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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
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14話 「白い髪の魔神」

「伏せろッ!! 術式砲だ!!」


 直後の警告は具体性をともなっていた。

 〈剣帝〉エルマの声だ。

 みながその声を聞いたときには、頭上をそれが突き抜けていた。

 魔王たちはエルマの警告に従ってその場に()せっている。

 メレアも同じように伏せながら、ふと、その莫大な熱量を誇る白い閃光が、英霊たちの墓のいくつかを削り取っていったのを見た。

 

 ――っ。


 それがメレアの激情を刺激した。

 ついに閃光のすべてが空に昇って消え、一間(ひとま)の静寂が訪れる。

 ようやくまぶしさのなくなった山頂で、メレアは墓の方に一瞥(いちべつ)をくれた。

 英霊たちの墓はまだなんとか原型を保っていた。

 メレアの口から思わず安堵(あんど)の息が漏れる。

 しかしぼうっとしているわけにもいかない。

 どこから何が放たれたのか、それを確かめるべく(えぐ)れた霊山の一角に向かい、そして眼下に赤い瞳を向けた。

 そして、


「――多いな」


 その瞳に映ったのは、同じ形状の黒い服を身にまとった数十人の人影だった。

 かなりの高さまで登ってきている。

 山頂からわずかに下る場所から、複数人により術式による砲撃を行ったのだとメレアは推測した。

 魔力の残滓(ざんし)と、空間に残ったわずかな構成術式の余韻(よいん)が、〈術神(フランダー=クロウ)の魔眼〉に映っている。


「黒の王国旗とその色で統一された装束(しょうぞく)。――私を追ってきていた〈ムーゼッグ王国〉だ」


 メレアの隣にやってきた〈剣帝〉エルマが悔しげに唇を嚙みながら言った。


「近頃周辺諸国を武力統一して、かなり強大化している。ついでに〈魔王狩り〉を率先して行っているのもあの国だな」


 魔王狩りという言葉にメレアの眉根(まゆね)がぴくりと反応する。


「あれはそのムーゼッグの術式兵団だ。そしてそんなやつらが今狙っているのは――私の持つこの〈魔剣クリシューラ〉」


 そう告げるエルマの片手にはその魔剣が抜き身の状態で握られている。

 メレアたちが状況の把握に(つと)めていると、ほかの魔王たちも続々と近づいてきて、各々(おのおの)に切迫した表情を浮かべながら眼下をのぞき見た。


「おい、二発目が来るぞ」


 そのうちの一人が、ムーゼッグの術士たちの動きを見て再び警告する。

 直後、彼らの視線が一人に集中した。


 彼らが視線を向けたのは――メレアだった。


◆◆◆


 なぜメレアを見たのか。

 理由はいろいろあったが、大きな理由はメレアがほかの魔王たちと少し異なっていたからだった。

 メレアのみ、()()()()()()()()

 その違いが、誰か一人を選ぶに際して端的(たんてき)な理由になった。

 そう、彼らは一瞬の思考を経て――


 次の行動権を誰か一人に預けようとしていた。


 この状況で、もし全員が生きたいと願うのならば、協力するのが最も生存率が高くなる。

 しかし自分たちは出会ったばかり。じっくりと話し合って意見を統一させる時間はない。

 であれば、いろいろなしがらみを捨て去って、半ば無理やりにでもどこかに行動の決定権を委譲(いじょう)して団結する必要がある。

 そう考えたとき、彼らの脳裏にはメレアの姿が浮かんだ。


 ほんの一時(いっとき)だが、自分たちに安らぎの空間を提供してくれた男。


 一度メレアに違いを見てしまったら、あとはほかの理性が無理やりにでもメレアという存在を『特別』にしようと動き出す。

 それは言い訳を作るときの作用に似ていた。

 ほんの些細(ささい)な因子に、無理やり納得の色を添えさせる心理的な作業。

 わずかな時間で誰もがそれを行った。

 そうするべきだと生存本能がささやいていた。


 そうして彼らは、次にどういう行動をとるかという決定を――メレアに(ゆだ)ねた。

 メレアにとっては都合の悪い話だったろう。

 そこで決断を迫られることにひどい重圧を感じたことだろう。

 今メレアという男の肩に、二十一人の魔王の命が載せられた。


 魔王たちは心の中でメレアに謝った。

 謝りながらも願った。

 言葉をくれ、と。

 指針をくれ、と。


 だが、彼らの思いは意外な形で裏切られる。

 メレアからは魔王たちに対する言葉が(つむ)がれなかった。

 観察するような凝視(ぎょうし)を眼下に向けているメレアは、魔王たちの視線にほとんど気づいていなかった。

 だから、言葉をくれという魔王たちの視線の意図にも気づかなかった。

 それでもメレアは、別の方法で魔王たちの願いには応えていた。

 

 指針は『行動』で示された。


 行動の初めに、メレアのドスの効いた低い声が放たれて、それは眼下のムーゼッグ兵たちの方角に飛んでいった。

 あまり大きな声ではなかったので、彼らには届かなかっただろう。

 そしてそれは魔王に対する言葉でもなかった。

 ただ、近くにいた魔王たちは、たしかにその声を聞いた。


◆◆◆


「――やらせない。二発目は、絶対に」


 強い決意のこもった声だった。


「この場所を壊すな」


 『彼らの名』を削る者たちは、メレアにとってわかりやすく敵であった。

 メレアは一人、断崖の(へり)で立ちあがる。

 そのあまりに堂々とした立ち姿に、霊山の山頂に吹雪いていた寒風(かんぷう)がメレアを取り巻く威風(いふう)に変容したかのように見えた。

 メレアの雪白の髪が心なしか逆立ち、赤い瞳が好戦的な光を灯したのを、魔王たちはなかば呆然として見ていた。


◆◆◆

 

 眼下のムーゼッグ術式兵の集団が、一点に手をかざしていた。

 彼らが手をかざしている空間には、巨大な術式陣が展開されている。

 複数人によって行われる連携術式。

 一人の術式処理能力では編みきれない術式を、複数人がうまく連動することによって編みきり発動させる。

 連動するための修練も必要だが、それさえ克服(こくふく)すれば強大な術式をすばやく発動させることができるため、大規模な術式兵団はこうした連携術式の十八番(おはこ)を持っていることが多かった。


「まずいわね、あれ、さっきのよりもっと派手かも。ムーゼッグが躍進してるってのは知ってたけど、術式兵の錬度(れんど)がこんなに高いとは思わなかったわ」

「あのレベルの術式をたったの五人で編むか」

「どうするよ」


 魔王たちの何人かがムーゼッグ側の術式を見て悪態(あくたい)をつく。

 ほかの魔王も同じように苦々しげな表情を浮かべた。

 ――が、ただ一人、メレアだけが淡々とした表情で赤い瞳を眼下に向け、そして、


「攻性反転術式」


 ムーゼッグ兵たちに向けて開いた手に、彼らが編んでいるのとよく似た術式を()()()編みあげようとしていた。

 その術式編成速度は眼下のムーゼッグ兵たちの比ではない。

 ムーゼッグ兵たちは自分たちの術式を編むのに集中していて、たった一人で同じような術式を編んでいる『魔神』の姿にはまだ気づいていない。

 ややあってムーゼッグ兵たちの術式編成が終わり、狙いを定めるべく山頂を見上げ、そこで初めて彼らはその姿を見た。


「――」


 寒風に(なび)く雪白の髪。

 (またた)きひとつせず自分たちを見下す赤い瞳。

 その片手に展開された、同じ術式陣。

 彼らの表情が凍る。


「は、早く撃て――!!」


 一人のムーゼッグ兵が叫ぶように言ったが、すでに遅い。


「――〈黒光砲〉」


 さきほどの白い閃光によく似た黒い閃光のほとばしりが、魔神の声と共に今度は斜め下に向かって駆けていった。


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