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百魔の主  作者: 葵大和
第十二幕 【動き出す者たち】(第三部)
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137話 「いたってまともな金の亡者」

「思ったより遅くなっちまったな」

「そうですね」

「誰のせいだろうな」

「さあ?」

「なんか、買い物にやたらと時間を使った気がするんだ」

「あなたが〈製菓都市タルト〉で飴なんか買い込んでるからじゃないですか?」

「てめえが交易品を買い占めてたからだろッ!!」


 レミューゼ南東の緑豊かな森林区域。

 星樹にも似た木が数多く生えるその森の行商街道を、とある一行が列をなして歩いていた。


「だって! せっかくノエルがいるんですからこの機に金の(もと)を運ばないともったいないじゃないですかっ! タルトの高級砂糖は南大陸でものすごく高く売れるんですよ!?」

「だからってノエルが走れなくなるまで買うかよ!? ノエルが重みで跳べなくなるとか初めて見たわッ!!」


 一行の中心にいるのは世にも珍しい黒鱗の地竜である。背中に亜麻の袋をいくつも背負い、竜用にあつらえたかのような巨大な装具にも同じく大小さまざまな袋がくくり付けられている。


「ああーっ……! こいつマジで金が絡むと加減なくなるわぁ……! 狂人とか生ぬるい形容だわぁ……!」

「失敬ですね! 私はいたってまともですよ! ――まともに金の亡者ですッ!!」

「誰かとんかちもってこい! こいつの頭かち割ろうぜ! たぶん中から金が出てくる」

「よくわかりましたね!! フハッ!」


 地竜の傍らで言い合いをするのは〈拳帝〉サルマーンと〈錬金王〉シャウだった。

 一行とはまさに、芸術都市ヴァージリアからレミューゼへの帰路についている魔王たちのことである。


 ノエルを中心に、ぱらぱらと周囲を囲む魔王たちは、レミューゼへ直接繋がる行商街道に差しかかる前に、〈製菓都市タルト〉という街へ寄り道した。

 ばたばたとした出発でヴァージリアに置いてきてしまった馬と、旅路の食糧を再度調達するためである。

 製菓都市タルトで購入した馬は、ヴァージリアへの行きに使った駿馬とは違い、身体が太く、物を運ぶことに適した体格を持っていた。


「馬にまでがっつり交易品積んじまってよ。おかげで予定より三日は行程が長引いた」

「三日なんて誤差ですよ、誤差。この交易品をさばくことで得られる金の量に比べたら、微々たるものです。私の中の『金時間換算機』で計算しても、あきらかにプラスです」

「気味の悪い計算すんなよ。金と時間は等価じゃねえだろ」

「そうです。年齢、地位、持病、性格、個人の環境によって比率は変わります。――全部考慮済みです」

「うわぁ……、思ったより緻密(ちみつ)でうわぁ……」


 と、サルマーンが露骨に引く表情を見せていると、不意に二人の後方から暴風が吹き荒れた。


「のわっ! ――メレアッ! こんな近い場所で〈黒風〉の練習はやめろ!! 暴発すると荷物が吹っ飛ぶ!」

「あ、ごめん。もうちょっとでできそうだったから、つい」


 サルマーンが後方を振り返ると、馬上で掌に黒い風を渦巻かせているメレアの姿があった。

 胸の辺りで軽く開いている手の上には、複雑な術式陣が展開されている。


「くっそー、ヴァージリアで風神掌を使ったときに何かつかみかけたんだけどなぁ」

「帰ってからやれよ……どいつもこいつも自由過ぎるだろ……」

「俺の頭の出来を考えると一刻を争うと見た! 帰ってからだと全部忘れてそうだし!」

「おめえ自分で言ってて虚しくねえのか」


 力強い仕草でグっと親指をあげて見せるメレアに、サルマーンは眉間を摘まんで言葉を返す。


「はあ……。リリウムがいねえといつも以上に疲れんな……」

「お疲れさまです」


 わざとらしく悪戯気な笑みを浮かべたシャウの頭にサルマーンが飴玉の袋を投げたあたりで、一旦その場は落ち着いた。


◆◆◆


「さて、お前らの自由加減はともかくとして、そろそろ帰ってからのことも考えなけりゃならねえな」


 サルマーンが大きなため息をついたあとに、真面目な顔で言った。


「今回、三人の仲間が加わったわけだが――」


 サルマーンが再び後ろを振り向くと、その視界に水色髪の美女が映る。

 〈魅魔〉ジュリアナ=ヴェ=ローナである。

 ジュリアナはサルマーンの視線に気づいて、にこりと柔らかな笑みを見せた。


「私、なんでもしますよ」

「ハハ、心意気は買う。でも『なんでも』はやめとけ。そこの金の亡者がマジで無理難題吹っかけてくるからな」

「失敬ですね! 私そこまで悪魔じゃないです!」


 シャウが抗議の声をあげるが、その直後にサルマーンとシャウの声が重なった。


「金が絡まなければ」


 サルマーンが「ほらな」と言わんばかりに肩をすくめた。


「ってことだ。覚えておくといい。もちろん冗談だとは思うが、万が一ってことがあるからな」

「ふふ、わかりました」


 ジュリアナはサルマーンとシャウのやり取りを見て楽しげに笑った。


「しかし、本当に私はそれくらいなんともないです。ですので、〈魔王連合〉で良いように使ってください」


 すると、ジュリアナはメレアの方を見た。

 当のメレアはまだ片手に術式陣を展開させていて、気難しい表情を浮かべている。


「メレア」

「ん? んあっ!」

 サルマーンの声にようやく反応したメレアは、その声で集中が切れたらしく、手の中に渦巻いていた黒い風を暴発させた。


「あー……」

「『あー……』じゃねえ。で、お前はどうするつもりなんだ。ジュリアナたちの配属だが」


 残念そうなメレアをよそに、サルマーンが訊ねた。

 メレアはそのあたりでようやく襟を正して、視線をあげる。


「そうだなぁ。ジュリアナは――」


 メレアはジュリアナの宝石のような瞳を見据えて、やや間を置いた。


「〈知識(ラズラス)〉か、〈財布(リスタール)〉かな」

「やっぱ〈(エメリー)〉はなしか」

「うん」

「〈剣〉というのは?」


 ジュリアナは二人の会話に首をかしげる。


「簡単に言えば、対外的な戦闘班だ。ここにいる面子だと、俺、エルマ、シラディス、あと一応メレアとマリーザもその枠だな」

「一応?」

「メレアは全部のトップだ。だからその枠の限りじゃない。マリーザはそのメレアとアイズの護衛ってポジションがあるから、同じくちょっと特殊だな」

「なるほど」


 ジュリアナが納得したようにうなずく。


「で、〈知識〉ってのが情報収集班。一部外に出向くやつもいるが、今のところはレミューゼ国内で蔵書の選定やら読解やらが主な任務。魔王の情報やら、七帝器の情報やらを集めてる。アイズは〈知識〉に属してる」


 それで、とサルマーンが続けた。


「〈財布〉はわかりやすいな。金の亡者を見てればわかるだろうが、資金調達班だ。何をするにも金は必要でな。俺たちはレミューゼの国内に拠点を構えてはいるが、実質的には国家から独立してる組織だ。だから、レミューゼもあくまで取引相手。貸し借りの概念がある」

「なるほど。たしかに、そちらのほうがいいかもしれませんね」

「いろいろあるからな、俺たちにも、ハーシムたちにも。これくらいの距離感がちょうどいいんだ」


 サルマーンは再び話を戻した。


「どれかって言ったらジュリアナは〈知識〉のがいいか。一番危険が少ないしな」


 サルマーンの言葉を聞いて、ジュリアナはややムっとした表情を浮かべる。


「多少は危険でも大丈夫ですよ? 気を使ってくださるのはありがたいのですが――」


 すると、そこでシャウが口を挟んだ。


「良い心意気です! ではサルくん! ジュリアナ嬢は私のところで預かりましょう!」


 シャウの顔は気持ち悪いくらいに晴れやかだった。

 サルマーンとメレアはそのシャウの表情を見て顔を見合わせる。


「どう思う、メレア」

「間違いなく悪だくみしてる」

「だよな」

「たぶんジュリアナの魔眼を使ってあくどい商談を――」

「そんなことしませんよぉ。商談は商談で別です。そもそも私に魔眼なんて必要ありません。私の口八丁がありますからね!」

「じゃあどんなあくどいことに使うんだよ」

「基本的にあなたたち、私がジュリアナ嬢の能力をあくどいことに使う前提ですね……」


 シャウがわざとらしく傷ついたジェスチャーを見せた。


「『商談』に使うのではありません。『商売』に使うのです。それも、魔眼ではなく彼女の研鑽のたまものである役者としての力の方を」

「あれ、結構まともな答えだ」


 メレアが意外そうに目を丸くした。


「私だって多少は考えますよ。ジュリアナ嬢の魔眼はここぞというときに使えばいい。もちろん彼女の意志があるという前提ですが」

「うん。そこはちゃんとしなきゃならない」


 ジュリアナの意志に反して魔眼を使わせるのは論外である。

 魔王たちの中でそのことを理解していない者はいない。


「ジュリアナはどう?」

「え? そ、そうですね。役者としての仕事を与えてもらえるのはとても嬉しいですし、光栄ですが、本当にそれだけでいいのですか?」

「いいんだよ」


 メレアがまじめな表情で答えた。


「むしろ、十分すぎる。今回のヴァージリアへの遠征でわかったことだけど、やっぱり金は思った以上に必要だ。これからもっと遠くに出なければならなくなると、もっと必要になってくる。世知辛いことだけど」


 メレアが苦笑して肩をすくめた。


「シャウはジュリアナの劇をレミューゼで開いて、商売をしようっていうんだろう?」

「そのとおり。レミューゼも活気づきます。ジュリアナ嬢の劇を見に他方から人が流入してくれば、結果的にレミューゼに金が落ちることになります。劇だけを見に来るという人間も少ないでしょうから」

「少なからず飲食店とかにもお金は入りそうだね」

「ハーシム陛下にも恩を売れるというわけです」


 抜かりないな、とまたメレアが苦笑した。


「じゃあ、十分だ」

「私、多少ならほかの都市の劇団にも伝手がありますから、そのあたりも頼ってみましょう。劇は一人では開けませんからね。――ジュリアナ嬢なら一人でも人を呼び込めるかもしれませんが」


 そこまで話すと、ジュリアナもついにうなずきを見せた。


「わかりました。それでいいなら、ぜひやらせてください」

「恩に着るよ。じゃあ、ジュリアナはひとまず〈財布(リスタール)〉所属で」


 メレアがまとめ、ジュリアナの配属の話は終息した。


「あとは、ザラス嬢とアルターくんですね」


 魔王たちの視線は、集団の前の方を走る黄色い髪の女と、その隣でぺこぺこしている少年の方に向いた。



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