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百魔の主  作者: 葵大和
第十三幕 【青い薔薇の学び舎より】
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161話 「再訪のリンドホルム」

「少しだけ、リンドホルム霊山に寄ってもいいかな」


 メレアが言った。


「……そうね。ちょうど近くを通るわ。時間的にもたいした遅れは取らないんじゃないかしら」


 メレアたちアイオース遠征組の魔王たちは、昨日レミューゼを発って現在東大陸の西端を進んでいるところだった。


「なんたってノエルの足があるからね」


 黒鱗の地竜、〈ノエル〉に乗って。


「ギャウ!」 

「あんた、日に日に人語を理解してきてるわね」


 前方に幅の広い川が見えた。

 東大陸の主な国境線となる運河である。

 世界の中央はリンドホルム霊山をはじめとする山脈によって区切られているが、国としての境を決める際にはその手前にある大運河や深い森などが基準になっていた。

 理由は端的で、世界の中央は人が住むにはあまりに過酷な環境だったからだ。

 かろうじて行商人たちの使う街道は作られているが、定住するにはどうにもきな臭さが拭えない。

 リンドホルム霊山に住まう『正体不明の何か』しかり、そのほかにも人ならざるものの気配がある。

 

「今思うと、よくあたしたちリンドホルム霊山に登れたわよね」


 ノエルが不意に大跳躍の予備動作を取った。

 そんな中、リリウムが紅の髪を押さえながら言う。


「あのあたりの危険度にも差があるからね。たぶん、みんなが通ってきた道は比較的マシな道だったんだ」


 メレアが答えたところで、ノエルが大地を強く踏みしめた。

 大地が軋み、直後、巨体が空へ舞いあがる。

 魔王たちはそれぞれノエルの背に装着された特製の竜(ぐら)にしがみつき、徐々に近づいて行く雲を眺めた。


「行商街道がある方面は、基本的に安全だって」


 唯一、メレアだけは何にしがみつくでもなく、腰に手をおいて余裕の表情のままノエルの首根に仁王立ちしている。


「基本的に、ね」


 リリウムが片目をつむって顔に吹きかかる風に耐えながら言った。


「でも、俺たちが通ってきた麓の森は、やっぱり変な気配があったよ。俺はあの感覚に慣れちゃってたから気にしなかったけど、こうして下界でいくらか過ごしてようやくあの異様さに気づけた」


 しばらくして、今度は景色が逆方向に流れはじめる。跳躍が頂点に達して、高度が下がりはじめたのだ。

 「ノエル、着地は丁寧にな」メレアがノエルの首を軽く叩いて言った。


「じゃあ、今はどんな感じなの? この運河を越えたらあっという間に世界の中央だけど」


 ふと下を見下ろすと、きらきらと光る運河が映った。

 今まさにその運河を越えているところだ。

 本来なら船で渡るべきところをひとっ跳びで越えてしまっている現状に妙な浮遊感を感じながら、リリウムはメレアに訊ねた。


「前よりは厄介そうだ」

「通った場所は前とあまり変わらないけど?」

「このあたりの環境はめまぐるしく変化するから。もしかしたらいろんな大陸で戦が起こっていることと関係があるのかも。血の匂いはいろんなものの目覚めを促す。――ノエル、もう少し右。あのあたりの地面を柔らかくする」


 メレアがふと手のひらを叩いた。

 同時、雪白の髪が漆黒に染まる。

 さらにメレアは片手を空に掲げ、天を指差した。


「〈麗刀時雨(れいとうしぐれ)〉」


 メレアの指した空間に無数に現れたのはかの〈水神(セウラ=エウラス)の麗刀〉である。

 それらはメレアの腕の振りおろしに感応し、地の一点に向かって飛翔した。

 下方、遠くに映る茶色い地面に次々と突き刺さった麗刀が、運河と同じように陽光を反射してきらめく。


「溶けろ」


 メレアが振り下ろした手を握る。

 大地に突き刺さった無数の麗刀がぱしゃりと弾けるようにして形を失った。

 瞬く間に水は大地に染み込み、麗刀によって切り裂かれた部分をさらに軟化させる。


「ギャウ」


 ノエルが地竜の翼を羽ばたかせて下降ルートを調節しながら、ついにその大地へ着地した。


「よくやった」


 メレアは再び白に戻った髪をなびかせて、ノエルを褒める。


「それで、さっきの話の続きだけど――」


 再び走り出したノエルの背で、ぼんやりと進行方向を眺めていたメレアが、またリリウムの方を振り向いた。


「まあ、ノエルの足があれば特に危険はないと思う。それに、仮に霊体が出てきたとしても俺が対応できるから」

「〈死帝(アンネ=マリア)の大鎌〉で?」

「それもあるし、ほかの手段もある。最近はいろいろと英霊たちの術式に応用が利くようになってきてね」

「そうらしいわね。今のもそうでしょ?」


 リリウムはメレアが今局所的に〈暴神の憤怒〉を使用したことに驚いていた。


「〈四門〉だっけ? あれ、あんたは一気に全部開くことしかできないって言ってたけど、選んで開けるようになったのね」


 ヴァージリアについていった魔王たちから、メレアが〈二門〉だけを開いたという話は聞いていた。

 しかし、実物を見るのは初めてだ。


「うん。今のは〈王門〉まで開いた。〈麗刀時雨〉を一回使う分にはこれで十分だ。反動もあんまりないし」

「ほかの英霊の術式もだいぶ調整ができるようになったのかしら」


 リリウムは答えを知りながら訊ねる。

 この遠征に出る前に、メレアの現状を知るべくいつもの術式講義を開いたが、そこでリリウムはメレアの成長に驚かされていた。


 ――この男は実戦を経るとすさまじい速度で成長する。


 もちろん、前提として理屈を理解している必要はあるが、そこから技術を習得するのにメレアの場合は感覚が優先する。

 ある程度の理屈を頭に馴染ませたら、あとは動かした方が早いのだ。


「ぼちぼちだね。英霊の術式にもいろいろあって、俺が特に苦手とする術式系もある。継続的に莫大な術式処理を必要とするものは、まだ少し使いにくいな」


 リリウムにはそれがいったいどういうレベルにある術式なのか想像がつかない。

 メレアの近くにいると忘れがちだが、そもそも〈雷神〉や〈風神〉の術式を一瞬で展開させていること自体が異常なのだ。


「さて、そろそろ霊山が見える。――久しぶりだ」


 リリウムはさらにメレアからくわしい話を聞こうとしたが、メレアがふと遠くに見えた白い山を見上げて懐かしむような声をあげたので、


「そうね。本当に……久しぶりね」


 ひとまず話を切り上げることにした。

 

◆◆◆


 リンドホルム霊山の頂上は、まるでそこだけ時間が止まったかのように、最後に見た景色のまま厳然とそこにあった。

 石を削って作られた百の墓石。

 ちらほらと咲く白い高山の花。

 少し離れたところにかつてムーゼッグの術式兵団が〈白光砲〉によって作った崖のえぐり傷が見える。


「――」


 魔王たちはそれぞれ百の墓石の間をゆっくりと歩いた。

 すべてがはじまったあのとき。

 ゆっくり見る間もなかった旧時代の英雄たちの名前。

 知っている名前、知らない名前。

 そこには魔王たちの今の境遇に密接に関係する名前も――あった。


◆◆◆


「――クルザ=カタストロフ」


 マリーザ=カタストロフは、その日はじめて、先祖の墓を見た。

 自分の被る号の始祖。

 その男がいなければ、間違いなく自分は生まれなかっただろう。


「あなたのおかげで、わたくしはずいぶんと苦労をさせられています」


 マリーザは墓石の前に膝をついて、語りかけるように言った。

 長い銀髪が、霊山の風になでられてさらさらと揺れる。


「しかし、あなたがその〈暴神〉と呼ばれた力でもって祖国を守らなければ、わたくしは生まれませんでした」


 マリーザの隣には、メレアがいた。

 彼女と同じく雪白の髪を霊山の風になびかせながら、ただじっとしてマリーザの言葉を聞いている。


「なので、ひとまずは感謝しておきます。そして、これからわたくしがこの名の力に打ち勝ったとき、改めて礼を言いにまいります。きっとそのとき、わたくしには引け目など一つもないでしょうから」


 マリーザはそう言って、一度だけ墓石に刻まれた名前に触れた。


「もういいのかい」


 それからすぐに立ちあがったマリーザを見て、メレアが優しく言う。


「はい。今はこれで十分です。多少は文句を言いたいところでもありますが、この暴の力に振り回されているわたくしが言ったところで、説得力には欠けますから。この力を屈服させて完全に自分のものにしたあとで、いろいろ言ってやります」

「はは、クルザもお転婆な娘を持ったなぁ」


 メレアが楽しそうに笑いながら言う。


「まあ、意固地なところがよく似てるよ。クルザも見た目は柔和そうだったけど、その実かなり頑固だったから」


 クルザに似ていると言われたマリーザは、一瞬わかりやすく表情を緩ませたが、すぐに冷然とした顔を取り戻した。


「ほら、まだまだあなたの帰りを喜んでおられる方々がいるのですから、次のお墓に参りましょう」

「はは、そうだね」


 マリーザは照れ隠しをするかのように顔をそむけて、メレアの袖をつまんで引っ張った。

 メレアはその引っ張りに優しげな微笑を浮かべたまま従う。

 

 それからメレアはすべての墓の前で祈りを捧げた。

 仲間たちもまた、同じように祈りを捧げた。


 メレアを育てた百の英霊。

 彼らがいなければ自分たちは生きていなかった。

 メレアと出会うこともなければ、こうして世界の流れに抗おうなどという気持ちも抱かなかっただろう。


 すべては、ここからはじまったのだ。


「え?」


 と、そうして祈りを捧げる彼らのもとに、とある客人が訪れる。

 ちょうど、最後の墓に祈りを捧げ終えたあとのことだった。


「青い――」


 最初にその来訪者に気づいたのはリリウムだった。


「――蛇?」


 わずかに雪の積もる山頂に、見たこともない青透明な蛇が、首を高くあげながら登ってきていた。


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