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百魔の主  作者: 葵大和
第十三幕 【青い薔薇の学び舎より】
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156話 「再動の寵児」

 セリアス=ブラッド=ムーゼッグは、玉座に深く座ったまま、眼下で潰れた肉塊をぼうっと眺めていた。

 半ばで身体のちぎれた瑠璃色の蛇が、肉塊の傍で虚しくもがいているのが見える。

 健気なものだと、他人ごとのように思った。

 

「殿下、〈水帝〉の秘術の方は――」

「『見た』。やはり〈炎帝〉の〈真紅の命炎〉とよく似たものだ。理論は使えないこともないが、固有術素を必要とする。おそらく〈命力術素〉だろう。――〈炎帝〉と〈水帝〉は姉弟であったという説があるが、あながち本当だったのかもしれんな」

「では、〈琉璃(るり)命水(めいすい)〉は外れですか」

「命力術素の生成方法がわからん。おそらくこの娘もそれだけは死んでも口を割らなかっただろう。秘術式を奪われるところまでは覚悟していたようだが、肝心なところは守った。――無駄にできた女だ」


 セリアスは玉座の上でフードを剥いだ。

 灰色の髪がさらりと舞う。


「まあいい。〈悪神(アニムス)の左腕〉はよく動いた。それをひとまずの収穫としよう」


 セリアスは左上の『空間の穴』から伸びている巨大な黒い腕を一瞥して、言った。

 直後、その禍々(まがまが)しい腕は再び空間の穴に引っ込んでいく。

 まるでそれ自体が意志を持って動いているかのようだった。

 さらにセリアスは、マントに隠れていた自分の左腕を掲げ、まじまじと見る。


「我ながら気味の悪い腕だな」


 セリアスのその左腕は、真っ黒だった。

 おびただしい量の術式言語が刻まれ、それが淡く明滅している。

 それは少なくとも人の腕には見えなかった。


「右腕の所在はわかったか?」


 同じくその腕を見て訝しげな表情を浮かべていたミハイに、セリアスが訊ねる。


「いえ、まだ情報はありません。その左腕の方も、奇跡的に黒い競売にかけられていたのを見つけただけなので……」

「探せ。できるかぎり多くの部位を。〈悪神〉の身体は武器になる。史上最悪の怪物になったと言われている最古の悪徳の魔王の力は、戦乱の時代にこそ輝く」

「……殿下、私は〈悪神〉の方もですが、眼の方も気になります」


 するとミハイが、珍しくセリアスの問いに即答せず、逆に訊ねた。

 ミハイは青く染まったセリアスの眼を見ていた。


「『これ』か。……案ずるな、ミハイ。この眼は私によく馴染む。これは奪ったものではないからな」


 セリアスは両のまぶたをまだ肌色を保っている右手で軽く撫でた。

 再びセリアスが目を開いたとき、その青い瞳には術式紋様が浮かんでいた。


「もう〈術神〉の眼に焦がれる必要はなくなった」


 その術式紋様は、メレアの持つ〈術神の魔眼〉の紋様とよく似ていた。


「それは片づけておけ。もう必要ない」

「殿下、ではアレはワタシが頂いてもよろしいでしょうか」


 セリアスの問いに答えたのは、ミハイではなく〈死神〉ネクロア=ベルゼルートだった。

 ネクロアは血の匂いが漂いはじめた中でも、顔色ひとつ変えず楽しげな様子である。


「好きにしろ」

「ありがとうございます」


 ネクロアは深々と一礼して、玉座の階段を下りていった。

 肉塊の傍によると、片手で術式を描いてあの翡翠色の霊体骸骨を呼びだす。

 続々と現れる骸骨たちは、肉塊になった〈水帝〉の身体を一つ一つ拾い上げていった。


「気味の悪い光景だ。〈腐敗の森〉の忌むべき〈死体拾い(アザー)〉どもを思い出す」


 ミハイがその光景を見て顔をしかめながら吐き捨てた。


「〈死体拾い(アザー)〉か。あの異形どもも使いようによっては戦力になるかもな」

「殿下、ご冗談を。あれは人間の形をしていますが、本質はまったく別のものです。人語すら解しない下等な生き物ですよ」

「だからいいのだ。余計なことを考えない。やつらはただ死体を貪る。あるいは、死体になりかけのものを。敵の疲弊した戦力にとどめを指すには存外有用かもしれん」

「ムーゼッグの品位に関わります」

「ハハ、珍しく私の意見にはっきりと否定の意を示したな、ミハイ。それほど嫌だということか」


 ミハイはばつの悪そうな顔でうつむいた。


「――わかっている。私もまだそれほど品性は捨てていない。さすがの私も、〈暗黒戦争時代〉の二の舞は御免だからな。戦が無秩序になれば、ムーゼッグにとってはかえって悪影響になる」


 セリアスに言われて、ミハイは心底安心したようにホっと息を吐いた。


「ミハイ、ネクロアがあれを片づけたら高位武官たちを呼べ。『例の作戦』の打ち合わせをする」

「は、御意に」

「そのあとで父のところへ参上するぞ。今回は父も大々的に動くゆえ、より万全な準備が必要だ。ひとまず面会のための正装を用意しておけ。私とお前の分だ。選択は任せる」

「かしこまりました」


 久々にセリアスの正装が見れる。

 近頃は動きやすさを重視した服装ばかりで、王族らしい服を着ていなかった。それでも十分に高貴かつ雅やかではあったのだが、やはりどこか物足りない。加えて、このフードのついた黒いマントをよく羽織るようになった。そのフードを目深にかぶって、目元や表情を隠すことが増えた気がする。

 ともあれ、ミハイはセリアスの言葉に浮足立った。

 弾むような歩調で、階段を下りていく。


「……お前は私こそを魔王だと言うのだろうな。――メレア=メア」


 しかしミハイが肉塊の傍を過ろうとしたとき、不意にセリアスの方から小さくそんな言葉が聞こえた気がして、少し、心が重くなった。



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