153話 「長の役割と、錬金王の不敵な言葉」
「俺以外にも適任はいるだろ」
サルマーンはメレアの言葉を受けてしばらく考え込んだあと、そんなことを言った。
「エルマなんかはどうだ。あいつはムーゼッグとの戦のとき、実際に俺たちを引っ張って戦った」
「戦場にかぎった話であれば、それもありかもしれない。でも、〈魔王の剣〉をもっと総合的な視点から見たとき、エルマにはみんなを率いる力はない」
メレアは首を横に振りながら、いつになくはっきりとした口調で言った。
「エルマは決して鈍感というわけじゃないけど、いくつもの人の心を受け止めて、それを調整していく力はまだ持ってないよ」
「お前にしては珍しくはっきり言うな」
「みんなの命が懸ってるからね」
メレアは真面目な表情で答えた。
「エルマが自分の抱えている問題をすべて解消したあとでなら、可能かもしれない。でもエルマは、今のところその問題たちを落とさないように抱えているので精一杯だ。これ以上何かを背負わせたり抱え込ませたら、たぶん潰れてしまう」
「……」
「エルマはとても――不器用だからね」
むしろその不器用さを慈しむような笑みで、メレアは言った。
「ていうか、お前が〈剣〉もまとめて率いればいいじゃねえか。現状そんな感じだろ」
サルマーンはメレアが首を横に振ることを知っていて、あえて訊ねた。
まるで、自分の予想が間違っていないことを一つずつたしかめるように。
「それはできない。〈魔王連合〉という集団が大きくなればなるほど、おれはこれからどこかの班に属することはできなくなる。俺がどこかの班に寄りすぎると、ほかの班が引っ張られるだろうから」
「……まあ、否定はできねえな」
メレアの求心力はたぐいまれだ。長としての自覚が芽生えはじめてからは、特に。
そんなメレアがどこかの班の長を兼任すると、中心がずれてしまう。
あえて役割の違う班を三つも作って、多角的な視点を持たせた意味がなくなる。
「〈剣〉に所属する魔王は実戦的観点から、〈財布〉に所属する魔王は経済的観点から、〈知識〉に所属する魔王は理論的な観点から、それぞれがこれからどう動くかを考えていくようになる。そうして集団が大きくなってきたとき、俺の役割は彼らの意見を集約して、最終的な選択と判断を下すものに切り替わっていくだろう」
それが大きな集団の長としての役割でもある。
「その俺が、〈剣〉という分化された集団の一つに所属してしまえば、意識的にしろ無意識的にしろ、〈剣〉の発言力が強くなってしまう。これでは意味がない。今の三班は、常に対等でなければならない」
メレアはメレアなりに集団の性質というものを常に考えていた。
多数の人を率いていくのに、どういうシステムが必要なのか。
「今はまだいい。これくらいの人数なら、俺が一人一人の意見を拾って考えることができる」
けれど、とメレアは続けた。
「俺一人で個人の意見が拾い切れなくなったとき、俺の手前で意見を集約し、まとめる人間が必要になる。すべての意見を聞くこと自体は俺も苦じゃないけれど、現実的に、それらをうまく折衷させて次の指針に仕立てるのは俺という人間一人には不可能なことだ」
人の数だけ意見がある。
魔王を救うという大きな指針が全員の中にあるとはいっても、やり方はそれぞれ異なるだろう。
メレアにはそれらを一つ一つ聞き入れる意志があるが、一方でそのやり方が自分たちの首を絞めかねないことも理解していた。
「俺たちには時間がない。意見と意見の狭間で身動きが取れなくなるのは一番まずいんだ」
「そうだな」
サルマーンもわかっていた。
人の心は多様で複雑だ。
メレアという圧倒的な求心力をもってしても、完璧に意見が一致することなどありえない。
そもそもそんなことがあったら気持ちが悪い。
「まあ、もし仮に全員の意見がズレなく一致してたら、俺は吐き気を催すね。操られてるみてえにすら思える」
「俺もそう思うよ」
サルマーンの言葉に、メレアも苦笑で応えた。
「だから、今のうちに俺の手前で意見を集約する役割を担う人間を決めておかないとならない」
「それが各班の長ってわけか」
「そういうこと」
サルマーンはまたしばらくの間考え込んだ。
それからふと、メレアに訊ねる。
「それはわかった。でも今回お前が俺に長の役割を頼みに来た理由は、それだけじゃねえだろ?」
「ハハ、サルマーンに隠し事はできないなぁ」
「おめえも不器用だからな」
雪白の髪をくるくると指にからめるメレアを、サルマーンがやんわりと指差す。
「なんで『今』、そんなことを頼みに来たのかってことだ。今日また二人の魔王がやってきたが、それでも数はさして増えてねえ。まだ今までの体制でやっていけるくらいだ。なのに今、お前は急いたように俺に長を頼み込んできた」
「サルマーンも意地が悪いね。もう全部わかってるんだろう」
「……そうかもな」
サルマーンは腕を組んで目を瞑る。
次にメレアが放つ言葉を聞き逃さないように、聴覚以外の感覚を可能なかぎり閉じた。
「なら、言うよ」
メレアはそんなサルマーンを見て、ついに今回の話の核心に触れた。
「今回俺は、〈魔王連合〉を二つの行動班に分けようと思う」
メレアの声音は、静かだった。
「学術都市アイオースに向かう班と――」
サルマーンはその声にじっと聞き入った。
「――サイサリス教国へ向かう班だ」
メレアの出した結論は、サルマーンが予想していた結論と、寸分たがわず一致していた。
◆◆◆
「リリウム嬢、久しぶりにお茶でもどうです?」
「なによ、急にあたしの部屋を訊ねてきたと思ったら、気持ち悪いわね」
メレアがサルマーンに自分の考えを伝えていたとき、同じ階層の少し離れた別の部屋で、シャウとリリウムが会合していた。
「そう言わないで下さいよぉ。私だって一応〈財布〉の仮の長としてほかの班の長とも親交を深めておこうかなと思ってるんですから。私が金以外のことでこんなに気を遣うことめったにないですよ?」
「かえってそれが気持ち悪いのよ。あんたは金を中心に動いてた方が自然だから、急に変な気を遣われるといろいろ勘ぐってしまうわけ。だから正直に言いなさい。今回のこの行動も金に繋がるって確信があるんでしょ?」
「ふむ。――まあ、まったく関わってないとは言いませんね」
「それでよろしい」
リリウムはそう言って、ついにシャウを部屋に招き入れた。
リリウムの自室は質素ながらも綺麗に手入れがされていて、ところどころに置かれた観葉植物が清廉な雰囲気を加えている。
「意外ですね、綺麗は綺麗なんですけど、もっと女の子らしい部屋かと思ってました」
「あたしをなんだと思ってるのよ。あたしにそんな少女らしい趣味があると思ってんの?」
「あなたが自分をどう思っているのかはわかりませんが、あなたは十分少女らしいですよ?」
シャウが首をかしげながら言う。
そのストレートな言葉に、リリウムはやや面食らったようだった。
椅子から立ち上がるや否やシャウから一歩離れて身構える。
「きゅ、急になに言ってんのよ。からかってるわけ?」
「一割くらいは」
「……怒りづらい割合ね」
「それを見越して答えましたからね」
シャウはすまし顔で言いながら、ずかずかとリリウムの部屋へ入って対面の椅子に座り込む。
「まあ、そのあたりは私に言われるよりメレアに言われた方が嬉しいでしょうから、先に言うのはこれくらいにしておきます」
「……なんかムカつく」
「何がです?」
「そのなんでも知ってますふうな感じが」
「金の力を使えば情報なんてある程度得られるものです」
シャウはおもむろに服のポケットから金貨を一枚取り出して、器用に指の上で転がして見せた。
「なら、その力で魔王とか七帝器とかメレアの眼の情報とか取ってきなさいよ」
「ある程度、と言ったじゃないですか。――いえ、訂正します。金の力が極まっている状態なら、それもわけないです。つまりまだ、私の金の力が十分でない証拠。言い換えれば私はまだまだ高みに昇れる余地があるというわけです!」
「武芸者が言うならカッコ良い台詞だけど、あんたが言うとすべてが台無しになるわね」
リリウムはそう言いながらまた椅子に座り直した。
さらに指をぱちんと鳴らし、二体の〈命炎〉を呼び出す。
ボ、という燃焼音とともに現れた足の生えた〈命炎〉たちは、それぞれシャウとリリウムの前に歩み寄って、その場にちょこんと座った。
「で、今日あんたがここに来た本当の目的はなに?」
「親交を深め――」
「その金貨って〈命炎〉で溶ける?」
「実はですね、これからメレアが取るであろう方針にある程度の予想がついたので、先に相談でもしておこうかなぁと」
リリウムが指先に蝋燭の火のような〈命炎〉を灯したのを見て、シャウはぴしりと姿勢を正した。
「なるほどね。じゃあまずあんたの言う『メレアが取るであろう方針』の予想について先に聞くわ」
「俄然淡々として来ましたね」
シャウが芝居ぶって残念そうに肩をすくめる。
しかしそんなシャウもすぐにリリウムの問いに答えた。
「おそらく、メレアはアイオースへの遠征とサイサリスへの遠征も同時に行うつもりでしょう」
「そう判断した理由は?」
「あなたがアイオースへの遠征を提案したことが一点。そしてそのことに、ほかの魔王たちがおよそ賛成の意を――言葉ではありませんでしたが――表明していたのが二点」
「……」
リリウムはシャウの言葉に、小さく眉をひそめた。
「あたし、余計なことしたかしら」
「いえ、実際メレアの眼に起こった異変は気になります。加えて、今のうちにアイオースに行っておくというのも単純に魔王を探すという観点から十分に有りです。これ以上私たちが有名になると、アイオースへ潜伏するのも一苦労になりますから」
「そうかもしれないわね」
リリウムが小さくうなずいた。
「しかし、まだ理由はあります。――アイオースへ遠征するのは良いとしても、なぜメレアが魔王を分散させてまでサイサリスへの遠征を並行して行おうとするのか」
「そうね。そこがあんたの予想に対する反論になるわね」
「実は今から述べる理由の方が重要です」
シャウは言った。
「もう間もなく、サイサリスとの接触が行えなくなるかもしれないからです」
「どういう意味よ」
再び指の上で金貨をもてあそびはじめたシャウを見て、リリウムは怪訝な表情を浮かべた。
対するシャウは、そんなリリウムから視線を外し、自分の指の上でくるくると回る金貨を眺めながらなにげなく言う。
「もしかしたら、レミューゼ王国と〈三ツ国〉は、サイサリス教国を潰すかもしれません」
またどこかから得体の知れない情報を引き抜いてきた。
やはりこの男はどこか不敵だ。
リリウムは目の前の金の亡者が少しおそろしくなった。





