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百魔の主  作者: 葵大和
第一幕 【二十二人の魔王】
12/267

12話 「魔王は運命を信じるか」

「さっきから視界の(はし)にちらちらと幽霊っぽいものが見えるんですけど、これ、気のせいですかね」

「うっさい。本物に決まってるでしょ。ここどこだと思ってんのよ。リ・ン・ド・ホ・ル・ム・霊・山。――霊山なんだから当たり前じゃない」

「いやぁ、『霊山だから余裕で幽霊いますよ』とか言われても私困るんですけど。世の中で信じられるものは(かね)だけだと思っているので」

「そんなだから魔王って呼ばれるんじゃないの?」

「そういうあなたも魔王でしょう? 〈炎帝〉でしたっけ? ――帝号じゃないですか。おそろしいですねぇ。私の大好きな硬貨や紙幣が燃やされてしまいそうで」

「あんたは〈錬金王〉よね。いかにもうさんくさい感じだわ」

「実際にうさんくさいですよ? 私のトコのご先祖さま、不完全な錬金術使って悪徳商売してましたから。この私はこんなにも綺麗で! 清廉(せいれん)でっ! 最高に公平な商売をしているというのにっ! 先祖の汚名のせいで悪徳魔王扱いですよ! 挙句(あげく)に財産すべてよこせって!」

「それでどっかの国から逃げてきたのね」


 身なりの良い若い男と派手な紅の長髪を宿した少女がリンドホルム霊山を登っていた。

 整った顔をしている若い男は背に(かばん)を背負っている。

 紅の長髪を宿した少女は手持ち無沙汰(ぶさた)で、気の強そうなつり目を男に向けていた。


「そういうあなたはどうなのです?」

「あたし? あたしは……代々一族に伝わる〈真紅の命炎〉って術式をよこせって言われて」

「よこさずに逃げたのですか?」

「そりゃそうでしょ。だって、これを渡したらまた戦火が広がるもの。んで、それのせいで犠牲が増えたらあたしたち〈炎帝〉の一族のせいよ? 『あんなものを生み出しやがって』って。責任転嫁(てんか)の天才なのよ、あたしを追ってる国家」

「そっちはそっちで大変そうですね」

「まあね。せっかく表舞台から名前が消えて、おかげでほのぼの生きていられたのに、ぶり返すようにしてまたこれ。はぁ……やっとのことでアイオースの学園に入学したのに」

「ほう、あの学術都市の。なかなか優秀ですね」

「でしょ? すっごく頑張ったもん。親いないし、遺産とかも魔王って名目で国家に(むし)られて、お金も自分で必死に(かせ)いだのよ?」

「えらいですねえ。私ならその金を使って商売してるところです」

「すがすがしいまでの金の亡者ね」

「〈錬金王〉と呼ばれるよりはそっちの方が好きですよ、私」


 若い男と紅髪の少女は、喋りながらもどんどんとリンドホルム霊山を登っていく。

 途中何体かの獣にあったが、少女が紅の炎を使ってなんなくそれらを撃退した。

 どうやら少女は優秀な術士のようだった。


 そうしてさらに数十分。

 ついに二人はリンドホルム霊山の山頂に到着する。


 そこには一人の男と二人の女がいた。


◆◆◆


「え? なんでこんなとこに人がいるの?」

「知りませんよ。彼らに()いてくださいよ」


 男は肩をすくめ、女は目を丸くした。


「え? なに? 今日はやたらと来客が多いな。今まで一度だってまともな人が来たことはなかったのに」


 不意に、雪白の髪と真っ赤な瞳をした男が顔をあげる。


「やりましたね、まともな人(あつか)いされましたよ」

「あんたあたしのこと馬鹿にしてる?」

「いやだって、それだけ派手な紅の髪と、不機嫌な鬼のような顔を――あいたっ! なにするんですか! 私脆弱(ぜいじゃく)なんですから小突くのやめてくださいよ!」

「ど・こ・が、鬼のようなのよ」

「あなたみたいに容姿が整っている女性の方が中身はおそろしかったりするじゃないですか。私の先祖の中にも傾国(けいこく)の美女にやられて財産持ってかれた人がいましてね。教訓なんです。『美女はまず鬼か悪魔だと疑え』」

「あたしをそれと一緒にするな」

「わかりました、わかりました。わかりましたから横腹をつまむのやめてください。肉がちぎれます」


 二人はそんなやりとりをしながらも、山頂で作業をしている三人を観察した。

 すると、再び白髪の男から言葉が飛んでくる。


(ひま)なの?」

「ええ、暇ですね」

「暇じゃないけど、暇ね」

「なに言ってるんですか。人語苦手なんですか? よくそれでアイオースの学園に入れましたね」

「深い意味を察しなさい。追われてる以上暇じゃないけど、でもこっからなにをしようって決まってるわけでもないから、暇なのよ」

「やっぱり不自由でしょう……そんなの察せられるの読心術士くらいですよ……」


 向こうの方から「今度のは騒がしいな。なんか明るくなった」という声が聞こえてくる。


「暇ならどうしろっていうの?」

「墓を作ってるんだけど、暇だったら手伝ってくれない? せっかくだし、ってことで」

「ふーん。……ま、いいわよ」

「あれ、乗り気ですね?」

「だって暇だもの」

「結局ですか」

「嫌なこと忘れられそうだし」

「まあそれは一理ありますね。では私も手伝いましょう」


 そうして二人は小さい少女を手伝うようにして、墓の周りに石を積み立てていくことにした。


◆◆◆


 その日、リンドホルム霊山の山頂に、異様な数の人影があった。


 身なりの良い若い男と紅髪の女がやってきてから、さらに一人、二人、三人。

 気づけば総勢二十一人。メレアを含めれば二十二人だ。


 ――なにごとだよ。


 さすがに、さすがに言わずにはいられない。

 メレアはついに胸中でそんな言葉を(つむ)いだ。

 二人目の小さな少女まではなにかの偶然だろうと思った。

 が、さすがにこれだけ集まるとなんらかの作為(さくい)を感じずにはいられない。

 しかも、誰もかれもが山頂にやってきては、墓を作る手伝いをはじめた。

 何人かは言葉を交わさずに無言で手伝いはじめた者もいる。

 異様だ。

 異様だが、それでいて――なんだか悪くない雰囲気だというのも、本当だった。


 誰かがなにを()くわけでもなく。


 むしろなにかを忘れるように一心不乱に墓を作っていく。

 人数に比例して作業効率が増し、いつの間にかメレアの仕事は石に名を(きざ)むことだけになっていた。

 一つ名を書くと、スっと横から別の墓石がすべり込んでくる。

 その墓石をすべり込ませる役割をこなしているのは白黒の『メイド服』に身を(つつ)んだ美女だ。

 

 ――どうかしてる。


 メイド服でよくこの霊山を登って来れたものだと思うが、よく見るとメイドの背腰には二本の短剣があった。


 ――なんて物騒なメイドなんだ。

 

「次でございます」

「あっ、はい」


 再び墓石を差し出されて、メレアはおびえたように身体をビクつかせながらそれに名を刻む。

 またそれがメイドの手によって隣に立っている者に送られ、バケツリレー方式でどんどん遠くへ運ばれていった。

 メイドが淡々と次の墓石をメレアの前に差し出す。重量のある墓石を、ひょいひょいと軽い調子で取っては()き、取っては置いているメイドの腕力も、細腕に似合わぬ力強さだった。


 そうしてついに、百個目の墓が出来上がり、それがメイドの手によって隣の者に送られ、なぜか全身鎧を隙間(すきま)なく身にまとっている二メートル級のフルメット野郎に送られ、さらに(あや)しい笑みを浮かべた謎の美青年に送られる。

 リレーの終着は(こと)の初めに霊山を訪れた剣持ちの黒髪女〈エルマ〉で、彼女の手によって最後の墓石が地面に差しこまれた。


「……ふう」


 終わった。

 メレアが大きく息をつき、(ひたい)の汗をぬぐう。


『……ふう』


 周りの面々も一仕事終えたと言わんばかりに息を吐いた。

 そうしてわずか数秒の沈黙があり――ついに、


「――というかみんな誰なんだっ……!」


 メレアがうめくように言った。

 その声はリンドホルム霊山の山頂によく響いた。


◆◆◆


 周囲の者たちはメレアの声を聞いて、まず近場にいた者に視線を送る。


『お前誰だよ』

『いやいや、お前こそ誰だよ』


 そんな声があちらこちらからあがり、最後に視線がメレアに向かって、


『というか、お前も誰だよ』


 と訴えかけた。

 そんな中、みなの声をまとめるようにして〈エルマ〉が口を開いた。


「リンドホルム霊山の山頂に人がいるとは思わなかったのだが、メレアは何者なんだ?」

「俺? 俺は――」


 メレアはどう説明しようか迷った。

 霊山に(こも)りっぱなしで英霊に育てられたなんていって、信じてもらえるだろうか。

 そうやって言いよどんでいると、今度は少し離れたところから別の声があがった。


「ん、未来石(フューナス)って珍しいわね。これ、けろっと内容変えるから信用しがたいんだけど、可能性の一つは提示してくれるし、結構おもしろいのよね――って、『魔王』って書いてあるんだけど、これあんたの?」


 紅髪の少女が、肩に不思議な炎の鳥を乗せながら、メレアの小屋の(そば)に散らばっていた〈未来石(フューナス)〉を拾って見ていた。


 ――あ、まだ割ってないやつあったのか。


「あー……」


 間延(まの)びした声を浮かべながら、メレアはどう答えたものかと迷った。

 魔王なんて言ってしまって変なことにならないだろうか。

 下界では魔王の力を狙った征伐(せいばつ)などが起きているという。

 そんなふうにメレアが悩んでいると、


『なんだ、お前も魔王か』


 そんな声が方々から飛んできた。

 

「えっ?」

「あたしも魔王よ。正確には魔王の末裔。――もしかしてだけど、ここに集まったのってみんなそうなの?」


 がやがやと互いが言葉を交わしはじめる。

 

「俺も末裔。近場の都市国家軍に追い立てられてなあ」

「私も」

「あれ言いがかりだよな。何代前の(ごう)だと思ってやがるんだ」

「都合良いですよね。いまさら力をよこせだなんて」

「近場で戦争はじまるといつもこうだからなぁ」


 メレアを置いて、どんどんとそこに集まった者たちの出自があきらかになっていく。

 やがてついに、我慢しきれないといわんばかりにそわそわしながら、メレアがすべての視線を集めるように大きな声で言った。


「ホントにみんな魔王の末裔なの?」

『――どうやらそうらしい』


 その日、誰もが運命という現象の実在を信じた。


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