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百魔の主  作者: 葵大和
第十一幕 【最後の救出劇】
133/267

133話 「さよならは絢爛な手紙と共に」

「ノエルッ!!」


 黒い砲弾を〈天王の剛槌〉で打ち砕き、その破片を〈風神の六翼〉で粉々に吹き飛ばしたメレアは、即座に黒鱗の地竜の名を呼んだ。


「エルマ! サルマーン! 皆をノエルに乗せろ!!」


 続けて仲間たちに指示を出しながら、メレアは再び周囲を窺う。


 ――逃げ足ばかり速いやつらだ……!


 屋根上の舞台から見下ろした先に、ミハイと黒衣の術師たちの姿はもうなかった。

 騒ぎを聞きつけて多くの人が集まってきていたのも、ミハイたちの姿を捉えづらくさせた要因の一つだが、なによりも大きな要因となったのは、その眼下の人々が今の砲撃を契機に一斉に動きはじめたことにあった。


『海賊の襲撃だ!!』


 誰かが叫ぶ。

 眼下の観客たちはそこで今の砲撃が演出ではないことを確信した。


「メレアッ! 上を! 第二射です!」


 と、メレアの耳をシャウの声が打つ。

 見上げた先に大量の砲弾が迫っていた。


 ――撃つしかない。


 瞬間、メレアはさきほど感情が先行したせいで勝手に開いた〈帝門〉に加え、即座に〈神門〉を開いた。


「――〈牙風御雷(がふうみかずち)〉」


 そして、広がった脳内の術式処理領域をフルに使い、広域を焦土と化すような大術式を天に向けて放つ。

 一瞬のうちに装填された白雷が風の六翼と混じり合い、羽ばたきと同時に(いかずち)の風が空に向かって広がっていった。

 雷風に(あお)がれた砲弾の群は、みるみるうちにぼろぼろと崩れていく。


「メレア! 全員乗ったぞ!」


 雷風が天に轟いたあとに、今度はサルマーンの声が響いた。

 悲鳴があちらこちらからあがる中でも、彼の声はよく通った。


「今行く!」


 メレアは黒い髪をなびかせて、屋根上から跳躍する。

 こんな状況でもけろっとして主の帰還を待っているノエルの背に着地点を設定し、風翼で微調整をしながら、うまく仲間たちの間に身をすべり込ませた。


「ギャ」


 ノエルはメレアの到着を確認したあと、建物の間を抜けてきた砲弾を軽々と尻尾で叩き落とし、それから鼻先をヴァージリアの西門へ向ける。


「■■■」


 西門の出入り口では、手っ取り早く街の外へ避難しようとする観客たちが人だかりを作っていた。

 その状況を見たメレアが、竜語でノエルに指示を出す。

 メレアの竜語を受けたノエルは、今度は西門の上の方を見上げた。


「あっ! ちょっ、まさかここから跳ぶわけじゃ――」


 その様子を見てまっさきに声をあげたのはシャウである。


「我慢だ、シャウ。普通に走ったらほかの人間を轢いてしまう」

「お金を道の脇にバラまいたらうまいことあの辺開きませんかね!? 金に目がくらんで、わらわらーっと!」


 シャウのとっさの提案に、魔王たちのため息が重なった。


「お前のその清々しいまでに金の亡者な発想に、こんな状況でも感嘆せずにはいられねえよ」

「だって! 跳びたくないんですもん!」

「もん、じゃねえ。いいから我慢しろ」

「嫌だあああ! 世の金を集めきる前に死ぬのは嫌だああああああ!」


 騒ぎはじめたシャウの頭を、サルマーンが片手で押さえつける。


「よし、いいぞ、メレア」

「わかった」

「ここぞとばかりに扱いが雑ですねっ!?」

「急いでんだよバカ」

「ああっ! もういいですっ!! 落ちたらちゃんと拾ってくださいよ!?」

「任せろ」


 メレアがうなずいた直後。


 芸術都市に地鳴りのような音が響いた。


 それは、黒鱗の地竜がその圧倒的な身体能力の代名詞とも言える大跳躍のために、足を踏ん張ったがゆえの地鳴りであった。

 そして――


「――」


 竜が空を『跳ぶ』。

 いつの間にか空に昇っていた黄金色の月が、そのきらびやかな光で黒曜の鱗を照らしていた。

 

◆◆◆


 ――とても、空が近いです。


 〈魅魔〉ジュリアナ=ヴェ=ローナは、その時、鳥かごから解き放たれたような感覚を得ていた。

 一瞬のうちに空へと舞いあがった地竜の背の上で、自分を救ってくれた一人の〈魔王〉に身体を支えられながら、彼女は胸中に思う。


 ――あのときよりも、ずっと高い。


 芸術都市の一角で、人だかりを越えられず、困っていたとき。

 あのときも彼は、自分を高いところまで連れて行ってくれた。

 けれど、ここはあのときよりもずっと高い。

 いろいろなものに縛り付けられて、なにより自分で自分を縛っていたときには感じられなかったような爽快感が、この瞬間にはあった。


「降下するぞ!」


 と、不意に力強い声が響く。

 今自分の身体を支えてくれている〈魔王〉――メレアが、以前とは打って変わった黒髪を風になびかせながら、注意を喚起していた。

 ジュリアナは自分の身体をがっちりとつかんでくれているその腕に、むしろ優しさを感じながら、身を強張(こわば)らせる。


「■■、■■!」


 続けて聞き慣れない言語が耳を打ち、その直後に足下の地竜がその鋭角な翼をあらんかぎりに広げたのを見た。


「■■■――うまく着地しろよ、ノエル」

「ギャ」


 ふと、視界の端に映った芸術都市の街並みは、とてもきれいだった。

 赤い炎と得体の知れない火花が、街の北側を中心にちかちかと(ひらめ)いている。

 それが芸術ボケしたこの街に突如として降りかかった災厄の光であることをわかっていながら、栄華と破滅の入り混じるその夜景に、美しさを見出さずにはいられなかった。


「よし、良い子だ」


 やがて、夜景は見えなくなる。

 気づいたときには、思いのほか静かな着地音とともに、竜が地に降り立っていた。

 メレアが自分を支えている手とは逆の手で、地竜の首筋をいつくしむように撫でていた。


「やたらと跳ぶのがへたくそだったあの子竜が、ずいぶんそれらしい跳躍をするようになったじゃねえか」


 すぐ隣で、精悍な顔つきをした砂色髪の青年が、肩をすくめている。

 顔にはどことなく楽しさが入り混じったような、苦笑があった。


「私、生きてます? ……あれ? 私生きてますっ!?」


 と、続けて後ろから上ずった声が聞こえてくる。


「ああ、生きてるよ。よかったな、これでまた金が稼げるじゃねえか」


 砂色髪の青年が後ろをちらと振り返りながらため息をついた。

 その視線の先では金髪の青年が両腕を広げて天を仰いでいる。


「いっそ死ねばよかったのに」


 すると、今度は澄んだ女の声が来た。


「あっ!! 今どこかからメイドという概念を根本的にはき違えている奇天烈な女の声がっ!!」

「いっそ、死ねば、よかったのに」

「ああっ!! 訂正するどころかむしろ力強くなってますね!! ――でも今はその悪言も不思議と愛おしい!」


 声の主はこんな状態でもぴしりとした姿勢を崩さないメイド服の女である。

 その切れ長の目は冷然とした様相をたたえて、金髪の男に向けられていた。


「今回はいつにもましてどうかしてしまっているようですね」

「ははは! 今なら私、あなたに何を言われても心折れないと思いますよ!」

「気味が悪い」

「あっ、シンプルな方がかえってキツいみたいです!」


 「ダメじゃねえか」と砂色髪の青年の声があがって、ようやくそこで景色が動きはじめた。


「ひとまずここから離れよう」


 メレアが立ちあがり、皆の視線を集めてから言った。

 いつの間にか、髪がいつもの雪白色に戻っていた。


「ああ、このままここにいてもロクなことがなさそうだからな。それでいいだろ」

「うん。ノエルの足なら隣町まですぐに着く。これからの話はそこでしよう」


 メレアの口調や雰囲気も、柔らかなものに戻っていた。


「ジュリアナ」


 すると、そのメレアが、無邪気さを含んだ笑みでジュリアナの方を振り返る。


「これからまた少し旅路が続くけど、大丈夫?」

「ええ、もちろん」


 ジュリアナはメレアの問いに即答した。


「私も、あなた方と共に行くと決めています。――それに、前にも言ったかもしれませんが、これでも結構鍛えているんです。これくらい、なんてことはありません」

「はは、頼もしいよ」


 メレアは笑って、ついにジュリアナの身体から手を離した。

 ジュリアナはそれを内心で少し残念がったが、続けてメレアが同じく今回の出来事で助けた〈光魔〉ザラス=ミナイラスと、その弟アルター=ミナイラスに声をかけたのを見て、すぐに気持ちを切り替えた。

 このメレアという男が、ここにいるすべての魔王たちにとって、等しく親愛の対象であるのだということを、改めて認識した。


 やがて、芸術都市からいくばくか離れたところで、小さな林道に入る。

 夜の林道は隙間からこぼれてくる月光に照らされて、幻想的な雰囲気を醸していた。

 その林道の中ほどで、ジュリアナは彼――


 (いな)、『彼女』に再会する。

 

「あ――」


 ジュリアナの宝石のような輝きを放つ水色の目は、林道の中にあったひときわ巨大な樹の上に、道化師が着るような派手な衣装に身を包んだ麗女が立っている姿を捉えた。


「――」


 彼女はまだ言葉を発さない。

 自分を乗せた地竜は猛然とした速度で道を駆ける。

 考えている暇はほとんどない。


「シーザー!」


 ジュリアナは先に声をあげていた。

 あの野外劇のドタバタの中で見失った稀代の演者。

 もしかしたらこのまま彼女と会えなくなってしまうかもしれないと思っていたジュリアナは、シーザーとの再会に歓喜した。

 思わず、顔がほころぶ。


「シーザー! 一緒に!」


 彼女にもいろいろな事情があることは知っていた。

 それでもここまで来たら、一緒に行きたい。

 お礼も言いたいし、ほかにもたくさん積もる話がある。

 ジュリアナは素直な気持ちを口に出していた。


「……」

 

 隣に立っていたメレアも、シーザーの姿には気づいていたようだった。

 しかし視界の端で捉えたメレアの顔には、自分とは違って笑みはなかった。

 そして――


「シーザー! 手を!」


 地竜が速度を緩めたのがわかった。

 メレアが小さく何かを喋っていたから、そういう指示を地竜に出してくれていたのだろう。

 ジュリアナはできるかぎりシーザーの方に身を寄せて、手を伸ばした。

 その動きのあと、シーザーの方もおもむろに手を伸ばしたのが見えた。


 ――よかった。


 やっぱりシーザーもついてきてくれる。

 そう、思った。

 だけど、


◆◆◆


「ごめんね、ジュリアナ。ボクは一緒には行けないんだ」


◆◆◆


 ジュリアナの手に触れたのは、シーザーが手の先に差し出していた一通の『手紙』だけだった。

 ジュリアナの手が、シーザーの手の温もりを感じることはなかった。


「っ――」


 すれ違う。

 自分の目と鼻の先で、シーザーが申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。


「さよなら。また、どこかで」


 彼女の声が、小さく耳を打った。

 地竜は止まらない。

 樹上の道化師の姿が小さくなっていく。

 どうしてメレアが悲しげな顔をしていたのかが、ようやくわかった。


「メレア……さん」

「ごめんね、ジュリアナ。シーザーに……頼まれたんだ」


 メレアが申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「シーザーには、まだサイサリスの中でやることがある。だから、一緒には行けない。――『ここで引き返すことはできない』」

「どう、して……」

「わからない。俺も、どうしてあのシーザーがサイサリスなんかの中に留まり続けるのか、くわしいことは知らない」


 メレアはふと、視線をジュリアナからほかに移した。

 その視線の先には、あの金髪の男がいた。


「シャウは、そのあたりの事情に通じてるようだけど」


 メレアがシャウに言う。


「……まあ、どうしてもというのなら、多少の情報提供は考慮しますが、私は私でシーザーと取引をしていますからね」


 シャウは、さきほどまでのあたふたとした様相から一転して、真面目な顔で返した。


「ひとまず、ジュリアナ嬢の手元にあるシーザーからの手紙に目を通してみてはどうです?」


 と、シャウがジュリアナの手元を指差して言う。

 ジュリアナの手には、シーザーの手の代わりにしっかりとつかまれた、一通の封筒があった。

 東大陸でよく見られる、手紙の様式。どこかで見たことのあるような絢爛(けんらん)な模様の封蝋(ふうろう)が、その口を塞いでいた。


「そう、ですね……」


 ジュリアナは沈痛な思いを必死で横に押しやりながら、その蝋を剥がす。

 その手紙の中に、何が書かれているのか。


 知りたいようで、知りたくなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] え、結局敵逃げんの?こんなに引っ張っといて?うわめっちゃダルい……フラストレーション溜まりっぱなしで終わりか……もういいや
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