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百魔の主  作者: 葵大和
第十二幕 【動き出す者たち】(第三部)
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142話 「王と主」

 荘厳な内装の王城内を闊歩する。


 ――ここもずいぶんと騒がしくなったな。


 メレアの視界を多くの人々が横切る。

 書類の束を抱えて慌ただしく駆け回る文官。

 城内の警護を担当する鎧姿の軍人。

 高級そうな衣装に身を包んだ他国からの来訪者。

 自分たちがレミューゼに拠点を構えた当初からは考えられないほどの往来だった。


「負けてられない」


 メレアは嬉しげにぽつりとつぶやいて、またひとつ歩を進める。

 

 しばらくすると、王城の奥にある謁見の間にたどり着いた。

 大きな扉の横には、レミューゼ軍人が二人立っていて、メレアたちを見るやいなや深々とした一礼を見せる。


「お待ちしておりました、メレア様」

「このまま入っていいのかな」

「はい、大丈夫です。……今回の謁見は当初執務室で行う予定だったのですが、その――」


 ふと、一方の軍人がメレアの後ろで縄に縛られた状態のアーカムを見た。

 その視線の動きで、メレアも彼が言わんとすることを察する。


「部外者をハーシムの自室に連れて行くのはさすがにな」


 それも、賊だ。

 

「かえって気を遣わせちゃったみたいで悪い」


 メレアは苦笑して、一歩前へ出た。

 それに合わせて、門番の二人が扉を開ける。

 少々堅苦しい場所ではあるけれど、ハーシムとの久々の面会を前に、メレアの心は踊った。


◆◆◆


 大きな扉の向こうは、白い陽光に満たされていた。

 謁見の間は、部屋の壁のほとんどがガラス張りになっていて、王城の緑豊かな庭が一望できるようになっている。

 そのガラス窓から差しこむ光に目を細めながら、メレアは赤い絨毯の上をゆっくりと進んだ。


「遅かったな」


 すると、声が来た。

 

「俺は、お前ほど手際が良くないんだ」

「ハハ、嘘をつけ」


 メレアはにやりとした笑みを浮かべて、声の方へ視線を向けた。

 謁見の間の奥側。

 五段ほどの階段の上に、玉座がある。

 だが、声はそこから放たれたものではない。

 『上』からではなく、同じ高さから放たれたものだ。


「ともあれ、まずは無事に戻ってきたことを讃えよう。向こうではいろいろとあったらしいからな」


 そしてついに、メレアは陽光の中に人影を捉えた。


 軽装ながら、たしかな質の良さを感じさせる白銀の鎧。

 王らしい上質なマントが声を発するたびに小さく揺れている。

 明るい茶色の髪は最初に会ったときよりいくぶんか伸びていて――


「ヴァージリアでは助かった、ハーシム。お前が届けてくれた書簡が役に立ったよ」

「礼ならリリウムに言え。あいつが動かなければ何事もうまくはいかなかった。――まあ、これで多少は借りを返せたかもしれんがな」


 海青色(アクアブルー)の瞳は、悪戯げに、けれど強い意志をたたえて、輝いていた。


 ハーシム=クード=レミューゼ。


 その若年の王は、変わらずに魔王たちの友人であった。


「ほかの者も、無事でなによりだ」


 ハーシムはゆったりとした歩みでメレアたちに歩み寄る。

 魔王たちはハーシムに小さく頭を垂れて、それから楽しげに笑った。


「なんだ、しばらく見ぬ間に王らしくなったな」

「髪も、伸びた、ね」

「あれがレミューゼの新しい王か……」


 魔王たちからあがる声は、それぞれに感嘆や驚きを含んでいる。


「積もる話もあるだろう。というか、おれの方にある。なので、先に些事(さじ)をこなしてしまおうか」


 すると、メレアたちにあと五歩という距離にまで近づいたハーシムが、不意にメレアの後ろにいた〈黒鈴旅団〉団長、アーカム=シュトラウスを見た。


「アーカムと言ったか」

「はい」


 アーカムはハーシムの海青色の瞳を見上げ、次の瞬間――


「……『陛下』」


 何かを諦めたように力なく笑って、(こうべ)を垂れた。

 

「お前も、魔王を相手に略奪を働こうなどとずいぶんな冒険をしたものだ」

「やはり、この方たちは魔王なんですね」

「そうだ」


 ハーシムはうなずいて、ちらりとメレアを見てから続けた。


「――〈ザイナス戦役〉にて黒国の王子を撃退した、〈白神〉だ」

「白神……」

「もしくは、お前らのような立場の者には、〈魔神〉と言った方が通じるか」

「ああ……噂は、かねがね」


 今度はアーカムがメレアのことを見上げて、また諦観したように笑う。


「〈魔神〉と知っていたら、お前らは略奪を働かなかったか?」


 ハーシムがアーカムに素直な疑問調で訊ねた。


「……いえ、どうでしょうかね。知っていても、そのまま突っ込んだかもしれません」

(かな)うと思ってか?」

「半分ほどは。……まともに戦うことなど、基本的に私たちはしないものですから。ただ盗むのであれば、可能と判断したかもしれません」

「では、もう半分は?」

「状況の、切迫具合から」

「ほう」


 ハーシムは興味深そうに目を丸くする。

 対するアーカムは、(せき)を切ったように話しはじめた。


「近頃の東大陸は、私たちのような賊にとって住みにくい土地になりました。一に、レミューゼ王国領内の警備が厳重になった。あなたの功績です、陛下」

「ふむ」


 ハーシムが顎に手をやって思案気なまま小さくうなずく。


「二に、レミューゼより西の領域では、〈ムーゼッグ王国〉の眼が厳しい。ムーゼッグは一国家ではありますが、その内面は私たちに近い。……奪い、盗み、すべてを己が物にする。つまるところ、『競合』するわけです。そしてあの黒国と競合したとき、私たちのような脆弱な賊は瞬く間に食い殺されます」

「だろうな」


 ハーシムは真顔で答えた。


「なので私たちは、一度別の大陸で生計を立てるために、『南大陸』へと進出しました」

「近頃お前たちの姿を見なかったのはそういう理由(わけ)か」

「はい」


 ハーシムが腕を組んでうなる。

 また、南大陸という単語に、横でメレアが眉をあげて反応していた。


「ですが、南大陸もまた情勢がよくありませんでした」

「……〈サイサリス教国〉か」

「さすが、お詳しい」

「別大陸とはいえ、近いからな、サイサリスは。それに――」


 ハーシムはまたメレアをちらと見る。

 メレアもまたハーシムと視線を合わせていた。


「いろいろあったのだ。――しかし、なるほど。それでまた東大陸に戻ってきたと」

「はい」

大方(おおかた)の成り行きは把握した」


 ハーシムが鼻で息を吐いて、人心地(ひとごこち)ついた。


「――で、だ」


 話を戻すようにハーシムが放った言葉に、アーカムの身体がびくりと震えたのを、メレアは視界の端に捉える。


「時間がないのでこの場で貴様らに罪状を言い渡す。刑についてもだ」

「……はい」


 アーカムは目を伏せ、まるで何かに謝るように、いっそう深々と頭を垂れた。


「度重なるレミューゼ領内での窃盗。加え、民に害をなしたこともある。奇跡的に死者は出ていないが――」


 レミューゼ側からその確認が取れたことに、アーカムはわずかな安堵を得ていた。

 しかしそれは、自分の刑が軽くなるだろうという予測からの安堵ではない。

 殺しだけはしないという、自分たちのなけなしの矜持が、ぎりぎりのところで守られていたことに対する安堵だった。


 ――あとはもう、極刑でも構わない。


 アーカムはこの生業(なりわい)に疲れていた。


「レミューゼ王国に仇なしたというのは事実だ。そこで、貴様らには――」


 アーカムは努めて平静を装う。

 次に出てくる言葉に備えた。


「十年間の、〈魔王連合(メア=ネサイア)〉での勤労を命ずる」

「…………は?」


 アーカムは何を言われたかすぐには理解できなかった。

 思わず不審な顔でハーシムを見上げてしまう。

 対するハーシムは悪戯っぽく笑っていた。


「せいぜい励めよ。――貴様は理解していないかもしれないが、おそらくこの刑は死ぬよりも重いものだ。これから貴様らは、おそろしく激務な地に送られることになる。『あのとき死んだ方がマシだった』と後悔しながら、生きるがいい」

「お、畏れながら、もう一度お聞かせください。……勤労、ですか?」

「そうだ。まあ、内容はよく知らん。おれよりこの魔王たちの方がよく知っている」


 ハーシムがメレアを親指で()して言った。


「それと、十年間の勤労を命じた以上、途中で命を絶つことも許さん。なにがなんでも十年間は生きて役に立て。それ以降は好きにしろ」


 そう言ってハーシムは、話は終わりだとでも言わんばかりに踵を返した。


「十年もしたあとには、このレミューゼも今以上に大きくなっている。その領内で略奪行為などおそろしくてできないほどには、大きくなってみせよう」


 大言も大言だ。

 たった十年で何ができる。

 そう言いたくもなったアーカムだったが、なぜかハーシムの言葉には信じたくなるような力があった。


「ああ、それと」


 ふと、ハーシムがアーカムに背中を向けたままで思い出したように付け加える。


「北西の〈クシャナ王国〉との国境線にあった〈ルーイット孤児院〉は、王城近くの空家に移した。前王の崩御に際して、口先ばかりがうまい貴族どもが(のき)並みレミューゼを出て行ったからな。意外と王城周辺は()いてるんだ」

「な、なぜ、ルーイット孤児院の名を」

「あの孤児院は優秀な人材をよく輩出すると部下から知らせを受けたのだ。たしか貴様も、ルーイット孤児院の出身だったな。――ともかく、北西の国境線沿いはムーゼッグとの距離も近い。そんな危うい位置に人材の宝庫を置いておくのは忍びなくてな」

「そう、ですか」

「本当にそれだけだ。では、下がれ、貴様にもう話はない。あとはそこの魔王たちの命令に従え。逆らいたければ逆らってもいいが、そこの魔王たちはレミューゼ王国と同盟を結んでいる。〈魔王連合〉に逆らうこととレミューゼに逆らうことは同義だということを忘れるな」


 そう言ってハーシムは一度玉座の前に戻る。

 慣れた動作でその輝かしい椅子に座り込むと、片手を振ってアーカムに『去れ』と伝えた。

 すると、今度はメレアがアーカムの方を向いて声をあげる。

 

「縄は解いておく。――エルマ、シラディス、ついでにアーカムを連れて行ってくれ」

「わかった」


 メレアの言葉を聞いて、エルマが魔剣を抜こうとした。

 しかし、アーカムを縛っていた縄は、メレアが軽く振った手刀で先に切断される。

 いともたやすく行われたその切断に、もはやアーカムは驚きさえしなかった。

 今自分の隣にいるのが、自分の常識では計り知れない怪物なのだと、ようやくはっきりと認識できた気がした。


「よし、なら私たちは先に外で待っている。ジュリアナとザラス、アルターは、ハーシムに顔を通したあと外に出て来てくれ。星樹城まで案内しよう」


 そう言って、エルマがアーカムを連れて行く。

 シラディスとアイズもそれに続いて、先に謁見の間を出て行った。


◆◆◆


「さて、新顔だな。ヴァージリアには三人も魔王がいたか」


 エルマたちが出て行ったのを確認したあと、ハーシムが面白がるように言った。


「正確には二人だ」

「なるほど。――くわしく聞こう。さっきも言ったとおり、おれからもお前に伝えることが山ほどある」


 ハーシムはそこでようやく玉座から立ち上がり、再度階段を下りはじめた。


「まったく、王になってからというもの、形式ばかり気にかけることが増えた」


 そう言って伸びをしながら下りてくるハーシムからは、さきほどまでの泰然とした雰囲気が消えている。


「よく似合ってるよ」

「ヴァージリアで下手な皮肉の練習をたいそう積んできたものと見える。芸術の街も存外俗っぽかったようだな」

「俗だったことを否定はしないが、皮肉は元からだ」

「より残念だ」

「お前が言うな」


 と、メレアが顔に笑みを浮かべながら玉座の方向へ歩み寄り、ハーシムを迎えた。

 二人は互いにあと一歩という距離にまで近づいて――同時に手を差し出す。


「よく無事で戻った、メレア」

「お前もな、ハーシム」


 二人は互いに差し出した手を取り合って、柔らかい笑みのまま握手をする。

 そのときの二人は、一国の王と魔王の主というより、どこにでもいる、友人同士のようだった。



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