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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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15話 「その英雄という言葉には意味がない」

「〈白光砲〉!」


 メレアの手から黒光の砲撃が放たれた直後、眼下のムーゼッグ兵たちが編んだ術式陣から白光の砲撃が放たれた。

 黒白(こくびゃく)の砲撃は互いに激突態勢。

 軌道は同じく、穿(うが)つ先は互いの光。


 直撃。


 競り合い、霧散する。

 それは完全な相殺だった。


 複数人によって編まれた強大な術式砲撃が、たった一人に編まれた反転術式によって相殺される。

 ムーゼッグの術士たちにとっては、ただそれだけで戦意を折られかねないほどの事態だった。


「ば、馬鹿なっ……!」


 黒光と白光の相殺の直前までは、彼らもわずかな希望をもっていた。

 メレアの編んだ術式が見かけ倒しであるかもしれないという希望だ。

 たった一人で自分たちの連携術式並みの術式を編むのは無理だ。だからあれは見てくれが似ているだけの脆弱な術式だ。

 しかしメレアの放った黒光の砲撃は、そんなムーゼッグ術式兵たちの希望をも相殺していった。


「こ、こんな魔王聞いたことがないぞ!! おいッ! 〈剣帝〉は術士ではなかったはずだ! なぜこれほどの術を――」


 彼らが追っていたエルマは〈剣帝〉の号を持つ魔王。

 〈剣帝〉は魔剣によって術式を切り裂きはするが、決して個人で術式を編むタイプではなかった。

 しかし、目の前にいるのはあきらかにその前評判とは別の存在。


 ――こいつは魔神だ。


 彼らの脳裏に同じ言葉が(よぎ)った。


◆◆◆


 驚愕するムーゼッグ術式兵たちに向けて、メレアは声をあげた。

 それは、強く、よく響く声だった。

 

「なぜ攻撃する!!」


 魔王が狙われる理由には見当がついていた。

 フランダーにも聞いたし、天竜クルティスタにも世相の話を聞いていたからだ。

 だが、自分で確かめないことには真偽は決められない。

 思考を放棄するのは楽だが、それは愚者の行いだ。

 特に、こちら側の世界の情勢をなに一つ(みずか)らの目で見たことがないメレアは、自分で思考し、真偽を判断するということに関して、むしろ慎重すぎるくらいであった。


「なぜ警告もなしに術式砲を撃った!」


 メレアの声は本当によく響いた。

 空気を絶妙に揺らすようにして、よく通るのだ。

 それが〈楽王(ユルン=ユーラ)の声帯〉という英霊の因子によるものであることに、メレア以外は無論気づかない。


「そこに魔王がいるであろうと予想したからだ。魔王は人類の敵だろう? そんな敵に対して警告が必要か? 否、むしろ必要なのは先制の一撃だ」


 魔王が何であるかを言わない。

 魔王とはそういうものであると、相手の理解を見越して紡がれた言葉。


「……あえて訊く。その魔王の名は」

「〈剣帝〉エルイーザ家の魔王だ」

「その魔王はお前らになにをしたんだ」

「――なにも?」

「っ!」


 悪びれずに彼らは言った。

 彼らはメレアの抗議の意味を理解していた。

 なにを言おうとしているのかを、察していた。

 それを知っていて、わざとメレアをおちょくっていた。

 それが先ほどの術式砲の撃ち合いで折られかけた自尊心を支えるための、唯一の方法だった。


「今代のエルイーザ家の末裔は、我らムーゼッグ王国に対してはなにもしていない。かつてはもしかしたら傭兵として一度や二度、敵対したことはあったかもしれないが、それはそれで戦争だ。しかたのないことだろう」

「ならなんで……!」

「〈魔王〉だからだよ。〈剣帝〉だからだ。帝号を持つ魔王の力は、実に魅力的なのだ。特に剣帝の力はわかりやすい形になっている。――魔剣だ。あの魔剣を奪うためだ。そうすれば我らムーゼッグ王国はさらに強大になる」


 帝号。メレアの知らない言葉が飛んでくる。

 しかしメレアにとって大事なのはそこではない。

 どうして彼らがなにもしていない魔王を狙うのか。

 答えは出ている。

 出ているが――


「そこに少しでも忌避(きひ)の感情はあるのか……!」

「忌避? なにを忌避するというのか」

「そのやり方は賊のそれとなんら変わらないだろうに……!」

「魔王相手なら許される。魔王というのはそういうレッテルなのだ。特に今の時代はな」


 わざとらしく鼻で笑って、その術式兵は最後にこう付け加えた。


「我らは『英雄』なのだ。世のために魔王を討伐する――英雄なんだよ! ハハッ!」


 ――腐ってる。


 そんな言葉と共に、メレアの背にぞわりとした寒気が走った。

 それは(おび)えから来る寒気ではない。

 抑えがたい怒りから来る寒気だった。

 

 この魔王というシステムは腐っている。

 昔は暴君を抑止するシステムとして有用だったかもしれない。

 だが今は魔王というレッテルを盾にして、もっと残忍な者たちが、わがもの顔で暴力を尽くすための道具と化している。


 そして眼下のムーゼッグ兵も同じだ。

 彼らの言葉には迷いがない。

 本気でそう思っている者の目をしている。

 それが下劣(げれつ)なやり方であることをわかっていながら、都合がいいとしてそのまま利用している。


 ――腐ってる。


 メレアは心の中で二度繰り返した。

 少なくとも、眼下のムーゼッグという国の軍人はその看過(かんか)しがたい価値観の汚泥(おでい)にまみれている。


 メレアは判断する。

 そして決断する。

 今この場で、自分はこれ以上の力を振るうべきかどうか。

 振るうならば、何のために力を振るうべきか。


 眼下で嘲笑を浮かべるムーゼッグの術式兵たちを手伝うためか。

 魔王を討つという空虚な名目でいわれなき暴力を振るう彼らを手伝うためか。


 ――違う。


 なら自分は、魔王を(たす)けるために力を振るおう。


 ――何のために研鑽(けんさん)を積んだ。


 英霊たちの思いに応えるためだ。


 ――何のために(すべ)を学んだ。


 自分の守りたいと思ったものを守るためだ。


 ――あそこにいる者たちは本当に魔王を討つ『英雄』なのか。


 違う。

 彼らの語る『英雄』も、『魔王』と同じく空虚なレッテルだ。

 もはや『魔王を討つ英雄』という言葉には――


 ――意味がない。


◆◆◆


 ――なら俺は、〈魔王〉にとっての〈英雄〉を目指そう。


◆◆◆


 そこからのメレアの動きは淡々として素早かった。

 メレアの沈黙に気づいたムーゼッグの術式兵たちも、徐々に先ほどの驚愕から復帰して、冷静に作戦を立てはじめている。

 隊の長らしき人物が、ほかの術式兵に指示を飛ばしていた。


「――五十六」


 対するメレアは眼下の術式兵の総数を視界内で数えていた。

 すると横から、


「崖の下と、左右の断崖の奥、見えないところにあと十人、いるよ」


 リンドホルム霊山を二番目に訪れた小さな少女〈アイズ〉。

 抱きしめたら壊れてしまいそうな華奢な身体をした彼女が、メレアの隣から顔を出して、おずおずとしながらもハッキリとした言葉でそう言った。

 その銀色の瞳には不思議な術式紋様が浮かんでいて、まるで天から周辺一帯を見通して数えたかのような確信的な言葉が、なんらかの魔眼の力を根拠にしたものであることにメレアは気づいた。

 だから、メレアはそんな彼女に少し驚いたような表情を見せながらも、


「わかった。くわしく場所を教えてくれる?」

「う、うん!」


 少女にまっすぐ訊ねていた。


◆◆◆


 少女――〈アイズ〉には周囲の景色が俯瞰(ふかん)で見えていた。

 

 〈天魔の魔眼〉。


 『天に住む魔物の眼』と形容されるそれは、長距離の俯瞰遠視を可能にする。

 そのときの彼女には周囲のムーゼッグ術式兵の姿がありありと見えていた。


 ――右の崖の奥に三人、左に二人、崖の下に隠れているのが……五人。


「あの辺に三人で、左のあっちに二人。崖の下に五人、同じ間隔で並んでる……よ」

「わかった」


 アイズもまた先ほどのメレアの行動には驚いている。

 恐ろしいまでの術式能力。

 あんなに膨大な術式を、たった一人で、しかもあんな高速で編む者をかつて見たことがない。

 ムーゼッグの術式兵が五人で同じような術式を編んだのでさえ驚きなのに、それを一人でこなしてみせた。


 ――この人は、わたしの想像なんか追いつかないくらい、強い戦いの力を持っている。


 その彼が、また何かをしようとしている。

 どことなく彼に期待してしまうのは、きっと自分が『戦う力』を持っていないからだろう。

 自分にあるのはこうして周囲を盗み見る眼だけだ。

 頼りきってしまうのも情けない。

 だからせめて、少しでも彼の助けになればと、誰かの前で使うのを忌避していた〈天魔の魔眼〉を使った。


 ――こんなことで、償いにはならないけれど。


 許されるのであれば、願わせてほしい。

 この死地を、生きて抜ける道が開くことを。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしかして、めちゃくちゃ近くで術式編んでんの? 正確に話ができるくらいの距離にいるのに近接系の魔王はなにしてんの?
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