13話 「衝動の在り処」
そこから情報が統合されていくのは早かった。
メレアは下界の世相に疎い。
しかし欠けた情報を急速に補完するように、自らを嫌々ながら〈魔王〉と語る彼らの言葉に耳を傾けていった。
そして、ついにとある事実が浮き彫りになる。
「みんな魔王を狙う追手から逃げてきた結果、このリンドホルム霊山にやってきたのか」
「話を聞くかぎりそれで間違いなさそうだな」
〈剣帝〉エルマがメレアの声に続いた。
「偶然にしては出来すぎてる気もするけど……」
あるいは英霊たちが山頂を去ったことと関係があるのだろうか。
メレアは理由について考えようとしたが、すぐにエルマから声があがったので、思考を戻した。
「この際この状況が作為的なことなのか、偶然によることなのか、それは置いておくべきだろう。問題は四方から魔王を狙う敵に狙われているということだ」
そう、それが問題だった。
「同方向からの追手が競合するのを期待するばかりだが……」
「競合か……」
「そういう可能性は大いにある。魔王の力を求めるのは他勢力に対する優位をてっとり早く得たいがためだからな。戦乱の時代ゆえに私たちは追われるが、また戦乱の時代ゆえに今の状況が少しもマシになる――かもしれない」
エルマはそれがあくまで希望的観測であることを強調した。
「一番厄介なのは競合ではなく協力されることだ。ある程度その予測をつけるために、みながどの方向から来たか整理しよう。ちなみに私は東からだ」
エルマが率先して提言した。
すると、二番目に霊山を登ってきた少女〈アイズ〉が答える。
「わ、わたしは、北から、だよ」
さらに、三番目に山頂を訪れた鞄を背負った若い男と紅髪の少女が続く。
「手短に。私は〈シャウ〉と申します」
「あたしは〈リリウム〉。それで、あたしとこの金の亡者は西からね」
これで三方が埋まった。
残るは南だ。
すると二人に続けて、ぴしりとした整然様で立っていたあのメイド服の美女が、色素の薄い銀の髪を揺らして言った。
「〈マリーザ〉と申します。わたくしが南からです」
流麗な一礼をメレアに向け、それを受けたメレアが額を押さえた。
「バッチリ全包囲だね……」
その後も続々と魔王たちが自分の追われてきた方角を報せていって、そのたびにメレアの嫌な予感は輪郭を確かにしていった。
まずい。
これはおそらくまずい。
どうやらリンドホルム霊山が思わぬ戦火に巻き込まれそうだ。
確信に近いものをメレアは感じ取っていた。
◆◆◆
しかし、どうしたものか。
見れば、彼らは彼らで思案気な表情を浮かべている。
――メレア、お前はどうするんだ。
この状況でなによりも大事なのは自分の意見を持つことだろう。
メレアは二分の困惑をまだ心の中で揺らがせつつも、残りの八分でそう考えていた。
そもそも周りに合わせようがない。
互いに出会ったばかりという異様な状況なのだ。
――うん。
まずは自分がどう考えるかだ。
この状況の中で、彼らの話を聞いて、自分の中になにが芽生えたのか。
――どうしたいか。
最後の最後で信じられるのは、きっとそういう自分の中の衝動だ。
――お前はどう思った。
思わぬ来客。思わぬ繋がり。初めての外界との接触。
――それだけか。
違う。
――彼らは、〈魔王〉。
フランダーのかつての言葉が蘇る。
あのとき自分はどう答えたか。
――あのときの言葉は、きっとまだ透明だった。
本気で言った。
でもそれは現実にその状況に直面していなかった自分の言葉だ。
本当に心からそう思えるのか、そのときになってみなければわからない。
――俺は……。
◆◆◆
「どうするよ。逃げるったって、四方を囲まれてるってのは困るな」
「私を追ってきている都市国家軍は術式兵団も持っているぞ」
「は!? すげえのに追われてやがるな! おめえどこの魔王よ?」
「〈剣帝〉だ」
「あー、あの魔剣の一族の。……マジか、〈三八天剣旅団〉創設者の一族じゃねえか。そりゃあ術式兵団くらい動かすわ」
「くわしいな。旅団ごと名が没落して久しいというのに」
「まあ、俺の魔王の号は〈拳帝〉だからな。そういう系の号にはちょっとくわしいのよ」
「なるほど、素手で海を割るというあの〈拳帝〉か」
「それはちょっとおおげさな逸話な。――ともあれ、ざっと聞いたところ、でけえ勢力から小せえ勢力までいろいろだな。たぶん小せえ勢力は霊山に差し掛かる前にでけえ勢力に牽制されて退くだろ」
「結果的に、一番厄介なところばかりが霊山に迫ってくるわけだな」
「ハハッ――笑えねえ……」
メレアが思案している間にも、ほかの魔王の間では話が進んでいた。
ひとまず誰かが指針を打ち出さないことには、場がまとまりそうにない。
それを察したメレアが、集団討議をどうにか円滑に進めようとして、やや遠慮気味な声をあげた。
「えーっと、それじゃあ、ここまでを踏まえた上で一番手薄そうなところを探して――」
言いかける。
その次の瞬間。
「っ! 来る……よ!」
それはアイズの声だった。
直後、
リンドホルム霊山の山頂を、真っ白な閃光が突き抜けた。
それはまるで、光の砲撃のようだった。