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百魔の主  作者: 葵大和
外典断章 【一項】
135/267

249年前 「戦神と天神」【前編】

※今話は本編の本筋とは直接関係のない『かつての英雄』のお話です。読まなくても本編の理解に支障はありません。

ただし、まったく本編と関係がないというわけでもありません。それぞれのキャラクターの祖先たちが、思わぬ形で交差している可能性もあります。


また、今話は、書籍版『百魔の主 2巻』にてちらっと出てきた〈サンテハリス地方〉という言葉も関わってきます。はたしてどういうお話であるかは、興味があれば確かめてみてください。


※このお話以外の外伝話や日常話SSなどを作者の個人ブログで掲載しています。気になる人は各話下部または作者のプロフィールページから飛んでみてください。

「団長! この調子なら明日にでもサンテハリス高原を制圧できますね!」

「ん? ――ああ、そうだな」


 リンドホルム霊山北方。

 世界の中央に屹立(きつりつ)するその山から、馬で三日ほど北へ走った位置に、とある高原があった。


「サンテハリス高原を落とせれば、北大陸の魔王への足掛かりにもなります。これであの〈心魔〉を倒す目処が立ちますよ」


 サンテハリス高原と呼ばれるその高原には、都市が栄えていた。

 〈心魔〉と呼ばれるとある悪徳の魔王の息のかかった、中規模な都市国家である。


「そりゃあそうなんだが、どうにも嫌な予感がするんだよな」

「嫌な予感?」


 今、その高原都市の入口で、剣を振り回す男が二人。

 一人は巨体の精悍な男で、もう一人はやや細身の茶髪の青年である。


「ここ、アレだろ。〈天神(てんじん)(みやこ)〉の傍だろ」

「ああ、そういえばそうっすね。でも、あそこは小規模な部落ですよ? 仮に〈心魔〉によって操られてたとしても、彼らが今さら戦場に加わったところでたいした戦力にはならないっすよ」

「そうかね」

「あ、団長、後ろから結構な数の敵が来てるっす」

「知ってるよ」

 

 巨体の男は右手に持った馬鹿でかい剣を振り向きざまに振るって、後ろから斬りかからんとして迫っていた男たちを一度にすべて吹き飛ばした。

 筆舌に尽くしがたい膂力である。


「まあ、実際に天神の都の住人らしきやつらは見えねえから、案外〈心魔〉とは無関係なのかもしれねえな」

「操られてないならそれに越したことはないですよ――っと」


 今度は茶髪の青年が、両手にしっかりと構えていた槍で敵を貫く。


「さて、だいぶ減ったな」

「このまま高原都市に踏み入っちゃいます?」

「いや、突入は明日だ。こっちもそれなりに疲弊してる」

「団長はさほど疲れてないように思えますけどね。さすがは〈戦神〉」

「相手が弱ぇだけだ」


 そこは戦場だった。

 わずか三百人の旅団が、一都市国家を今にも制圧せんとしている戦場である。

 高原都市の入口は多くの人間でごったがえしていた。

 〈戦神〉と呼ばれる男の周りを除いて。


「よっ」


 その巨体の男に近寄った都市側の兵士たちが、ある領域に踏み込んだ瞬間、例外なく一太刀に切り伏せられる。

 まるで大人と赤子の勝負だった。

 それくらい、ただ単純に、〈戦神〉と呼ばれた男の膂力と技量が規格外だった。


「一か月前の傭兵仕事でやり合った〈三八天剣旅団〉と比べるとな」

「あ、たしかにあの連中は強かったっすね。剣しか使わないくせに、俺の槍でも全然傷がつけられませんでしたよ。剣と槍じゃ、槍の方が有利って聞いたのに」

「おめえが弱いだけだ」

「あ、ひどいっすね団長。これでも俺、この旅団の序列三位ですよ」


 茶髪の青年は長槍で軽々と三人を突き倒しながら、余裕の表情でため息をつく。


「よし、んじゃ撤退だ。ほかのやつらにズラかるよう伝えて来い」


 すると、巨体の男が茶髪の青年に言った。


「了解です。じゃ、野営地で」

「ああ」


 茶髪の青年は男の指令を受けて、そそくさとその場から離れる。

 器用に敵の合間を縫って駆けながら、瞬く間に姿を消した。


「俺も戻るか」


 その場に残った巨体の男は、また一太刀で十数人を吹き飛ばしながら、悠々と戦場を後にする。


「――ッ」


 が、男は二歩ほど歩んだあとで、衝動的に空を見上げた。


 ――誰かに見られてる気がする。


 空には何もない。

 鳥すらいない。

 だが男はそのなにもない空間に、違和感を覚えた。

 ほとんど野生の勘とも言えるものによって、何かがそこにあることを感覚していた。


「やっぱり嫌な感じだ。〈天神の都〉のおひざ元は」


 巨体の男――〈タイラント=レハール〉は、このサンテハリス高原の近くにある小さな部落に、得も言われぬ悪寒を感じていた。


◆◆◆


 〈天神の都〉。名を〈ラクカ〉。

 はるか昔、そこには世界のすべてを見通す神が住んでいたという。

 歴が追い付かないほど昔の話だ。

 ほとんど神話のように語られるその都は、一応今でも地図上に存在する。


 ただし、そこにはもう神は住んでいない。


 〈魔王〉という身近で形のある脅威が台頭すると同時、神という抽象的な脅威は人々から急速に忘れ去られた。

 今では普通に、いくつかの部落が存在するだけだ。

 綺麗な銀色の眼をした人間が、主にそのあたりに住んでいるという。


「団長ー、まだ〈ラクカ〉のこと気にしてるんすかー? 団長にも怖いものってあるんすねー」


 タイラントは〈心魔〉と呼ばれる魔王を討つために、北大陸への進軍を行っていた。

 半分傭兵業として、もう半分は個人的な因縁のためである。


「うるせえ、マーカス。ぺちゃくちゃ喋ってると頭陥没させるぞ」


 タイラントは野営地にて仲間たちと焚き火を囲みながら、飯を食べていた。


「やめてくださいよっ、団長の腕力だと普通にできちゃいそうなんで!」

「だったら黙って食ってろ」

「無理ですよー。俺黙ったら死んじゃうんですよー」

「……はあ」


 あの茶髪の青年――マーカスのわざとらしい言葉に、タイラントはため息をつく。


「……昔、ばあさんにラクカの天神の話をやたらに聞かされたことがある。『見えるということはすなわちそのまま力である。すべてを見通す天神様は、ゆえに最も強い』ってな」

「団長のおばあさん、ずいぶんラクカに執心してたんすね」

「昔ラクカとのいざこざでじいさんをやられてるからな」

「えっ!?」

「傭兵業でだ。個人的な戦いじゃねえ。だから、しゃーねえっちゃしゃーねえんだがな」


 「ふーん」とマーカスが口を尖らせながら空を見る。「今でも空から見てたりするんすかね」


「それと、ラクカの民はやけに義理堅いらしい。良くも悪くもな。筋を通すために、全力を尽くす。んで、それゆえに融通が利かねえ」

「それが心配の種なんすか? 心配の種になりうるんすか?」

「ラクカはここのところ〈心魔〉とやり合ってるって噂だ」

「へえ。じゃあ味方に付ければいいじゃないっすか」

「だから、融通が利かねえんだよ」

「んん? いまいち要領得ないっすね」


 タイラントはちらと空に一瞥(いちべつ)をくれてから、答えた。


「マーカス、お前、仮に妹が誰かに殺されたら、そいつを殺しに行くよな」

「ええ、行きます。八つ裂きにします。絶対逃がしません」


 マーカスはクソ真面目な顔で言った。


「んで、その仇が、自分の目の前で別の誰かに殺されたら?」

「……かなりモヤっとしますね。自分でぶっ殺したいです」


 マーカスは眉をしかめて言ったあと、何かに勘付いたように目を丸くした。


「ああ……、そういうことっすか」

「あくまで仮定の話だがな」

「うわあ、団長もたいがいですけど、そのラクカの民もかなり面倒そうっすね」

「俺が面倒ってどういうことだ」

「団長って普段は脳筋のくせに戦場だとやたら頭回るじゃないっすか。そのへんなんか、脳筋のくせに思慮深いってのが、妙な偏屈さに思えてくるっていう」

「お前の個人的な印象じゃねえかよ」

「いやー、ヒくぐらい強いことに加えて、戦ごとに関して頭が回るからこそ〈戦神〉、ってのはわかってるんすけど、そのなりだと思慮深いってのが似合わなくて」


 マーカスの言葉に、同じく焚き火を囲んでいた十数人の団員たちが大声で笑い出した。


「お前らなあ……」

「いやいや、失礼しました。〈七星旅団(しちせいりょだん)〉の団長にとんだ悪口を」

「おめえは今回の報酬金二割減額な」

「あっ! ちょっ! そんなあ……」


 マーカスがうなだれて、また団員たちから笑い声があがった。


「まあいい。いずれにしろ俺たちがやることに変わりはねえ。明日サンテハリス高原都市の門を抜けて、内部を制圧する。〈心魔〉の息が直接掛かってるやつは優先して捕まえろ。兵士以外の民は絶対に殺すな。ある程度制圧しちまえば、あとの細かい面倒事は依頼主である〈ムーゼッグ〉がやってくれるだろう」

「あの灰色の髪の王子っすね。あの王子もたいがいヤバいレベルにいますよね。優しそうな顔してるのに、下手したら団長以上にこええっす」

「……ふん」


 タイラントは鼻で息を吐いて、ふてくされたような顔でその場から立ち上がった。


「じゃあ、俺は寝る」

「うーっす。おやすみなさい、団長」


 野営地のテントに引き返すタイラントに、団員たちから親しみのこもった挨拶がいくつも掛けられた。



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