134話 「今、つかの間の幕引きを」
本日7月18日に、書籍版『百魔の主 第2巻』が発売いたしました。
表紙に描かれた物騒なメイドと、得意げな面をした金の亡者が目印です。
第2巻は第1巻以上に多量の新規エピソードを書き下ろしたので、お店で見かけた際にはぜひ手に取ってみてください。
こうして続巻を出せたのも読者のみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました。
これからもWEB版ともども、よろしくお願いします。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ジュリアナへ』
人に手紙を書くなんてずいぶん久々なことだから、拙い部分もあるかもしれない。
でも、今ボクがキミに言えることは、書けるだけ書いた。
ボクはボクで、この芸術都市ヴァージリアでの生活中、キミに支えてもらっていた気がする。
だから、それを考慮したうえで、特別に秘密を教えてあげよう。
この手紙に書かれている以上のことを知りたいなら、キミ自身の力で情報を集めると良い。
近くにボクのことを良く知っている人間がいるから。
でも、その人間は『金の亡者』と呼ばれるような人物で、ボク以上のひねくれ者だから、情報を得るのには苦労するかもしれないけどね。
キミはもう知っていると思うけど、ボクは根っからのサイサリス信者ではない。
もっと強めに言ってしまえば、『新派サイサリス』の思想には反対する立場だ。
……こういう言い方をすると、賢いキミなら勘付くかもしれないけれど、ボクはもともと――旧派サイサリスの信徒だった。
ボクの母国は、旧制サイサリス教国の同盟国。
今もサイサリス教国の隣に残っている。
ボクはそこの国の――ちょっとした重鎮の家の生まれ。
ちなみにサイサリス教国は、『とある英雄』が作った国だ。
〈英雄〉と〈魔王〉という二つの言葉が複雑に入り混じりはじめた、あの『転換期』の英雄の一人。
その英雄が、あの転換期の後すぐに、今の時代の到来を予感してサイサリス教国を作った。
そしてボクの国も、サイサリス教国の成立に関わっている。
その運営にも、携わっていた。――途中までは。
サイサリス教国が今のように『新派』とまで呼ばれてしまうような変異を遂げたころ、ボクの国はサイサリス教国と縁を切った。
教皇の行う国家運営が、独善的なものに変容していったからだ。
当初の理念は形骸化し、同盟という形で国家運営を協同していたほかの都市国家たちも、教皇の権力のもとに排斥されていった。
たぶん、〈サイサリス教〉という土台を『盗用』したのが、そもそもの失敗の原因だったんだと思う。
ボクの父は、最初、暴走をはじめた教皇を諭そうとした。
だけど、まったく聞き入れられなかったから、あの国を諦めた。
でも、ボク自身はまだ諦め切れないでいる。
サイサリスには、ボクの友達がいるんだ。
サイサリスはこのまま進み続けると、いつか破滅するだろう。
彼女を助けるためには、サイサリスの身の丈に合っていない強大化を止めなければならない。
サイサリスとムーゼッグは違う。
サイサリスもムーゼッグと同じくすさまじい勢いで大きくなっているけど、その強大化はムーゼッグのような長い積み重ねの上にあるものではない。
ムーゼッグは長い間、今の『最盛』のために準備をしていた。
〈セリアス=ブラッド=ムーゼッグ〉という待望された天才の誕生によって、それが爆発したわけだけど、その爆発を支えるだけの土台がきちんとある。
対してサイサリスは、そこまでの準備があったわけじゃない。
ある特異な手法によって、半ば強制的に『肥大化』しているだけだ。
キミもその一端を知っている。――教化だ。
サイサリスの教皇が『そういうたぐいの力』を持っている。
だから、サイサリスの暴走を止めるためには教皇を止めなければならない。
ボクには、その責任があるんだ。
だから、ボクはまだサイサリスに残る。
サイサリスは派手に動いているから、またどこかで出会ってしまうかもしれない。
それにキミは、今回の出来事でなにやら『派手な集団』の仲間入りをしたようだから、余計にね。
でも、できればキミには、戦乱の渦中にはやってきてほしくない。
ボクの予想では、これから〈ムーゼッグ王国〉と〈サイサリス教国〉がぶつかる。
ヴァージリアでもすれ違ったけれど、今回は運が良かっただけだ。
ムーゼッグはヴァージリアを中間拠点として、南大陸へ進軍するつもりだろう。
狙いは東大陸ではない。
その先にある――南大陸だ。
南大陸の一大勢力になっているサイサリス教国を叩いて、東大陸の北と南に大拠点を築いてから、〈レミューゼ〉と〈三ツ国〉を筆頭とする東大陸の反抗勢力を挟み潰すつもりなんだと思う。
……やっぱりなんだか余計なことを言ってしまっている気がする。
書面だとつい筆が滑ってしまうね。
ともかく、キミも気をつけることだ。
メレアと金の亡者に、よろしく言っておいてくれ。
世話になった、と。
――あ、なんならこの手紙を直接渡してしまってもいいよ。彼らにも関係のある話だからね。
まあ、どうせ金の亡者あたりが、遅かれ早かれ同じ情報を探し出すだろうから、隠しておく意味もあまりない。
じゃあ、またどこかで。
平和な地で会えることを祈っている。
『あなたの道化師より』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「もっと、ロマンチックな手紙かと思いましたよ。なんですか、この殺伐とした内容の手紙は。芸術都市に入り浸った道化師のくせに、詰めが甘いですね、シーザー」
ジュリアナは手紙を最後まで読んで、目に涙を浮かべながら苦笑していた。
手紙を書いた者に対する、慈しみとも皮肉とも取れる不思議な笑み。
「はあ……、なんだか力が抜けてしまいました」
「大丈夫?」
手紙を折りたたんだジュリアナの隣から、メレアが顔を出して言った。
「ええ。大丈夫です。どんな衝撃的な内容が書かれているのかと身構えていたのですが、意外とこう、事務的な感じで。拍子抜けして、逆に力が抜けてしまっただけです」
「へえ?」
メレアは興味深そうに目を丸くして、小さく首をかしげる。
「それ、俺が読んでも大丈夫?」
「はい、むしろシーザーもそれを望んでいるような気がします」
ジュリアナは目元の涙を袖で拭ってから、わざとらしく肩をすくめてメレアに手紙を渡した。
◆◆◆
「なるほど、別れの手紙としては、ひどいもんだ」
ノエルの背に揺られて数分。
揺れる竜の背上で、器用に立ったまま手紙を読んだメレアは、ジュリアナと同じように笑った。
「〈魔王連合〉としては、とても貴重な内容だけど」
「シーザーはああ見えて意外と仕事中毒なところがありましたからね。最後の最後でその悪癖が出たんでしょう。押さえるところは押さえるという長所が、かえって悪い方向に」
ジュリアナは小さくため息をついて額を押さえた。
どことなく表情は明るい。
「でも、ところどころ意味深な言い回しがあるね。教皇との関係とか、友達とか。――シャウ」
すると、メレアが後ろを振り向いてシャウの名を呼んだ。
視線の先には「ちょっと待ってください。エルマ嬢じゃないですけど、私も竜酔いしてきました」と蒼い顔でつぶやくシャウの姿がある。
「シャウ、シーザーについて、タダで教えられることってある?」
「タダ……? 私が……タダで? そんなものな――」
シャウはそこで一旦えづいて、眉根を寄せながら再び口を開いた。
「……ない、と言いたいところですが、今回はジュリアナ嬢に借りがあるので、少しだけ補足しましょう。でもこれ、タダじゃないですからね? 借りに対するお返しですから、タダじゃないです。タダで取引したとか、末代までの恥ですからね!」
シャウは蒼い顔で言いながら、メレアとジュリアナのいるノエルの首元まで姿勢を低くしたまま歩いてきて、メレアからシーザーの手紙を受け取った。
両膝をついて、ノエルから振り落とされない姿勢を維持しつつ、しぶしぶ手紙を読みはじめる。
「えーと」
シャウは手紙を読んで十数秒もしないうちに口を開いた。
「まず、シーザーが旧制サイサリス教国の同盟国の生まれだというのは本当です。で、『ちょっとした重鎮』とか言ってますが、シーザーはその都市国家の王族です」
「え?」
「ぶっちゃけ、王女です」
シャウはけろっとして言った。
さすがのメレアも、その言葉に唖然とする。
「王女? 王子じゃなくて?」
「あー、そっちですか。……そうですね、メレアだとそこから説明しないといけないですね。あなたこういうところ察し悪いですもんね。朴念仁ですからね」
「なんかよくわからないけど、すごくバカにされてることだけはわかった」
「よくできました」
シャウがビっとメレアを指差して続けた。
「まあ、ほかにもシーザーのことをいまだに男だと思ってる者がこの中にはいると思いますが、シーザーは正真正銘女です」
後ろの方から、「なに? あいつ女だったのか? 気づかなかった……」というエルマの声と、「俺は何度か会ってから気づいたよ」というサルマーンの声が聞こえた。
「なので、王女です。――ただし、どこの国の王女だかは言いません。サイサリスの隣国は起伏のある周辺地形の影響で、五つもありますから、どこの国の王女だかはまだわからないでしょう」
「そうですね」
シャウの言葉にうなずいたのは、メレアではなくジュリアナだった。
「昔は六つでしたが、かの〈ウィンザー商国〉は滅亡しまったので、たしかに今の隣国は五つです」
「――よく御存じで」
シャウは微笑を浮かべたまま、ジュリアナの知識を讃える。
「ともかく、その五国のどこかが、シーザーの母国です。まあ、ここに書いてある情報と現状を照らし合わせれば、さほど難しい問題ではありません。シーザーも別にバレても構わないというつもりで書いたのでしょう。あるいは、――誰かに知っておいてほしかったか」
シャウは手紙を再び折りたたんで、ジュリアナに返した。
「と、まあ、ひとまず今日はこのへんで勘弁してもらっていいですか? 今にも吐きそうなのでっ!」
シャウはグっと親指を立てて、ノエルの背に突っ伏す。
「あー……しかし、シーザーから得られた情報は私たち〈魔王連合〉的にかなり重要なので、さっさとレミューゼに帰って見分しなければなりませんね。〈魔王の知識〉筆頭のリリウム嬢にもまた頑張ってもらわなければなりませんよ。でも今はとにかくここから降りたい。早く城に帰りたいです……」
「はは、そうだね。まずはレミューゼに戻ろう。星樹城でみんなが待ってる」
「どっちかっていうともう魔王城ですけどね」
「ホント響きが良くないよな……」
「わかりやすいですけどね」
そうして一旦会話が中断した。
「あ」
すると、不意にジュリアナが空を見上げて何かを見つける。
「あれ、〈有翼獅子〉ですか?」
ジュリアナは水色の髪をなびかせながら、天上目がけて指を差した。
「――そうらしいな」
メレアが見上げた先、夜でも形のわかる厚みのある雲の隙間から、翼の生えた獅子が姿を現していた。
その獅子は天空から高度を落としてノエルに近づいてくる。
飛翔速度もかなりもので、地竜の疾走に負けずとも劣らない速度だ。
「ギャ」
と、ノエルが首をもたげ、竜眼をグリフォンへ向ける。
直後、
「ンギャ!」
ノエルが跳んだ。
まるで、並走するグリフォンに負けたくないとでも言わんばかりの、挑戦的な跳躍。
「うおっ」
またシャウの悲鳴があがり、ノエルの身体がみるみるうちに空へ迫る。
グリフォンが高度を下げてきたこともあって、次の瞬間には竜と獅子の身体が急速に接近した。
「――」
もう少しで激突するかというところで、グリフォンが驚いたように翼をばたつかせ、高度を上げる。
ノエルの身体が引き連れてきた暴風で、その姿勢が乱れた。
「あ――」
そのとき、グリフォンの背から、人影がこぼれた。
手が届くような距離ではなかったが、その人影を見たジュリアナは、再度手を伸ばしかける。
「――いえ、あなたにもやるべきことがあるのですね。なら、今は一旦、お別れです」
しかしジュリアナは、結局その手を伸ばさなかった。
伸ばしかけた手をもう一方の手で押さえて、笑みと共に言う。
ノエルの跳躍の余波に煽られたグリフォンは、逃げるように高度を上げて雲間に消えていった。
「メレアさん」
ノエルの跳躍が頂点へと到達し、今度は降下をはじめる。
その間際に、ジュリアナがメレアに向かって言った。
「私、また一つ、やりたいことが増えました」
「うん」
「だから、それを達成するために、あなたのもとで頑張ります」
「そっか」
「なので、改めて、これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
竜の身体が地に舞い降りる最中に、二人の笑みが交差した。
そうして〈魔王連合〉は、新たに二人の魔王とその兄弟を引きつれて、かの白国レミューゼへと帰還する。
メレアたちがハーシムから『新たな動乱』についての話を聞いたのは、魔王たちが帰還して間もなくのことだった。
魔王たちはまだ平穏を手に入れてはいない。
それが本当に手に入るものなのかもわからない。
けれど彼らは、前に進み続ける。
行き着く先が望んだ未来であることを、誰もが必死に信じていた。
戦乱の時代は、まだはじまったばかりだった。
終:【第二部】【最後の救出劇】
始:【第三部】【動き出す者たち】
本作をお読みいただきありがとうございます。ブックマークやポイントなどで応援してくださると連載の励みになります。また、本作のコミカライズ版が秋田書店のweb漫画サイト『マンガクロス』にて無料連載中です。併せてお楽しみください。https://mangacross.jp/comics/hyakuma





