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百魔の主  作者: 葵大和
外典断章 【一項】
138/267

256年前 「白金の雷神、緑銀の風神」【後編】

【後編】

 〈雷神〉セレスター=バルカが豊穣の森を抜け、近場にあった城塞都市に辿りついたのは、〈風神〉ヴァン=エスターがその街についてからわずか三分後のことであった。


 しかし、そのたった三分で、状況は目まぐるしく変わっていた。


「さすがにお前が鍛えただけあるよ、セレスター。お前が来るまでに仕留めきれなかった」


 城塞都市の一角から黒い煙が上がっていた。

 セレスターがその黒い煙が上がっている場所へたどり着いて最初に見たのは、断崖に面したその街の家屋が複数燃え崩れている光景と、その崖際で対峙する二人の男の姿である。

 一つは〈風神〉ヴァン=エスターの姿だった。


「オーランド!」

「こんにちは、先生」


 セレスターは息を切らしながらその場に到着して、すぐに声をあげる。

 ヴァンと対面している男に見覚えがあった。

 自分が追っていた弟子――〈雷魔〉オーランドだ。


「どけ、ヴァン。それ以上貴様が首を突っ込む事柄ではない」

「ダメだ、セレスター。こいつは城塞都市の人間を五人殺してる。もうこれはお前だけの問題じゃない」

「っ……」


 ヴァンが背中に風の六翼を展開させたまま、険しい表情で言った。

 ヴァンに追い詰められ、城塞都市の断崖を背に追い込まれているオーランドは、そのヴァンの言葉に笑みを浮かべて見せる。

 その笑みが、セレスターの中にあったわずかな希望を、完全に打ち壊した。


「先生が教えてくれた術式がとても役に立ちました。僕はこれからワイズ皇国に行ってあの戦争をはじめた元凶を殺します」

「やめろ、オーランド。それは――」

「無意味だなんて言わないでくださいよ。僕にとっては大いに意味があります。僕は僕が満足できればそれでいいんです。あと、先生は口下手で不器用なんですから、言葉で丸め込もうなんて思わなくていいです。いつも通り毒だけ吐いて、僕を止めればいいんです」


 青年は言った。


「伊達に弟子じゃねえな。お前のことをよく知ってる。毒舌以外はてんでダメだからな」


 そう言いながら、ヴァンが右手を開いて天に掲げた。


「だが、お前は自分が何をしているのかは何もわかってねえ。お前は、自分と同じ境遇の人間を、今、少なくとも五人は作った」


 セレスターはそこで泣き声を聞いた。

 ふと声の方に目を向けると、城塞都市の住人と(おぼ)しき者が、黒こげになった人骸の上に、泣きながら覆いかぶさっていた。

 セレスターの心臓が、嫌な跳ね方をした。


「でしょうね。でもいいんです。僕は僕が満足できれば」

「ああ、ならお前は、やっぱり〈魔王〉だよ」


 直後、ヴァンは言霊を放った。


「〈黒風(ノトス・エウロス)〉」


 術式の起動言語をつぶやくと同時、ヴァンの足元から莫大な量の風が吹きあがって、天高くに昇る。

 その風には、色がついていた。


「それがかの〈ノグルズ戦争〉で猛威を振るったという〈黒風〉ですかっ! 触れたものをなんでもかんでも削り取るらしいですね! ハハッ、さすがは〈風神〉、先生に負けず劣らずの術をお持ちだ!」

「黙ってろ、お前の褒め言葉はセレスターの毒舌の三千倍腹が立つ」


 ヴァンの足元から渦を巻きながら噴き上がった黒い風は、ヴァンが天に掲げている手の先に収束し、やがてさらに上に昇ってとある生物の形を象った。


「――龍」


 蛇に近い。

 長い胴体に、手足がついている。

 口元には髭があって、頭からは巨大な角が生えていた。


「なるほど、あなたの術式は神話の中の生物を模倣をしているのですね。そういえばその六翼も、神話の中に出てくる天使の翼によく似ている」

「……」


 ヴァンはオーランドの言葉にすぐには答えなかった。

 天に手を掲げたまま、じっとオーランドのことを眺めて、ようやく口を開く。


「その話は誰に聞いた」

「そこにいる、先生に」

「そうか」


 ヴァンは短く答えて、それから小さくつぶやいた。


「お前は本当にこいつをかわいがってたんだな、セレスター」

「……」


 セレスターは唇を噛んだ。


「だからやっぱり、お前は手を出すべきじゃないよ」


 ヴァンの右手に力が入った。セレスターはそれを見逃さなかった。


「勝手に話を進めてもらっては困ります。僕だってタダではやられない。というかそもそも、僕はあなたには殺されない」


 直後、オーランドの身体に白雷が宿った。

 ばちばちと激しく弾けるその白い雷は、まさしく〈雷神(セレスター=バルカ)の白雷〉である。


「いいや、お前はオレに殺される。お前はまだセレスターの元を離れるべきじゃなかった。――裏切るにしても、早すぎたんだよ」

「戯言を――っ!」


 瞬間、白い雷がまっすぐに走った。

 それを迎え撃つように、ヴァンが天に掲げていた手を振り下ろした。


「噛み潰せ、〈聖ベルセウスの黒龍ラーダルード・セント・ベルセウス〉」


 黒い風龍が、(あぎと)を開いて空を翔ける。


◆◆◆


「少しは落ち着いたか」

「こっちの台詞だ。よくもまあ、街中であんなものを放ったものだ」

「城塞都市じゃなけりゃ使わなかったよ。崖の外に撃つ分にゃ、被害はねえだろ」

「……」


 ヴァンとセレスターは、城塞都市の崖際に足を投げ出して座っていた。

 

「……私はもう、弟子は取らん」


 オーランドは死んだ。

 ヴァンの一撃によって致命傷を負った直後、同じく白雷を纏ったセレスターに心臓を貫かれた。

 ヴァンはセレスターがオーランドの胸に手刀を突き立てるまで、その姿を知覚できなかった。それほどの速度だった。


「弟子か。……そう言うなよ。たぶんお前、人にものを教えるのは向いてるぞ」

「どうしてそんなことが言える」

「オーランドは強かったからな。お前を除いて、あの若さで白雷を扱えるってのは驚異的だ。たぶん、お前の教え方が良かったんだろう」

「だが、オーランドは道を誤った」

「なら、次に生かせよ」

「また私に弟子を取れと言うのか……!」


 沈んでいく夕日から目をそむけて、セレスターが感情的に言葉を放った。


「私のせいで、無辜の人間が何人も死んだのだぞ……!」

「今回はそうだった。でも、次のお前の弟子は、お前の力で誰かを救うかもしれない」

「貴様の言葉は無責任だ、ヴァン」

「そうだ、オレは無責任だ。だから今でも笑っていられる」


 ヴァンは大きく伸びをしてそのまま後ろ側に倒れ込んだ。緑銀の髪が、城塞都市の風に揺れる。


「お前は同じ失敗はしないだろ、セレスター。オレは無責任で馬鹿だから、オレの勘でものを言う。――お前は人を育てるべきだ、セレスター」

「嫌だ。私は二度とこんな思いをしたくはない」

「ダメだ。お前はお前のために、もう一度人を育てろ。でないとお前は、きっと『未練』を抱えたまま死ぬことになる」

「貴様に私の何がわかる……」


 セレスターは目元を片手で覆って、震えた声で言った。


「もし誰を育てたらいいかわからないってんなら、お前、息子を育てろよ」

「私に息子などいない」

「いずれできるさ」

「できない。私には子など」

「なんでだよ」

「そういう運命の下に生まれついた」


 セレスターの言い分に、ヴァンは首をかしげる。

 だが、深くは訊ねなかった。


「まあ、いいや。でも、やっぱりお前は誰かを育てろ。で、お前の育てた誰かが、ほかの誰かを救ったとき、お前はきっとこの一件から解放される」

「失ったものは戻らない、ヴァン」

「卑屈すぎるぞ、セレスター。もちろん、すべてが元に戻るなんて言わない。だけど、お前の心はきっと少しずつ晴れていくよ。……そういうもんなんだよ」

「本当に、感覚でものを言う男だ」


 そう言って、セレスターもまた後ろに身体を倒した。

 二人は崖から足だけを投げ出して、隣り合いながら空を見上げる。

 夕闇に白い一等星が輝きはじめていた。


「なら、これはどうだ。――もしお前が誰かを育てはじめたら、オレも手伝ってやろう」

「手伝う?」

「そうだ。そうすればお前の負担も軽くなるし、教え方を間違えそうになっても、どちらかが気づけるかもしれない。――閃いたぞ、セレスター。オレとお前の力を、そいつに叩きこむんだ。きっとおもしろいことになる」

「貴様の術式と私の術式を同時に受け止められる人間がこの世にいるものか」

「いるかもしれない。世界は広いぞ、セレスター。現に、東方にいる〈術神〉って小僧がおそろしくうまく術式を扱うらしい。まだほんの子どもらしいけどな」

「うわさ話だ。確証はない」

「だから確かめに行こうとしてたんだよ」

「それで貴様、リンドホルム霊山に向かっていたのか」

「東大陸に行くにはあそこを突っ切るのが一番手っ取り早いからな」

「直情的なやつだ」

「お前もだよ」


 しばしの間、二人の間に沈黙があった。


「……もし、育てるに見合う者が私の傍に現れたとき」


 セレスターがぽつりと言った。


「……貴様がそこまで言うのなら、一度だけ、その者を育ててやってもいい」

「よし、なら決まりだ。その言葉を忘れるなよ。――『死んでも忘れるな』、セレスター」

「大げさなやつだ。……わかったよ。約束だ」


 不意にヴァンが身体を起こしてセレスターに笑みを向けた。

 子どものように明るい、無邪気な笑みだった。


「じゃあ、今のうちに何を教えるか決めておこう」

「気が早いな」

「いざその誰かってのが現れたとき、時間を無駄にしないためだ」

「私は白雷の纏い方を教えられればそれでいい。私の術式の粋は、すべてその中に詰まっている」

「じゃあ、俺は――」


 ヴァンはそこでわずかにうなる。どれにしようかと悩んでいるようだ。


「貴様は〈六翼〉を教えろ。あの天使を模した術式が、貴様の術式の中でもっとも美しい式を内包している」

「〈黒風〉じゃなくていいのか?」

「あの術式は好かん。式の構成が荒々しいし、どことなく雑だ。ほかに教える術式にかえって悪影響を与えるおそれもある」

「そうかぁ。じゃあ、六翼を最初に教えよう。――お前の白雷とオレの六翼、二つを同時に使えるようになったら、そいつはどれくらい遠くまで行けるようになるんだろうな」

「二つの術式を同時に使うことで、私や貴様よりも速く動けるようになったのなら、誰よりも遠くへいけるだろう」

「そりゃあ楽しみだ」

「今のところ夢物語だがな」

「大丈夫だって。いつか教えるに見合うやつが現れるさ」

「どうだかな」


 言いながら、セレスターはふと微笑を浮かべた。

 セレスターは寝転んだまま夕闇に染まる空を見上げ、その白い一等星に心の中で願いをかける。


 ――もしヴァンの言うとおり、道を教えるに足る者がこの世のどこかにいるのなら。


 セレスターは目を瞑った。


 ――もう一度私にチャンスをくれ。


「あれ? お前泣いてるのか? セレスター」

「――そんなわけがあるか、馬鹿」


 〈雷神〉の涙は、彼の真っ白な肌を伝って、遠い未来へと繋がる。


 その涙と願いが、いずれ生まれ来る〈英霊の子〉へ継がれることを、このときの二人はまだ知らなかった。



次話:【本編・第三部】


本作をお読みいただきありがとうございます。ブックマークやポイントなどで応援してくださると連載の励みになります。また、本作のコミカライズ版が秋田書店のweb漫画サイト『マンガクロス』にて無料連載中です。併せてお楽しみください。https://mangacross.jp/comics/hyakuma

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[一言] こういう話めちゃくちゃ大好きです
[良い点] 二人の関係性がとても好きだった [気になる点] 読み返しててこの閑話に感想が無くて驚いた
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