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百魔の主  作者: 葵大和
第十一幕 【最後の救出劇】
128/267

128話 「幕引きは委ねられた」

「■■――!!」

「わっ!」


 ジュリアナを海賊たちから助けたメレアは、ジュリアナとの会話を終えたあと、不思議な音色の声をあげた。

 空に向かって遠吠えするようにあげられたメレアの声は、ヴァージリアの街に響き渡る。

 普通の人間にとってそれは、意味のない音の繋がりに聞こえた。


「い、今のは?」


 メレアの傍らでその声を聞いていたジュリアナが、驚いたように目を丸めてメレアに問う。


「竜族の使う鳴き声さ」


 メレアは眉をあげて楽しげに笑った。


「竜族の?」

「そう。――と、そのあたりを説明する前にジュリアナに言っておくことがある」


 すると、メレアが今度は真面目な表情を浮かべてジュリアナの方を見た。


「これから俺たちは、ヴァージリアを出る」


 さきほどのいざこざの影響で、周囲に観客たちが集まりはじめている中、メレアがはっきりと言った。


「わかりました」


 そしてジュリアナは、メレアの言葉に同じく真面目な顔で答える。

 メレアたちと共に行くことを決意したジュリアナには、そのくらいの決断はなんともなかった。


「――うん」


 メレアはジュリアナの返答を聞いて、少し安心したように息を吐く。

 それからさきほどの問いに、改めてくわしく答えた。


「今の竜の鳴き声はそのための呼び声なんだ」

「え?」

「つまり――」


 と、不意にメレアが空を見上げる。

 ジュリアナもその動きにつられて視線を上げた。メレアたちに注目していた野次馬たちまでもが二人の動きにつられるように空を仰ぎ――


「あっ」


 ジュリアナの短い声が漏れたあと、その場にいた者たちはメレアとジュリアナを除いて一目散に駆けだした。

 彼らは見上げた先に、とある『何か』を見つけていた。

 やがて、蜘蛛の子を散らすように人々が駆け去ったその場へ、それが落ちてくる。


「――ぎゃ!」


 その日、芸術都市ヴァージリアが、轟音と共に揺れた。

 世にも珍しい黒鱗の地竜が、歴史上初めて、芸術都市に足を踏み入れる。

 歴史的瞬間に立ち会ったその場の紳士淑女たちは、劇の中でも見れないような奇天烈な状況に、一部感激し、一部戦々恐々として、後々までこの日の出来事を語り継いだという。


◆◆◆


「れ、〈地竜(レイルノート)〉ですか……?」

「そう。地竜。こいつも〈魔王連合〉の一員なんだ」


 メレアは空から目の前に落ちてきた巨大な地竜に一歩近づき、その身体をなでた。

 地竜――〈ノエル〉の方は、長い首をメレアの方に傾け、楽しげに額をこすりつけている。


「わかったわかった。あとで構ってやるから、少し大人しくしてろ」

「ぎゃぎゃっ!」


 ジュリアナは一人と一頭がじゃれ合う様子を信じられないものでも見るかのような目付きで眺めている。

 

「というかお前、誰も踏み潰してないよな……?」

「ぎゃ?」


 すると、ややあって、メレアが思い出したように言った。おそるおそるノエルの足元に屈みこみ、足の下を覗き込んでいる。

 当のノエルは「何のことか」というような顔で首を傾げていた。


「俺もちゃんと確認したつもりだけど、やっぱりちょっと不安になってきた……。ちょ、ちょっと右の前足あげてみ?」


 メレアが額の汗を袖で(ぬぐ)いながら言った。


「ぎゃう」

「よ、よし、そこはセーフだな」


 ノエルが上げた右前足の下に、何もないことを確認する。


「左足は?」


 続いて左前足。


「んぎゃ」

「誰もいないな。……じゃ、じゃあ後ろ足も同じ要領で」

「んぎゅ」

「……良かったぁ」


 ひととおり足元を確認したメレアが、安心したように息を吐く。


「あ、あのう……」

「ああ、ごめん、確認は終わったよ。――何事もなかった!」

「えっ? あ、そ、そうですね」


 ――芸術都市の地盤はだいぶ悪くなったと思いますけど……。


 ノエルが着地した場所の石床がばきばきに割れているのを見ながら、ジュリアナは思わず胸中にこぼした。

 しかし、メレアがグッと力強く右手の親指をあげているので、結局もろもろの言葉を呑みこむ。


 ――都市の統括者に見つかったら弁償を命じられたり……いえ、これは、そうですね……、サイサリスのせいということにしましょう。ええ、そうしましょう。


 ジュリアナはジュリアナで、なかなかにしたたかだった。


「さて、結局俺の方が先に来ちゃったけど、シャウたちはすぐに来るだろうか」


 メレアがノエルの足をなでながら、西門から続く中央通りの奥へと視線を向ける。

 これまでの一連の騒ぎで、また続々と人が集まってきていた。


 するとそんな場所へ、また別の騒ぎが合流する。

 最初に異変を感じ取ったのは、ジュリアナだった。


「……? なんでしょう、向こうからまた大きな人だかりがきます」


 ジュリアナが通りの向こうを指差す。

 その先に、屋根の上をぴょんぴょんと軽快に跳ねる人影と、その人影を追うように駆けてくる大きな人だかりが見えた。

 中央通りにいる人々を巻き込みながら、まるで止まる様子もなくこちらへとやってくる。


「……シーザー?」


 ジュリアナは屋根の上の人影を注視して、ようやくその正体に気づいた。


「ああ、シーザーだ」


 メレアがうなずく。

 そして二人のもとに、かの道化師が合流した。


◆◆◆


 ――うわぁ……、本当に地竜まで持ってるんだぁ……、うわぁ……。


 シーザーは眼下に見える野外舞台の観客たちを歌や踊り、ときにはわざとらしい口上で煽りながら、ついにヴァージリアの西門広場にたどり着いた。

 ここまでたどり着くまでに、すでに遠目におそろしげなシルエットが見えていたが、いざ近くで見ると改めて驚かずにはいられない。


 ――お。


 それからシーザーは、その地竜のすぐ近くに白髪の男と水色髪の女を見つけて、今度は大きく安堵した。


 ――これでもう、大丈夫だね。


 メレアの隣に立つジュリアナを見て、シーザーは内心に言う。

 彼女から熱のこもった視線が返ってきたのを感じて、シーザーは小さく笑みを浮かべた。


「さあ皆さま! 大変に驚いていらっしゃるでしょうが、これも現実です! この物語の盛大なクライマックスのために地竜(レイルノート)までもをご用意いたしました! ――大丈夫です、この地竜はとてもよく人になついておりますので、皆々さまに危害は加えません! ご安心を!」


 すると、シーザーは屋根上で再び声を張り上げた。


 ――地面、結構盛大に割れてるけど。


 内心で「やっぱりこの言い訳はちょっと苦しいかも」と思いながら、しかし観客たちがどうにかその場に踏みとどまったのを見て、ほっと胸をなでおろす。


 続けてシーザーはさきほどの金髪の男を探した。


 ――さて、どこかな。


 この観客の身体を使った『移動する壁』のせいで、下の道を突破したり回り込んだりはできなかったはずだ。


 ――となると、


 シーザーは眼下に向けていた視線を自分と同じ高さに戻す。

 それから後方を見やった。


 ――やっぱり。


 そこに、自分と同じように屋根上を跳びながら追ってくるあの男を見つけた。

 この様子だとそろそろ追いつかれそうだ。


「……どうしたもんかな」


 ここまで来れば、あとはメレアたちがジュリアナを連れて逃げるだけである。

 シャウたちが合流するのを待っているのだろうが、あの金の亡者のことだ、そう遅くないうちにやってくるだろう。


 ――ボクも、あまり長居はしない方がいいな。


 目立ち過ぎるとサイサリスとの関係にも面倒が生じるかもしれない。現状でもなかなかの無理をしている。


「シーザー、もういい、十分だ」


 と、不意にシーザーの背中側から声がやってきた。

 振り向くと、そこにメレアがいた。いつの間にか屋根の上に登ってきている。


「……そうかい」


 ならジュリアナは誰が守っているのか、と再び広場の方に視線を向けると、そこにあの黒髪の麗人を見つけた。――〈剣帝〉エルマだ。


 ――彼女は大きく回り込んだんだね。


 良い判断だ、と小さくつぶやきながら、再び視線をメレアに戻す。


「じゃあ、ボクはこれで」

「……本当にいいのか」


 シーザーが踵を返してその場から立ち去ろうとすると、後ろからメレアが訊ねた。

 メレアの顔には、どこか悲しげな色が混ざっている。


「いいんだよ。ジュリアナにはギリギリまで言わないでおいてくれ。彼女はボクを連れて行こうとするだろうから」

「……わかった」

「メレア」


 メレアの口から沈痛な言葉があがったあと、シーザーは笑みでメレアの方を振り返り、剽軽(ひょうきん)にくるくると回って見せた。


「ボクにはボクの目的がある。キミの誘いも、キミの思いも、ボクは本当に嬉しかった。けれど、ボクはここにいなきゃならないんだ。ボクはまだサイサリスを離れるわけにはいかない。だから、いずれまた、出会うことがあれば――」

「ああ。助けが必要なときは言ってくれ。必ず行く」

「覚えておくよ。じゃあ、ボクはもういいかい。あの金髪の男の子が来てるけど」


 シーザーが先ほどよりずっと近くなっている屋根上の金髪の男――ミハイを指差して言った。

 メレアはその指先にしたがってミハイの姿を見、それからうなずいた。


「構わない。あれは俺たちが相手をするべき勢力だ」

「ハハ、実はまったくボクに関係がないわけでもないけど、今のボクとしてはありがたい提案だから、今回はその言葉に甘えておこうかな」


 言いながら、ついにシーザーは隣の家の屋根へ飛び移った。


「――さあ皆さま! クライマックスです! この白髪(はくはつ)の男性が此度(こたび)の劇の主演役者でございます! 果たして彼は後ろから迫ってくる悪漢から無事ヒロインを救えるのでしょうか!」


 シーザーは隣の家の屋根に飛び移ってから再度眼下に視線を向け、声をあげた。

 地竜ノエルに意識を奪われていた観客たちが、再び劇の動向に注目する。

 一部はメレアを見、そしてもう一部は徐々に大きくなってくるミハイの姿を見た。

 そして観客たちが二人に視線を向けていた間に――道化師はいつの間にか姿を消した。


 観客たちはクライマックスの動向を見守る。


 一人の道化師のたぐいまれな手腕によって、その野外舞台は最高の盛り上がりを見せようとしていた。



余談ですが、書籍版『百魔の主』が好評につき緊急重版となりました。

これもひとえに作品を応援してくださった皆様のおかげです。

ありがとうございました。


ちなみに第二巻は7月刊行予定です。

WEB版共々よろしくお願いします。

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