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百魔の主  作者: 葵大和
外典断章 【一項】
136/267

249年前 「戦神と天神」【後編】

【後編】

 次の日。

 タイラントはいつものように背に大剣をたずさえて、戦場へ向かった。


 ――連戦で六日目。わかりやすく疲弊したな。


 二日目あたりなら今の距離で迎撃があった。

 だが今となっては矢の一つも降って来ない。

 もはや高原都市サンテハリスに戦う気力がほとんどないのだ。

 これこそがタイラントの仕組んだ罠だった。


「団長ー、やっぱり脳筋っぽいくせにこういう消耗戦もこなしちゃうって似合わないっすよ。団長なら単騎で特攻かけてもなんとかなるんじゃないですか?」

「ああ」

「うわあ、即答」

「だがそれだとさすがの俺も多少傷を負う」

「一人、対、都市国家、で多少傷を負うっていう程度な時点でアレですよね」


 後ろにマーカスたち部下を引き連れ、タイラントは緩やかな高原の斜面を登った。

 あと二百歩も歩けば都市に着く。

 が、


 ――やっぱりなんか、見られてんな。


 タイラントはまた昨日の違和を感じていた。

 何かに見られている。


 そしてその違和は、まもなく形をなしてタイラントの前に現れた。


「団長!! 空にっ!!」


 後ろから女の団員の悲鳴がやってきた。

 タイラントは言われるまでもなく空を見上げていた。

 そこに――


「術式だ! まともに受けるなよ!!」


 銀色の巨大な槍が、形成されていた。

 その銀色の槍は人の身の丈をはるかに超える長さで、太さもまた人間の非ではない。

 まるで竜を殺すためにこしらえたかのような巨大な投擲槍。

 銀色の輝きを放つそれは、数秒ののち、タイラントたちの方へ降ってきた。


「ッ――」


 タイラントは銀色の巨槍が自分に向かって落ちてきたのを見て、回避行動を起こす。

 槍の落下速度自体はさほど速くない。

 剣を抜きながらそれを避け、術師を探す。


「どこだ!」


 すると再び、空に銀色の巨槍が生成された。

 今度は二本。


「徐々に増えていくってパターンかよ……っ」


 速度自体はやはりたいしたものではない。

 そのことがかえって不気味だった。

 タイラントはそれらを避けながら、あたりを見回す。

 やはり敵の姿はない。


「おいおいおい」


 次は五本だった。

 そして落下速度が徐々に増している。

 そこでタイラントははっきりと理解した。


 ――こいつは牽制だ。


 まるでこの場から去ることを求めているかのような、牽制なのだ。


「まさか、な」


 タイラントの脳裏に〈ラクカの民〉という言葉が蘇る。


「キリがねえ」


 気づいたときには振ってくる銀槍の数が十数本に増えていた。

 狙いも正確に、速度もタイラントに冷や汗を浮かばせる程度にはなっている。


「マーカス! このあたりに森か林はあるか!?」

「えっ!?」


 タイラントは銀槍を避けながら、同じく慌ただしくあたりを逃げ回っていたマーカスにふと訊ねた。


「ここ植生が弱い高原ですから、森――はさすがにないですけど、高原樹林ならたしかサンテハリスの西の方に……」


 西。

 今いる場所はサンテハリスの南だ。

 ここからではサンテハリスの都市防壁が邪魔で西側まで視線が通らない。


「西に回り込むぞ! ついてこい!」


 タイラントは部下たちに指示を出す。

 そして己のつま先を西に向け、その場から駆けだした。


◆◆◆


 サンテハリスの南を西に向かって駆けていくと、たしかに樹林らしきものが遠くに見えた。

 高原にある樹林にしては、鬱蒼としたものだ。

 そしてタイラントはその樹林の方角に、


 ――殺気だ。


 人の気配を感じた。

 常人には為し得ない察知である。

 だがタイラントには、超人的とも言える感覚能力があった。戦場で培った、敵意に対する反応の良さである。


「引きずり出してやる」


 少なくとも自分たちは攻撃を受けている。

 現時点で言えば、この攻撃者は敵だ。

 だからタイラントは、まずこの攻撃者を目に見える位置に引きずり出そうとした。


 すると、タイラントの獣じみた殺気に呼応してか――


「だ、団長! ちょっとこれ洒落になってないんですけどっ!」


 ついに、七星旅団の前方に百本にも上る銀槍が現れる。

 空が銀光に埋め尽くされた。

 おそろしいと同時に美しい光景だった。


「へへ」


 しかしタイラントは、それを見て笑った。


「『いるじゃねえか』。――三八天剣旅団の団長、ムーゼッグのなよなよした王子、あとはあれだ、西でさすらってた〈雷神〉。まだまだ世の中には強ぇのがいるなぁ」

「いやいや、なに嬉しがってるんすか団長!」

「〈魔王〉を追ってると、強ぇやつに会えるんだなぁ」

「なんか不純な閃きの音がしましたよ!」

「よし、これを突破してあの樹林に行くぞ」

「やだー!」


 タイラントは右手に大剣を構えて、走り出す準備をする。


「どっちにしろ『こいつら』をどうにかしねえとサンテハリスには近づけそうにねえ。どういうわけか、こいつらは俺たちにサンテハリスに入って欲しくねえようだからな」

「マジで行くんすか!? 相手術師だし、ムーゼッグのあの王子が来るまで待ちましょうよ!」

「なら俺一人で行く」

「えっ、ちょっと!」


 そしてタイラントは走り出した。

 空に滞空していた百の銀槍が一斉に微動し、次の瞬間に走り出したタイラントに狙いを定める。

 直後、当初からは考えられなかったような高速で、それらはタイラントに降り落ちた。


「ハハハッ」


 タイラントは銀槍の雨の中を、哄笑をあげながら突き進む。

 超人的な身体駆動と、反射神経。

 なにより降りかかる猛攻にまるでひるまない鋼の神経を持ったその男は、誰がどう見ても〈戦神〉であった。


◆◆◆


「ハァ……ハァ……」


 ぽたり、と。

 赤い血液が影の差す地面に落ちる。


「……やっと着いたぜ」


 タイラントはあの高原樹林の中にいた。

 銀槍の雨の中をたった一人で突き進み、ときには手に持った大剣でそれらをぶった切りながら、ついにたどり着いたのだ。

 高原樹林の中は、妙に静かだった。

 虫の音と、鳥の声がまばらに聞こえる。

 

『狂ってるな、貴様』


 が、そんな静寂の中に、一つの人の声が混ざった。

 声は上から下りてきていた。


「おお、やっとその姿を捉えたぜ」


 タイラントは声が来た方を見上げる。

 大きな樹。その上の方の枝に――


「――理性の壊れた獣め」

「褒め言葉だな」


 銀色の眼をした、ひとりの青年が立っていた。

 きらきらと光ってすら見えるその銀眼は、鋭い視線をタイラントに浴びせている。

 また、青年の男ながらの美貌は、不機嫌そうに歪んでいた。


「どうしてここまで来た。とっとと逃げ帰れば良かったものを」

「昨日から俺を見ていたやつの顔が見たかったんだ」

「……なぜ知っている」

「勘だ」

「……やはりどうかしている」


 銀眼の青年は枝の上で、わざとらしく肩をすくめた。


「何か感知系の術式を使ったか?」

「いや、俺は術式なんて使えねえ」

「バカな。それなのにどうしてあれほどの動きを」

「鍛えた」

「人間の枠を超えている」

「知らねえよ。できるもんはできるんだよ」

「貴様のような人間がいるものか」

「頭がかてえな、お前」


 タイラントは大剣を肩に乗せて、剣を持ってない方の手で頭をがしがしと掻いた。埒が明かない、そんな様子だ。


「まあいいや。で、どうしてお前は俺たちを攻撃したんだ?」

「貴様らがサンテハリスを落とそうとしたからだ」

「それの何がいけない? あいつらは〈心魔〉の手先だぞ。まさかお前、〈心魔〉の賛同者だったりするのか?」

「馬鹿を言え。〈心魔〉は世界の害悪だ。あれは早々に摘まねばならん」

「ならなんで邪魔をする」

「〈心魔〉は我らが摘む。我ら〈ラクカの民〉が」

「――」


 タイラントは青年のその言葉のあと、驚いたように目を丸くした。


「いたんだな、〈ラクカの民〉は。やっぱり〈天神の都〉に住んでるのか?」

「そうだ」

「その眼は?」

「〈天神の祝福〉だ」

「へえ、いいもん持ってるな」


 独特の言い回しだったが、タイラントには彼の言うことがなんとなくわかった。


「そうか。お前らが摘むのか」

「そうせねばならない理由がある」


 青年は白地の民族衣装のすそを翻し、厳しい目つきで言った。


「話どおり、お前ら融通利かなさそうだな。さて、どうするかね」


 タイラントは大剣を背の鞘にしまって、「ううむ」とうなりはじめる。


「帰れ。貴様らに恨みはない」

「でも、俺たちが〈心魔〉を狩るって言ったら?」

「間接的に敵だ」

「ハハ、いっそ清々しいな。仲間の弔いのためか?」

「……」

「そうなんだな。お前ら度を越して義理堅いらしいもんな。俺は嫌いじゃねえよ」


 タイラントは軽い調子で言う。


「だが、俺たちにも傭兵としての仕事がある。ムーゼッグの王子に頼まれてるから、サンテハリスは落とさなきゃならん」

「……ならそこまでにしろ」

「その先の〈心魔〉の都には行くな、と?」

「そうだ。我らも準備が整っている。先に我らが〈心魔〉の都へ行く」

「じゃあ、そのあとに俺たちが行くのは?」


 タイラントの提案に、銀眼の青年は悩む素振りを見せた。


「それならいい。ただし、三日以上空けろ」

「ふむ、三日か」


 今度はタイラントが顎に手をやる。


「わかった。そう説得してやる。これで説得できれば、晴れてお前たちに優先権が与えられる。これで敵対する理由はなくなるな」

「お前がちゃんと説得できればな」

「言いやがる」


 青年が樹上で小さく笑ったのをタイラントは見た。


「あ、そろそろお前の名前を教えてくれよ。さっきの術式、お前が一人でやったのか?」

「……〈レイズ〉。そうだ、あれは私がやった」

「レイズか。やっぱ『ラクカ』って名前のどこかに入るのか?」

「入る」

「レイズってのも、ラクカの民にありがちな名前?」

「失礼なやつだな。……だが、あながち間違ってはいない。ラクカの民には、『ズ』で終わる名前の者が多い」

「へえ、なるほど。メイズとか?」

「そうだ。メイズは私の娘の名前だ。そして孫の名前はリイズだ」

「お前孫いんのかよ」

「まだいない」

「んん?」

「ラクカの民はいずれ生まれてくる命に早い段階で名前をつける」


 青年――レイズは樹上からタイラントを見下ろしながら言う。

 それから上を見上げて、差しこんでくるわずかな日光に目を細めた。


「昔のラクカの民は、未来も見た。だから、そういう風習がある」

「なるほどな」

「私も一度、未来を見たことがある」

「マジかよ。どんな未来だ?」

「悲しい未来だ」


 レイズは再び視線を下げた。


「私の最後の子が、泣いていた」

「……」

「だが、まったくすべて、悲しい未来ではなかった。その子が笑っている姿も、見えた」

「……そうか」

「あの子はきっと、〈アイズ〉という名前だ」

「どうしてわかる?」

「あの子の傍にいる人間が、そういう口の動かし方をしていた」

「すげえ曖昧な読唇だな、おい」

「間違いない。あの子はアイズだ」


 妙な確信を持って言うレイズに、タイラントはやれやれと肩をすくめる。


「まあいいや。じゃあ、そういうことにしておくよ」

「ああ」


 最後の子。

 タイラントはその言葉についてくわしくは聞かなかった。

 レイズが悲しげな顔をしているのを見て、それ以上は訊けなかった。


「んじゃ、三日な。俺はこれから仲間たちのところに戻って、まずサンテハリスを制圧する。そのあとムーゼッグの王子が来たら、三日待つように説得してやる」

「わかった」

「その間にうまいことやれよ」

「……お前はそれでいいのか?」

「あ?」


 レイズがふと不思議そうに訊ねていた。

 タイラントは樹上のレイズを見上げる。


「別にかまわねえよ。お前がやりたいってんならそうするのがいい。俺は今回、ただの傭兵だ。さほどこだわりはねえ」

「そうか」

「まあ、今回お前に手柄を譲ることで、なにか貸しができるってんなら――」

「なんだ」

「そうだな、あとでもう少しラクカの話を聞かせろよ。すべてが終わってからでいい」

「……わかった。それくらいならいいだろう」

「よし、決まりだ。じゃあ、そのうちまたここに来るぜ。あの距離でも俺のことが見えたんなら、余裕で来訪はわかるよな?」

「ああ」


 レイズのうなずきを見て、タイラントは踵を返した。


「貴様、名前は?」


 と、レイズが思い出したようにタイラントに問いかける。


「俺か? ――俺は〈タイラント=レハール〉」

「タイラント」

「〈戦神〉とも呼ばれてる」

「強そうな名前だ」


 レイズは楽しそうに、それでいて嬉しそうに言った。


「覚えておく、タイラント」

「ああ」

「じゃあ、またな、タイラント」

「おう。お前もひとまず無事でやれよ、レイズ」

「私はラクカの民だ。〈心魔〉には負けない」

「わかってるよ」


 そうして二人は別れた。

 

◆◆◆


 その後、タイラントはサンテハリスを制圧し、ムーゼッグ側を説得して三日の待機時間を作った。

 そして三日後、タイラントのもとに〈心魔〉が崩御したという情報が舞い込んでくる。


「おう、うまいことやったじゃねえか」


 そう思ったタイラントだったが、数日してまたあの樹林を訪れても、レイズはやってこなかった。

 何日か経ってから再訪しても、やはりレイズは現れなかった。


「……まあ、いろいろあるわな」


 ただそうとだけ言って、タイラントは次の戦場へ向かった。


◆◆◆


 タイラントとレイズが再会したかどうかは、記録には記されない。

 その答えを知るのは、当の本人たちと――


 あるいは、その話を本人たちから聞いた誰かだけである。


 もしかしたら数百年が経ったあとの世界で、彼らの因子が再会を果たすことは、あったかもしれない。



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