいないことを祈った。


「メレ――じゃない、キリエ様ー、ホントにあの怪しげな夜会に出るんですかー?」

「ああ、えてして妙な出来事には俺たちの求めるものが関わってる可能性が高いからな」


 ふと、歩いている最中にそんな会話がどこからか聞こえた。

 街路は多数の若者でにぎわっていて、発声者の位置は正確にはつかめない。

 

「それにしても金髪結構似合いますね、キリエ様」

「髪を染めるのはいいんだけど、後ろで縛るのがまだちょっと慣れないなぁ。あとこういうキッチリした服装もやっぱり苦手だ」

「マリーザ様は『これもまたよいものですね……』って鼻血出しながら言ってましたよ?」


 後半の会話はよくわからないが、最初の方に『夜会』というフレーズが出てきたのが気になる。

 ベナレスは少し足を止めてあたりを見回したが、発声者の姿はついに見つけることができなかった。


 ――夜会への出席者は意外と多いのかな。


 いずれにせよ、今の発声者たちが夜会に出るのであればこのあと出会うかもしれない。

 ベナレスは『キリエ』というあまり聞かない名前を脳裏の端に残しておいて、また街路を歩きはじめた。 


 しばらく街を歩いて、ついに星見の丘にたどり着いた。

 すでにそこにはギルバートの姿がある。

 彼はいつもの撫でつけた髪と黒縁の眼鏡をかけて、不機嫌そうな顔で立っていた。


「もしかして待たせちゃった? ギルバート」

「たいして待っていない。ただ僕はもともと夜のアイオースがあまり好きじゃないんだ。どいつもこいつも学生の本分を忘れて浮かれ過ぎだ」

「まあまあ。ときには休息も必要さ。いかにアイオースが学術の街とは言っても」


 ギルバートをなだめながら白薔薇区画へ歩きはじめる。

 

「招待状は持ったな」

「もちろん」

「家に帰って一応調べてみたんだが、招待状そのものに術式的なものは付与されていないようだ」

「君は用心深いね」

「きな臭いものに用心するに越したことはない」


 仮に術式的な処理がなされていたとしたら、どんな不利益があるだろうか。

 たとえば夜会への出席を強制させるような束縛術式。

 あるいは位置情報を術者に筒抜けにさせる追跡術式。

 現実味がないものだと、招待状の文章を読んだ瞬間に発動する魅了術式あたりか。


「どれも現実的じゃないな。ものが安っぽいわりに求める効力が巨大すぎる」

「なにを考えていたのかある程度わかっているつもりだが、いずれにせよ手の込んだことはしてこないだろう。そこまでの術式を組む能力があの白薔薇の学生にあるとは思えない」


 ギルバートが鼻で笑った。


「そうかもね」

「まだ赤薔薇の学生の方が可能性がある。あの学園の学生は理論を実践することに長けているからな」


 赤薔薇の学生は知識編中になりがちなアイオースの学園の中にあって、実践を推奨する風潮がある。

 もっともバランスが取れているのは最高峰と呼ばれる青薔薇の学園だろうが、赤薔薇の学園もなかなか捨てたものではない。


「まあ、そもそもの目的がわからないからこの招待状について議論するのも無駄だろう。さっさと行って、さっさと帰るぞ」


 そう言ってギルバートは足を速めた。



次話:3月8日投稿予定。

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