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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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16話 「今こそ、かの英霊たちの力を」

「私も行く」


 〈魔剣クリシューラ〉を右手に携えた〈剣帝〉エルマが、いつの間にかローブのフードを剥いでメレアの隣に立ち並んでいた。

 しっとりとした黒髪が(なび)き、淡い紫の瞳には強い意志の光が灯っている。

 彼女が右手に(たずさ)える魔剣は、エルマの臨戦態勢に従ってか、キキキ、と甲高い鳴き声のようなものを発していた。


「――本当に()()()でいいの?」

「ああ、決心はついたよ」


 エルマはムーゼッグから逃げてきていた。

 それはまともにやりあっても勝てないと思っていたからだ。

 数が違いすぎる。

 相手は国家だった。

 だが今になってエルマは覚悟を決める。

 それはこの場所でほかの〈魔王〉たちと出会ったことがきっかけになっていた。


「やつらが追ってきているのは〈剣帝〉であるこの私だ。ここでその私が逃げてしまったら、ほかの魔王たちに申し訳が立たない。それに――」


 エルマはふと、自分の手の中で戦いに歓喜している〈魔剣〉を見つめた。


「ここで自分と同じ境遇の〈魔王〉たちのために剣を振るうことは、〈剣帝〉としての矜持に則る行いだと思うから」


 自分と似たような境遇にある彼らを救うためならば、かつて自分の先祖がそうしたように、この剣を天にかかげよう。

 こんな状況だからこそ、せめてその心だけは、かの『英雄』のごとくあろう。

 エルマの胸にはそんな決意が生まれていた。


「ムーゼッグは強国だ。だからほかの魔王たちは別の方角に逃げてもいい。無論、逃げた先に別の追手が待ち構えているかもしれないが、それでもムーゼッグを相手にするよりはマシだと思う。――彼らが逃げるための隙は、たとえ自分の命運が尽きようとも、ここで私が作ってみせる」


 エルマはそれでいいと本気で思っていた。

 しかし、それを許さない者がすぐ近くにいた。


「そのやり方はダメだ。俺の信念とぶつかる」


 メレアだった。

 メレアはエルマの自己犠牲的な宣言に対し、はっきりとした否定の言葉を告げた。


「全員で生き残らなきゃダメだ」


 それはきれいごとだ、とエルマは言いそうになった。

 たとえこの場を生き抜いたとしても、逃げずに立ち向かったことでムーゼッグに目を付けられれば、その後の安寧は遠ざかる。

 だから、逃げる者は逃げればいい。

 だがエルマはそれを言えなかった。

 なぜなら、


 ――私はさっき、この男に行動の決定権を……委譲(いじょう)してしまった。


 あのとき瞬時にメレアを見た者たちの中に、エルマも混じっていた。

 まだ決心が固まる前、エルマもメレアに願ってしまっていたのだ。

 だから、


 ――言えない。


 自分に嘘をつくことになる。


「俺は全力でみんなを助けるよ。なんと言われようと、そう決めた。だから、誰か一人でもおいていくのは――なしだ」


 たぶんこの男は甘い男なのだ。

 エルマは気づいてしまった。

 この男の馬鹿みたいな甘さと、それをまっすぐ言えてしまう強さに。

 そして、彼のその言葉を聞いて――


 ホっとしてしまった自分の心に。


◆◆◆


 メレアの言葉は、〈楽王(ユルン=ユーラ)の声帯〉による揺らぎに乗って、ほかの魔王たちにもしっかりと届いていた。

 そして彼らに、一つの決意をさせていた。

 メレアの言葉。


 『誰か一人でもおいていくのはなしだ』


 自分たちが決定権を委譲した『主』が、そういう指針をかかげた。

 ならば、自分たちはどうするか。

 責任を押し付けた。

 一方的に願った。

 ここにいる者たちが協力し、結果的に自分が助かるためにはそれが最善だと思って、そうした。

 だったら、


 ――続くしかないだろう。

 

 その主はどうやら甘い男のようだった。

 魔神のごとき力を見せつけたと思ったら、誰も犠牲にしたくないなどと、本当に甘いことを言う。

 それでも、


 ――悪くない。


 この状況だ。どんな道を取ったって、どの道もきっとつらい。 

 そもそもつらくない状況なら、こんな霊山に登ってこなかった。

 なら、自分が良いと思った道に進もう。

 あの男の言葉を、自分はどう思ったか。


 ――良いとも。助けられる側が恥ずかしくなるくらい、良い言葉だよ。


 だから、


『助けてくれ』


 自分たちも主を助けるから、


『俺たちのことも、助けてくれ』


 ――その言葉を信じよう。


◆◆◆

 

 魔王たちがそれぞれ覚悟を決めるように頬を叩いたり、各々に武器を(たずさ)えはじめたりしているのを、メレアは視界の端に(とら)えていた。

 対し、眼下のムーゼッグ術式兵はこちらの反応を(うかが)うようにじりじりと迫ってきている。

 それを視線で牽制しながら、メレアは内心で思った。


 ――もう少し。もう少し時間をくれ。


 メレアとしては、魔王たちにできるかぎりの猶予(ゆうよ)を与えたかった。

 自分はすでに覚悟を決めていて、いつでも動ける準備はできているが、すべての〈魔王〉がそうだとはかぎらない。

 こちらから手を出してしまえば、それが明確な狼煙(のろし)となって、一気に戦火が広がる。

 この、互いが互いを窺うようにして間を詰めている今が、魔王たちが覚悟を決めるために使える最後の時間なのだ。


「優しいのだな」


 すると、隣のエルマが同じく術式兵たちに鋭い視線を送りながら、ふと微笑を浮かべてそんなことを言った。


「……そんなことないよ。俺はある意味厳しいことを言っているのだと、自分では思う」

「どうしてだ?」

「『戦う準備をしろ』って命令しているようなものだからさ」


 これで合っていたのだろうか。そんな思いがメレアの中には依然としてあった。

 自分の行動と言葉が、おそらく彼らの道行(みちゆき)を変えた。

 自分がいなければ、大人しく逃げようとした者もいるだろう。


 ――〈英雄〉の責務。


 かつて自分の親たちは『英雄』としての背負わなければならなかったものを口の端に乗せた。

 まだなにも()しえていない自分が彼らと同じであるとは思わないが、たとえ規模が小さくとも、自分の言葉と行動で変えてしまった人々の命運は、全力で手繰(たぐ)らなければならない。


 ――迷うな。前を向け。そう決めたのだろう。

 

 今に誰かがこの緊迫(きんぱく)に耐えきれず、暴発するように行動を起こす。

 今に、今に。


 そこからの時間の進みはやたらに遅く感じられた。

 それでも、始まり自体はあっけなかった。


 メレアは視界の端の方に数人のムーゼッグ兵が外れていったのを見逃さなかった。

 回り込むつもりなのだろう。

 メレアの斜め後ろで、アイズがそのことを小声で(しら)せていた。

 メレアはそれに小さな声で答え、彼女を安心させる。

 おそらく、あれが始まりの合図になる。

 それを察して、最後にメレアは隣のエルマに言った。


「――死ぬなよ。墓作りを手伝ってくれたお礼、まだしてないから」

「ハハ、そのままそっくり返そう。よい時間をもらった礼を、あとでさせてくれ」


 エルマはそう言ってメレアの脇を肘で小突いた。

 それに対しメレアが少しばかり口角をあげて見せる。

 そして、


 ――来た。


 左右から数人のムーゼッグ兵が回り込んできて、術式を編もうとしていた。

 静かな開戦。

 だがそれは明確な開戦でもあった。


「右は任せろ」


 エルマが短く言って、足先を右に傾けた。

 対してメレアは、


「じゃあほかは全部任せろ」


 そんな言葉を告げて、『合掌』していた。


「えっ?」


 メレアの言葉に対し、エルマは身を右に(はじ)かせながら、呆けた声をあげてしまっていた。


◆◆◆


 みんながちゃんと決心できるまでは、


 ――俺が戦況を支えてみせる。


 今こそ、かの英霊たちの力を。


 我が信念を支えてくれる、その力を。


◆◆◆


「〈雷神(セレスター=バルカ)の白雷〉」


 パン、と拍手の音が鳴り、その瞬間にメレアの合掌した手の間から術式陣が広がった。

 それは瞬く間に事象と()って、この世に顕現(けんげん)する。


 白い雷。


 バチリと弾ける稲妻の音。

 それがメレアの身体に()()される。

 まるで白雷の化身であるかのような異様な雰囲気を(ただよ)わせたメレアが、間髪入れずに左への一歩を踏み、その身体にまとった白雷の残光(ざんこう)が尾を引くように空間を舞った直後――


 メレア=メアの姿がその場から消え去った。


 それが超速度での移動によるものだとその場にいる者たちが気づいたのは、直後に左方でムーゼッグの術式兵が三人ほど吹き飛んでからだった。

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