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百魔の主  作者: 葵大和
第十二幕 【動き出す者たち】(第三部)
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136話 「大星樹上の昼寝人」

「なあ、ララ」

「なによ」

「リリウム様、嬉しそうだったな」


 蔵書室を出た〈術王〉サーヴィスは、自分の半歩ほど後ろを走る〈陽神〉ララに言った。


「……そうね。疲れてるのも確かだけど、嬉しそうだったわね」


 星樹城の廊下を正門に向かって走りながら、ララが答える。


「メレア様が帰ってくるってなると、みんな嬉しそうな顔をするな」

「あたしたちも含めてね」

「うん」


 階段の段差を一個飛ばしで駆け下りながら、サーヴィスが嬉しげに言う。


「そういえばあいつは?」

「あいつ? ――ああ、カルトのこと」


 一階へ降り、刺々しい黒と紫の内装に包まれた大広間へ踏み入りながら、ララが怪訝な表情で答えた。


「カルトならいつも通り大星樹の上の方にいるんじゃない」

「あいつあそこ好きだよなぁ。落ちたら間違いなく死ぬ高さなのに。俺はおっかなくてあんなところで昼寝なんてできないね」

「あたしも同感だけど、あいつは変人だからね」

「俺、使う術式系がメレア様に似てるから二世だとか跡継ぎだとか言われるけど、なんか雰囲気とか性格とかはあいつの方がメレア様に似てる気がするんだよな」

「ちょっと、前半部分都合良く解釈し過ぎ。二世だとか跡継ぎだとか」


 ようやくたどり着いた星樹城の正門をくぐり抜けながら、ララが不機嫌そうに言った。


「でも、あんたにしては珍しく褒めてる方ね。てっきり『俺の方がメレア様に近い!』とか言うと思った」

「総合したら俺のが近いよ?」

「そこは譲らないのね……」

「当たり前だろ。俺はあいつには負けられない。ただ、部分的にはあいつも似てるって思うってだけだ」


 サーヴィスは「にしし」と得意げに笑って、右に大きく転回した。大星樹の裏庭へ回るルートだ。

 ララはその動きに追従しながら、大きくため息をついた。


「まあ、言わんとすることはわかるから、ひとまずそれで納得しておく。――じゃあ、今日も大星樹の上でのんびり昼寝をしているカルトを連れて、東門の方へ直行?」

「そうだな。ヴァージリアから帰ってくるなら、到着は東門だろう。――その方向で」


 サーヴィスが振り向かずにうなずき、足を速めた。

 裏庭へたどり着いた二人の目の前に、天を貫かんとそびえる大星樹の太い根っこが、悠然とたたずんでいた。


◆◆◆


 少年と少女が大星樹の根っこをよじ登りはじめたころ、もう一人の少年がその中腹の枝の上で寝転がっていた。

 中腹とは言いつつも、その高さはすでに星樹城の天辺より高い。

 眼下に見える街の人影など、もはや点のようにしか見えない高さだ。


「アハハ、君たちは本当に楽しそうに話をするね」


 少年は大星樹の巨大な葉の影に寝そべりながら、楽しげに笑い声をあげていた。

 声はやや高く、少年独特の細い美しさをたたえている。


「え? 僕? ――僕は君たちみたいに物知りじゃないから、そんなにうまく喋れないよ」


 その少年の周りには、『光』が浮いていた。

 大星樹が常時放出している青や緑の光の粒とはまた違うものだ。

 大星樹の光よりも一回り大きく、またそれは上に昇るばかりではなく自在に少年の周りを飛び回っていた。


「そろそろサーヴィスたちが来るんだね。わかった、僕も降りる準備をしよう」


 少年はボロのローブを羽織っていて、身なりはさほど綺麗ではない。

 一見するとスラム街に住む貧困な少年のようにも見える。


「え? 着替えなくていいのかだって? 君たちそんなことまで気にするようになったのか。僕以上に人間の文化に馴染んでる気がするなぁ」


 しかし、ぶかぶかのフードの隙間からはみ出ている薄紫の髪は、宝石で出来た糸のごとく美しい輝きを放っていた。


「着替えなくもいいんだよ。このローブはメレアがもう少し小さいときに着ていたローブだから。シャウの友達がリンドホルム霊山の様子を見に行ったときに、拾ってきてくれたものなんだ。僕はこのローブがとても好きだ」


 少年はローブの袖をいつくしむように撫でて、誰かに言った。


「サーヴィスに何度か『よこせー!』って言われたけど、サーヴィスは実際には着ないでコレクションするだけだろうから、これは僕が持っていた方が良い。――え? サーヴィスに対抗心を燃やしてるのかって? アハハ、そうとも言うね」


 そのとき上空に涼しげな風が吹いて、少年が目深にかぶっていたフードを揺らした。

 フードは風にあおられるままにぱさりと彼の後頭部に落ち、その相貌が露わになる。


「加えて言うなら、顔も僕の方がメレアに似てる」


 少年は中性的な美貌に、気の抜けたような笑みを浮かべていた。


「髪が白かったら、もっとだね。今度雪の精霊にお願いしてみようか」


 少年は無邪気そうに笑いながら、誰かに言った。


◆◆◆


 ほどなくして、少年のもとにサーヴィスとララがやってくる。


「くぉらっ! お前日に日に昼寝する位置が高くなってきてるぞっ! ――やめろよっ! マジ怖いんだけどっ!?」


 サーヴィスが大星樹の巨大な枝の付け根から四つん這いになった状態で叫んだ。あまりの高さに二足での直立を維持できなかったようだ。


「怖いなら登ってこなければいいのに。サーヴィスは馬鹿だなぁ」

「お前に馬鹿とか言われたくないわっ!」


 少年はサーヴィスの方を振り返りながら、眉尻を下げた笑みを見せる。


「いいから早く下に降りるぞ! 〈カルト〉!」

「いいけど、すぐに降りられる?」

「無理だ! あと五分くらいないと気持ちを落ち着けられないっ!」

「言ってることが二秒で矛盾したね」


 少年――カルトは苦笑しながら立ち上がった。


「じゃあ五分くらいここで待とっか。メレアが来るまでにまだもう少し時間が掛かるから」


 カルトは一歩二歩とサーヴィスたちの方へ歩み寄りながら、そう言う。


「なによ、あんたいつメレア様が帰ってくるか正確にわかるの?」


 すると、二人のやり取りを静観していたララが横から訊ねる。

 ララはサーヴィスと違ってこの高さにも動じていない様子だった。


「もちろん。メレアは精霊たちに好かれているからね。彼らに訊けば大体の位置がわかる」

「ホントなんなのよ、その精霊って。いつもあんたの周りを漂ってるいろんな色の光のことなんだろうけど、声なんか一度だって聞こえたことないわよ」

「声を聞くにはいろいろと手続きが必要だからね。素養の関係もある。ララは勝ち気だから、精霊たちと話すには少し時間が掛かるかな」


 カルトは二人の目の前にまでやってくると、再び大星樹の枝の上に座り込んだ。

 どこからか取り出した細い木の枝で四つん這いになっているサーヴィスの背中をつんつんと(つつ)きつつ、カルトは話を続ける。


「精霊たちは気の強い人間が苦手なんだよ。決して嫌いってわけじゃないけど、その気の強さで存在ごと吹き飛ばされてしまうことがあるから」

「あたしが乱暴みたいに言わないでよ」

「え? サーヴィスに対しては結構乱暴じゃない?」


 アハハ、と笑いつつ、カルトがララに言った。

 ララはムスっとして頬を膨らませる。


「こいつはいいの。例外よ、例外」

「特別な人?」

「あんたわざとそういう言い替え方してるでしょっ……!」

「まあね」


 ララの睨みを飄々と受け流しながら、カルトはまた笑った。


「こんなふうに、僕ぐらい能天気なほうが精霊たちには好かれるんだよ。その点、メレアも精霊にとても好かれる。でもメレアはときどき苛烈になるし、なによりその後ろにはすでに別の『見えない何か』がいるから、精霊たちが助力に入る余地がないんだ」

「別の見えない何か?」

「精霊に近しいものだよ。でもそれがなんだかは僕にもわからない」

「危ないものなの?」


 ふと、ララが真面目な表情を浮かべて言った。

 カルトはそんな彼女に対し、首を振って答える。


「そんなことはないよ。悪意とかはない。ただ、とても強いものだから、ほかの誰かでは背負い切れないかもしれないね」

「ふーん……」

「本当に大丈夫だよ。むしろそれはメレアを守ってくれるものだ。その点は確信がある」

「ならいいけど……。〈精霊帝〉の末裔がそう言うなら、一応信用はしておく」


 ララが腕を組んで鼻でため息をついたあたりで、再びサーヴィスが声をあげた。

 

「よっし! そろそろ落ち着いてきた! 今なら降りられる!」


 サーヴィスが四つん這いの姿勢からゆっくりと立ち上がり、ぷるぷると震える両足で大星樹の枝の上に直立した。


「下を見ないようにね?」

「そんな心配するくらいならもっと下の方で昼寝しろっ!」

「えー、上の方がたくさんの樹の精霊がいるから楽しいんだよー」

「うるせえ! 俺が怖いからやめろ!」

「そもそもここまで上がって来なければいいのに。別に呼んだわけでもないんだから」

「ビビって登って来れないとか思われるのは嫌だッ! あとなんかお前に負けた感じがするから嫌だ!」

「サーヴィスはわがままだなぁ」


 そう言ってカルトが大星樹の枝の上から飛び降りた。


「お、おまっ! おい!」


 突然の行動にサーヴィスとララは目を丸くして眼下を覗き込む。


「アハハ、大丈夫だよ。風の精霊が助けてくれるから」


 見下ろした先、カルトが黄緑色の光に囲まれて、ふわふわと空を舞っていた。

 それは明らかに普通の落下ではない。見えない力によって、その落下を支えられているかのようだ。


「マジで精霊ってなんなんだ……」

「古代の術式かしら……」

「術式じゃねえだろ……。式なんか編んでた様子ないぞ」

「はるか昔の人間は、願いとか祈りで今の術式みたいな事象を引き起こしたって言うけど」

「じゃあそっち関係なのかな。ものっすげえ古い術式か、あるいはものっすげえ新しい術式か」

「リリウム様もそのあたりは調べてるって言ってたわ。――とにかく、このままだとカルトだけふわふわ降りてっちゃうから、あたしたちも降りましょ」

「なんか俺、一人だけ損してる気がしてきた」

「そう思うんなら意地なんて張らなければいいのに」

「だから男としてそうはいかねえんだよ!」

「ホント男って難儀ね……」

「今のリリウム様の言い方に似てたぞ」


 言いながらサーヴィスが大星樹の幹をゆっくりと降りはじめる。


「超こええー」


 樹壁にしがみつきながら降りていくその姿は、端的に言って無様である。

 しかしララはその姿を見て、感心するように笑った。


「まあでも、言ったことをしっかり行動に移すところだけは褒めてあげるわ。男ならそれくらいの根性はないとね」


 そう言って、ララは軽い身のこなしで一段下の枝へ飛び降りる。


「くそっ! すげえ上からもの言われてる! どいつもこいつもぴょんぴょん降りやがって!」

「メレア様はもっと上から飛び降りてたわよ。それも一気に地面まで」

「死ぬだろっ!」

「風の翼で減速して何事もなく着地してたわ」

「俺明日から風系の術式練習する!」


 さらに一段下へ降りたララの声を聞きながら、サーヴィスはそう心に決めた。



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