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百魔の主  作者: 葵大和
第十二幕 【動き出す者たち】(第三部)
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138話 「術機の可能性」

 〈光魔〉ザラス=ミナイラスと、その弟アルター=ミナイラスは、馬を並べながら口喧嘩をしていた。


「アルター! 昨日の夕飯のとき、あたしのデザート食っただろ」

「食ってないよ姉ちゃん! 俺じゃなくてメレアさんだよ!」

「あ? 嘘つけ、メレアはあの時点ですでに三つも人のデザート食ってたぞ。まさか四つも取らねえだろ」

「違うよ姉ちゃん! メレアさんはデザートに関してはあの双子以上にどん欲だよ! 『昔甘いものなんてめったに食べれなかったから』って言ってた! 口の中にタルト=モンブラン四つ詰め込みながら言ってた!」

「――そうか。でも仮に犯人がメレアであっても、責任はお前がかぶれ」

「なにそれ怖い! 姉ちゃん最近メレアさんに甘すぎない!?」


 ザラスがごみを見るような目でアルターを見、アルターはそのザラスの顔を下からうかがうように見ていた。


「はあ。昨日で製菓都市のデザートは最後だったのに」

「だから俺じゃないって……」

「はあ……」

「わかりました……あとでシャウさんに自腹切って代用品を用意してもらいます……」

「よろしい。あたしは物わかりの良い弟を持てて幸せだ」

「うう……」


 アルターが恨めし気な様子で後方のメレアを見やる。

 メレアはそのアルターの視線に気づいて、へたくそな口笛を吹いていた。


「あの人戦ってるとき以外は子どもそのものだよ……。俺よりも年上なのに」

「メレアはあれでいいんだよ」

「やっぱり姉ちゃんはメレアさんに甘いよ……。最初はあんなにつっけんどんだったのに。もしかして惚れてるの?」

「っ!? 次言ったらぶっ飛ばす……!」


 ザラスはアルターの言葉に一瞬で顔を真っ赤にした。

 

「そういうことね……。でも姉ちゃん、覚悟したほうがいいよ」

「だから、(ちげ)えって」


 アルターはザラスの声を無視して、再び後方を見やる。

 エルマ、マリーザ、アイズ、ジュリアナと順番に眺めていって、最後に再びザラスを見た。

 ため息がこぼれる。


「相手が悪すぎる。しかも聞いたところによれば、魔王城――じゃない、星樹城にもまだ綺麗な女の人がいるって言ってたし」

「う、うるせえ。女は気立てだろ」

「その気立ても良いから困るんだよ」


 「部分的におかしいところがある人も多いけど」と付け加えて、アルターはやれやれと首を振った。


「まあいいや。メレアさんたちが呼んでるから、ちょっと馬を下げよう」

「……ああ」

「どうしたの?」


 どこかはっきりとしない答えに、アルターは首をかしげる。


「な、なあ、アルター」

「なに?」

「まだあたしの顔、赤くないか」

「ぷっ」


 顔を真っ赤にしながら訊ねてきたザラスに、アルターは思わず噴出した。


「なっ! なんで笑うんだよてめえ!」

「い、いや、今まで身なりなんかに気を使わなかった姉ちゃんが、まさか顔の赤さを気にするなんて、おかしくて――」


 直後、アルターの馬に自分の馬を横付けしたザラスが、彼の頭を引っぱたいた。


「いたっ!」

「殴るぞ!」

「殴ってから言わないでよ!」


 アルターが涙目になりながら頭をさする。


「はあ。でも、いいと思うよ、姉ちゃん。姉ちゃんがこういうふうなことを気にすることができるようになったのは、メレアさんが俺たちのことを救ってくれたからだね」

「なんだよ、急に改まって」

「俺は嬉しいんだよ。だから応援するよ、姉ちゃん。大丈夫、姉ちゃんも素はかなりいいからね。言葉遣いとかは直すのに結構時間かかるだろうけど」

「そ、そうかよ」


 ザラスは弟の率直なほめ言葉に、まんざらでもなさそうに答えた。気恥ずかしさはあるようで、顔をそむけながらではあるが。


「だから、俺はこういう環境に俺たちを引っ張り上げてくれたメレアさんの役に立とうと思う。姉ちゃんは心配するかもしれないけど、俺は〈(エメリー)〉に入るよ」

「ならあたしも――」

「姉ちゃんは〈知識(ラズラス)〉が良いと思う」


 アルターは珍しく強い語調でザラスの言葉を遮った。


「姉ちゃん、粗雑そうに見えて頭はいいし、きっと合ってるよ」

「でも、あたしはお前の近くにいたほうが……。〈光魔回路〉でお前の術機に術素を補給する必要もある」

「いや、術素は〈魔石〉があるから大丈夫。もし姉ちゃんが〈光魔回路〉を使いたいっていうなら、それも〈知識〉の方で活用してよ。俺用の術機の開発とかでもいいよ。――あ、それいいな。メレアさんも術機についてはもう少し〈魔王連合〉でも関わっていきたいって言ってたから、そういう新しい班を作ってもらってもいい」

「お前、どうしてもあたしを前線に立たせたくないんだな」

「そうだよ」


 アルターは間髪入れずに答えた。

 隠しもせず、まっすぐに。


「俺は姉ちゃんを前線に立たせたくない。それに、この際はっきり言えば、戦いの力量的にも姉ちゃんは前にいないほうがいい。――邪魔になる」


 アルターは言葉を濁さない。

 アルターには天性の戦闘勘があった。

 それはメレアも認めるほどである。

 ゆえに、ザラスが〈剣〉の中にいられるほどの戦闘者ではないことも、感覚的にわかっていた。


「あんたはときどきあたし以上にはっきりものを言うな」

「この点に気づかいなんていらないから。戦いにおける気づかいは人を殺す。だから俺は、いつだってはっきり言うよ」

「……わかったよ」


 ついにザラスが折れる。

 こういうときの言い合いでは、ザラスはアルターに勝ったことがなかった。

 

◆◆◆


 その後、メレアはアルターからの進言を受けて、ザラスを〈知識〉に、アルターを〈剣〉に入れることを承諾した。


「術機の開発っていうのもおもしろい話だな」


 加えて、アルターが言葉の端に乗せたもう一つの案にも、メレアは興味深そうに目を見開く。


「今まで身内に術機を使うタイプがいなかったから、特に深く考えもしなかった」


 決して術機についてまったく考えていなかったわけではない。

 メレアはかのムーゼッグとの決戦で、ムーラン=キール=クシャナが率いるクシャナ王国が使った術機大砲の強さを目の当たりにしている。

 そのときに、いずれ術機に関しても情報を集める必要はあるだろうと思ってはいた。


 ――あれが量産されると、戦の形が変わるかもしれない。


 術機は使用者の術式的素養を無視し、術式を発動させる。

 隆盛してきたのは最近。

 おそらく、


 ――戦乱がそういった技術を猛烈な速度で発展させている。


 皮肉なものだと思いつつも、メレアはそれに一定の納得もおいていた。

 また、メレアはあの術機大砲を、ムーランに見せてもらったことがある。

 なめらかに研磨された金属の砲塔。

 複雑な機構が組まれた台座。

 そしてなにより、台座の中の金属板に刻み込まれた膨大な数の術式。


 ――〈刻印式〉。


 物に術式を刻み付ける手法は、普通に術式を編むのとは少し違う才能を要した。

 そのため、誰しもが行えるものではないが、近頃では術式灯のように、日常生活にも簡単な術式道具が使われることも多くなってきている。刻印術師の数が年々増えているらしい。


「術機は革命的だ。術式を使えないものにも術式を使わせることができる。これが発展すれば、人の暮らしは豊かになるだろう」


 ふと、メレアの横に馬をつけていたエルマが言った。

 メレアはその言葉にうなずきを返す。


「そして同時に、戦の多用化と大規模化にも、繋がってしまうのだ」


 続けてエルマが重く発した言葉に、メレアはフランダーの言葉を重ねていた。

 『術式は戦争の大規模化にひどく貢献してしまっている』

 術機の発展は、いわばそれと同じ図式だ。


「まあ、まだ燃料が必要な分マシかもしれないけれど」


 そう言ったところで、またメレアは考え直した。


 ――燃料が必要なことは、かえって戦争を助長させているのではないだろうか。


 燃料をめぐった戦争が起こるではないか。


「――どっちもどっちだな」


 燃料が必要ない術機が生まれれば、扱える術機の数が増え、『戦場がより苛烈になる』。

 燃料が必要な術機が残れば、その燃料の奪い合いが起こり、『戦場の数が増える』。


「そうだな。まあ、術機の行く先に関しては、私たちが心配したところでそう簡単には変わらん。今はまだ、大きな術機を使うために外部から燃料を取り入れる必要があるらしいということで納得しておくしかない」


 エルマが言った。


「うん。――リリウムの話では、膨大な術素を物に長期間込めておく理論が確立されていないんだったよね」


 術式灯などの簡単なものだと案外うまくいくらしいが、戦略術機のような複雑なものになってくると話が変わってくる。


「あと、複雑なものだと刻み込まれた物の方が『持たない』ともいっていたな」


 あまりにも多くの術式を物に刻む込むと、刻み込まれた側の物質が『自壊』することがあるらしいのだ。


「リリウム曰く、『事象の相反効果』やら、『摂理の反転』だとか。なにやら難しいことを言っていた」


 続くエルマの言葉に、メレアは思わず苦笑を浮かべる。

 リリウムは人にものを説明するのがうまいが、ときどきその知識自体に常人ではついていけないこともあった。


「だから、鉱物にかぎらず、そういう術式刻印に耐えうる素材も術機では重要らしい」

「難しいな。まあ、ひとまずは、基本的に燃料となる魔石が貴重だってことで置いておこう」


 メレアは言いながら、ふと視界の奥で森が途切れているのを見た。

 林道の終わりだ。

 

「そろそろレミューゼだね」

「ああ。――何か変わっているのかな」


 エルマの少し不安げな声を聞いて、メレアは改めて気を引き締めた。



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