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百魔の主  作者: 葵大和
第十一幕 【最後の救出劇】
131/267

131話 「激昂の魔神」

 ミハイ=ランジェリークは元魔王である。

 

 かつて幼い頃にセリアス=ブラッド=ムーゼッグに拾われ、その従者となるまでは、紛うことなき〈魔王〉であった。


「……」


 そしてミハイの先祖――初代〈剣王〉は、かつてフランダーたちと同じく〈英雄〉と呼ばれた人間でもあった。

 つまりミハイは、あの『転換期』の英雄たちの子孫である。


「……一緒にするな。僕は貴様たちとは違う。そして愚かな僕の先祖たちとも違う」


 しかしミハイは、あの転換期の英雄の子孫であることを快く思っていなかった。

 ミハイは自分の先祖を――


「僕は、僕の血が嫌いだ」


 恨んでいた。


◆◆◆


「――そうか」


 メレアはミハイの言葉を受けて、特に驚いたりもせず、ただ一度、うなずいた。


「たしかに、親と子の考えが必ず同じになるとはかぎらない。人はあくまで個人だ。考え方の違いは、当然生まれるだろう」

「当たり障りのないことを言うな、魔神。一般論なんて反吐(へど)が出る」

「俺も自分でそう思う。だが、そう言うしかないだろう。現にお前は、そうらしいのだから」


 ミハイにそう告げるメレアに、悪びれる様子はなかった。平坦に、淡々として、事実だけを突きつける。内心の揺れなど当然そこには見られない。


「……僕はあの『転換期』に国家の要請に従わなかった無責任な先祖を恨む。力があったのなら最後まで責任を取るべきだった。力ある者にはそれだけの義務が生ずるんだ。それをあの転換期の英雄たちが放棄したから、今こんなにも世界が混乱している」


 対するミハイはやや饒舌になってそう告げた。


「力ある者の義務が嫌だったなら、初めから魔王討伐に名乗りなど上げなければ良かったのに」


 ミハイはいつの間にか、再び黒い術式剣を召喚し、それを両手に一本ずつ握りしめていた。


「俺にはお前がどういう理由でそういう考え方になったかなんてわからない」


 と、メレアがまたミハイの言葉に答える。


「だから、お前の英雄に対する考え方に対して、安易に同意も反対もしない」


 メレアはそう言ったあと、わずかに視線を伏せて、ややあってから再びミハイの眼を見据えた。


「それでも、この状況で確信を持って言えることもある。たとえお前がかつての英雄の子孫であっても、ほかのどこかの国から以前まで魔王と呼ばれていたのであっても、現状でお前が自分の意志で俺たちに剣を向けるかぎり――」


 メレアはそのとき、ほんの少し眉尻を下げていた。

 何かに対しての悲しみの表情が、わずかに、顔に表れていた。それでもその表情は、一瞬のうちにどこかへ消えた。


「――やっぱりお前は俺たちの敵だということだ」


 メレアは無条件に寛容ではない。

 ザラス=ミナイラスとミハイ=ランジェリークは、決定的に違っていた。

 このミハイ=ランジェリークという男は、己の意志でムーゼッグの理念に賛同している。状況に強要される形で、魔王に敵対しているわけではない。

 

「俺は魔王を救いたいと思っているが、それは魔王という悪魔の獣皮を被せられた人そのものを無視してまで行うべきものではないとも思っている」


 人を無視した途端、それこそ言葉に振り回されることになる。

 だからメレアは、ミハイに同情はしなかった。

 そして同じくミハイの方も、


「当たり前だ。ここで貴様が僕を救うなどと妄言を吐いたら、気味が悪くて嘔吐する」


 メレアが差し伸べた手を取るつもりなど毛頭なかった。

 ミハイは心底嫌そうに眉根を寄せて、メレアに言う。


「貴様らは唾棄(だき)すべき過去の遺物だ。そもそも〈英雄〉だとか〈魔王〉だとかいうものが、数多く世にはびこってしまったのがすべてのひずみの原因なんだ」


 ミハイは右手に持った黒剣をくるくると取り回しながら一歩前へ歩みを進める。


「突出した才能はこんなにいらない。絶対的にすら思えた〈悪徳の魔王〉が滅んだ今は、過去の英雄の才能は存在しない方がいい」


 二歩目を踏んだところで、ミハイの頭上にさらに二本の黒剣が召喚され、その場に滞空した。


「なら、今まさにお前が使っている力もなくなった方がいいと」

「そうだ。必要とあらば僕はこの力を捨てる」


 ミハイは間髪を入れずにうなずく。


「だが一度にすべてを消し去るのは現実的に不可能だ。だから次点の案として、ばらばらに散らばった力を一カ所に集めるべきだと僕は思う。覇者が一人になれば、世界は安定する」

「それがムーゼッグの考えか」

「違う、僕の考えだ」


 ミハイが首を振って、三歩目を踏んだ。


「正直に言えば、僕にもまだ殿下のお考えのすべてはわからない。あの方が最後の最後に何を求めているのか、僕もまだ知らされていない」

「なのにお前はセリアスについていくんだな」

「わかることもある。今わかることだけで、僕は十分殿下に命を懸けられる」

大概(たいがい)だよ、お前も。俺も含めて、どうにもこの時代には吹っ切れているやつが多い」


 不意に、メレアが小さく笑った。

 

「だからやっぱり、お前はここで叩き伏せておく必要がある。お前を俺の後ろに通したら、何をしでかすかわからない」


 すると、メレアはまた掌を打った。


「終わりにしよう、ミハイ=ランジェリーク。周りも騒がしくなってきた」


 瞬間、メレアの周囲に風が吹いた。

 それは〈風神の六翼〉によって発生した風とはどこか質が違っていた。


「〈暴神(クルザ=カタストロフ)の憤怒〉」


 そして魔神が暴神の名を紡ぐ。


「――〈二門封解〉」


 その日、メレア=メアの髪が黒く染まった。


◆◆◆


「あれ、もしかしてメレア、わりに本気ですか?」


 ヴァージリアの西の都市門の方を見上げながら、やや弾む声音で言ったのはかの金の亡者だった。


「いえ、完全に本気というわけではないようです。たしかに髪は黒くなっていますが、〈四門〉をすべて開けたときよりも空気が大人しい気がします。もしメレア様が四門をすべて開けていたら、この距離でも背筋が凍りますし。――まあ、とはいえ手加減をしているという感じでもないようですが」

「ふむ」


 金の亡者――〈錬金王〉シャウ=ジュール=シャーウッドの声に答えたのは〈暴帝〉マリーザである。

 二人は〈光魔〉ザラス=ミナイラスと、その弟、アルター=ミナイラスを連れて、ちょうどメレアたちのいるヴァージリアの西の都市門に向かって街路を走っているところだった。


「こんだけ離れてても嫌というほどあいつの魔力の光が見える。これで本気じゃねえって、本気出すとどうなるんだよ」


 街路を横並びに走りながら、不意にザラスが呆れたように声をあげた。


「そうですね、わかりやすく言うと――」


 シャウは走りながら思案気な表情を浮かべ、一拍を置いてから言う。


「術素を視覚的に見ることができるあなたの魔眼で直視したら、あんまり眩しくて目がつぶれるかもしれませんね」

「ハハッ、笑えねえ冗談だ」


 ザラスは乾いた笑いを浮かべた。


「まあ、ともかく。ちらっとしか見えませんでしたが、メレアの髪が黒くなっていたのは確かです。あれは結構本気を出してる合図ですから、こちらも急ぐ必要がありますね」


 シャウはそう言って駆ける速度を速めた。

 すると、


「お。――よう、ちょうどだな」


 シャウたちが走っていた街路の脇から、聞き慣れた声と見慣れた風体の男が飛びだしてくる。


「あ、もじゃーだ」「もじゃー!」


 その男の肩には、同じく見慣れた格好の小さな少女たちが乗っていた。


「おや、みなさんおそろいで」


 シャウは彼らの姿を見て、少し目を丸くしたあと、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「私もぜひサルくんの肩に乗せてもらいたいところです。少し疲れて来たので」

「お前はもう少しまともな冗談言えよ」


 〈拳帝〉サルマーンと、〈水王〉〈氷王〉の双子だった。アイズの護衛を務めていた彼らが、同じく西門を目指して走っているところでシャウたちに合流したのだ。


「アイズ嬢は?」

「心配すんな。ちゃんといるよ」


 シャウの問いを受けて、サルマーンが後ろを指差す。

 その促しにしたがってシャウが横道を覗き込むと、


「う、うわぁ……、あれも傍から見たら結構おそろしい光景ですよね……」


 そこにはこちらに向かって猛然と走ってくる鎧甲冑の姿があった。


「あれに入っているのが実は美女だなんて言っても、誰も信じない気がします」

「かもな」


 〈獣神〉シラディス。重厚な鎧をまといながら、ガッチャガッチャと音を鳴らして軽快に街路を走ってくる彼女は、肩に銀眼の少女を乗せていた。


「アイズ嬢も相変わらず胆が据わっているようで。私ならあんな余裕な顔であの場所に座ってられませんよ……」


 アイズはいっそ楽しげにすら見える表情で、シラディスの肩に乗っている。


「あ、シャウ、くん」

「やあやあ、アイズ嬢。さして長い間離れていたわけではありませんが、なんだか久々な気がしてきますね」

「ふふ、そうだ、ね」


 アイズはシラディスの肩に乗ったままで、ついにシャウたちに追いつく。


「これから、どうするの?」


 と、アイズが続けてシャウに訊ねた。


「そうですね……、ひとまずは、この先にいるであろうジュリアナ嬢たちと合流します」


 シャウはこめかみを指でつつきながら言った。


「さきほどの北側からの砲撃音も気になります。正直言えば、あまりヴァージリアに留まりたくはありません。私たちはあくまで遠征隊のようなものですから、ここでこれ以上妙な戦闘に巻き込まれるのは避けたい」

「まあ、そうだな。真正面からやり合うにゃ、人数も準備も不十分だ」


 サルマーンがため息気味に息を吐いた。


「ここにいるザラス嬢やジュリアナ嬢を救えただけでも、十分すぎる成果です。ムーゼッグが妙なことをしでかす前に、ここは手早く退却するべきでしょう」

「足はもう西門についてるらしいしな」


 サルマーンはさきほど西門のあたりに黒鱗の地竜が落下してきた光景を思い出す。遠目からでもノエルの巨躯はよく見えた。


「んじゃ、さっさと合流して撤退といこうぜ。ムーゼッグはメレアが引きつけてる。今のうちだ」

「ええ。まずは先を急ぎましょうか」


 そして魔王たちは再び街路を走り出す。

 北の方の砲撃音は気になるが、現状特に焦る必要はなさそうだった。

 メレアの方もまた、〈暴神〉の能力を使った以上は強く心配する必要もないようである。

 これ以上内心を何かに揺るがされることもないだろう。

 気を引き締めながらも、このときの魔王たちの胸中には、一抹の安堵があった。


◆◆◆

 

 やがて彼らは、ヴァージリアの西門にたどり着き、無事にジュリアナたちと合流した。

 残るはメレアがムーゼッグ勢力を押しのけ、ノエルに乗って都市門を潜り抜けるだけである。

 魔王たちは安堵を浮かべてメレアとミハイがやり合っている建物の屋上を見上げた。

 彼らはそこで――


 メレアが激怒している姿を見た。


「――」


 魔王たちは知っている。

 普段は滅多に怒ることのないメレアだが、主に二つの理由でどうしようもなく激昂することがある。

 一に、仲間に危害を加えられたとき。

 二に、もう一つのある理由で。

 たしかこの芸術の街(ヴァージリア)に来た最初の頃にも、二つ目の理由でメレアが怒ったことがあった。

 魔王たちはこのとき、なんとなくメレアの激怒の理由を、そのときの理由と同じ点に見出していた。


 魔王たちは激怒しているメレアを息を呑みながら観察し、その視線がとある一点に集中していることに気づいた。

 メレアの視線は、目の前で這いつくばっていたミハイ=ランジェリークには向いていない。

 メレアは眼下を見ていた。


「なんだ――」


 サルマーンが目を細めて眼下の観衆の隙間を眺める。

 そしてそこに、異様な雰囲気を放つ二つの影を見つけた。


 一つは、おそろしく長い銀髪を垂らした長身痩躯の男。不気味な雰囲気を纏っている。

 そしてもう一つは――


「……〈雷神(セレスター=バルカ)〉?」


 サルマーンはそこに立っていた薄い輪郭の男を、かの英雄の物語が記された書物の中で、見たことがあった。


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